ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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時系列は23話のカイトVSアスナのデュエル翌日です。



番外編第04話 イタズラ心と羞恥心

「いやっほ〜う! 貸し切り貸し切り〜!」

「リズさん! 走っちゃダメですよ!」

「転んだら危ないでしょ!」

「入る前に身体流さなきゃダメだよ!」

 

 はしゃいでいるリズを制した声の持ち主は、シリカ・アスナ・ユキの三人。

 彼女達の視界をわずかばかり遮る白い湯気の発生源は、数種類の温泉。薬湯・ジャグジー・ユニットバスなどがあり、外へと繋がる出入り口を抜ければ天然の露天風呂に浸かることも出来る。別室にはサウナも常備され、専用の服を着れば入れる岩盤浴といった設備も充実していた。

 現在四人は36層主街区《ホスリート》、通称《温泉街》の東側にある日帰り入浴施設の銭湯に来ていた。今日はギルドのオフを利用してアスナとユキはリズを誘い、誘われたリズがさらにシリカを誘った結果、四人で銭湯に行くこととなったのだ。

 時刻は朝の九時であり、彼女達以外にはまだ誰も来ていない様子だ。広い浴場が事実上の貸し切り状態となっているため、リズのテンションが上がるのも無理はない。というよりもリズ一人が突出しているだけで、他三人も少なからずワクワクしているのだ。

 四人ともがタオルを巻くことなく、その身に布を一切纏っていない姿で大浴場に足を踏み入れた。絹のように白く艶やかな裸体を泡まみれにして洗い、それが終わるといよいよ入浴となる。一番大きな浴槽に足先からスッと湯に触れ、下から上へと身体を沈めて肩まで湯に浸かる。

 

『はぁ〜』

 

 聞いただけでリラックスしているとわかる声が重なり、大浴場に響いた。現実(リアル)ほどではないが、湯に浸かったことでジワジワと身体に温かさが伝わる。日頃の疲れが湯に溶けて流れていくようだ。

 

「ここに来るのも久しぶりね」

「私達もリズも色々と忙しかったからねぇ〜」

「最後に三人で来たのって……三ヶ月前? うへぇ、もうそんなに経つのか」

 

 50層以降の攻略速度遅延で焦りを感じたアスナ達は攻略に専念し、リズはというと家を買うための資金集めで仕事に没頭。お互いに中々時間を取れずにいたが、最近になって少し余裕が出てきた。

 ちなみに今日の《血盟騎士団》は完全にオフ扱いだが、とある事情でアスナは明日も少々強引にオフを取らされている。不本意ではあるが、約束は約束だ。

 

「リズさんに誘われて来たらびっくりしましたよ。まさか攻略組のお二人と一緒なんて」

 

 リズを仲介にして来たシリカは、誰が来るのか直前まで知らされていなかったようだ。

 

「黙ってた方が驚きも増すでしょ? なんてったって最前線で活躍する女子二人だし」

「アスナは兎も角、私は活躍するほどの事はしてないよ」

「謙遜することないわよ、ユキ。あなたのおかげで私もすごく助かってるから」

「え〜、そうかな?」

 

 謙遜ではなく本心で言ったつもりなのだが、褒められて嬉しくない筈がない。ユキは照れ臭そうにはにかんだ。

 

「そういえばシリカってカイトと面識があるんだって。意外じゃない!?」

「え? そうなの?」

 

 中層で活動するシリカのようなプレイヤーが、主に最前線で動く攻略組と関われる機会はほとんどない。カイトは何かと中層に降りることが多いのでわからなくもないが、『面識がある』というくらいだから、何かしらの縁があったのだろうとユキは思った。

 

「はい。以前カイトさんに三回も助けて頂いたことがあるんです。あの時出会わなかったら、私もピナもこの世界にいなかったかもしれません」

 

 シリカは自身の頭上で居心地良さそうに乗っているピナの頭を撫で、懐かしむように話した。そんな彼女を見たアスナが問いかける。

 

「シリカちゃんから見て、カイト君はどう映ったの?」

「えっと……強くて優しいお兄ちゃんです!」

「――と、シリカが言っていますが……何か思う事はありますか? ユキさん?」

「何でそこで私に振るの?!」

(あっ、始まった……)

 

 華麗なパスを放ったリズの意図をアスナは察した。

 ここからしばらくはリズのターンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、女性陣のいる《ホスリート》東側とは反対の西に位置する銭湯入り口では――。

 

「クシュンッ!」

「うおっ!?」

 

 ――カイトが盛大にクシャミをしていた。隣にいたキリトに加え、クラインとエギルもビクッと反応する。

 

「大丈夫か?」

「うん。……誰か噂でもしてんのかな?」

「もしかするとオレンジプレイヤーかもなぁ」

「勘弁してくれ」

 

 こちらの一行も温泉目当てに訪れたようだ。

 入り口から入ってすぐの所で若い女性NPC相手にそれぞれ受付を済ますが、他の三人とは異なり、カイトだけなぜかNPCから鍵を一つ受け取っていた。脱衣スペースに向かう途中、それを見ていたエギルが問う。

 

「なぁカイト。さっきNPCから貰った鍵だが、あれは一体何なんだ?」

「これか?」

 

 カイトは鍵についている銀色のリングに人差し指を通し、クルクルと回している。

 

「これは別室に通じる鍵だよ」

「別室?」

「ここの大浴場には《開かずの間》って言われている扉があるんだけど、その扉を開けるための鍵さ。扉の向こうには《温泉街》唯一の風呂があるんだよ」

 

 脱衣スペースについた一行はメニュー操作をし、浴場に入る準備をする。着替え終わった四人がカイトを先頭にして、大浴場の中へと続く扉を開けた。

 かけ湯をした後に身体を洗うスペースへ移動し、木製の風呂椅子に座ってそれぞれ身体を洗う。

 

「受付のNPCから受注できるクエストをクリアすると、それ以降はさっきみたいに鍵が毎回手渡されるんだ。()()()()()()()良いことあるし、来たらいつも入るようにしてる」

「そんなのがあったのか。……なぁ、オレも入っていいか?」

 

 右隣にいるクラインが興味ありそうに聞いてきた。

 

「それは止めといた方が――」

「別にいいんじゃないか?」

 

 今度は左隣にいるキリトの発言だが、彼の口元が僅かに歪む。何かイタズラ紛いの事を企んでいる顔だ。

 

「『唯一』なんて言われたら興味が沸くのは当然だ。鍵さえ開ければ誰でも入れるし、入るだけなら問題ないだろ?」

「おっ、キリトはわかってるじゃねぇか! いいよな、カイト?」

「……わかったよ。もし溺れたら助けてやるからな」

「なあに言ってんだ。風呂で溺れるかよ!」

 

 特殊クエストをクリアしたプレイヤーにしか入れない、《温泉街》唯一の風呂。そんなレア物の風呂に入れるとあって楽しみなのか、クラインは鼻歌を歌い出す。

 

「……おい、キリト。何考えてんだよ」

「大丈夫だ。カイトがいるから問題ない」

「いや、まぁそうだけど」

 

 そして二人がコソコソと会話しているのを、鼻歌交じりで上機嫌のクラインは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばバレンタインの時に起こった出来事をまだ聞いてないわね。一体何があったのよ?」

 

 現在もお風呂に浸かりながらお喋りをする女性四人組だが、内容は完全に恋バナへと移行していた。話の主役は現在進行形で恋する乙女のユキになっており、リズは自身の知らないエピソードを彼女に聞く。

 

「えっと、実は――」

 

 ユキは手始めにギルド内で《チョコレート事件》と呼ばれている(くだん)の内容を話した。うっかり机に置いたチョコを、団員が勝手に食べてしまったという話だ。

 

「あの時は悲しかったなぁ……。でも、アスナがまるで自分の事のように怒ってくれてたのは嬉しかったよ」

「ユキが頑張っていたのを間近で見ていたからね。流石にあれは怒るわよ」

 

 犯人がわかった時のアスナの放つ雰囲気は、 他の団員も畏怖を抱く程だった。内側に抑えきれなかった憤怒の感情を外側へ漏らし、周囲の人間に寒気をもたらしたほどだ。

 

「その後にまた新しく作ったんだけど、《料理》スキルを持ってない私がやっても美味しくないのが出来るに決まってるでしょ? でも作ったのを全部食べてくれて」

 

 その時の情景が自然と頭に浮かぶ。実際に食べたわけではないのでわからないが、彼の反応で大体の察しはついていた。当時は隣で慌てていたが、その様子は客観的に見れば可笑しな光景だっただろう。

 

「それで、『一生懸命作ってくれた物には気持ちが込もるから、不味い訳がない』って言ってくれたんだ。あと、その……」

 

 ここで少し言い淀んで間を置く。下を向いて紅潮し、無意識に顔がほころんだ。

 

「『一生懸命何かに取り組む姿が好きだ』って」

「うわぁ……ご馳走様」

「そ、それって告白されたって事ですか?!」

 

 その時の甘い空気を想像したリズは半分呆れ顔で呟き、シリカは前のめりになって話の続きを聞きたがっていた。まだまだ幼いが、シリカも女の子だ。この手の話に興味を抱かずにはいられず、キラキラとした瞳で話の続きを待ちわびている。

 

「ち、ちがうよ! 『友達として』って言ってたし! だから私の一方的な片思いで――」

「フフッ」

 

 ユキは右手を顔の前で横に振り、慌てて否定した。

 あの日、顔を真っ赤にして戻ってきたユキの赤面状態は一向に引かず、様子が落ち着くまでアスナは側にいた。最近でこそ以前と変わらずにカイトと接してはいるが、意識し始めて一週間ぐらいは顔を見ることも話をすることも出来ないような重症だったのだ。

 当時の様子を端から見れば避けているようにも映っただろうが、彼と対面して赤鬼状態となるのを防ぐために考えた苦肉の策である。

 アスナはその様子を思い出すと、今でもつい笑ってしまう。勿論良い意味で、だが。

 そしてそんなユキのため、リズは彼女なりのアドバイスをした。

 

「ああいうタイプはきっと推しに弱いだろうから、自分をアピールするようにしたら?」

「アピールかぁ……例えば?」

「そうね……色気とか」

 

 ユキの顔に向けられていたリズの視線が下がる。顔から鎖骨の下辺りにある、先端にピンク色の突起がついた双丘をジッと見つめ、ニヤニヤとからかいの目を向けた。

 リズの視線が何処にいっているのかを察知したユキは、咄嗟に両腕を胸の前にもってきて隠す。

 

「そ、そんなマジマジと見ないでよ!」

「え〜、女同士だからいいじゃん。……そうだ、折角だ・か・ら――」

「リ、リズ? 何をするつもり?」

 

 リズの目が怪しげに光り、両手がいやらしく、忙しく動き出した。湯の中をスーッと静かに移動してユキに近付く。

 そのいやらしい手つきに恐怖と嫌な予感を感じ、ユキの表情が思わず引きつってしまう。

 そして開戦の火蓋が切って落とされた。

 

「――抜き打ち検査開始〜〜!」

「わわっ!」

 

 その言葉と同時にリズは両手を突き出し、ユキの胸へと真っ直ぐ伸ばす。

 一方のユキはリズの魔の手から逃れるため、急いで回れ右して距離をとろうとしたが、出だしが遅かったために呆気なく捕まってしまった。リズに対して背を向けたため、彼女の腕が背中側から脇の下を通り、そのまま掌でユキの胸を捉えて覆う。

 

「ひゃんっ!」

「スキンシップだと思って。リラックス、リラックス!」

 

 リズはユキの身体を自身のもとへ引き寄せ、彼女の胸に触れる。荒々しくするのではなく、優しくマッサージするようにして全体を刺激し、適度な快感を与えて揉みほぐした。

 

「大き過ぎず小さ過ぎない、掌に収まるお椀型ね。揉み心地も悪くないし、形も整ってて綺麗。女の私からみても美乳だわ」

「リ、リズ……やめ……くすぐったい……」

「良い身体してますなぁ、お嬢さん」

「ちょ、ちょっと待っ」

「さて、つ・ぎ・は――」

 

 ユキの声を無視し、検査という名のセクハラは続く。リズの発する声のトーンがまた一段と怪しくなった。

 胸を揉みほぐしていた手が、指先でのフェザータッチにシフトチェンジした。五本の指先が胸の表面に触れるか触れないかの距離を保ち、そっと優しく、ゆっくりと肌を撫でる。それが終わると、リズは再び胸全体をマッサージし出した。

 

「ひあっ……んんっ……んあ……ダメ、だって」

「むうっ、なかなか良い反応ね」

 

 ダメージを受けた際に生じる『不快感』とは対極に位置する不思議な感覚が、ユキの胸を出発点にして電流のように身体中を駆け巡る。

 抵抗しようにもリズの腕が身体の前でクロスし、右手で左の乳房を、左手で右の乳房を弄りつつがっちりとホールドしているため、逃げ出す事も出来ない状態だった。完全にされるがままとなっている。

 

「ア、アスナさん。あれは止めさせるのがいいんじゃ……」

「そ、そうね。……リズ! いい加減にしなさい!」

 

 シリカに促され、アスナは厳しめに注意した。

 

「え〜、もうちょっとだけ。意外とクセになるというか」

「ユキも嫌がってるでしょ! や・め・な・さ・い!」

「……ちぇ〜。じゃあ今日の所はここまでにするか〜」

 

 怒られたリズはユキの身体を固定していた腕を緩め、彼女を解放した。

 しかし自由を取り戻したユキは次の瞬間、右手に力を込めて拳にライトエフェクトを宿す。リズに背中を向けていた状態からクルッと半度回転すると同時に、下からすくい上げるようにして彼女の顎をアッパーで殴打。

 

 体術単発ソードスキル《浮雲(ウキグモ)》。

 《浮雲》で相手を打ち上げる高さは筋力値に依存するが、腕を振る速度は敏捷値に依存する。そのため敏捷寄りにステータスを振っているユキの腕をリズは目で追うことが出来ず、彼女からしてみれば一体何が起こったのか理解できなかった。

 浴槽の湯を巻き込んだ水しぶきを上げ、アッパーカットで打ち上げられたリズの身体は射角の高い放物線を描きながら宙を舞う。放物線の頂点に到達すると落下し始め、そのまま着水。水面に叩きつけられる音と一緒に着水点の湯が弾け、その後リズの身体は仰向けの状態でプカプカと水面に浮かんできた。

 アスナとシリカはリズを追っていた視線をゆっくりユキに移す。彼女は立ち上がったまま左手で胸を隠し、右手は拳を握ったまま上に高く上げていた。

 その表情には怒りと羞恥が入り乱れ、目にはうっすらと涙が見える。辱めを受けたことで無意識に行ったのは彼女なりの抵抗だが、それは唯一で強烈な一撃だった。

 

「リズの…………バカっ!!!!」

 

 大浴場に響く大きな声で不満をぶつけ、逃げるようにして浴槽から出る。そのまま足を止めることなく、露天風呂へ続く扉を開けて外に出た。

 

「リズ、少しやり過ぎたみたいね」

「自業自得です」

『きゅるるる』

 

 目を回して意識が朦朧としているリズの耳に、二人と一匹の声は届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイト! 早速さっき言ってた秘湯に案内してくれよ!」

 

 入浴前に身体を洗い終え、クラインがカイトに呼びかけた。誰が聞いても声が弾んでいるのがよくわかる。

 

「あー……うん、ちょっと待ってくれ」

 

 渋っているカイトだが、彼は別に秘湯を独占したいという訳ではなく、純粋にクラインの身を案じているのだ。

 しかしキリトの言った『カイトがいるから大丈夫』の言葉に嘘はない。確かにこの場でクラインの身に何か起こったとしても、カイトさえいれば救出は可能だ。ただクラインは既に入る気満々なので、今更湯の特徴を伝える事も『やっぱなし』とも言えない空気になってしまった。

 

 《開かずの間》と呼ばれる部屋は、大浴場の一番奥に設けられた通路の先に存在する。木製の扉で部屋の中は見えないようになっていた。

 鍵を差し込んで回すと、ガチャっと扉の開いた音がする。重厚感のある扉を開いたその先には、部屋の真ん中に縦横三メートル程の正方形で囲まれた浴槽が存在していた。そして浴槽内には黄色がかった湯が張ってある。

 

「おっ、これが噂のやつか。んじゃ早速――」

 

 クラインは湯に浸かるため、浴槽に向かって歩き出す。カイトはこの先起こる未来を予見し、後ろで待機していた。キリトとエギルは扉の外で様子を伺う。

 クラインの足が持ち上げられ、湯に触れる。その瞬間、カイトの思っていた通りの出来事が起こった。

 

「――んが!?」

 

 クラインの身体が自由を失い、身体が硬直したまま前のめりになって浴槽に飛び込んだ。バシャンと音を立て、彼はうつ伏せのままプカプカと水面に浮かぶ。

 カイトはクラインを救出するために秘湯に入り、浮かんでいる彼の身体を抱えて浴槽の外に連れ出した。

 

「クライン、今更で遅いだろうけどゴメン」

 

 クラインは浴槽の外に出た今でも動きが鈍い。というより、ほとんど身体の自由がきかないといったかんじだ。

 それもそのはず、彼のHPバーには状態異常を示すアイコンが点滅していた。

 

「なん……なんだよ……この風呂は……?」

「電気風呂だよ、麻痺効果付きのな。この部屋だけ圏内設定が解除されてるんだよ」

 

 目を凝らして湯を見ると、時々水面がパチパチと放電していた。

 

「この風呂に入るための鍵を取得するクエストってのは、《耐麻痺》スキルを持っていないと受注出来ない特殊クエストなんだよ」

 

 条件を満たさないと受けられないクエストは数多く存在するが、これはプレイヤーの取得スキルに反応して発生するタイプのものだった。36層の開通直後に訪れた時は何もなかったが、カイトが《耐麻痺》スキルをスキルスロットに埋めて以降たまたま訪れると、不意にクエストが発生。この事から発生条件がスキルだと予想した。

 《耐麻痺》スキルは麻痺攻撃を受けることでスキル熟練度が上昇する。そのため、この電気風呂はカイトにとって浸かるだけでスキル熟練度が上がる、うってつけの風呂なのだ。

 無論、スキル未保持者のプレイヤーはクラインのように、湯に触れるだけで身動きが取れなくなる。幸い麻痺状態になれどHPは減らない仕様となっているが、助けてもらわなければ最悪の場合、ゲームクリアまでそのままだ。カイトも熟練度が低かった頃は苦労したが、一定値を超えた辺りから平気になり、今となっては平然と浸かれている。

 

「なるほど、これはまさしくカイト専用だな」

 

 エギルが頭を掻きながら大口を開けて笑った。

 

「悪いな、クライン。実をいうとオレは知ってて薦めた」

 

 キリトの言葉を聞く限りは多少申し訳なさそうだが、顔は笑っていた。

 

「この後行く狩りで得たコルはクラインに渡すから、それで許してくれ」

 

 カイトは顔の前で両手を合わせ、謝罪の意思を示す。

 それらに対し、クラインは一つだけ要求を突きつけた。

 

「どうでも、いいから……誰か、早く……解毒してくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うぅ……リズの大馬鹿……)

 

 大浴場から外の露天風呂へ逃げ込み、湯に浸かって小さく丸まっているユキが心の中でそう呟いた。

 露天風呂自体は屋外スペースの2分の1を占め、周りを石で囲まれており、雨が降っても大丈夫なように屋根が設置されている。外の景色を眺めるのは叶わないが、その代わりに屋外スペース残り二分の一には小さな庭園が用意されていた。

 庭園といっても自然なものではなく、石や砂を用いて山水の風景を表現する枯山水(かれさんすい)だ。地面には水の代わりにケイ酸を主成分とした白砂が敷かれ、所々には山の如く鎮座する大きめの石が置かれている。石の周りにはグルグルと円が渦巻き、白砂の表面に描かれた紋様は水の流れを表現していた。

 ユキが湯に浸かってジッとしていると、奥から湯の動く音が聞こえた。音に反応して発生源に視線を向けると、人影が見える。気付かなかったが、どうも先客がいたらしい。

 その人影は徐々にユキとの距離を縮め、ハッキリと顔がわかるまで近づいてきた。

 

「ア、アルゴさん!?」

「オォ、誰かと思えばユーちゃんだったカ」

 

 先客は情報屋のアルゴだった。

 普段はその身に纏っているローブのせいでわからないが、女性特有の丸みを帯びた身体を露わにし、肌は白く線も細い。

 

「いつからいたんですか? 私達が一番乗りだと思ってたのに」

「ン〜、1時間ぐらい前からかナ? オレっちはずっと露天風呂(ここ)にいたから、ユーちゃんが来てたなんて気付かなかったヨ。ところで、私()って事は他にも誰かいるのカ?」

「はい。アスナとリズと、シリカちゃんっていう子も来てます」

「アーちゃん達もいるのカ。それはまた賑やかで結構だナ」

 

 にゃハハハ、というアルゴ独特の軽快な笑い声が響く。

 

「アルゴさんもここにはよく来るんですか?」

「ここはオレっちお気に入りの場所だからナ。朝早くに来ると独り占めできるんだヨ」

 

 アルゴは枯山水に視線を向けた。

 人工的に作られた庭園とはいえ、砂と石だけで自然を表現した優雅で風流な景色には趣を感じずにいられない。芸術的感性に疎い者でも、シンプルながら奥深い光景に目を奪われるのは必須だろう。

 

「それとここの近くに中々美味い料理が食べられる店があってナ。そこと合わせて来るのがオレっちの密かな楽しみなんダ」

「へー」

「ちなみに今の情報は500コルだヨ」

「お金取るんですか?!」

 

 『売れる情報は何でも売る』がアルゴの信条だ。とはいえ、自分から聞いた訳でもないのに料金が発生するのには、さすがにユキも理不尽だと感じた。

 

「にゃハハハ、冗談だヨ」

「アルゴさんが言うと冗談に聞こえないんですけど……」

「別にどの店とは言ってないし、こんな抽象的かつ曖昧な情報で金を取る気はないサ。その代わりに少しだけ有意義な情報を……これはオネーサンからのサービスだヨ」

 

 アルゴはユキに近付き、耳元でそっと囁いた。

 

「もしも今後手作り料理を作る男が現れたら、そいつに『毎日味噌汁をつくってくレ』って言ってごらン」

「なんですか、それ?」

「ただの比喩的な物言いダ。要は毎日食べても飽きないくらい美味いっていう、一種の褒め言葉だナ」

「へぇ。……でもSAOで《料理》スキル――――しかも男の人で上げているのは少なそうだし、使うのはまだまだ先になりそうですね。それこそ現実(リアル)に戻ってからじゃないと」

「まぁちょっとした知識として頭にとどめておいてくレ。それじゃあオレっちは先に出るヨ」

 

 アルゴは露天風呂から出て軽く手を振ると、ユキもそれに対して手を振り返す。

 

(カー坊の顔が目に浮かぶナ。にゃハハハ!)

 

 背を向けたアルゴの心中が顔に出るが、それをユキが見るのは叶わない。

 アルゴが静かに()いた種は約二週間後、仕掛けた張本人のいない所で芽を出すのであった。




章タイトルに合わせた結果、シリカとリズベットは既に面識がある設定となっています。

50層フロアボス戦でただ一人、カイトだけが麻痺攻撃を喰らわなかったのは《耐麻痺》スキルを習得していたからです。電気風呂発見以降は頻繁に利用したため、50層の時点でかなり高い熟練度に達しています。

前話の味噌汁発言を吹き込んだ犯人はアルゴでした。

3章小ネタ
章タイトルの花・星・太陽は順番に、シリカ・アスナ・リズベットに対応しています。これは個人的に思う三人のイメージに照らし合わせてみました。
そして各話の後編で登場する蘇生アイテム・ソードスキル・素材アイテムも、順番通り章タイトルに即してあります。

3章の番外編が終わりましたので、例に漏れず次話から四章です。
とある事情でカイトとユキが久しぶりにコンビを組みます。
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