ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第34話 不一致と一致

 イリスは思わず目を見開いた。

 従来のRPGなら必ず備わっている《魔法》という概念、それを極力排除したのがSAOだ。そんなSAOで数少ない魔法とも呼べる手段の一つ、結晶アイテム。ポーションのように時間経過で回復するのではなく、瞬時にHPを全快にする回復結晶は、イリス自身何度も世話になった。なので結晶アイテムをオブジェクト化し、手に持ってコマンドを唱えなければ、その効果を発揮することは叶わないのも重々承知している。

 だからこそ、理解できなかった。両の掌を開いて首筋に刃を添えられている少年は、アイテムをオブジェクト化する余裕などない。だがしかし、彼のHPは間違いなく紅蓮から新緑に変化している。

 彼女の頭は目の前で起きた現象の説明が出来ず、混乱状態になっていた。内から生まれた動揺は表情となって表れる。

 そうして生まれた隙を逃さず、カイトはイリスの袖と襟元を掴んだ。背負い投げの要領で投げ飛ばすと、彼女の身体は束の間の空中散歩を謳歌する。

 

(あれは一体……)

 

 宙に舞っている彼女は疑問を抱いたまま、カイトを見据える。すると投げ飛ばされる際に刺さったのであろう、彼の腕にはイリスの持っていたピックがあった。彼は今間違いなく《毒》状態に陥り、HPが減少し続けているだろう。

 

「キュア」

 

 しかしそれすらも、カイトはアイテムを使用せずに解毒する。益々意味がわからないまま、イリスは空中で身を翻し、華麗に着地した。

 

「何よ、それ……?」

 

 ポツリと呟く。

 死亡偽装のように、彼も何らかの方法で、『結晶アイテムを使う素振りを見せずに回復する』というトリックの類を行っていると予想した。

 

「一体どんな仕掛けを?」

「タネも仕掛けもないよ。イリスさんがやったような大それたトリックでもない」

 

 地面に落とした愛剣を拾いつつ、イリスの疑問に答える。

 

「ただのエクストラスキルだよ」

 

 特定条件下で習得できるエクストラスキルはこれまで多く発見され、情報屋のスキルリストにも公開されている。しかし結晶アイテムを使わず、瞬時に回復・解毒を可能にするエクストラスキルなど、イリスは聞いたことがなかった。

 

「そんなスキル、知らないわよ」

「だろうね。オレもスキルリストに出るまでは知らなかったし、自分以外で習得している人を聞いたことないから。名前と効果はご想像にお任せしま……すっ!」

 

 気合いの入った声と共にダッシュ。

 イリスは彼を迎え撃つため、剣を後ろに引いて構えを作るが、一時は困惑した表情に再び余裕が生まれる。ある一点に視線をチラリと注いだ。

 急加速したカイトがイリスに迫る10メートル手前、その地点で彼は大きく跳躍し、彼女の頭上を飛び越える。突然の行動でイリスは呆気にとられながらも振り返り、カイト目掛けて剣を突き出した。

 イリスに背中を向ける形で着地したカイトは、時計回りで振り向き、下段からの切り上げを繰り出す。突き出されたイリスの剣を下からすくい上げ、弾き、切り返して袈裟の軌道で彼女を切りつけた。

 

「――っ」

 

 身体に走る不快感を堪え、イリスは上段から切りつける。

 だが、カイトは右手で振り抜いた片手剣を左手に持ち替え、右手で拳を握った。握った拳の甲を使い、イリスの左手首に向かって裏拳をかますと、彼女の腕が再び弾かれ、身体が仰け反る。

 胴体がガラ空きになったイリスが防御姿勢を取る前に、カイトは握った拳をそのままにして振りかぶる。赤い燐光を纏った拳で、体術単発ソードスキル《閃打》を腹部目掛けて叩き込んだ。

 

「かはっ――」

 

 胃液が逆流する感覚を感じながら、彼女は後方へと飛ばされる。地面を転がって先ほどカイトが跳躍した手前までくると、自ら仕掛けておいた地雷が作動し、追加ダメージが発生した。爆発の威力をモロに受け、HPが減少。危険域(レッドゾーン)間近となった。

 

「ゲホッ、ゲホッ…………やってくれるじゃない……」

 

 地面に這いつくばり、命の残量が少なくなっているにも関わらず、闘志は衰える気配がない。鋭い眼差しでカイトを睨みつけた。

 

「さっき跳んだのは、トラップを回避するためだったのね……。でも、どうしてわかったの?」

 

 カイトは左手の片手剣を右に持ち替え、切っ先をイリスに向ける。

 そして空いた手の指先を一本立て、目元に当てて指し示した。

 

「『目は口ほどにものを言う』ってね」

「……あぁ、そういうこと」

 

 跳躍の前に動いたイリスの視線。それは地面のある一点に熱く向けられており、これに気付いたカイトはトラップの可能性を考慮して跳躍したのだった。読みはどうやら当たっていたらしい。

 そして立場は完全に逆転していた。

 質問者は回答者に、回答者は質問者に。

 劣勢だった者は優勢に、優勢だった者は劣勢に。

 

「…………」

 

 カイトは切っ先をイリスに向けたまま、彼女を遠くから見下ろす。

 対するイリスは這いつくばった状態から立ち上がろうと、腕に力を込めて身体を起こす。

 立ち上がった彼女は左手に剣を、右手に回復結晶を握り、コマンドを唱えてHPを全快にした。イリスの戦意は失われておらず、その行動は戦闘続行を意味する。

 

「もう止めなよ……。これ以上やっても、きっと同じ事の繰り返しだ。……というかオレは兎も角、そっちは回復アイテムの数に限りがあるから、長引けばこっちが優位になる。これ以上は不毛だよ」

「……何をもう勝った気でいるの? 私はまだ負けてない」

 

 イリスの言葉を聞き、カイトは深くため息をついて肩を落とす。

 そして彼は構えを解いて己の武器を左右に払い、背中の鞘にそっと納めた。

 

「イリスさん、どうしてそこまでオレに執着するんだ?」

「……決まっているでしょう? あなたのような強者を殺せば、私はまた一歩PoHに近付けると――」

「建前はいい。オレが聞きたいのはイリスさんの本心だ」

 

 雰囲気が変わり、ジッと見据えたその先の答えを待ち望む。

 問われたイリスは押し黙り、沈黙が続いたが、彼女の言葉を引き出すため、カイトはさらに言葉を紡いだ。

 

「さっきの思い出話を聞いてて思ったんだけどさ……オレとユキの関係を、昔の自分に重ね合わせたんじゃないかな? って」

 

 イリスの表情を伺う事は出来ない。だが、この時彼女の中では、針の先で刺すような痛みを感じていた。

 正面から突き刺す言葉の数々は、今の彼女にとって、剣で切られるよりも不快感を催すもの。故にカイトの視線から逃れるようにして、イリスは顔を横に背ける。

 

「なんでも訊けって言ったのはそっちだ。……逃げるな」

 

 顔を逸らしているイリスは、カイトの方向を直視出来ずにいた。なので、彼女は顔の向きをそのままに、言葉だけを彼に返す。

 

「――そうよ……えぇ、そうよ! 私はね、あなた達二人を見て嫉妬したのよ! 仲が良くて、信頼して支え合って、笑ったり怒ったり出来て! まるであの頃の私と彼を見ているようで、キラキラと眩しくて、私にもこんな未来があったのかもって思えた――――羨ましかった……」

 

 両腕をクロスさせ、自分を抱くようにして前屈みになる。

 顔を俯かせ、心の奥底に溜め込んだ真っ黒な感情を、全て言葉に変換して吐き出した。

 

「メインターゲットのあなたは隅々まで調べたわ。武器や戦闘スタイル、人間関係まで色々とね。……だから()()の存在と関係は知っていたわ。……知った時はチクっとする痛みがあったけど、実際に会ったら……もっと痛くなった。昔の私と似てるのに、何かが違う。どうして彼女はこんなにも恵まれて、幸せそうなのに……私は不幸なのか、って。……だから形は違うけど、君を殺すことで彼女にも絶望してもらおうと考えた……」

 

 当初の攻め立てるような勢いはなくなり、声は緩やかに収束する。

 イリスの肩が小刻みに震え出した。

 

「……でも、出来なかった。私のやっている事は所詮八つ当たりでしかなくて……それに気付いたら、自分が酷く惨めに思えてならなかった。……でも、惨めだろうとなんだろうと、私は先に進むしか道がないの!」

 

 前屈みの姿勢から背筋を伸ばし、ダガーの切っ先をカイトに向ける。今度こそは逸らさずに彼を直視するが、視線の先で佇むカイトの目は、どこか穏やかな印象を受けた。

 

「やっぱり、イリスさんは悪人になれないよ」

「……さっきもそんな事を言ってたわね。どういう意味よ?」

「……オレンジプレイヤーと関わってると、人の黒い部分を否が応でも見る機会が多くてさ。それで感じるのが『進んで他人を(おとし)める行為は、自分の価値を下げている』っていうのに気付いてない奴ばかりなんだ」

 

 デスゲームが始まって以降、『死』という概念がグッと身近に感じる世界へ急に放り出され、戸惑い、恐怖し、絶望の淵に立たされたプレイヤーは大勢いる。現に初期で耐えきれなくなった者は、早々に自ら命を散らしているのだから。

 しかしそんな状況を脱しようと、多くのプレイヤーがその身を奮い立たせて立ち上がり、解放の日を迎えるために剣を握っている。人に限らず、生物は環境に順応していくもの。蒼穹に浮かぶ鋼鉄の城から抜け出すため、皆努力しているのだ。

 だが誰しもそうである訳ではなく、現実世界でイジメ・恐喝・盗み・殺人を犯す者がいるように、仮想世界でも人を貶めて一種の喜びを感じる者がいる。上位の者に対しては妬み、下位の者に対しては優越感を味わうため、傍からみても気持ちの良い行為では決してない。

 そしてそうした行いは、客観的にみた人としての――――自らの価値を下げている、という事に気付かない者ばかりだった。

 

「でも、イリスさんは違う。自分のやろうとした事を振り返って、自己嫌悪するだけの余裕がまだある。そういう人は救いがあるし、まだ染まりきってないから抜け出せる。……もしも一人で抜け出す勇気がないなら、オレも協力するから」

 

 左手を前に伸ばし、手を差し出した。二人の距離は腕一本分だけ縮む。

 つい先ほどまで剣を交え、醜い感情を乗せた刃で奪い・壊そうとした相手から掛けられたのは、救済の言葉。イリスは目を見開いて呆然の体を晒す。

 ふっ、と彼女の口元と肩の力が抜けた。これまで強張っていた顔が緩み、初めて無邪気な微笑みをみせる。

 

「……ありがとう。でもね――」

 

 微笑みは一転、侘しげな顔に変化した。

 

「――私は、もう……後には引けないの。そっち側には……戻れない」

 

 月明かりに照らされた哀愁漂わせるその表情を、美しいと感じたのは何故だろう。

 『儚い』という言葉がここまで似合う女性を、カイトはこれまで見た事がない。そんな能天気な考えが、ふっと頭に浮かんだ。

 そんな彼とは対照的に、イリスは表情を今一度引き締める。まるで何か覚悟を決めたかのようだった。戦闘はまだ、終わっていない。

 

「はあぁぁぁぁあ!!!!」

 

 オレンジ色のライトエフェクトを纏った彼女の剣が繰り出すのは、短剣上位突進技《アーリー・スピルド》。二人の間に合った距離を数秒で埋め、アシストで得た推進力を剣に上乗せした一撃が、カイトの胸に吸い込まれていく。

 《アーリー・スピルド》の優れた点は、全突進系ソードスキルの中で最速のスピードを誇っていることだ。定かではないが、おそらく短剣という軽量武器所以の利点だろう。

 

「――がっ!」

 

 剣を納めてしまっている彼は回避や防御をする暇もなく、彼女渾身の一撃をその身に喰らう。突き飛ばされた身体を空中で捻り、両手を地面につけて体勢を整える。カイトの減少したHPは、回復コマンドを叫ぶことで全快した。

 説得に応じる様子のない彼女に言葉は通用しない。ならばカイトの取れる手段は、ギリギリまで追い詰めてイリスの心を折るしかなかった。

 

「だあっ!」

「はあっ!」

 

 二つの煌めく剣閃が、薄暗いフィールドに彩りを与える。

 切って切られてを繰り返す両者にダメージエフェクトが散り、隙をみて回復。HPは減少と増加を繰り返し、永遠に続くのではないかと思えてしまうほど、二人は長時間切り結んでいた。

 だが、終わらない戦いなどない。決着はカイトがイリスに忠告した通りの状況(シチュエーション)となる。

 とうとうイリスの所持していた回復アイテムが底を尽き、彼女の頬を冷や汗が流れる。攻撃よりも防御を重視する戦闘スタイルに切り替わり、ポーチからアイテムを取り出す様子を見せなくなった事で、カイトはイリスの抱えた事情を察した。

 

「もういいだろ? 勝負はついたし、これ以上続けてもそれは勇敢なんかじゃない。只の蛮勇だ」

「――五月蝿いっ!」

 

 叫び声をあげたイリスは大きく跳び退く。

 逃亡を図るかと思えば跳び退いた先で立ち止まり、太もものホルダーからピックを取り出した。先端が毒々しい色をしたピックをジッと見つめ出す。

 

「……そういえば、耐毒ポーションの効果がもう切れてるわね」

 

 そう告げた次の瞬間、イリスは手に持った毒効果付きのピックで自身の肩を突き刺す。当然、ポーションの効果が切れた彼女に毒を防ぐ手立てはなく、残り少ないHPは毒の影響で減少を始めた。

 

「なっ!? 馬鹿っ! 死ぬ気か?!」

「えぇ、そうよ。普通にやっても私に勝ちの目はなさそうだから、これを最後の勝負にしましょうか……。私を助ける事が出来れば、『殺さずに勝つ』信念を貫き通した君の勝ち。死ねば信念を守り通せなかった君の負け――つまり私の勝ちよ」

 

 イリスのHPはそうこうしているうちにも減少し続ける。回復は出来ずとも解毒手段はあるかもしれないし、罠の可能性もある。だが、そんな事を考えている余裕はない。

 

(『死ねば私の勝ち』?)

 

 カイトは剣を納める代わりにピックを手に持ち、彼女に接近する。

 

(そんなの『どっちも負け』だろうがっ!!)

 

 剣をその場に落として両手を広げ、待ち構えるイリスに手を伸ばす。

 

(解毒……いや、この場合は――)

 

 左手で彼女に触れると、まくしたてるようにコマンドを唱えた。

 

「ヒール!」

 

 イリスに触れながら回復コマンドを唱えた結果、彼女の命は再び緑に染まった。それは死の危機を脱したと同義。

 カイトは彼女の身動きを封じるため、右手のピックをイリスの腹部に突き立てる。彼女のHPバーは黄色く点滅し出し、麻痺状態が新しく追加されたため、膝から力なく崩れ落ちた。

 

「…………ぶはあっ!」

 

 安心したカイトは息を吐き出し、緊張から解放された影響で全身の力が抜ける。両手と尻餅をついて地面に座り込み、ホッと一息ついてポーションを口にした。

 幕引きは呆気なく、だが静かに迎える形で終極する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうこと?」

「イヤ、エット……」

 

 決戦から一夜明け、カイトが宿へ戻る頃には朝を迎えていた。

 現在、彼はユキの宿部屋にあるベッドに腰掛けている。両手をグーの形にして膝の上に置き、居心地悪そうに身体はいつもより縮こまっていた。その姿はまるで借りてきた猫のようだ。

 一方そんなカイトの真正面には、両手を腰にあてて仁王立ちとなり、非常に穏やかな笑顔を向けているユキの姿があった。後方には窓が設置してあるため、差し込む陽光が後光のように彼女を照らしている。

 穏やかな表情も相まって外面は菩薩の如く見えるが、カイトにはそう感じられなかった。ありえない話だが、彼の目にはユキの後ろに夜叉が映っていたのだ。

 

「イリスさんに呼び出されたから、夜の間は戦ってた、と」

「はい……」

「だけどカイトは教えてくれなかったから、その間私は何にも知らずにスヤスヤ眠っていた、と」

「はい……」

「私達は今、コンビを組んでいるんだよね?」

「その通りです……」

「だったら教えてくれても良かったんじゃないかなぁ? そのためにコンビを組んだ訳でもあるんだし」

 

 ユキが一言発する度に、カイトの心には大きな矢が刺さった。

 

「カイト」

「はい……」

 

 ユキに名を呼ばれるが、どうにも顔を直視出来ず、床板に視線を注ぐ。

 はぁ、というため息が聞こえると、彼女の足が動き、カイトの元へゆっくりと近寄ってきた。反射的に目を瞑る。

 何をされるのか、何を言われるのか冷や汗を垂れ流しながら待ち構えていると、カイトの身体は優しく包まれる感覚に陥った。恐る恐る目を開ければ、ユキは彼の背中に両腕を回して抱きしめていた。

 

「無事で良かった。カイトの身に何かあったら、私どうにかなっちゃいそうだよ」

「……大袈裟だな」

「大袈裟なんかじゃないよ」

 

 密着していた身体を少しだけ離し、二人の距離はゼロから鼻先15センチに開いた。両肩に手を置き、ユキは至近距離から真っ直ぐカイトの目をみつめる。

 

「何にも言わなかったのは、私を巻き込まないためにしてくれたんだよね? カイトのそういう人思いで優しい所、良いと思う。そんなカイトが私は大好きだよ。……でも、あんまり自己犠牲が過ぎるのも、どうかと思うなぁ」

 

 二人の距離が再び縮まると、今度はおでことおでこが触れ合い、密着した。鼻先は1センチもない距離で囁く。

 

「前にクラインさんが言ってたでしょ? 『もっと周りを頼れ!』って。私はあの人みたいに大人じゃないけど、もっと私のことを頼って……ね?」

 

 そう言ってユキはつけていたおでこを離し、また少しだけ距離をとる。

 

「一人で解決しようとする癖、まだ直ってないよ。これからは直すように!」

 

 右手の人差し指を立て、カイトの鼻先をポチッと押した。

 

「……わかったよ」

 

 クスッと笑みをこぼしながら、カイトは了承の意を込めた返事を返す。ユキも同じように笑顔で返してくる――と同時に、彼の心は暖かい気持ちで満たされた。

 

「よしっ、じゃあ反省会はお終い! 朝ご飯にしよっ!」

 

 ユキは部屋の扉方向に向き直る。部屋で食事をとるのは出来なくもないが、一階まで降りれば食堂が設置されており、少しのコルでそこそこの朝食を頂けるのであれば、そちらの方が断然お得だ。

 だがそんなユキの進行に、カイトは待ったをかけた。

 

「ユキ、あのさ――」

「ん? どうしたの?」

「――いや、やっぱ何でもない」

「? 何か訊きたいことでもあるの? もしそうなら、遠慮しなくていいよ」

 

 一度出かけた言葉を飲み込んだが、引き止めたのがマズかった。中途半端に止めたせいでユキは気に掛けてしまい、カイトが何を言いたかったのかを催促する。そして彼女は彼が次に言う言葉を、律儀に待っている様子だった。しまった、と脳内で後悔する。

 

「あの、さ……さっきユキが言ってた事なんだけど――」

「うん?」

「――その、『大好き』っていうのは……どういう……」

 

 意味なんだ? と繋げようとしたが、照れ臭そうにして声に詰まる。

 ユキはというと、どうやら無意識に発していたようで、指摘されてはじめてそれに気付いたらしい。みるみる内に顔が熟した林檎のように赤くなる。

 顔を右手で隠し、左手を前に突き出す。なんでもないと身振り手振りで主張するが、言動からは焦りがありありと伝わってきた。

 

「ち、ちちちちがっ!? 優しい所が好きってだけで、別にカイトの事が好きなわけじゃ……いや、好きだけど――――あぁ、もうっ! わ、私先に行ってるから!」

 

 指の隙間から覗く顔を真っ赤に染めたまま、彼女は踵を返してドアノブに手をかける。本人にとってこの場にとどまり続けるのは耐え切れないため、羞恥心から逃れるように立ち去ろうとした。何時ぞやのように転移結晶で離脱しない分、成長したといえるだろう。

 

「――っ! 待て! 逃げるな!」

 

 しかし逃亡しようとする彼女の腕をとり、それ以上歩を進めないよう引き止める。彼はまだ、彼が欲している答えを聞いていない。

 彼女の顔はカイトから見えないが、微かに見える頬と耳の色は依然として薄まる気配がなかった。むしろ数秒前よりも酷くなっている気さえする。

 そこでふと、彼は今、そしてイリスに言った自分の言葉を反芻した。

 

(『逃げるな』か……。今まで逃げてた奴がよく言うよ……)

 

 ボンヤリとではあるが、彼女の気持ちが他の人と自分に向けているもので差異があることに、薄々気付いてはいた。

 しかしそれを今まで問うことはせず、あえてそのまま放置していた。『もっと近付きたい』という誰しも抱く淡い恋心は、前へ出ないよう無意識にブレーキをかける。それは万が一にもこの関係を自ら壊すのは不本意であり、それだけ今の距離感は居心地が良いものだったからだ。

 しかし――。

 

(もう……逃げない!)

 

 ――内にずっと秘めていた恋慕の感情。

 それを今、少年は口にする決心を固めた。




スキルについては後々説明を入れます。

次の番外編は時間を飛ばして3ヶ月後の話です。
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