ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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説明回です。ちゃんと伝えられているか不安でしょうがない……。


第32話 論理と推理

 カイトがユキを連れて向かった先は《はじまりの街》に存在する最も巨大な建造物《黒鉄宮》。そして用があるのはここに入ってすぐの場所に設置されている、SAOプレイヤー全員の名が刻まれた巨大な石碑《生命の碑》だった。

 

「カイト、何でいきなり《黒鉄宮》に行こうって言い出したの?」

「……ここに来れば何もかも、全部わかるからだよ」

 

 二人は約一万人のプレイヤーネームが刻まれた石碑の前に立つ。βテスト時代はHPがゼロになったプレイヤーの復活場所であったが、デスゲームと化した今では巨大な墓石にしか映らない。所々で名前の上には横線が引かれているが、これはその名前の持ち主がもういない事を示している。そして《生命の碑》の前にはまだ置かれて間もないであろう、死者へと手向けられた花束があった。

 

「まずガイドペーパーの殺害予告だけど、あれは次の現場をオレ達が考えていたより明確に、そして()()()()示していたんだ」

「えっと……どういうこと?」

 

 何の事かさっぱりわかっていないユキのために、カイトが一から説明し出した。

 

「まず殺害場所を日付に沿って4月4日から並べると、《ブルックス》の西・《コラル》の南・《ダナク》の北・《エルムガルド》の東・《フローリア》の西・《グランバート》の南・《ホスリート》の北・《インベル》の東・《ジャックバーン》の西になる。何か気付いた事はない?」

「……もしかして、四つの方角が順番にサイクルしてる?」

「あぁ。主街区周辺にある四方のフィールドの何処でPKが行われるかを明示、これが一つ目の法則性。そして二つ目の法則性だけど、それは主街区の名前にヒントがあったんだ。英字にすればすぐわかると思う」

 

 言われたユキは頭の中で主街区の名前を一つずつ英字に変換した。

 

 《ブルックス》=Brooks

 《コラル》=Coral

 《ダナク》=Danak

 《エルムガルド》=Elm-garde

 《フローリア》=Floria

 《グランバート》=Grand-bart

 《ホスリート》=Hothreit

 《インベル》=Invel

 《ジャックバーン》=Jack-barn

 

 変換していくうちに『まさか』という思いがよぎるが、全て終える頃には確信に変わっていた。

 

「わかった! 主街区名の頭文字(イニシャル)()()ファ()()()()()()()()()()()()()!」

「そう。アルファベットの『A』が抜けているのを差し引いても、これは順番を考慮して意図的に場所を選んでいたんだろう。ただ、もし『A』から始まる主街区で既にPKが行われているとしたら、それはおそらく――」

「50層の《アルゲード》だね」

 

 ユキが言葉を紡ぐと、カイトは軽く頷いた。これが二つ目の法則性である。

 しかし、この法則性は何も主街区に限った話ではない。

 

「そしてこれはプレイヤーネームにも適用されていたんだ。例えば――」

 

 カイトは目の前にある《生命の碑》に歩み寄り、『D』の欄からとある名前を指でなぞりながら探す。

 

「《ダナク》でPKされたのはDick(ディック)、イニシャルが『D』から始まるネームだ。……ここからさらに《エルムガルド》でEllis(エリス)、《フローリア》でFrank(フランク)、《グランバート》でGordon(ゴードン)と続くけど、PKされた人達は皆主街区とプレイヤーネームのイニシャルが一致している。これは偶然なんかじゃない」

 

 カイトは石碑を指先でなぞりながら移動する。

 

「そして今日『J』のイニシャルを持つジュリウスさんがPKされた。オレ達が知っている被害者の名前は、イニシャルに『A』と『C』がつく人を除いた8人。でも石碑を眺めながら一つずつ照合していくと、オレ達が知っている8人のプレイヤーネームの内、何故かある人物だけPKされた筈なのに横線が引かれていない。その人物こそ、一連の事件を引き起こした主犯格だ。それは――」

 

 カイトはイニシャルに『I』を持つプレイヤーネーム欄の中から、ほんの少しの間、自分達も関わった人物の名前を探し出して指差す。ユキは自らの目を疑うが、それは紛れもない事実だった。

 

「イリス、さん……」

 

 その人物は今回の事件解決を依頼した依頼人、イリスだった。彼女の名前には死亡した事を示す線が引かれていない。

 

「そんな……なんで? ……でも待って、あり得ないよ! だってあの人は私達の前で殺されたんだよ!」

 

 そんなユキに対し、カイトはかぶりを振った。

 

「いや、イリスさんは殺されたように見えただけで、実際の所はそうじゃない。そもそもオレ達はあの時スタングレネードで目をやられてたから、ハッキリと死んだ瞬間は見ていない。ただ微かに聞こえたガラスの割れるような音と、僅かに見えたポリゴン片だけで判断したにすぎないだろ?」

「それならどうやって……」

 

 ――カシャンッ

 

 二人が話している最中、聞き慣れた破砕音が響く。発生源は《生命の碑》の前に置かれた花束の一つ。どうやら耐久値がゼロになったため、消滅したらしい。

 そしてカイトは消滅した花束があった場所を指差した。タイミング良く具体例が提供されたのなら、分かりやすく説明するにはもってこいだ。

 

「あれだよ。プレイヤーの死亡エフェクトと、アイテム類の消滅エフェクトはよく似ている。おそらくイリスさんはあらかじめ耐久値を削っておいた防具が消滅する瞬間を狙って、転移結晶で離脱。そうやってあたかも死んだように見せた彼女はその場から姿を消し、残るのは消滅エフェクトのみ。あの状況のオレ達からすれば、死んだように見えるのも無理はないさ」

 

 この考えが浮かんだのはついさっき、広場で行われた決闘(デュエル)中の武器破壊。これで消滅した武器を見たのがキッカケだった。

 

「でも《仮面の()》だよ!? ……それにイリスさんは確かに敵と対峙してたし、これじゃあイリスさんが二人いる事になっちゃうよ? 何でイリスさんが犯人なの?」

 

 疑問、疑問、また疑問。ユキはカイトに詰め寄り、彼の両肩に触れると前後に大きく揺する。

 

「お、落ち着けユキ! えっと……まずユキが今言った一つ目の疑問だけど、そもそもなんで男だって断言されてるんだ? ローブで身体のラインは見えないし、顔も仮面で覆っているからわからないのに」

「え? だってそれはアルゴさんがそう言って――」

「そう、オレ達は《仮面の男》っていう呼び名をアルゴから聞いた。でもアルゴ自身『小耳に挟む程度に聞いた』って言ってたから、人伝(ひとづて)にその呼び名を聞いたに過ぎない。つまりアルゴですら会って確認したわけじゃないのに、性別が男だと錯覚している。……そしてそう思い込んだまま伝えられたから、犯人は男だとオレ達の頭に刷り込まれてしまったんだ。……勿論、これはアルゴが悪いわけじゃないけどね」

 

 ここでカイトは一呼吸おく。

 

「そしてこれは犯人のイリスさんが自ら流した呼び名だと、オレは睨んでる。格好からは判別出来ない性別を呼び名に織り交ぜ、噂を流すことで女性である自分を容疑から逸らす――――いわば心理的誘導だ。そして極めつけはさっき説明した死亡偽装。あれでイリスさんが死んだと思い込んだオレ達は、二重の心理トリックによって、あの人を無意識に容疑者から完全除外してしまったんだ」

 

 ついつい早口でまくしたてるようになってしまう。カイトは一度言葉を切り、渇いた喉を潤すため、生唾を飲み込んだ。

 

「そして二つ目の疑問に答える前に聞くけど、ユキはイリスさんの利き手がどっちかわかる?」

「き、利き手? え〜っと……」

 

 遠い過去の事を思い出すように、ユキは頭の中にある記憶を呼び起こす。しかし余程インパクトがない限り、あって間もない人物の利き手をハッキリ覚えている筈がない。

 

「左……いや、右? そもそもあの人が何か物を持ったりした時なんてあったっけ?」

「流石にオレもそこまでは覚えてないけど……」

「じゃあカイトは利き手がどっちかわかるの?」

「……イリスさんは左利きだ。出会った時、腰の横に差してある曲刀の位置が右だったからな」

 

 背中や後ろ腰に剣鞘を持つのなら、利き手で取り出しやすいよう、剣鞘の口を利き手側に備えるだろう。だが腰の横に持つ場合、利き手と逆側の腰に備える筈だ。仮に右利きが腰の右側に鞘を備えたとしたら、いざという時に剣を取り出しづらいだろう。

 

「オレ達は二回敵と会ったけど、一回目は協力者、二回目はイリスさんだろうな。剣を持つ手が最初は右手、次会った時は左手だったから」

「……ちょっと待って。まさか利き手の違いだけでイリスさんだってわかったの?」

「まさか。癖だよ、癖。イリスさんと会った時、右手親指の爪を噛む癖があるのを覚えていてさ。二回目に敵と遭遇してユキが挑発した時、全く同じ癖が出たんだよ。利き手は兎も角、癖まで同じ人なんてそうそういないだろ? これに気付いた時、『もしかして……』って考えが浮かんだんだ」

 

 ユキはまたしても頭を捻る。一生懸命思い返してみるが、そんな人の些細な癖まで彼女は覚えていなかった。

 

「でもその時はまだ、イリスさんが死んでいると思い込んでた時だ。普通のゲームならまだしも、やり直しがきかないSAOじゃ死者が生者をPKなんて出来っこない……つまり矛盾が生じる。でも武器破壊をみて偽装トリックを思いついた時、イリスさんの生存が確認できさえすれば、オレの考えた仮説は実証されると思って《黒鉄宮(ここ)》に来たんだ。死なずに生きていたのなら、どうしてオレ達の前に姿を現さない?」

 

 問われたユキは考え込み、カイトは彼女の回答を待つ。そしてユキは自分の出した答えを大人しい声で告げた。

 

「……私達が死んだと思い込んでいるから。そしてそう思い込んでいるままの方が都合がいい、から。単独行動もしやすいだろうし、先回りして罠を仕掛ける余裕もできる」

「ま、そんなとこだろうな」

「じゃあ一緒にいる間、ラフコフのギルドアイコンが表示されていなかったのは……《潜伏》スキルを使ってたんだね」

 

 《隠蔽》スキルの派生機能(モディファイ)の一つ、《潜伏》スキル。所属ギルドのアイコンを隠してスパイの真似事――――諜報活動を行う際に活用出来るスキルだ。情報屋のスキルリストに一応載ってはいるが、これを意図的に上げている者はそういない。

 

「じゃあジュリウスさんは? 《生命の碑》だと横線が引かれているから、本当に殺されちゃったみたいだし……仲間、ではないよね?」

「それはオレもハッキリと断言出来ないけど、一時的に協力させられていたのかもしれない。ただ、きっと本人も自分がPKされるなんて思いもしなかっただろうね」

 

 一通りカイトは話し終え、ふうっ、と一息つく。頭を働かせすぎたせいか、少々疲れてしまったようだ。

 

「とりあえず次の現場は《ケプロス》の南だ。明日の朝一でそこに向かおう」

 

 二人は《生命の碑》に背を向け、その場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今夜は53層で宿をとることになり、夕食を食べ終えた二人はそれぞれの部屋に戻る。時刻は既に午後11時をまわっており、カイトはラフな格好でベッドに身を任せていた。両手を広げて大の字になり、ボンヤリと天井をみつめていると、ジワジワと睡魔が襲ってくる。重みを増す瞼に抵抗せず、意識が遠くにいきかけたその時、扉をノックする音で目を覚ました。

 ベッドから身体と沈みかけた意識を起こし、眠た気な目を擦りながらドアを開ける。てっきり隣部屋の少女かと思いきや、そこには見知らぬ男性プレイヤーが立っていた。

 

(誰?)

 

 鎧を着たガタイのいいプレイヤーは、カイトに折り畳まれた一枚の紙を手渡した。

 

「これ、渡せって頼まれたから」

 

 カイトは紙を受け取り、広げると中に文字が書かれていた。文面を読んだ彼の顔は険しくなり、『頼まれた』らしい男に厳しく問い詰める。

 

「これ! これは誰から受け取った?!」

「し、知らねぇよ。フードを目深に被ってたから顔はわかんねぇし。ついさっきまでそこにいたけど……」

 

 男はそう言って廊下の先を指差した。カイトは短く礼を述べると疾走し、階段を一階まで駆けて宿を飛び出す。宿の前で暗くなった周囲を見渡すが、そこにお目当ての人影は見当たらなかった。

 踵を返して再び宿に戻ると、先程の男が階段をゆっくり降りてくる。そんな男の前にカイトは立ちはだかり、無理矢理足を止めさせた。

 

「あんたに訊きたい事がある」

「な、なんだよ。何も知らねぇっていっただろ」

「頼み事をした人物についてじゃない。見ず知らずの人間にいきなり頼まれ事をされて、どうしてそれを引き受けたんだ? 怪しいとは思わなかったの?」

「そりゃあ最初は意味わかんねぇから疑ったさ。でも引き受けてくれるなら10万コルくれるって言われたんだよ」

 

 10万コルは大金だ。男は金で釣られたらしい。

 

「紙切れ一枚渡すだけで10万だぜ!? そんなのやるに決まってるだろ! ……ただまぁ、結局金の話は半分嘘だったけどな」

「半分?」

「あぁ。この話を受けてくれるなら、前金として2万コルを渡すって言われたんだ。それで引き受けると本当に2万くれたから、とりあえず信用してみたんだよ。俺があんたに紙を渡す瞬間をちゃんと確認したら、階段脇に残りの金を詰めた袋を置いとく手筈だったんだが……金は置いてなかったよ」

「あぁ、それで半分……」

 

 そこでふと、ある考えが浮かんだ。

 

(もしかして、ジュリウスさんも似たような手口で……)

 

 

 

 

 

 

 一度部屋に戻ったカイトは、電灯の点いた部屋の中でメニューを操作し、すぐに出掛ける準備を始める。今から出向くのは戦場であり、敵も目的達成のために本気でカイトを殺しにくるだろう。武装・アイテム・スキル欄をチェックし終えると、廊下に出る。

 隣室の前を横切る時、立ち止まって扉を見つめる。一枚の板切れを挟んだ向こう側には、今頃明日に備えて早めにベッドで就寝した少女の姿があるだろう。

 彼女はカイトがこんな時間に出掛けるなど教えられていない。彼はユキを危険な目から遠ざけるため、敢えて何も話さなかった。

 

(後で言ったら怒るだろうなぁ……)

 

 最低でも小言の二つや三つは言われるだろうが、そこは甘んじて受ける覚悟だった。それだけで済めば安いものである。

 廊下に設置された電球が淡く光り、足元を照らす。一歩ずつ踏みしめて階段を降りると、プレイヤーに反応して何処からともなくNPCが出現した。玄関の受付前で手を揃え、頭を下げると決まり文句でカイトを見送る。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 玄関のドアノブに手をかけた状態でカイトは振り返ると、NPCは頭を上げてニッコリと微笑んでいた。

 

「いってきます」

 

 彼も同じように微笑んで挨拶を交わし、宿を出る。春先のヒンヤリとした夜の空気が、彼の肌を刺激した。

 

 

 

 

 

 第53層主街区《ケプロス》、通称《水の都》。

 主街区を始めとする53層は水辺が多い――というより川が多い。主街区内の各所に噴水が設置されており、湧き出た水は街中に張り巡らされた水路を通ってフィールドへ流れる。フィールドに流れた水流はいくつもの川を形成し、ダンジョンや迷宮区にもその存在を示していた。そしてそれらはやがて地下に染み込んで水脈を作り、再び街に戻ると汲み上げられて循環する。

 故に階層の至る所で清流のせせらぎを嫌でも耳にするのだが、今のカイトにとっては非常に有難かった。水が流れる際に発する音は彼の心を鎮め、戦闘前であるにも関わらず、気持ちが不気味なほど落ち着いている。

 

(たしかここら辺に――)

 

 カイトが向かった先は、紙に指定されていた南フィールドのとある場所。そこは見渡しの良い開けた場所で、例に漏れず、近くに川が流れている。

 そしてそこには彼を呼び出した人物が堂々と立ち、彼の到着を出迎えるかのようだった。カイトが立ち止まると、両者の間には20メートル程の空間が生まれる。

 

「仮面は被らなくていいのか?」

「……君は全て知ったみたいだからね。もう正体を隠す必要がないよ」

 

 今回の事件を引き起こした張本人、巷で《仮面の男》と呼ばれているプレイヤーが、その象徴である仮面を外した状態でそこにいた。

 

「さて、それじゃあこんな時間に呼び出した理由を教えてもらおうかな?」

 

 カイトは右手を腰にあて、そのプレイヤーの名を呼ぶ。

 

「ねぇ? イリスさん」

 

 そこにいたのは一度死んだと思い込んでいた女性、イリスが佇んでいた。




補足
その他の被害者
ベティ=Betty、ヘンリー=Henry、ジュリウス=Julius
ちなみにイリスの綴りは『Iris』となります。

《隠蔽》の派生機能である《潜伏》スキルは独自設定です。

トリックについては複雑なのを思いつく頭がないので、それ以外の心理トリックや犯行の法則性でアレンジを加えました。これで目を瞑って欲しいなぁ……と。
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