ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第25話 思いの形と心の距離(後編)

 51層の東にある小さな村《ユーグエル》。ボロボロの家屋が建ち並んだこの村を一言で言い表すのなら、『これといった特徴がない村』だ。

 村にあるのはNPCの家と数件の宿屋のみ。アイテムや武器を取り扱っている店が存在しないため、そういったものの補充は別の村や街で済ませてから来る必要がある。非常に不便な場所であり、好んで訪れるプレイヤーはほとんどいない。

 この村に来る理由としては、近場のフィールドダンジョン《ウルグ鉱山》へ向かう際に通過するだけか、仕方なく宿をとって身体を休めるための『休憩地点』という認識が広がっていた。故にただでさえ存在感が薄いのだが、そんな村の存在感をさらに薄くするものがあった。

 

「でかっ」

「大きいねぇ」

 

 少年少女を驚かせたのは、中腹の一部分に穴が空いている巨大な山だった。遠くからでもその存在を主張するかのような大きさを誇る《ウルグ鉱山》は、近場の村から眺めると圧巻の一言に尽きる。攻略組であるカイトとユキの二人は基本的に階層攻略を優先するため、各階層にあるフィールドダンジョンの存在は知ってても、行ったことのない場所が意外と多い。

 

(ふもと)に山の中へ続く洞窟があるのよ。素材は洞窟内で取れるんだけど、道が枝分かれしてて迷いやすいから、二人ともはぐれないように注意して」

「了解」

「わかった。洞窟の案内はリズに任せるね」

 

 

 

 

 

 山の麓まで辿り着いた三人を出迎えたのは、土壁をごっそり削りとって穴を空けたかのような印象を受ける、巨大な洞窟の入り口だった。推定で高さ15メートル・幅20メートルの大きな穴は、25層のフィールドに出現する巨人型モンスターでさえ丸呑みにしてしまう程だ。

 入り口付近は別だが、中に入ると薄暗くてひんやりと涼しかった。視界で確認できるのはせいぜい10メートル先までなので、初見だと完全に手探りでの移動となる。洞窟の外から中へと風が通り、空気が動いているのを肌で感じた。

 ゴツゴツした石壁のトンネルを進むと少し開けた場所に出る。その先にはリズの言うとおり、道が三本に枝分かれしていた。

 

「こっちよ」

 

 リズは迷うことなく右の道を指差すとそのまま歩き出し、後ろの二人もそれに続く。

 

「ねぇ、リズ。リズが欲しいインゴットってどれくらい歩いた所で取れるの?」

「う〜ん……だいたい4時間くらいかな」

「結構歩くんだな」

「まあね。この洞窟は上へ登るように繋がっているんだけど、奥に進めば進む程、レア度の高いインゴットが手に入るのよ」

「……という事は、今私達は山の頂上に向かって進んでいるようなものなんだね」

 

 などど話していると、平坦だった道が緩やかな上り坂へと変化していた。上に向かっている証拠だろう。

 そして上り坂の途中でモンスターと遭遇する。出現したのは、長い尻尾の先が光っているのが特徴の蝙蝠(こうもり)型モンスター《ランタンバット》一体だった。

 三人それぞれが武器を手に取るが、普段から戦闘の機会が多く、場数を踏んでいるカイトとユキは反応が早い。リズよりもワンテンポ早く剣を構えた。

 

「一体だけか……オレとユキでHPを削るから、リズがトドメをさしてくれ」

「わかった」

「オッケー。任せて!」

 

 

 

 

 

 進めば進むほど出現するモンスターも強くなり、湧きの数も増える。だが最前線よりも下層のダンジョンで遅れをとるカイトとユキではない。

 戦闘を交えつつ、歩き始めて3時間弱が経過した。長い道のりではあったが、おそらく目的地まであと少しといった所だろう。

 

「やあっ!」

 

 短剣中位突進技《ラピットバイト》が、二体いるランタンバットの内の一体に命中。ノックバックが発生し、ランタンバットが怯んだ。

 

「リズ! お願い!」

「オッケー」

 

 残りHPがわずかのランタンバット目掛け、リズはメイスを振りかぶった。助走で勢いをつけ、思い切り振り下ろす。

 だがリズの攻撃が当たる直前、ランタンバットは急浮上してこれを回避。リズ渾身の一撃は惜しくも空振りに終わった。

 リズは空振ると勢いを殺せず、そのまま前へと転がり、金属で出来た洞窟の壁に激突した。その時、右手に握っていたメイスも一緒に壁に叩きつける。

 

 ――キンッ

 

(えっ?)

 

 メイスが洞窟の壁に当たった瞬間、彼女の耳が甲高い音を捉えた。それは金属と金属が接触した時に奏でる特有のもので、彼女にとっては何百何千と数え切れないほど聞いてきた心地よい音。

 思わず四つん這いの状態で顔を壁に向け、左手で壁面を摩る。これといって何の変哲もない洞窟の壁。触れば指先にゴツゴツとした感触が伝わる。

 そして彼女は違和感の正体が気になるあまり、現在戦闘中ということを忘れてしまっていた。無防備に背を向けているリズに対して、ランタンバットは急降下からの噛みつき攻撃に入る。

 

「あぐっ……」

 

 リズの肩口にランタンバットにの牙が食い込み、ダメージが入る。噛みつきから吸血攻撃のコンボに入ろうとした。

 

「リズっ!」

 

 カイトがランタンバットを剣で突くと、リズの肩で砕けて散る。そしてもう一体から彼女を守るようにして背を向けた。

 

「ボーッとしてると危ないぞ」

「ご、ごめん……頭切り替えるわ」

 

 ソードスキルを使用したわけでもないので、技後硬直(ポストモーション)の影響で動けなかったのではない。ただ数秒の間、意識を別のものに取られていただけ。それがなければ回避もできたはずだった。リズにしてはらしくないミスである。

 

「はぁっ!」

 

 もう一体いたランタンバットのタゲを取っていたユキが、翼目掛けて切り上げを繰り出す。右の翼を切り落とし、片翼をもがれて地に落ちた。

 その隙にカイトの背中側にいたリズが飛び出し、メイスを左下に構えて疾走する。

 

「はあぁぁぁあ!」

 

 メイスにグリーンのライトエフェクトを纏わせて放つのは、メイス中位突進技《ブースト・インパクト》。急加速した身体はモンスターとの距離を縮め、地面スレスレを移動するメイスの先端がランタンバットに直撃した瞬間、右上に向かって思い切り振り抜いた。上に打ち上げられたランタンバットは空中でポリゴン粒子となり、四散する。

 

「ふう〜」

 

 一先ずモンスターは全て倒し、リズはホッと一息ついた。

 

「お疲れ。……なぁリズ、さっきのは何だったんだ?」

 

 リズの後ろから背中の鞘に剣をしまったカイトが話しかけた。リズのとった奇妙な行動の事を指しているのだろう。その様子を見ていなかったユキは彼の言っている意味がわからず、キョトンとしながら剣を腰の鞘にしまう。

 

「あぁ、ごめん。この部分の壁にぶつかった時、変な音がしたのよ」

「変な音?」

「うん。なんていうか、ハンマーでインゴットを叩く時の音に似てて……」

 

 リズはゆっくりと問題の壁に近づき、手でそっと撫でる。そして手に持ったメイスで軽く叩いた。

 

 ――キーンッ

 

 リズほど聞き慣れている訳ではない二人だが、確かにインゴットを叩いた時特有の音が、さして広くない洞窟内に共鳴する。そして通常なら表示される筈のウィンドウが出てこない。

 

「この壁、《破壊不能オブジェクト》じゃないのか」

 

 通常、この洞窟の壁や街の中に存在する建物や樹木といったオブジェクト類は、《破壊不能オブジェクト》と呼ばれている。『破壊不能』という文字の通り『壊せない』のだ。

 プレイヤーの装備する武器や防具、使用するアイテム類には『耐久値』が設定されている。これらは殴る・斬る・貫くといった具合に衝撃を加えれば『耐久値』は加速度的に減少、終いには消滅する仕様となっているが、《破壊不能オブジェクト》は別だ。

 《破壊不能オブジェクト》はそもそも『耐久値』が設定されていない。衝撃を加えられると紫色のシステムエフェクトに阻まれ、《Immortal Object》の表示がなされる。

 本来ならフィールドダンジョン――――今回の場合洞窟の壁だが、リズがやったようにメイスで叩けばシステムエフェクトが表れる筈なのに、そうはならない。つまり――。

 

「これ、壊せるのか……。てことは、何かあるな」

 

 カイトはリズの隣に並び、同じように壁を手で触る。そんな彼にユキが問いかけた。

 

 ――キンッ

 

「トレジャーボックスかな?」

「かもな。でも、そうじゃない可能性もある」

 

 カイトは以前、27層の迷宮区にあった隠し扉を《月夜の黒猫団》と共に発見し、そこでトラップに掛かった苦い思い出がある。あの時は流石の彼も肝をひやした。

 

 ――キーーンッ

 

「で、リズはさっきから何やってるんだ?」

 

 リズは先ほどからメイスで壁を叩いている。ただし同じ場所ばかりではなく、横に平行移動して立ち位置と叩く場所を変えている。響く音に耳を傾け、何かを探っているようだ。

 

「音が……違うのよ」

「違う? 音が?」

「うん。場所によって微妙に音の高さが違うの」

 

 ――キンッ……キンッ

 

 リズは位置を変えて二回連続で叩き、音を鳴らした。

 

「ねっ?」

「いや、『ねっ?』って言われても……。ユキはわかる?」

「うーん……わかんない」

 

 リズの言う『音の高さの違い』が二人にはいまいちわからない。決して二人の耳が悪いわけでも、リズの耳が絶対音感を持ち合わせている訳でもない。おそらく鍛治職人である彼女にとって深く染み付いている音だからこそ、その微妙な違いがわかるのだろう。

 再び音の違いを頼りに壁を探り出したリズだが、ある一点でリズの表情が変わった。

 

「ここね」

 

 最初の地点から3メートル左にずれた所で立ち止まる。その顔には強い確信が伺えた。

 

「なんでそう思うの?」

「インゴットを叩いて剣が出来る瞬間の音に、ここが一番近いから……かな」

 

 鍛治職人がインゴットから剣を生成する場合、必ずハンマーで何度か叩く必要がある。『何度か』というのは、正確に何回打つか決まっていないからだ。

 リズを含めた鍛治プレイヤーがインゴットを叩く時、最も重視するのが『音』。彼女達は良い剣が出来る瞬間に発せられる『特有の音』に耳をそばだて、その時がきたら手を止める。叩く回数が多い、あるいは少ないと良い剣は生まれないからであり、一般のプレイヤーでは聞き分けが出来ないらしい。

 彼女が『ここ!』と確信した根拠は、その特有の音を耳が捉えたから。こればかりはカイトもユキもさっぱりわからないので、リズの経験からくる勘を信用することにした。

 

 ――キンッ、キンッ、キンッ

 

 リズはメイスを握る手に力を込め、連続で一点を集中して殴打する。洞窟内に木霊する音を聞きながら、カイトとユキは後方から静かに彼女を見守った。

 10回、20回、30回と手を止めることなく続けると、壁面にヒビが入り始めた。そしてリズがメイス単発重攻撃ソードスキル《ウォーハンド・ストライク》を放った時、変化が訪れる。

 硬い壁がクッキーのようにボロボロと崩れ落ち、現れたのは縦2メートル・横1メートル・奥行き1メートルの小さなエレベーター並みに狭い空間。トレジャーボックスがあるわけでも、隠し扉が設置してあるわけでもなかった。その代わりといってはなんだが、空間の地面には直径1メートルの丸い大きな穴が空いている。

 

「これ絶対何かあるよね」

 

 三人は揃って目の前に出現した穴を覗き込む。穴の中には何もなく、ただただ暗闇が続くのみ。深淵を覗き込めば深淵が彼ら三人を覗き返した。

 何処かに繋がっているのか、あるいは期待させるだけさせて結局はただのトラップか。

 

「どうする?」

 

 リズが二人に意見を求めると、膝を揃えた状態でしゃがんでいたユキと、膝に手をついて中腰で穴を覗いていたカイトはそれぞれの意見を述べる。

 

「私は大丈夫だと思う。トラップにしては隠し方が凝りすぎだから、別の場所に通じてる隠しルートじゃないかな?」

「オレは気乗りしないなぁ……リズは?」

 

 今度はカイトがリズに意見を求めた。

 

「あたしは……行ってみたい。ここが鉱山っていうのを考えると、この先にレアなインゴットが手に入るかもしれないし」

「二対一。決まりだね、カイト!」

「……しょうがないか」

 

 カイトは中腰の状態から背筋を真っ直ぐにし、大きく伸びをした後、アイテムポーチから転移結晶を取り出した。

 

「じゃあ一番最初にオレが行くから、次に来る人は少し間隔をあけて穴に飛び込んでくれ。それと、念の為に転移結晶の準備も忘れないように。身の危険を感じたら直ぐに離脱すること」

『了解!』

 

 そう言ってカイトが穴の前に立ち、下を見れば黒い空間が彼を出迎えた。真っ暗で中がどうなっているのか全く見えないため、不安がないと言えば嘘である。しかし女子二人を前にしてそんな情けない態度を見せるわけにはいかない。躊躇せず、ひと思いに飛び込んだ。

 真っ直ぐに落下したのは最初だけだった。穴の内部は徐々に斜め方向へと傾き、感覚的にはまるでウォータースライダーのように滑り落ちていく。ただし、速度的にはジェットコースターと表現した方が近いが……。

 右カーブ、左カーブ、時には緩やかな上昇と降下を繰り返す。いつまで続くのかと思い始めた時、足元の遙か先で小さな光の円が見えた。

 

(出口か!)

 

 光の円は徐々に大きくなり、束の間のアトラクション気分は終わりを告げる。真っ暗だった景色は一瞬で変わり、カイトは勢いを殺すことなく眩しいほどに明るい部屋へと放り出された。

 

「どわあぁぁぁあ!」

 

 猛スピードで投げ出されたカイトは不安定な姿勢で着地すると、時折バウンドを交えながら地面を転げ回る。スピードは緩まることを知らず、彼の身体が止まったのは壁に激突した時だった。

 

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 

 頭と背中を特に強打した為にHPが減少し、猛烈な不快感を感じて思わずその場で悶えた。痛覚を遮断されていなければこんなものでは済まされないだろう。

 頭の不快感はまだ残っている状態だが、彼は左手で後頭部を押さえつつ、その場でゆっくりと立ち上がった。自分が今どんな場所にいるのかを確認するためだ。

 そうしてカイトが目にしたのは、彼の予想と想像を超えた光景だった。

 

「すごっ……」

 

 視界に飛び込んできたのは『美しい』の一言に尽きる光景。

 天井からはつらら状に垂れ下がった銀白色の結晶が、さらに地面からも同じような結晶がいくつも生えており、キラキラと光り輝いていた。これらはおそらく、つるはしを使えばインゴットが採集出来るのだろう。

 加えてその結晶群の奥の方には大きな穴が空いており、そこから太陽の光が差し込んでいる。差し込む太陽の光を結晶同士が鏡のように反射しているため、より一層輝いて見えた。カイトがこの空間に出た直後、『眩しい』と感じたのはこのためだろう。

 

「〜〜〜〜〜〜」

 

 目の前に広がる光景をみて呆気に取られていると、何処からか声が聞こえた。声の発生源は地面から2メートル程の高さにある丸い穴。これはついさっき、カイトが出てきた穴である。

 彼はこの空間に着いて以降、一歩も動いていない。穴とカイトの位置は直線上で結ばれるため、もしも誰かが彼のように猛スピードで穴から出てきたら――。

 

「――っやば」

「きゃあぁぁぁあ!」

 

 ――衝突は免れない。

 (つんざ)くような悲鳴を轟かせながら、ユキがカイト目掛けて突っ込む。気付いた時には既に遅く、彼の身体を図らずもクッション代わりにすることで壁への衝突を免れた。その代償としてカイトは再び壁に激突する。

 

「――わぷっ」

「――ごふっ!」

 

 二人の身体が衝突したことで、両者共にHPが減少した。ただし衝突とは別にカイトは再び壁に頭をぶつけたので、追加ダメージが発生。またしても不快感が走り、頭を抱えた。

 カイトの身体に覆いかぶさるような体勢から、ユキは上半身を起こして馬乗り状態になった。

 

「ご、ごめんね」

「だ、大丈夫。……それより早くどいてくれ。重いから」

 

 彼の言葉を聞いたユキがムッとした表情に変化した。両手をカイトの頬に伸ばしてつまみ、そのまま横に思いっきり引っ張る。

 

「女の子に『重い』は禁句! そもそも私重くないもんっ!」

「わふぁった、わふぁりまふぃた! おふぉくなふぃふぁら、ふぁふぁくふぉいふぇくふぇ! (わかった、わかりました! 重くないから、早くどいてくれ!)」

 

 ユキはそそくさとカイトの上からどき、制服のスカートを払う。上半身を起こしたカイトは両頬を摩り、いつの間にか注意域(イエローゾーン)に突入していたHPを回復するため、ポーションを取り出して口に含んだ。

 

 その後リズも無事に? 到着し、女性陣二人は目の前の光景をみてカイトのように呆気に取られた。ポカンとした二人の横顔を見て、カイトは思わず笑ってしまう。

 そして緊張がとけてホッとしたからだろうか。急に彼のお腹に空腹感が湧き上がってきた。

 

「二人とも、腹減ってない?」

「……うん、お腹空いた」

「そういえば、もう昼過ぎよね」

「丁度良いし、昼飯にするか」

 

 カイトはその場で腰を下ろし、メニューを起動。取り出したのは横に長い入れ物で、開けると中に入っていたのはギッシリ詰め込まれたバケットサンドだった。

 突如現れた食欲をそそる食べ物に、二人の目が引きつけられる。

 

「全部で三種類あるから、好きなのとってくれ」

「おいしそ〜。頂きます!」

「い、頂きます」

 

 各人一つずつ取り、頬張る。食べた途端、野菜風味の甘みが口の中全体に広がった。あまりの美味しさに、思わず二人は目を見開く。

 

「すっごい美味しいよ! これどこで売ってるの?」

「売ってないぞ。朝、宿を出る前に作ってきたから」

「へ?」

「何? あんたまさか《料理》スキル持ってるの?」

「うん。一層の頃に食べたクリームの味が忘れられなくて、つい」

「はぁ〜、まさかアスナ以外にもいたとはねぇ〜。なんか意外な特技って感じだわ」

「前会った子には似合ってるって言われたぞ。特技といえば、早口言葉なんかも得意だな」

「それは地味過ぎ」

「…………」

 

 自作の物だとわかった瞬間、何故かユキは黙り込んでしまった。カイトとリズの掛け合いの応酬をよそに、手に持ったバケットサンドをジッと見つめる。

 

「どうした?」

「ううん……ちょっと悔しいだけ。でもこれだけ美味しいと、毎日食べてたいなぁ……」

 

 そう言ってユキは再びバケットサンドを食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人とも、今日はありがとねっ」

 

 隠し部屋にあった《パーライト・インゴット》を大量に採集し、一行は《リンダース》へと戻ってきた。現時点で採集されるインゴットの中では高ランクの代物というのもあり、リズは大満足な様子だ。

 

「ユキなんて本当はオフだったのに」

「ううん、大丈夫。それにいつもリズにはお世話になってるし、これぐらい問題ないよ」

 

 遊びに来たつもりが思いがけず素材の採集に出向く事となったが、ユキにとっては友人との貴重な冒険となった。これもオフの過ごし方の一つである。

 

「あっ、カイト! あんたに渡したい物があるから、ちょっと店に来て」

「あー……うん、わかった」

 

 リズの手招きに誘われて、カイトが彼女の後ろについて行く。

 

「ユキ、本当にありがと。今度はアスナも誘って行こう。じゃあね」

「うん……またね」

 

 いつもの明るい調子のリズに対し、ユキはどこか物言いたげな様子である。しかしそれに気付くことはなく、二人と一人に分かれて転移門広場で解散となった。

 《リンダース》内のリズベット武具店に帰ると、リズは迷わず工房の中へと向かう。それから間もなくして彼女は店頭に戻り、カイトにとっての必需品ともいえる武器を持ってきた。

 

「ほらっ、新しいやつ」

「……ありがとな」

 

 手渡されたのはスローイング・ピック。ただしただのピックではなく、先端に麻痺毒を付加している特注品だ。

 

「悪いな、いつも」

「本当にそう思っているなら、さっさとこいつを使わなくていいような世界にあんたがしなさい」

 

 状態異常を引き起こす効果を持つ武器というのは、一般的にはあまり浸透していない。その原因は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》をはじめとする犯罪者プレイヤーの影響が大きく関与している。

 オレンジプレイヤーによるPKが多発した頃、状態異常ーー特に麻痺毒を付加した武器で自由を奪ってから殺す、といった手法が頻繁に行われていた。それまでモンスターとの戦闘をより円滑にこなすための手段が、プレイヤーを殺すために悪用されてしまったのだ。

 その結果、いつしか麻痺毒の武器は『犯罪者が使うもの』という印象が広く定着した。一般プレイヤーも職人プレイヤーも、そういった武器を持つ・作るということを敬遠するようになってしまったのだ。

 

「……それだけ?」

「何よ?」

「いや、毎回なんだかんだ言っても作ってはくれるけど、前はもっと色々不満とか言ってきただろ?」

 

 そして鍛冶屋リズベットも、かつてはその内の一人。

 初めて製作の依頼を持ってきた時、彼女は問答無用で切り捨て、作ることを頑なに拒否。事情を聞いて何度も懇願されたことで最終的には折れたが、それでも渋々といった感じだ。

 毎回ピックを渡す時の愚痴は一つや二つなど当たり前だが、今日はやけに大人しくあっさりとしている。流石に違和感を感じずにはいられない。

 

「別に……。ちょっと考えを改めただけよ」

「ふーん。何かあったのか?」

「『一生懸命誰かのために作ったものには、自然と気持ちがこもる』だっけ?」

 

 カイトの眉がピクッと反応する。その言葉には覚えがあるからだ。

 

「な、なんでそれを?」

「聞いたからに決まってるでしょ? 勿論言われた本人から」

 

 つい1ヶ月半前の事であり、あの日は彼にとって色々と印象に残る出来事が多かった。忘れるわけもない。

 

「あたしはこれまでたくさんの人の剣を打ってきたから、あんたの言った事がよく分かるのよ。あたしは『あたしの作った剣がその人のために、糧になるように』って気持ちを込めて打ってる。当然、それにもね」

 

 リズはカイトに渡したピックを指差した。

 

「だけどこれからは別の気持ちも込めとくから」

「別の?」

「『人を(おとし)めるためじゃなく、人を生かすため。そしてあんた自身を護るため』ってね。その思いを踏みにじるような行為をしたら、店の敷居は一生(また)がせないから」

 

 一般には敬遠されがちな麻痺毒だが、これはそんな物とは違う。鍛冶屋リズベットが特別な思いをのせた特注品であり、オレンジプレイヤーのように人を殺すためではなく、人を生かし、救うための物。

 

「……リズってたまにカッコイイよな」

「それ、女の子には褒め言葉じゃないわよ」

 

 

 

 

 

 リズからの思いを込めたピックを腰のホルダーに差し、リズベット武具店をあとにする。《リンダース》の転移門広場に辿り着くと、てっきりホームタウンへ帰ったと思っていたユキが、石段に腰掛けていた。

 ボーッとしていたかと思えばハッと我に返り、頭を横に振る。腕を組み、何やら考え事をするが、再び頭が留守になった。以下ループ。

 

(面白い……)

 

 コロコロと変わる表情と仕草は傍から見ると可笑しな光景だが、知り合いでもない人間からすれば奇妙な行動に見えるだろう。

 

(リズの言うとおり積極的、積極的に)

「ユキ」

「ひゃいっ!?」

 

 驚かせるつもりはなかったが、考え事に夢中だったのだろう。カイトが目の前で声をかけるまで全く気付いていない様子だった。思わず声が裏返る。

 

「お、おかえりなさい」

「ただいま――――じゃなくて! 先に帰ったんじゃなかったのか?」

「え? え〜っと」

 

 目が泳ぎ、困惑顔になる。まるで言う決心の踏ん切りをつけようとしているかのようだ。

 

「まぁいいや。丁度ユキに話したい事があったから」

「――! それっ! 私も話したい事があって……あっ、そっちからどうぞ!」

 

 話のきっかけを頭で模索していると、思わぬ助け舟が出された。パァッと顔が明るくなる。

 一方、今度は逆にカイトが困惑顔になった。こちらも言う決心をつけようとしているかのようだ。

 

「あのさ……今日の昼に食べたアレ、美味かったか?」

「お昼……バケットサンドのこと? 美味しかったよ」

「なら良いんだけどさ。その、バケットサンドに限った話じゃないけど……また作ろうか?」

「それは嬉しいけど、今度はいつリズと素材採集行けるかわかんないよ?」

「いや、そうじゃなくて」

 

 彼の言いたい事とは少々違う方向に受け取ってしまったようだ。照れ臭そうにしながら、カイトは一つの提案を持ち出した。

 

「もし良かったら、たまにでいいから一緒にご飯でもどうかなって。料理はこっちで作るから」

 

 彼の提案に対し、ユキはポカンと口をあけた。照れ臭そうな表情のままで、カイトは斜め上を見る。

 

「ほらっ、ユキがギルドに入ってから攻略ぐらいでしか会う機会ないし……。そっちがオフの日とか、空いた時間を使って――」

「こ、こちらこそお願いします!」

 

 ユキが歩幅一歩分だけ前に詰め寄る。そうする事で彼との距離が縮まった。

 

「私も同じ事考えていて、良い機会だし言ってみようかなって。ほらっ、『毎日お味噌汁を作って下さい』みたいな」

 

 ユキの自覚なき爆弾発言が投下された。

 カイトの顔はみるみるうちに赤くなり、手の甲で口元を隠す。

 

「……それ、意味わかってる?」

「へ?」

「滅茶苦茶古臭い言い回しだけど、プロポーズの言葉だぞ……」

 

 どこで覚えたのかは知らないが、言葉に含まれている意味までは知らなかったらしい。今となっては死語――――どころか、化石級の言い回しだ。

 自身が発した言葉の意味を理解し、正面にいる少年と同じように表情が変化する。

 

「ち、ちがっ! ちがうよ! それぐらい美味しかったからまた一緒に食べたいってだけで! 別に深い意味は……。と、取り敢えず次に会う予定を今決めちゃおう! えっと、ギルドのスケジュールは――」

 

 ユキは赤面状態で落ち着かない様子のまま、メニュー操作をして予定の確認をし出した。そして誤魔化しで始めた操作に夢中になっていたために、向かいの彼がはにかみながら微笑んでいたのを、彼女は知る由もなかった。




フィールドダンジョンを訪れる前、遠くから鉱山を見た描写で『中腹の一部分に穴が空いている巨大な山』とありますが、三人が見つけた隠し部屋の場所はこの穴の部分になります。陽の光はこの穴から差し込んでいました。
作中で出てきた《パーライト・インゴット》は真珠岩(別名:太陽石)をイメージしています。

『毎日味噌汁〜』なんて言い回しを間違った意味で彼女に教えたのは一体誰なのか?
それは次回の番外編で明らかに!
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