ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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導入部分はサクサク行きます。



第02話 誓いとそれぞれの道

「私の世界……?」

 

 突如現れた、赤いローブを着た巨人の放った言葉。

 

 私の世界、とは?

 そして何者なのか?

 

 その答えは、ローブの巨人からの発言ですぐに判明した。

 

『私の名前は、茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる、唯一の存在だ』

 

 茅場晶彦。その人物の名は、ソードアート・オンラインの開発者張本人の名前だった。

 そしてこの直後、茅場が話した内容は、先ほどまでカイト達が疑問に思っていた事の答えでもあった。

 

『プレイヤー諸君の中には、ログアウトボタンがない事に気付いている者もいるだろう』

 

 茅場晶彦本人から、この事についての説明と謝罪があるのだろう。そう思って一安心し、カイトは胸を撫で下ろす。

 だが彼が次に言い放った言葉は、カイトの予想と反したものだった。

 

『これはバグではなく、ソードアート・オンライン本来の仕様である』

(……ログアウトできないのが……仕様? それじゃあまるで、ゲームの世界に閉じ込められたみたいじゃないか)

 

 カイトの疑問は正しい。

 仮想世界から自力で戻れる唯一の手段とも言える、ログアウトボタンがないのだ。それなら現実で家族にナーヴギアを外してもらうしかないではないか――――という考えを見抜いていたかのように、茅場晶彦は言葉を紡ぐ。

 

『よって諸君らによる自発的なログアウトは一切できない。また、外部によるナーヴギアの強制ログアウトも出来ない。もしも外部の人間の手によってナーヴギアが停止、あるいは取り外しが行われた場合……ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 脳を破壊。それはつまり死ぬ、ということ。

 そして既に犠牲は出ていた。現実世界で家族や友人がナーヴギアの取り外しを試み、その結果死亡しているプレイヤーが少なからずいる、と。そしてその死亡者数は213人に及んでいるが、メディアの報道によりナーヴギアの取り外しによる危険は低いだろうというのが、茅場晶彦の見解だった。

 この話に実感を持たせるかのように、現実で報道されているであろうニュース映像が、茅場の周りに浮かびあがる。

 徐々に話が現実味を帯びていくが、ここまでで誰も声を荒らげる者はいない。

 だが、それはまだ理解が追い付いていないだけだ。プレイヤー達の心は風船に空気を吹き込むように、確実に気持ちの限界へと近付いていっている。

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。HPがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に…………諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 モンスターとの戦闘でHPがゼロになれば、仮想世界で死に、現実世界でも脳を焼き切られて死ぬ、ということ。他のネットゲームのように死んでも生き返る、などという事はない。茅場の言いたいことはそういうことだった。

 するとここで、カイトはゲーム雑誌に載っていた、茅場晶彦のインタビュー記事のある言葉を唐突に思い出す。

 

 ――これは、ゲームであっても遊びではない――

 これは紛うことなきゲームだ。この世界のカイトの身体を構成しているのは、水やタンパク質といった物質などではなく、このゲームのプログラムによって構成されたポリゴンでしかない。そしてこれから観る景色と遭遇するモンスター達は、現実世界では到底見ることの出来ないようなファンタジーに溢れたものばかりだろう。

 だがそんな別世界でも唯一共通しているのは、本物の《死》という概念だけ。これは決して《遊び》ではないのだ。

 カイトは茅場晶彦の言った言葉の意味が、今やっとわかった気がした。

 そしてプレイヤーがこの世界からログアウトするには、この《浮遊城アインクラッド》の第100層をクリアしなければいけない。それが現実世界に帰るたった一つの方法だった。

 

(無茶苦茶だ……)

 

 一度にたくさんの情報が頭に入ってきて、カイトは理解が追いつかない。βテストでは2ヶ月で8層までしか登れなかったらしいが、100層まで攻略しろというのだ。一体何年かかるのだろうか。

 

『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに私からのささやかなプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』

 

 何の疑いもなく、言われたとおりにアイテムストレージの確認を行う。そこにあったのは……。

 

「手鏡?」

 

 アイテム名をタップし、オブジェクト化する。オブジェクト化された手鏡は手のひらサイズのもので、鏡には時間をかけて作成した自身のアバターが映し出されていた。

 これが一体何なんだ、とカイトが首を捻っていると、傍にいたクラインが声をあげた。

 

「うぉっ!」

 

 見ると、クラインのアバターが眩しい光の奔流に包まれていた。

 そしてそれはカイトもキリトも、この広場にいる全てのプレイヤーが同じ現象にあっていた。広場がいくつもの細かな光の粒子で包まれる。

 光が収まり、ゆっくりと目を開けて何が起こったのかを確認するが、景色は依然として中央広場だった。さっきのような強制転移ではないらしい。

 

「キリト、カイト、大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫」

「こっちも大丈夫……」

 

 カイトは2人の立っていた場所に目を向け、無事を確かめる。しかしそこには、初対面の2人が立っているだけだった。

 1人は野武士のような顔立ちで、頭部に赤いバンダナを巻いている青年。もう1人は黒髪で体の線が細く、女性と見間違うような顔立ちをした少年だった。3人とも頭に疑問符を浮かべていると……。

 

「お前誰だよ!」

「なんで俺の顔が?」

「あんた男だったの!」

「17って嘘かよ!」

 

 疑問、動揺、そして驚愕。様々な感情を含んだ声が中央広場全体に響き渡る。

 

(まさか……)

 

 ゆっくりと、カイトは手にしている手鏡を覗く。そこにはさっきまで茶髪だった髪は黒くなり、いつも実年齢より下に見られ、昔よりは幾分マシになったが、今でもクラスメイトから『倉崎君って笑うとかわいいよね』と言われるような童顔の少年。手鏡に写っていたのは見間違えるはずもない、本来の倉崎悠人の顔だった。

 

「……てことは……キリトとクラインか!」

 

 自分に表れた現象は、状況から考えて他のプレイヤーにも表れているに違いない。そう考えたカイトは、今目の前にいる2人が今まで共に狩りをしていたキリト、クラインなのだと気付き、2人を指差す。

 

 その後、茅場晶彦はプレイヤーの健闘を祈って姿を消した。

 突然の出来事に混乱し、ただ静かに広場の上空を呆然と見上げていたプレイヤー達は、現実を受け入れたくない1人の少女が発した拒絶の声をキッカケに正気を取り戻す。正気となった彼らが次にしたことは、既に姿を消したゲームマスターに対する罵倒と懇願だった。

 

「ちょっと来い、クライン、カイト」

 

 そんな中キリトは2人の腕を掴み、広場を出る。その時カイトは雑踏の中、1人の少女が広場の外に向かって走っていくのをみた。

 

 

 

 

 

 中央広場から少し離れた路地裏でキリトは立ち止まり、振り返る。

 

「2人ともよく聞け。オレはすぐに次の村へ向かう。2人も一緒に来い」

 

 キリトの言っていることは、この先を見据えての話だった。

 この世界で生きていくには、自分自身の強化――――レベル上げが必須になるだろう。しかし、VRMMORPGのリソースは決まっているので、経験値も(コル)も限られてくる。そうなると《はじまりの街》周辺のモンスターは狩り尽くされるため、次の村へ拠点を移すのが良い、というものだった。

 確かにキリトの言うことは尤もだし、元βテスターなら村までの最短距離も把握しているだろう。しかし、元βテスターといえど、新規プレイヤー2人を抱えて安全にいけるのだろうか?

 答えはNoだ。いくら2ヶ月のアドバンテージを持つ元βテスターのキリトでも、せいぜい1人が限界だ。彼もその事はよくわかっている。しかし、数時間とはいえ共に狩りをした仲間であり、そんな2人を見捨てて先に行くなんてことはできなかった。

 

(お人好しだな、キリトは)

 

 カイトは彼の気持ちに気付いていた。なぜなら、もし自分が逆の立場でも、きっと彼と同じようにすると確信していたからだ。

 

「でもよお……オレは前のゲームでダチだった奴らと徹夜で並んで、このゲームを買ったんだ。あいつら、広場にいる筈なんだ。ここで置いていくわけにいかねえよ……」

 

 カイトは出会った時からクラインの気さくな性格でわかってはいたが、どうやら彼も中々に人が良いらしい。彼もキリトと同じように、仲間を見捨てる事ができないようだ。

 

「そうか……。カイトはどうする?」

「オレは……」

 

 ふと、先ほどの少女を思い出す。まだ場が混乱して間もないのに、自分達と同じように走り出した少女。しかし、彼女はカイト達が《はじまりの街》入り口方面に向かったのに対し、それとは逆方向に向かっていた。何か考えがあっての行動なのかもしれないが、あの時一瞬だけ見えた表情は、カイトにとってそういった類のものに見えなかった。

 

(……嫌な予感がする)

 

 それは、ただの直感でしかない。

 根拠がないと言われればそれまでだが、一度気になってしまえば考えずにはいられない。

 実際に自分の目で確かめなければならない。

 カイトは、唐突だがそんな衝動に駆られた。

 

「……ごめん。少し気になることがあって……それを確かめてから行きたいから、今は一緒に行けない」

「わかった……。じゃあ、何かあったらメッセージ飛ばしてくれ……。またな、クライン、カイト」

 

 そういってキリトは背を向ける。

 

「キリト、ストップ!」

 

 カイトの声にキリトは振り返る。

 

「今はまだオレもクラインも初心者だし、ここでバラバラになっちゃうけど……いつかきっとキリトに追いつくから! そしたら……また今日みたいに3人で狩りしよう!」

 

 それは誓い。別々の道を歩むことになる3人が、また1つの場所に集まれるようにと願いを込めた誓いだった。カイトは2人に対し、笑顔でそれを誓う。

 

「……あぁ、そうだな!」

「オレもまたお前らに会えるよう精進するぜ。……それはそうと2人とも、特にカイトは笑った時だけど、本当は案外かわいい顔してんじゃねぇか。結構好みだぜ」

「お前もその野武士ヅラのが10倍似合ってるよ」

「かわいいって言うな」

 

 3人が軽い笑みをこぼす。そして同時に背を向け、別々の道を走り出す。

 

 キリトは1人でも生き残れるよう、誰よりも強くなるために。

 クラインは仲間のために。

 カイトは名前も知らない1人の少女のために。

 

(オレも似たようなもんだな……)

 

 カイトが今からやろうとしていることは、キリト・クラインと大差ない。彼もまた、見て見ぬ振りができなかったのだ。

 

(杞憂で終わればいいけど……)

 

 沈みかけの太陽が路地裏に濃い影を落とす。

 暗く狭い路地裏を抜け、NPCの店が立ち並ぶ大通りに出ると、プレイヤーの影が1つもない大通りの真ん中を全力で走るために、カイトは右足に力を込めた。




次回、ヒロイン登場です。
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