ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第27話 頑固者と分からず屋

 アルゴの急な呼び出しに応じ、カイトはユキと一緒に59層主街区《ダナク》から41層主街区《インベル》に降り立った。

 41層主街区は人呼んで《クラフタータウン》。中層の中でも様々なスキルを持つ職人ギルドやプレイヤーが多く存在し、《インベル》に店を構えている人も多い。一番の理由は素材の入手経路が多岐に渡り、かつ容易だということだ。

 生産系スキルを使うにはそれに適した素材が必要となる。《料理》スキルなら食材、《木工》スキルなら木材、《裁縫》スキルなら生地などだ。そういった各生産系スキルに必要なアイテムを、この《インベル》を中心とした東西南北のフィールドで手軽に入手可能というのが魅力となっている。

 

 二人は転移門広場から主街区の大通りに向かう。道中の両脇には職人達の店が軒を並べ、店頭には彼らが腕を振るって作った至高の逸品が並べられていた。

 向こう側の景色が見える程透き通った透明なコップは《ガラス細工》スキル、鍛治職人が使いそうな道具は《木工》スキル、テーブル・ソファ・ベッドは《家具作成》スキルによる物だろう。

 

「綺麗……」

 

 そして多くの店が建ち並ぶ中、ユキは思わず立ち止まってショーウィンドウに飾られている品に目を奪われた。両膝に手をおいて前屈みで眺めていたのは、小さな宝石が埋め込まれている指輪だった。おそらく《宝飾加工》スキルによるものだろう。宝石は小指の先に乗せられる程小さいが、内に秘めた輝きはそのサイズに収まりきっていない。

 

「ユキ! おいてくぞ〜」

「あっ、待って」

 

 名を呼ばれて止めていた足を再度前に動かす。カイトの隣まで駆け足で近寄り、追いついたら彼と同じペースで歩き出した。

 

 

 

 

 

 二人が向かった先は《白月亭(しろつきてい)》という宿。ここがアルゴの指定してきた場所で、会う部屋は二階の一番奥にある一室だった。

 軋む音を響かせながら階段を一段ずつのぼり、狭い廊下を直進。指定された部屋の前まで行くとノックを三回。すぐに扉は開かれた。

 

「よくきたな、カー坊。入りなヨ」

 

 部屋の中からアルゴに手招きされ、カイトは入室する。ユキも彼についていくように入ると、そこでようやくアルゴが彼女の存在に気付いた。

 

「アリャ? ユーちゃんも一緒なのカ?」

「どんな事やってるか興味があるんだってさ。物好きだよな」

「なんダ、せっかくカー坊が二人きりで甘い時間を過ごそうって言ってくれたの二。オネーサン残念だヨ」

 

 目を伏せて残念そうな顔をしたアルゴは、最後にため息のオマケもつけた。ユキの眉がピクッとつり上がる。

 思わぬ所でカイトの《超感覚(ハイパーセンス)》が働き、後ろからヒリヒリと背中を焼く黒いオーラを察知した。アバターが冷や汗をダラダラと流し、ブリキ人形のようにぎこちなく首と腰を回して振り返る。彼の後ろにいる人物は目元・口元ともに笑っているが、表情とオーラの不一致は寧ろカイトの恐怖心を煽るだけだった。

 

「……カイト、どういうこと?」

「違うって! これはアルゴの冗談だから!」

「必死に否定してると益々怪しいなぁ」

「いや、だから――」

 

 満面の笑みで詰問する彼女の誤解を解くため、カイトは弁明の言葉を並べたて始めた。そんな二人のやり取りを向かい側で黙って眺めていたアルゴが、突然笑い出す。ユキが不思議そうな顔でアルゴを見た。

 

「イヤ〜、ユーちゃんの反応はいつも新鮮だナ! オネーサン嬉しいヨ」

 

 場を引っ掻き回すのは、アルゴの『趣味』と言っても過言ではない。彼女の扱いもとい付き合い方に十分な経験値を積んでいる人物からしてみれば、これは挨拶代わりのようなものだ。ただし、慣れない者にしてみれば嘘か真かの判別がつかないため、彼女特有のジョークを全て真に受けてしまう。

 

「もしかして私、遊ばれてた?」

「こいつの言う事にいちいち付き合ってたら身が保たないぞ」

 

 にゃハハハ、という軽快な笑いと満面の笑み。アルゴの言葉でやっとユキも気付いてくれたようだ。そしてそんな光景を椅子に座ったままアルゴの後ろで眺め、口元に手を添えながらクスクスと上品に笑っている人物がいた。

 

「仲がよろしいんですね」

 

 それは華奢な女剣士。肩を通り越して腰まで伸びた黒髪、大きな猫目に整った鼻梁と細い唇は、間違いなく美人と言い切れる。

 身丈の短いレザージャケットの前を閉めてはいるが、セクシーなヘソと胸元は隠しきれていない。腰の右側には曲刀を携え、全身黒で統一された装備を見たカイトの感想は「《黒の剣士》女バージョン」だった。

 

(綺麗な人だなぁ……)

 

 儚げな和風美人の印象を抱かせるイリスに、カイトは思わず見惚れてしまう。えも言われぬ年上お姉さんに対する憧れに加え、清楚と気品を匂わせる雰囲気にあてられてしまえば、彼でなくても忘我の表情を顔に浮かべることだろう。

 そんな彼の表情から心情を察知したユキの顔に霧がかかり、横目でカイトを見やった。しかしあえて何もせず、言わず、ただただ黙って大人しくする。

 

「依頼主の内の一人、イリスこと、イーちゃんだヨ」

 

 紹介された人物・イリスは立ち上がり、二人に対して軽く会釈をした。カイトとユキも会釈をした後、お互いに自己紹介を済ませる。そしてユキの名をきいたイリスがこんな問いかけをした。

 

「あの、あなたはもしかして《舞姫》じゃ……?」

「え? あー、なんかそう呼ばれているみたいですね」

「やはりそうでしたか。攻略組が二人も協力してくれるなんて、心強いです」

 

 この場にいる人物の紹介が済んだ所で、さして広くもない部屋に椅子を並べ、丸テーブルを囲うようにして座る。そこでアルゴの中にあるスイッチがオンになったらしく、《情報屋》としての真剣な顔つきになった。

 

「今から話すことはオレっちも小耳に挟む程度には聞いていたが、今回の依頼を聞いてこれから本格的に調べ始める段階ダ。まずはオレっちの知ってる範囲で話すゾ」

「あぁ、頼む」

 

 カイトに促され、アルゴは一度軽く息を吸って吐く。そこから話が始まった。

 

「オレっちの聞いた噂は今から1週間ぐらい前の4月5日、22層主街区《コラル》の南フィールドでプレイヤーがPKされたっていう話だっタ。それだけならオレンジプレイヤーが起こしたPK事件の一つで話は終わるんだが、奇妙な点が二つあるんダ」

「奇妙?」

 

 カイトの疑問に対してアルゴは頷き、右手を出して人差し指を一本立てる。

 

「まず一つ目は、『PKした後にその場である物を残したこと』だヨ」

「ある物ってなんですか?」

 

 今度はユキからの疑問だった。アルゴは指を立てたまま、顔をユキに向けて答える。

 

「オレっち作成のガイドペーパーを、PKしたプレイヤーがその場に放り投げたらしイ」

 

 アルゴが作成しているガイドペーパーとは、階層の些細な情報を纏めたものだ。各階層毎の道具屋に委託し、主街区転移門広場で無料配布している。

 アルゴはデスゲーム開始直後、自身の持つ情報を纏めたガイドブックを発行し、無料でプレイヤー達に配布していた。それ以降も新しい階層が開通すれば、その度に彼女は似たようなものを発行している。

 しかし1層の頃はビギナーのために配慮した内容――――例えばクエストの受注方法やソードスキルの使い方などを多く載せていた。そのため少々厚めの文庫本サイズとなっていたが、今では情報屋の仕事に支障が出ない程度の内容となっているため、ペラペラの紙と同じ厚さになっている。アルゴ曰く『金を取れないような情報が載っている只の紙切れ』らしい。

 ただ、下層からきた初見のプレイヤーにはありがたいらしく、今でもそこそこの需要を維持している。

 

「実際にそいつが持ってた実物はあるのか?」

「流石に入手出来ていないヨ。タダ、それは59層のガイドペーパーだったと聞いていル」

「59層……」

 

 59層といえば、つい最近アクティベートされたばかりの階層だ。カイトが先ほどまで昼寝をしていた場所でもある。

 

「それにしても、そんな噂が流れているってことは目撃者がいたんですよね?」

「ソウ。ユーちゃんの言うとおり、実際に現場を間近でみたプレイヤーがいたんだヨ。ケド、それが奇妙な点の二つ目に繋がるんダ」

 

 アルゴは顔の横で指を二本立てた。

 

「現場に居合わせたのはしがないウッドクラフターだっタ。何処かに隠れてやり過ごそうとしたんだが、物音を立てたせいで気付かれたんだそーダ。慌てて逃げようとしたケド、ビビって尻餅をついてしまって殺されるのを覚悟したらしイ。ダガ、PKした奴はそいつを見逃してその場を去っていったんだとサ」

「ふーん……そういう時って普通は『見られたから殺す』っていうのがドラマでありがちな展開だよな。なんでそうしなかったんだ?」

「そればっかりは犯人じゃないと何とも言えんヨ。オレっちにはわかんないネ。知りたかったら直接会って問いただしてみればどうダ?」

 

 両の掌を上に向け、頭を横に振ってわからないことを表現していた。

 アルゴの入手できる情報は主観的・客観的事実に基づくものだけであり、プレイヤーの心理面までは流石の彼女でも立ち入ることはできない。

 

「ちなみにそいつの特徴は黒いローブを羽織っている事と、顔に白い仮面を被っているということダ。……それとあくまで目撃者の視点からみた感想だが、かなりの手練れらしイ」

「仮面か……漫画に出てくる殺人鬼みたいだな」

「そんな悠長なもんじゃないゾ。こっちは本当に実在する殺人鬼だからナ。事実、そいつに殺されたのは一人だけじゃなイ」

 

 アルゴは真剣な面持ちを崩すことなく、話を続ける。

 

「今回の依頼主であるイーちゃんは、そいつ――《仮面の男》と呼ばれるプレイヤーに仲間を殺されたんダ。それも殺されたのは昨日の朝方、現場は36層主街区の《ホスリート》北フィールドだヨ」

「今度は36層か……それで、他にわかっている事は?」

「サア?」

「さあ?」

 

 疑問符の応酬。イリスを除いた全員がそれぞれ首を傾げた。

 

「悪いけどオレっちが知ってるのはここまでだヨ。それ以上の事はまだ聞いていないし、調べてもいなイ」

「なんだよ、らしくないな。《情報屋》の名前が泣くぞ」

「五月蝿いナ。依頼人が直接会って話がしたいっていうからそれ以上は何も言ってこなかったし、こっちも聞かなかっただけだヨ。こっから先はイーちゃんに聞いてくレ……と言いたいところだが、実はイーちゃんの連れもここに来る予定なんダ。それまでちょいと待っててくれヨ」

「すいません、今日は別行動をとっていたので。お二人にお伝えした集合時間に間に合うよう言ったのですが……」

 

 そう言ったイリスの視線が動き、現在時刻を確認する。カイトとユキも時間を見ると、集合時間はとっくに過ぎてしまっていた。

 

「まあ、もう少しここで待っていよう。それはそうとして……ユキ、そろそろギルドに戻ったらどうだ?」

「え?」

「え?」

 

 カイトは今回、ユキが興味本位の見学みたいなつもりで来たものだと思っていた。しかし彼女はそういうつもりではなかったらしい。いきなりギルド本部に戻るよう言われた意味がわかっていない様子だった。

 

「なんで?」

「なんでって……イリスさんの連れが来て話が終われば、その先はオレ個人の活動だし、大まかに何やってるかはわかっただろ? オレが普段どんな事をやっているか知りたいだけじゃなかったのか?」

「う〜ん、最初はそのつもりだったけど……この際だから私も手伝うよ」

 

 腕を前にして拳を握る。表情からはやる気が満ち溢れているのがわかった。だがそれと対照的にカイトの顔に雲がかかる。

 

「アルゴの話聞いてた?」

「勿論」

「今から関わるのは人を平気でPKする相手だぞ?」

「そうみたいだね」

「ユキは今から何をするんだ?」

「カイトのお手伝いをします」

「……しょうがないな、もう一回言うぞ。アルゴの話――」

「だから聞いてたよ?」

「いーや、聞いてない。というかわかってない」

 

 カイトは呆れ顔で首を横に振った。

 

「こいつはおそらくPKの常習犯だ。今の話の中で少なくとも二人、それにもっと多くのプレイヤーを殺している可能性が高い。悪いこと言わないから、この件は聞かなかったことにして攻略活動に戻ってくれ。あとはオレで何とかするから」

「もしかして心配してくれてるの? それは嬉しいけど、私は大丈夫だよ」

「――えぇい! もどかしい!」

 

 カイトは勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「相手の目的も実力も未知数で不安要素がたくさんあるんだっ! 危険かもしれないからユキはギルドに戻れっ!」

 

 遅れてユキも同じように立ち上がる。

 

「こんな話聞いて見過ごすわけにはいかないでしょっ! カイトだって危険なんだし! ……それにいくら相手の実力がわからないっていっても、私は攻略組の()()()()だよ! 問題ありません!」

(ユーちゃん、それを言うなら『()()()()』じゃなくて『()()()』――)

 

 柄にもなくアルゴがツッコミを入れようとしたが、心の中で呟く程度にとどめた。とてもじゃないが、今の二人の間に茶々を入れる隙はない。

 

「頑固者!」

「分からず屋!」

 

 二人の口撃戦はその後も続く。両者とも一向に譲る気配をみせず、アルゴとイリスは既に空気と化していた。

 最初はこの状況をどうしたものかと考えながら眺めていたアルゴも、すぐに諦めたらしく、ストレージから飲み物を取り出してくつろぐ始末。一方のイリスは二人をなだめたいのだろうが、オロオロするだけで何もしない――というより、どうすればいいのかわからないらしい。

 

「い、いいんですか、アルゴさん? お二人を止めないと」

「放っておけばいいサ。只の痴話喧嘩だから、気にする必要はなイ。イーちゃん、ホットミルクでよかったかイ?」

「え……は、はい。頂きます」

 

 暖かいミルクがイリスの前に差し出される。カップをソーサーから持ち上げて一口飲むと、彼女の心に癒しをもたらし、ほっと一息つく。

 アルゴとイリスが時間をかけてちょっとずつミルクを飲み、五杯目に差し掛かろうとした時だった。二人の口撃は徐々に落ち着きを取り戻し、ようやく決着がつこうとしていた。

 

「ギルドの攻略はどうするんだよ?」

「レベル上げノルマはないから、問題ないよ。それとカイト一人だけで取り組むよりも、私と二人なら何かあっても対処できる場合が多いでしょ? 二人で支えあえばいいんだし」

「……アルゴ、イリスさん。なんとか言ってやってくれ」

「ン〜、オネーサン的にユーちゃんの申し出はありがたいんだけどナ〜」

「わ、私はご本人にお任せします」

 

 援軍を呼んだつもりだったが、どうやら余計な事をしてしまったらしい。

 アルゴとしてもカイト一人に任せるより、強力な助っ人がいてくれれば安心できる。普段は彼一人に任せっぱなしだが、今回はどうもきな臭い気配がするのを《鼠》の嗅覚が感じとっていた。この場にカイトの味方をする者はいない。

 

「すぐに終わるかもしれないし、長引くかもしれない。危険かもしれないし、そうじゃないかもしれない。そんな不透明な状況の中にギルドメンバーを放り込むなんて、ヒースクリフは許してくれるか? 攻略とは関係ないことに貴重な人員を割いてくれるのか?」

「う〜ん……ちょっと待ってて」

 

 彼は最後の抵抗、もとい切り札を使う。所属ギルドの団長・ヒースクリフが止めてくれさえすれば、いくら頑固な彼女でも流石に大人しく言うことを聞いてくれるだろう――――と、高を括ったのが間違いだった。

 ユキは即座にホロキーボードを起動し、現在の状況を簡潔にまとめたメッセージをヒースクリフに送信する。返事は五分後に届いた。

 

『状況は把握した。私としては、一日でも早い彼の攻略活動復帰を望んでいる。なので彼と共に協力するのを任務扱いとし、事件の早期解決に励んでくれ給へ。団員達には私から説明しておこう』

(ちくしょうっ、そうきたかー!)

 

 止めるどころか、むしろ後押しされてしまったのだ。

 ユキがメッセージを読み上げるとカイトはガックリと肩を落とし、一方のユキは勝ち誇ったような顔をしている。《聖騎士》殿からも要請されてしまっては、最早言い返す気力はおきなかった。

 カイトは両手を肩の高さまで上げ、お手上げのポーズをとる。

 

「――わかった、降参(リザイン)だ。じゃあ一先ずは、この件が終わるまでコンビを組もう」

 

 カイトからパーティー申請を出し、ユキがそれを受諾。見慣れた彼女の名前が、自身のHPバーの下に追加された。

 

「それじゃあ暫くの間、よろしくね!」

「あぁ、よろしく」

 

 純粋に彼と彼女二人だけのパーティーが、1年以上の間を空けて久しぶりに復活した。そして――。

 

 ――コンッ、コンッ、コンッ

 

 ――来客が訪れたのを示唆する音が部屋に響く。ここに訪れる人物は限定されているため、アルゴは迷いなく扉に向かい、ドアノブに手をかけた。




――という訳でコンビ復活です。
『キリトとアスナが圏内事件を追っている一方、カイトとユキが別の事件を捜査する』というコンセプトになっています。

ユキの二つ名の意味はもう少し後になります。
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