カイトは呆然と、窓際の席から景色を眺めていた。
現在二人はNPCレストランで遅めの昼食をとっているが、目の前に置かれているクリームシチューの量は中々減る様子がない。それもそのはず、利き手で握ったスプーンが役目を果たしたのは、両者共に片手で数えられる程しかないからだ。
依頼人を二人とも失うという最悪の結果が、二人の気持ちを深く沈める。それでも不思議とお腹は減るのでこうしてレストランに入ったが、食事が出された途端に食欲はどこかに消え失せてしまった。
スプーンを置いてテーブルに頬杖をついているカイトの向かい側で、ユキは俯いたままジッと動かない。幸いにも周りにプレイヤーはいないが、客観的にみれば別れ話を持ちかける手前、あるいは持ちかけられた男女のような重い雰囲気だった。
「はぁ……」
溜め息を一つ。
昨日の今頃は、まさかこんな事になるなど想像もしていなかった。話を聞いた時は不可解な点が多いと思いはすれど、また今まで通りに解決して終わりだと、そう信じてやまなかった。
しかし、現実は残酷にして残忍。『助けを求められたヒーローが悪者を退治して人々を救う』という理想の英雄像は、所詮テレビや漫画の中にしか存在しない偶像だと、深く思い知らされてしまったのだ。
――もしかしたら自分は
そんな考えが頭をよぎる。
そして直接的に彼が悪いとは言えないが、時間が経てば経つほど、二人の未来を奪ったのは自分のせいだと思い込んでしまっていた。
卑屈な考えはブーメランのように戻ってきて卑屈さを増し、外の景色もカイトの心模様を表しているのか、天気はどんよりとした曇天だった。これが晴れなら多少は救われるのだが、雲が散る気配はなく、鉛色は濃度を増していく。このまま雨でも降るかのようだ。
チラッと前方のユキに視線を向けると、彼女は依然として俯いたままだった。俯き姿勢のために目元はよく見えないが、その様子から心情は察するまでもない。昨日知り合ったばかりとはいえ、人の身が砕け散る際の光景と音は決して心地よいものではなく、SAO開始からまもなく1年半が経過する今でも、それは変わらない。
「……よしっ!」
ユキが不意に俯いていた顔を上げたかと思えば、彼女は両手で自分の頬を二回叩く。叩いた頬を押さえながら目を瞑り、開眼してテーブルに置いてあったスプーンを握ると、食べかけのシチューを食べ始めた。
「今の何?」
「ふぇ?」
スプーンですくったブロッコリーを口に運ぶ途中で一時停止したが、再び動いて口に含み、咀嚼。呑み込んだ後でカイトの疑問に答えた。
「今のはね、『もう落ち込むのは止め!』って自分の中で区切りをつけたの。気持ちを切り替えてまた頑張るために、喝を入れたって感じかな? それにまだ終わった訳じゃないしね」
握っているスプーンをシチューに沈め、ユキは言葉を紡ぐ。
「二人は確かに救えなかったけど、きっとあの人はまた同じ事を繰り返すよ。これ以上無駄な犠牲者が出ないように、私達が止めないと。……そのためにもまずはお腹一杯にして、それからもう一度考えて備えよう。ねっ?」
「……前向きなんだな、ユキは」
彼女の言うとおり、まだ事件はおわっていない。今後被害に遭う人達を未然に救うためにも、自分達が動かずして誰が動くのか。カイトは目の前で起きた出来事に気を取られ、未来にまでは目を向けていなかった。もし一人だけでこの件に関わっていたのなら、彼はその事に自力で気付かなかっただろう。
――二人で支えあえばいい――
「……それじゃあユキの言うとおり、まずは腹ごしらえから始めるか」
「うん! それでは早速一口どうぞ。はい、アーン」
ユキはスプーンに一口大の人参をのせると、テーブルに身を乗り出し、カイトの前に差し出した。
「い、いいって。自分のを食べるから」
「まぁまぁ、そう遠慮なさらずに。早く早く!」
「じゃ、じゃあ……頂きます」
急かされたカイトは目の前の人参にかぶりつき、よく噛んで呑み込んだ。
「美味しい?」
「……うん」
カイトは視線をユキから逸らしてぶっきらぼうに答えるが、別に不満があるわけではない。ただほんのちょっとの照れ隠しであり、本心は満更でもなかった。
「じゃあもう一個。はい、アーン」
ユキはもう一度、同じように人参を差し出す。逸らしていた視線を今一度彼女に向け、再び人参にかぶりつく。そしてユキは自分のシチューにある最後の人参をスプーンにのせ、いつでも差し出されるように待機していた。
「その調子でもう一つ」
「……ちょっと待て。さっきから人参しか食べてないぞ」
カイトの言葉を聞いたユキが固まる。彼女のシチューには他の野菜もゴロゴロ入っているのに、その中で人参を集中してカイトに食べさせるのには違和感を感じた。
「……人参美味しいでしょ?」
「そうだな。でも最後のはユキが食べなよ。もしくれるんなら他のにしてくれ」
「いやいや、遠慮しなくていいんだよ?」
「……もしかして……人参嫌いなのか?」
固まっていたユキの身体が動き出したが、錆びたロボットのようにぎこちない。顔だけを動かして窓の外を見た。
「ソ、ソンナコトナイヨ」
「目を逸らすな。こっちを見ろ」
「こ、こここれが嘘をついてる目に、み、みえる?」
「ものすっごく泳いでるな」
「……あ〜〜、もうっ!! 嫌いなものは嫌いなの!! しょうがないでしょ!!」
「開き直るなっ!」
これ以上は誤魔化しきれないと判断し、案外あっさりと白状した。
「まったく。上手いこと人を利用しやがって。ちゃんと食べるまでは、店から出ちゃダメだぞ」
「うぅ……アスナもカイトも厳しいよ。《料理》スキル持ちはみんなこうなの?」
「好き嫌いしないのは当たり前だ。スキルは関係ない。……それじゃあまずはオレから二個提供するから、そこから始めようか」
「プラマイゼロになっちゃうじゃん! 鬼っ! 悪魔っ! 人でなしっ!」
「なんとでも。ほら、アーン」
カイトからスプーンに乗った人参を提供され、泣く泣くユキは口に入れて食べる。ふとカイトが窓の外を見ると、先程までの天気が嘘のように変化していた。
時間をかけて完食したユキを連れ、レストランを出る。好天の下で転移門広場に向かう道中、二人はこれまでの情報整理を始めた。
「とりあえず現場に残したガイドペーパーの階層――――それも主街区周辺の何処かが、次の殺害現場を予告してるって説で確定っぽいな」
「うん。アルゴさんの情報を合わせてもちゃんと一致してるし、これは間違いないと思う。そうなると今度は53層の《ケプロス》周辺だね」
「あぁ、ひとまずガイドペーパーの意味はわかった。その代わりに新しい問題が一つ増えたけどな」
「ジュリウスさん……だよね?」
安全な圏内で大人しくするようにお願いしたジュリウスが、何故か現場に乱入してきた事。居場所を突き止めた方法は、フレンド登録の追跡機能を利用したと容易に想像できる。しかし、わざわざ現場に足を運んだ意味がわからなかった。当時の言動からして仲間の仇を取りに出向いたのだろうが、彼は敵に対して手も足も出ないのは重々承知している筈だ。
「圏内にいるよう頼んだ時は『わかった』って言ってたのに、なんで?」
「あれじゃまるで殺されにきたようなもんだ。まぁ……実際に殺されたんだけどさ」
カイトのフレンドリストに乗っている《ジュリウス》の名前もそれを証明している。彼の名前は通常のゲームでいうログアウト状態になっているからだ。つまり、プレイヤーネーム《ジュリウス》は既にこの世界から退場済みであった。
(それもそうだけど、あれは……どこかで一度見たような気が……)
ジュリウスの不可解な行動もそうだが、敵のとった動作の一つが彼の脳裏に焼きつき、頭から離れない。カイトは《仮面の男》について既視感を抱いていた――いや、既視感ではない。彼は
(何処だ、何処で見た? まだ最近の筈……――っ!)
ふっと抱いた疑問が自己解決したまさにその時、彼の元に一通のメッセージが届く。差出人は《鼠のアルゴ》からだった。
「アルゴから……追加の情報だな。えっと、内容は……新たに判明した過去の殺害場所と被害者の名前だ。4月4日に33層《ブルックス》の西フィールドで槍使いのベティ、4月8日に四17層《フローリア》の西フィールドでメイス使いのフランク、4月9日に25層《グランバート》の南フィールドで片手棍使いのゴードンって人達が被害者らしい」
「調べてるのはアルゴさんだけど、なんか芋づる式に色んな事がわかってくるね」
「まぁ犯行予告をしてるからな。それを元に調べれば繋がっていくだろうし、きっとアルゴもそうやって――」
カイトの歩んでいた足が止まり、言葉が途切れた。
偶然か必然か、自身の発した言葉をきっかけにして考え込む。
「どうしたの?」
急に立ち止まった彼に何事かと問いかけてみるも、その問いに対しての反応はない。カイトは今、頭の中だけで手元の情報を整理して纏め、順番通りに並べて検証しているのだ。他の事に意識を割く余裕はない。
「……法則性。そうだ、法則性だ! あいつは独自のルールに従って、文字通りガイドペーパーを利用して殺害予告をしたんだ!」
バラバラだったピースが閃きによって一つずつはまり、彼の眼前にとある答えを導き出す。
「ねぇ、カイト。一体何がわかったの?」
「えっと実は……って、何だあれ?」
歩を進めていくうちに到着していた転移門広場で、人だかりが出来ていた。どうやら人々はある場所を中心に円を描いており、何かを取り囲んでいるらしい。ギャラリーに紛れて何事か様子を伺うと、円の中心には二人のプレイヤーが対峙していた。そして頭上には見慣れたカウントが表示されている。
(
カイトとユキがちょうど来た時、開始の合図が鳴った。
(こりゃ結果はみえたかな)
カイトを含めた周りのプレイヤーも皆そう感じ始めていたが、決着は非常に珍しい結末を迎えることになる。
押されていた両手剣使いが最後の賭けなのか、はたまた苦し紛れの悪足掻きなのか、ソードスキルを発動した。対戦相手も正面から迎え撃つため、同様にソードスキルを発動。二人の単発剣技が衝突するが、優勢だった斧使いの武器が真っ二つに割れ、硬質な音をたてて消滅した。
システム外スキル《
武器の脆弱部位へソードスキルを当てれば可能とされている高等技術。武器を失った相手に対して、戦術的・心理的にも侮れない効果を発揮するが、針の穴を通す正確無比な技術を必要とするため、意図的に使える者はそうそういない。カイトの知る限り、実践レベルで使用できる人物は一人いるが、この場にいるのは別のプレイヤーだ。まさか他にもいたのかと感心しかけたが、どうやらそうではないらしい。
これは
武器を失ったプレイヤーは慌てて予備の武器を取り出そうとするが、我に返った両手剣のプレイヤーが縦に一閃。それが勝敗を分かつ一振りとなり、《WINNER》表示が出ると、ギャラリーから歓声が上がる。
「うわぁ〜、なんかすっごく珍しいのが見れたね!」
ウキウキした声色でユキが話しかける一方、カイトはまたしても深刻な顔で考え事をしていた。口元を手で覆い隠し、小声で何かを呟いている。
「武器破壊……そうか! ……でも……いや、あり得なくはない、か? …………」
小さすぎて隣にいるユキでも聞き取りづらい声だが、彼の頭は現在全神経を集中し、思考の海に身を沈めていた。海底に沈んだパズルのピースをかき集め、一つずつあてはめていくことで、事件の全容が明らかになりつつなる――――が、あと一歩確信が得られない。
(いや、大丈夫。あそこならきっと――)
ならばその目で紛れもない事実を突きつける、一欠片の嘘もない真っ白な真実を確かめればいい。それがわかれば、疑問は解消される。
「ユキ、行こう」
「行くって何処へ?」
「それは――――」
カイトの告げた行き先は、ユキにとって予想外の場所だった。
作中の『人参』は、『味や見た目が限りなく近い物』という解釈でお願いします。
次回は説明回です。