ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第29話 模索と推測

「イリスさん……」

「クソッ!」

 

 呆然とするユキを横目に、カイトは《仮面の男》目掛けて突進した。

 《仮面の男》は地面に伏して動けなくなっているジュリウスを見下ろし、まるで彼を観察するかのようにジッとしている。今はまだ手出ししていないようだが、ジュリウスは抵抗することも出来ない状態だ。放っておけば殺されると考えるのは当然の思考だった。

 《仮面の男》はローブの裾から紙を一枚取り出し、ジュリウスの頭上に落とす。それが終わると振り返り、背後から突進してきたカイトの剣をいなしつつ、カウンターで彼の腹に膝蹴りを喰わらした。

 

「――――うぐっ!?」

 

 腹部に走る鈍重な不快感に顔を歪め、強烈なノックバックで吹き飛ばされる。なんとか体勢を立て直して前を見ると、《仮面の男》は背中を向けて逃亡を図ろうとしていた。

 

「ユキ、ジュリウスさんを頼む! オレはあいつを追う!」

「え! ちょ、ちょっと待っ――」

 

 彼女の返答を聞いている暇もなければ、ここで逃がすつもりも毛頭ない。敵の背中を見失わないように、足場に気を付けて追跡を開始した。

 現在のフィールドは地面に大きな石が至る所で転がっており、人間大の石もゴロゴロしている。足場も決して良いとはいえないが、《仮面の男》はそれらをものともせず、軽やかな足取りでフィールドを疾走していた。おそらく《軽業》スキルの熟練度が高いのだろう。

 

「逃がすかっ!」

 

 カイトも負けじと懸命に後を追う。腰のホルダーからピックを一本抜き取り、逃亡者の背中目掛け、腕の振りをアンダースローに近い形で放った。

 しかし《仮面の男》は走りながら姿勢を低くすることでこれを回避。ピックは頭上を虚しく通過する。まるで背中に目でもついているかのような動きだった。

 そして突如、走っている最中の風とシステムによって引き起こされた風で、《仮面の男》の羽織っているローブがなびく。その結果、ほんの一瞬だけ左手にとある物を握っているのを、カイトの目が捉えた。

 

(スタングレネード!)

 

 《仮面の男》は握っているスタングレネードをその場に落とす。炸裂してしまえば、追跡出来なくなるのは必須だろう。

 そこで炸裂前の破壊を試みるため、剣を構えてソードスキルを発動。

 片手剣上段突進技《ソニックリープ》でカイトの身体が加速し、地面に落ちているスタングレネード目掛け、剣を思いっきり振り下ろした。

 振り下ろされた剣は正確に掌サイズのスタングレネードを捉え、耐久値が瞬く間に減少。ソードスキルの一撃で一気に耐久値を奪われたため消滅し、炸裂前の破壊に成功した。

 だがスタングレネードは一つと限らない。その可能性までは考慮していなかった。

 

(やばっ!)

 

 破壊したスタングレネードの数メートル前方にもう一つ。《仮面の男》は一つだけではなく、二つのスタングレネードを忍ばせていた。

 カイトが気付いたと同時に炸裂。咄嗟に目を瞑り、視力を奪われるのだけは死守。しかし、フィールドに響き渡る大音響を防ぐことは叶わなかった。

 

(――っく)

 

 足を止め、身体がフラつき、カイトには短い《行動遅延(ディレイ)》が課せられる。システムによって発生した高い耳鳴りにも似た音のせいで、自分の足音さえ聞こえない。

 両目を開けた時には既に《仮面の男》の姿はなく、敵の策略に嵌って逃亡を許してしまった。

 

 

 

 

 

 《仮面の男》の逃亡を許してしまい、追跡を断念。カイトは来た道を引き返し、ユキとジュリウスがいる場所まで戻った。

 物陰からの音に反応してユキの顔が警戒色を強めたが、現れた人物を見てホッと脱力する。構えた剣を鞘に収め、戻ってきたカイトに駆け寄った。

 

「ごめん、逃がし――」

「バカッ!」

 

 彼女の第一声は彼を罵倒する言葉……ではなく――。

 

「?」

「いきなり飛び出すなんて、無茶しないで」

 

 ――彼の身を案じての言葉だった。

 

「あのまま逃がす訳にはいかないだろ? ジュリウスさんを放っておく訳にもいかないしさ」

「そうだけど……」

「オレの事はどうでもいいよ。それよりジュリウスさんは?」

 

 ユキは無言で視線を別方向へと移すが、その先には地面に伏したまま項垂(うなだ)れているジュリウスの姿があった。両手を地面につけ、四つん這いの状態でその場から一歩も動いていない。

 ハッキリとは聞こえないが、声と共に混じる鼻を啜る音だけで彼の心中を察した。昨日と今日、2日続けて二人の仲間を失ったのだ。肩は小刻みに震え、悲しみの感情がその身に収まりきっていない。見ている側がいたたまれなくなる程だ。

 

「解毒はしたけど、さっきからずっとああなの」

「無理もない、よな」

 

 カイトはジュリウスの元へ歩み寄り、手を伸ばして声をかけようとする。だが開きかけた口は止まり、彼の声が発せられることはなかった。こんな時、自分はどんな慰めの言葉をかければいいのか分からなかったからだ。

 

「ジュリウスさん……すいません」

 

 なので考えた末に出た言葉は、自分の無力さを嘆く意味も込めた謝罪だった。

 

「オレ達がいたのに、イリスさんを助ける事が出来なかった。本当にすいません……」

「すいません、だって?」

 

 そんなカイトの言葉を受け、ジュリウスの声色が変化した。彼は顔を上げると急に立ち上がり、カイトの胸ぐらを掴んで行き場のない怒りを吐き捨てるかのようにブチまける。

 

「謝って済む事か! 攻略組が二人もいて、何いいようにやられてるんだよ! 俺があんたに頼んだのは奴を牢獄にブチ込む事だ。……それなのに、こんな……」

 

 勢いのあった罵声がしぼみ、収束していく。

 

「あいつはもう、帰ってこない……」

 

 カイトの胸ぐらを掴んでいた腕が声に比例して徐々に力をなくし、ジュリウスは再び項垂れる。消えたイリスの姿をみることは、もう叶うことのない幻想と化した。

 彼のやっている事は八つ当たりであり、見苦しい行いだとは本人も自覚している。それでも、内に溜まった感情を誰かにぶつけなければ気が済まない。

 そんな彼にカイトは何も言えず、掴まれている腕を払い抜けもしない。ただ黙って彼の感情を受け入れるための捌け口になる事だけが、今の自分にできる唯一の償いだと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちが沈んだ状態のまま、三人は再び主街区に戻ってきた。

 時刻は黄昏時へと移行しつつあり、狩りや素材の採集を終えたプレイヤー達が街へぞろぞろと戻ってきていた。口々に聞こえてくるのは、今日の成果をお互いに報告する職人の話し声。内容は今日1日の儲けた額や生産素材収穫の有り無しなど、《クラフタータウン》と呼ばれるに相応しい光景だった。

 そんな和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気とは異質の空気を纏いながら、カイト達はつい数時間前に集合した宿へと足を運ぶ。今日の所は調査を打ち切り、明日に備えて早めに休むこととなった。

 そして街に戻るまでの道中から宿につくまで、ずっと閉じていたジュリウスの口が開いた。

 

「その、二人とも……さっきはすまなかった。格好悪い姿を見せてしまって」

「別にそんな事――」

 

 ――ない、というカイトの言葉を切るように、ジュリウスが言葉を上から被せる。

 

「いや、そんな事あるさ。振り返ってみるとさっきのはどうかと思うよ。別にカイト君が悪い訳じゃないのに、君にあたるのは筋違いだ。二人の指示に従って、すぐさま転移結晶で離脱するべきだったよ」

 

 彼の口調は先程までとはうってかわって、穏やかなものに変化していた。

 

「すぐには無理だけど、できるだけ早く立ち直れるようにするよ。明日からまた、協力してくれるか?」

「あぁ、勿論」

「トーゼンですよ」

「……そうだ、ジュリウスさん。よかったら夕飯一緒に食べませんか? 明日に備えて腹ごしらえしないと」

「いや、遠慮しとくよ。今日はもう休みたい気分なんだ。一人に……してくれないか?」

「……わかりました」

 

 NPCから部屋の鍵を貰ったジュリウスは、今夜泊まる部屋へと続く階段をのぼる。その後ろ姿を、カイトとユキは見送った。

 そしてジュリウスの姿が見えなくなってから、カイトの隣にいたユキが話しかけた。

 

「それで、私達はどうしよっか?」

「とりあえず、どっかのNPCレストランでメシにするか。今は食材の手持ちが全然ないから、作りたくても作れないし」

「それなら行ってみたい場所があるんだけど、いいかな?」

「いいよ。何処?」

「えっとね、35層にある《風見鶏亭》っていう所。そこのチーズケーキが美味しいって評判だから、一度行ってみたくて」

「わかった。じゃあそこで夕飯食べた後は、宿に戻って作戦会議でもするか」

 

 カイトは両腕を天に向かって高く伸ばし、大きく伸びをした。

 

「ジュリウスさんは……どうする?」

「一人になりたいって言ってたし、今日はそっとしておこう」

 

 

 

 

 

 食事を終えた二人は宿へ戻り、カイトのとった部屋に集まった。こじんまりとした部屋に入ると、カイトは背もたれのついた椅子に座り、ユキはベッドの上に腰掛ける。

 

「ユキはさ、あいつと対峙してどう思った?」

 

 『あいつ』が誰かは言うまでもない。

 ユキは腕を前に組んで「う〜ん」と唸る。自分の抱いた印象を言葉にするため、考えをまとめているようだ。

 

「なんていうか……動きに迷いがなかった、かな。私達に突っ込んで剣を振った時もそうだし、人を殺そうとするのに躊躇しない人だと思う。それに私達を足止めした方法も……悔しいけど、上手かったし」

 

 敵を褒めるのは本意でないが、そう言わざるを得ないほど見事だった。スタングレネードを落とした事に気付かせず、二人の死角になるような場所で起動させる。それをさも当たり前のように行えたのは、手慣れている証拠だろう。

 

「それにしても、なんでガイドペーパーを残していくんだろう?」

「これか」

 

 カイトがアイテムストレージから取り出したのは、彼女が口にしたガイドペーパー。今回も話にあった通り、例に漏れることなく残していったのだ。

 

「今度は14層か。これまた随分低層だな」

 

 手に現れたのは14層のガイドペーパーが一枚。頭上に掲げて眺めたあと、ユキに渡すために差し出した。渡されたユキも同じように眺めるが、別段変わった所はなさそうだ。

 

「これってきっと何か意味があるんだよね?」

「そうだとオレは睨んでる。これはあいつにとって何かの意味合い――――法則性があると思うんだ」

「法則性?」

「ルールとか、メッセージとか。今は閃きもしないけどな」

 

 カイトの言葉にユキは頭を捻らせて考えるが、すぐに匙を投げた。

 

「それと奇妙な点が二つあるんだよ。こっちもさっきから考えてるんだけど、いまいち納得のいく答えが見つからなくてさ」

「奇妙? 何が?」

 

 カイトは目の前に設置されているテーブルに頬杖をつき、頭を捻らせる。ガイドペーパーの謎もそうだが、《仮面の男》と対峙した結果生まれた新たな疑問が、彼の脳裏から離れずに引っかかっていた。

 

「一つは『なんでイリスさんの殺害をした後、すぐにジュリウスさんを殺しにかからなかったのか?』だ。あいつがイリスさんを殺した後、動けないジュリウスさんを眺めていた時間があっただろ? もしその時間を使えば、身動き出来ないあの人を殺すことだって出来たかもしれない」

 

 攻略組の二人をいなした事実から、《仮面の男》のステータスは攻略組クラスの数値を誇っているのが伺える。それだけの実力があるのなら、二人をまとめて殺害するのも不可能ではないと読んでいた。

 

「でも、それを言うならもっとおかしな所があるよ? ジュリウスさん達は前日に遭遇して仲間の人を殺されたって言ってたけど、なんでその時に三人全員が一度に殺されなかったのかな?」

「実は頭に引っ掛かってる疑問の二つ目が、それなんだよ」

 

 カイトは背もたれにもたれかかり、天を仰いだ。

 一つ目の疑問と被るが、なぜ一度に複数を手にかけようとしないのか。これはカイトが先程発言した『《仮面の男》独自の法則性』なのかもしれない。

 ユキは思考を巡らせるが、考えても考えても理由がわからず、直接本人に質問したい気持ちになった。腰掛けた状態からゆっくりと横に倒れ、ベッドの上で横向きになる。

 

「う〜、全然わかんないよ」

「まぁそれは後回しにしよう。ガイドペーパーの意味を考えるのが近道な気がするし」

 

 二人は姿勢をそのままにして潜考する。

 

「階層の数字に意味があるんじゃないかな?」

「数字……か」

 

 彼女から出た一つの説。カイトは階層の数字について考察することにした。

 

「36、41、14……1週間前のも入れると22と59もか」

「暗号……かな?」

「暗号?」

「よくあるでしょ? 数字を……別の物に置き換えると……ちゃんとした……意味に……なるって……」

 

 数字を他の文字に変換すると意味の通ったメッセージになる、ということだろう。アルファベットや日本語の50音、あるいはそれ以外の何か。

 

(アルファベットじゃ文字数が足りないけど、日本語なら濁音と半濁音を足せばなんとかなるな。階層の順番通りにいくなら……に、ず……や、ら、せ……。これだけじゃ意味がわからないし)

 

 頭の中で数字を変換し、組み立てて文章になるか試してみる。だが判明しているのが五文字しかないため、これだけでは意味があるとは思えなかった。仮に並べ替えたとしても、何かの固有名詞になりそうな気配はない。

 

(そもそも不明瞭なんだよなぁ。情報も足りないし、アルゴからの連絡を待つしかないか……)

 

 そこでカイトの元にメッセージが届く。まさかタイミング良くアルゴからの連絡が入ったのかと少し期待したが、差出人はアルゴではなくキリトからだった。

 

『今日の夕方、57層にある《マーテン》の中でPKが起こった。暫くアスナと組んで事件の解決に尽力するから、少しの間だけ前線を離れるよ。そっちはそっちで頑張ってくれ。P.S ユキにもよろしく』

 

 メッセージに目を通して閉じる。事件というワードに一瞬だけ反応したが、57層の夕方はおそらくカイト達が《仮面の男》と対峙していた時だろう。無関係だと思いはしたが、念の為返信で質問してみた。

 

『わかった。ところでそれって黒ローブに仮面のプレイヤーが関係してたりする?』

『いや、断言は出来ない。プレイヤーの格好とか、ハッキリとした姿を目撃した人物がいないんだ。辛うじて一人いるけど、人影をみたっていうレベルでしかないし』

『そっか。……ちなみに使われた武器はわかるか?』

『《ギルティソーン》っていう短槍(ショートスピア)だ。それがどうかしたか?』

『いや、何でもない。オレも暫くは前線から離れると思う。無茶するなよ』

『お互いにな』

 

 キリトが捜査している事件で使用された武器は短槍(ショートスピア)。一方のカイト達が追っている人物の得物は短剣(ダガー)。全くの別物だとわかり、関係性はないと判断した。

 メッセージを閉じ、再び自分達の関わっている事件について思案する。閃くことなく、ただただ時間だけがイタズラに過ぎていくばかり。

 言葉を発することなく無言で思考を巡らせているため、部屋の中は物音一つ立たないほどに静かだった。まるでこの部屋には自分一人しかいないと錯覚するほどに。

 そこで眼前のベッドで横になっている少女が、いつしか一言も話さずにいると気付く。ふと彼女をみれば、目を閉じて身動き一つせず、スヤスヤと横向きのまま夢の中へと旅立っていた。滅多に拝めないユキの寝顔を眺めていると、自然と頬がほころんでしまう。

 椅子から立ち上がると彼女を起こさないようにそっと近付き、左手を頭に伸ばす。サラサラとした黒髪の表面を柔らかく包むようにして掌を被せ、少女の寝顔を微笑みながら見つめていた。

 

(ちょっと待て。これ、ヤバイんじゃ――)

 

 寝顔を眺めている最中、カイトは重大な事実に気付いてしまった。

 現在二人のいる部屋はカイトがとった宿部屋であり、ユキのとった部屋は別にある。圏内ではプレイヤーを無理矢理動かすのは出来ないし、寝ている彼女を起こすのも気が引ける。現実で同じ状況に陥ったのなら、泊まっている部屋を変えればいいだけの話だがーー。

 

(ですよねー)

 

 ユキのとった宿部屋が開けられるか念の為に確認した所、扉は開かなかった。

 宿の扉はデフォルト設定のままだと、パーティーメンバー解除可となっている。しかし勝手に入って来られないよう設定し直せば、その限りではない。ユキのとった部屋に入る権限を、カイトは持ち合わせていないのだ。

 仕方なく元の部屋に戻り、今夜は何処で寝ようか考え出した。部屋に一つしかないシングルベッドでユキは寝ているが、ふと空いたスペースに目を向ける。

 

(いや、待てよ……。ユキはベッドの端で寝てるから、反対側の隅っこで寝ればなんとか――)

「……ん」

 

 そんな彼の打開案を打ち崩すかの如く、ユキは大きく寝返りをうつ。その結果、横向きから仰向けになったユキの身体は小さなシングルベッドの大部分を占領し、部屋の主が寝るスペースは完全になくなってしまった。

 そして寝返りをうった事で、彼女は無防備に全身を(さら)け出す。

 膝上のミニスカートとニーソックスの間から覗く、スラッとした太もも。

 上半身に緩い曲線を生み出している、柔らかな膨らみ。

 ノースリーブのために露出している、白く細い肩。

 夢の中を気持ち良さそうに旅している、愛くるしい寝顔。

 それら視覚的刺激の全てが、カイトの理性をゼロにしようと働きかける――。

 

(――っ! いやいや待て待て!)

 

 ――が、彼の持つ鋼の精神が抑え込んだ。

 カイトは椅子に戻ってユキに背を向けるようにして座ると、両目を閉じ、目から入る情報をシャットダウンした。

 

(大丈夫。これぐらいなんとも)

「ん……ん〜……んっう……」

 

 視界は完全に封鎖したが、今度は耳に訴えかける波状攻撃が繰り出された。寝言を聞いただけで彼女の姿が脳内で再生されてしまうため、カイトは両手で耳を塞ぎ、即座に対応してみせる。

 

(鎮まれ、鎮まれ煩悩〜〜!)

 

 その日の夜、カイトは自分自身の中に潜む敵と、熾烈な戦いを繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 日付も変わり、時刻は朝を迎える。

 機械の電源を入れたかのように、ユキの意識が覚醒し、ベッドから起き上がった。

 

「……へあ?」

 

 昨晩はカイトと共に事件について、話し合いと推測をしていたのまでは覚えていた。だがベッドで横になってからの記憶が、彼女にはない。

 

(――あっ。私、あのまま寝ちゃったんだ)

 

 彼女の姿は《血盟騎士団》の制服を着たままだ。自分の姿と最後の記憶を辿った結果、ベッドで一晩中寝てしまったのだろうと結論づけた。

 ベッドから足を出して床につけると、両腕を広げて立ち上がる。すると背もたれに身体を預けながら椅子に座り、ユキに背を向けたまま微動だにしないカイトがいた。

 ユキは後ろ手を組んでカイトの前に回り込むと、そこには座ったままの状態で眠りについている彼の顔があった。

 

(そっか……。私がベッドで寝てたから……)

 

 宿部屋の解錠権限やベッドの占拠など、あらゆる状況から、なぜ彼が椅子で眠っているのかを察した。

 そして彼もユキと同じように、眠りから覚めて両目がゆっくりと開く。

 

「おはよっ、カイト」

「……ん、おはよう。ふあ〜」

「ごめんね。私が寝ちゃったから、こんな所で」

「……あぁ、気にしないでくれ」

 

 眠りから覚めはしたが、まだ若干の睡魔が残っているのだろう。眠たげな目を擦り、声は気だるげな様子だった。

 

「それにしても、昨晩のカイトは紳士だったみたいだね?」

「……はい?」

「だって、その……私の身体、なんともないみたいだし……」

 

 麻痺で身体がうまく動かせない者や、今回のように眠っている相手の指を勝手に動かし、メニューを操作することは可能だ。それを利用してシステムの深い所にある倫理コード設定を解除し、女性に対するハラスメント行為を行うことも出来る。オレンジプレイヤーの中には、こうした卑劣な行いをする人物が少なくない。

 現時点ではあまりおおっぴらになっていないが、女性プレイヤーには己の貞操を守るための知識として、知っている者も少なからずいる。ユキの発言はその事を暗に示しているのだろう。

 そして常日頃オレンジプレイヤーを相手に活動する機会が多い彼も、その手法は犯罪者が好んで使う、一種の常套手段として耳に入ってはいた。

 

「……――っ! ア、アホか! それは一番やっちゃいけない事だろ!」

 

 頭を抱え、ないない絶対ない、と呟く彼の姿でホッと一息。そんな彼を見たユキの脳裏に、ある考えが閃いた。

 カイトが余所見をしている内に、ユキは右手の人差し指と中指を揃え、指先を自分の唇につける。そうして口付けした指先を、彼の頬に軽く押し付けた。

 口付けされた指先が触れることで、カイトの頬を窪ませる。

 

「なに?」

「昨日のお返しと、紳士な対応をしたカイトに贈る、ちょっとしたサービス……かな?」

「これが? ……というか昨日のお返しって? 何かしたっけ?」

「わからなくていーのです」

 

 頬に指を押し付けたまま、ユキがはにかむ。その理由がわからず、カイトは不思議そうにするしかなかった。




スタングレネードを前話みたくまともに喰らうと、行動停止状態に陥りますが、閃光は目を瞑る、音響は防音アイテムを使うなどすれば未然に防げます。
ちなみに閃光だけ喰らうと周囲の光景を認識出来なくなる《盲目》、音響だけ喰らうと短時間《行動遅延》のバッドステータスが課せられ、二つ合わせることで長い行動停止になる独自設定です。
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