ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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番外編第05話 夏のひとときと繋がる想い

 青い空、白い雲。青い海、白い砂浜。

 天上に掲げられた丸い球体の発する光と熱が、カイトの肌をジリジリと焼く。上からだけならまだしも、足元に敷かれた白砂(はくさ)が光と熱を反射しているため、鉄板の上に立っているかのような感覚に陥っていた。つまり――。

 

「暑い……」

 

 ――ということだ。

 本日は7月20日。日本が定めた国内の祝日でいうなら、『海の日』である。

 そして今日から約一週間前、アインクラッドで唯一海が存在する階層にて行われるイベント――《ビーチバレー大会》――の情報を、各階層のNPCが口々に宣伝し始めた。おそらく『少しでも有志が募れば』という配慮だろう。

 

「それにしても、人多すぎじゃあ……」

「ざっと見積もっても、こりゃ100人はくだらねぇな」

 

 黒地に黄色い斑点の海パンを履いたカイトの隣に経つのは、赤い海パンと彼にとって必須アイテムともいえるバンダナを頭に巻いた、ギルド《風林火山》リーダー・クラインだ。彼は今日開催されるイベントにおいて、カイトのパートナーを務めることになっている。

 

「にしてもよお、何でおめぇはオレを誘ってくれたんだ? 男女関係ねぇなら、あの子でも務まるはずだろ?」

「先約がいたんだよ。……とりあえず、エントリーだけしてくる」

「おぉ、任せたぜ! それじゃあ始まるまで、オレは水着美女を探す旅に出るわ! 開始までには戻るからよ!」

 

 右手を上げ、後ろ向きで大手を振るクラインの背中を見送ると、カイトは砂浜に設置された受付へと歩を進めた。

 白の簡易テントから伸びる列は、広い砂浜に巨大な蛇を描く。そして列の最後尾に並び始めて数分、見知った人物二人が受付から出てきた。

 一緒に出てきたのはキリトとアスナ。キリトは普段からなにかと黒を好んで使うが、海に来てもブレることはなかった。黒い海パンに黒のビーチサンダルの出で立ちを見たカイトに「あぁ、やっぱりキリトはキリトだ」と、妙な安心感さえ抱かせる。

 そしてその隣にいるアスナだが、彼女は歩くだけで海岸にいる男性プレイヤーの目を釘付けにする魔力を備えていた。

 白をベースにして輪郭に赤いラインが入っているビキニを着用しており、腰には白いパレオを巻いている。髪型はいつものハーフアップだが、花の髪飾りを栗色の髪につけていた。彼女が持つ美貌とスタイルに加え、《血盟騎士団》をイメージさせる水着が、彼女の魅力をより一層引き立たせる。

 これが彼女一人だけなら、間違いなくナンパ目的の声を掛けられていただろう。しかしアスナは隣にいるキリトと仲良さげに談笑しているため、周りの男性プレイヤーは指を咥えて遠くからみるだけにとどめていた。

 

(相変わらず仲良いな)

 

 カイトとユキが奔走している時同じくして起こっていた『圏内事件』を、キリトとアスナは二人で解決に導いていた。その一件を境に、アスナはなにかとキリトへのアプローチを辛抱強く続けている。その努力もあって少しづつ二人の距離は近付いているが、アスナの望む結果が出るのはまだ先かもしれない。その証拠に、並んで歩く二人の間には心の距離を表すような空間ができていた。

 

(アスナ、頑張れ。キリトは手強いぞ)

 

 育った環境がそうさせているのか、元々彼が持つ性格なのかはわからないが、キリトは人付き合いを不得手としている。そんな彼が親しげにアスナと会話しているということは、それだけ気を許している――――心を開いている証拠だ。

 カイトは小さくなっていく二人の後ろ姿を眺めつつ、一人の少女が胸に抱いた淡い恋心を、密かに応援するのであった。

 

 

 

 

 

 ようやく順番がまわってきたカイトは、NPCの水着お姉さん相手に受付を済ませて白テントから出る。イベント開始までにはまだ時間に余裕があり、どうしたものかと思案した。一応海の家を模したNPCレストランがあるにはあるが、朝食からそう時間は経っていないために食欲はない。

 そこでふと、数百メートル離れた先にある賑やかな露店の集団が目にとまった。

 

「暇潰しには丁度いいか」

 

 今回のイベントに便乗した様々な商人・職人プレイヤーが、新規の顧客を獲得プラス売り上げの確保をしようと集まっていた。あらかじめプレイヤー間で取り決めでもしたのだろうが、露店スペースは皆平等で理路整然としている。

 露店群に近付くと、最初は《血盟騎士団》の店。ギルドの経理係で体格が太い……もとい大きいダイゼンは、赤いベンダーズ・カーペットの上に商品を並べていた。必需品のポーションや結晶を始めとする幅広い商品を取り扱っており、彼は呼び掛けを行いながら販売している。チラッと見た感じでは欲しいと思う物はなかったため、カイトはそのまま素通りして奥へと進んだ。

 水着姿で品定めをする人混みを掻き分けていくうちに、筋骨隆々としたガタイの良い黒人プレイヤーを発見する。案の定というか、期待を裏切らないというか、実を言うと、露店の群れを見た時真っ先にカイトの頭で浮かんだのは、彼が商売をする姿。それは脳の奥底に刷り込まれ、ほとんど条件反射に近かった。

 

「やっぱりいたか」

「おぉ、カイトじゃねーか」

 

 胡座をかいて客の到来を待ちわびているエギルが、カイトの存在に気付く。黒い身体と禿頭には、うっすらと汗が光っていた。

 

「今日は儲かりそうか?」

「あぁ。この後もプレイヤーの数はどんどん増えるだろうし、それなりの儲けは期待できそうだ。少なくとも『来て損した』なんてのは無いだろうな」

 

 まだイベント開始までには時間があり、露店も開いてそう間がないのだろう。彼にとってはこれからが勝負だ。

 

「今日はユキと一緒に参加するのか?」

「いや。誘おうと思って声を掛けたら、リズに先越されてたんだ。だからクラインと一緒に参加するつもり」

「……そのクラインは何処か行っちまったのか? 姿が見当たらねえが」

「水着美女を探す旅に出た」

「はっはっ、あの野郎は相変わらずだな!」

 

 大口を開けてエギルは笑うが、むしろそうでなくてはクラインじゃない。彼もまた、キリトと同じようにブレなかった。

 

「それはそうと、何か買ってけ! 今日は装飾品の種類をいつもより多めに取り扱ってるから、気に入ったのがあれば即断即決で買えよ。種類は多くてもそれぞれの数に限りがあるから、余所行って戻ってきた時にはもう売り切れてるかもしれんからな!」

「煽るな」

 

 ――と言いつつ、カイトはしゃがんで商品の物色を開始。

 展示されている装飾品は、どれもカイトにとって初見の物ばかりだった。玉状にした緑柱玉を使っているネックレス・菫色に輝くイヤリング・琥珀を用いたブレスレットなど、お洒落のためや補助効果付与を目的としたアイテムが取り揃えてあった。一つずつ詳細な情報を確認していくが、お目に叶う代物はない。装飾品以外にも日常的に使うポーションや結晶アイテム、あるいは素材アイテムなども置いてあるが、補充するほど困ってはいなかった。

 

「う〜ん、欲しいと思うのはないかな」

「まぁそう言わずによ。折角なら、ユキのプレゼントにどうだ?」

「プレゼント……」

 

 エギルに促され、自然とプレゼント選びに頭が切り替わる。どうせあげるのなら喜んでほしいので、選ぶのも真剣になり、先ほどよりも吟味する時間が長くなった。

 

「……よしっ、じゃあこれ買う!」

「あいよ! 毎度あり!」

 

 悩んだ挙句、ブレスレットを一つだけ購入することに決めた。コルとアイテムの受け渡しを完了すると、カイトは立ち上がる。

 

「また頼むぜ!」

 

 手をあげて愛嬌のある笑顔をカイトに向けると、彼も同様の仕草で返す。その場から離れるようにして歩くこと20メートル、何かに気付いたようにして急に立ち止まった。

 

(しまった……。ペースに乗せられた……)

 

 後ろを振り返って離れたエギルの姿をみれば、既に別の客を相手に商売をしているところだった。見た目と仕草だけで判断するなら気の弱そうな男性プレイヤーで、エギルの軽快な商売トークに丸め込まれる未来が容易に想像できる。そんな新たな犠牲者になるであろう彼のために、カイトは心の中で合掌した。

 

 

 

 

 

「あら? あんたも来てたんだ」

「リズも来てたのか」

 

 エギルの開いている露店からそう離れていない場所で、鍛治士リズベットがボトムにスカートのついたAラインの水着で露店を開いていた。水着姿を除けば、最前線の街でベンダーズ・カーペットを使って商売をしていたあの頃のようだ。命名するとしたら《リズベット武具店・海の日出張Ver》といった感じだろう。

 

「カイトさん、お久しぶりです」

『きゅるう』

「ありゃ? シリカとピナも来てるんだ。久しぶり」

 

 中層を活動拠点にしているため滅多に会わないが、シリカと使い魔のピナも一緒だった。シリカはピンク色の花柄が可愛らしいワンピースタイプで、腰にはフリルがついている水着を着用している。ピナはいつもの指定席――――シリカの頭上で翼を休めていた。

 

「シリカもイベントに参加するのか?」

「いいえ。私はリズさんのお店で呼び込み役を頼まれただけです」

「……適任だな」

「でしょ? やっぱあんたもそう思う?」

「ふえ?」

 

 今回のイベントは様々な階層からプレイヤーが集まってくるのが予想される。中層でアイドル的存在のシリカなら、噂を聞きつけ、彼女目当てに訪れる客も多いだろう。

 そして実際に普段ならまず拝めないシリカの水着姿を一目みようと、周囲には男性プレイヤーがチラホラと集まっていた。『悲しいな ロリコン多き 夏の海』と、カイトもつい心の中で一句読んでしまう。

 仮に彼女の事を知らなくても、頭に乗った《フェザーリドラ》に否が応でも目を引かれてしまうので、自然と人が集まってしまう仕組みだ。策士リズベット、戦略勝ちである。

 

「にしても、ユキは一緒じゃないのか? リズと約束してるって聞いてたけど」

「あぁ、あの子も呼び込み役でお願いしたんだけど、今は他の店をみてまわってるわよ。もう帰ってくるかも――」

「ただいま!」

「――噂をすれば……」

 

 カイトの右側から聞き慣れた声がし、そこにはツーピースでセパレート水着姿のユキがいた。

 トップは白地に桔梗色のボーダーラインが入った水着で胸を覆い、アンダーはショートパンツタイプのものだが、ワンポイントとして黄色いリボンが添えられている。そして頭には薄い刈安色をした麦わら帽子を被っていた。

 

「あっ、カイト来てくれたんだ!」

「――おぉ……」

 

 身体のラインがはっきりと見える水着に、思わず感嘆の声が漏れてしまう。自己主張の強すぎず弱すぎない胸・くびれた腰・絹のような肌、といった各所に視線が向けられ、どこを見れば良いのかわからなくなってしまった。

 

「なに? もしかして見惚れちゃったの?」

 

 そんなカイトの反応を受け、ユキがニヤニヤと冗談っぽく茶化し出す。ムキになって返してくるか、視線を逸らして誤魔化すかを予想したユキだったが、それに対してカイトがした反応はどちらでもなかった。

 

「いや、えっと……その……うん。すごく似合ってる……可愛いぞ」

 

 彼女の目をジッと見つめ、思ったことを包み隠さず素直に告げる。少々照れ臭そうに頬が紅潮しているが、それでもそう言わずにはいられない程、彼にはユキの姿が魅力的に映っていたのだ。

 

「えっ!? あ…………あり……がと」

 

 そして彼からの真剣な眼差しと気持ちを受け、ユキはもらい赤面してしまう。麦わら帽子を傾けてツバで朱に染まった顔を隠すと、二人の間にはフワフワとした柔らかい空間が形成された。両者互いに沈黙してしまう。

 

「……ちょっとあんた達。そういうのは余所でやってくんない?」

「いいなぁ……羨ましいです……」

 

 呆れ顔のリズと羨望の眼差しを向けるシリカ。周囲とは異質の空気にあてられた二人だが、その反応はそれぞれで異なる。

 

「と、ところでユキは一日中リズの手伝いなのか?」

「う、うん。今日はそのつもり。でもたまにお店を抜けて、そっちの様子も観戦するよ」

 

 リズとシリカの一言でハッと我に帰り、場の雰囲気を一度リセットするため、カイトは話題の路線を変更。ユキも上手く乗っかってくれたため、形成された空気の発生は止まり、霧散して消えた。

 

「……まぁ仲が良いに越したことはないけどね。それよりもカイト、いい加減戻った方がいいんじゃない? そろそろ開始時刻でしょ?」

「え? ……………うおわっ! 本当だ! それじゃあオレ急ぐから、もう戻るわ!」

 

 リズの言うとおり開始時刻はもう間もなくであり、5分を切っていた。慌てたカイトは踵を返し、もときた道を戻るため、人混みを掻き分けながら雑踏の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クライン。お前なぁ〜……」

「わ、悪いとは思ってんだぞ……」

 

 イベントは多くの参加者が募ったのもあり、大いに盛り上がって閉会した。参加者とは別に観戦する者や露天商も多かったため、ビーチはプレイヤーの波で溢れる程だった。

 イベントを終えた後、カイト達は祝勝会を近場で開いている海の家で行っている。キリト・アスナは隣同士で食事を取りつつ談笑し、ユキ・シリカはピナの翼を撫でながらお喋りを楽しみ、エギル・リズは商売を営む者同士独特の会話で盛り上がっていた。だがカイトは現在空いているカウンター席で、大会中のペアだったクラインと共に絶賛反省会中である。

 

「もう少しでキリアスチームに勝てそうだったのに……。それにしても……アスナとネット越しで対面した時、やたらクラインのミスが多かったのは気のせいか?」

「そ、それはおめぇ、しょうがねぇだろ。あのアスナさんが水着姿で目と鼻の先にいるんだぜ! 見るなっつうのは無理な話じゃねぇか! それにーー」

「それに?」

 

 クラインが必死に弁明している最中、ふと言葉が途切れた。数秒の間をおき、彼の顔がだらしなく緩む。カイトは思わずギョッとした。

 

「いいか、カイト。よ〜く考えて想像してみろ!」

 

 クラインは不意にカイトと肩を組み始め、内緒話をするかのように、彼の発する声のトーンがグッと小さくなる。

 

「な、なにをだよ」

「水着姿のアスナさんがキリトからのトスでスパイクを打つとか、オレかおめぇの攻撃をブロックをする時、当然ジャンプするだろ? その時によ……胸がな、動くんだよ……」

「…………」

 

 真剣な表情と話す内容のレベルが不一致すぎて、カイトは二の句が継げずに絶句した。

 

「アスナさんの水着姿を見られただけでも、オレは手を合わせて拝みてぇぐらいだ。だがよ、神様ってのは本当にいるんだと信じたくなるようなご褒美だったぜ。可憐な美少女が砂浜を飛び跳ねるたびに、オレの視線はアスナさんに釘付けだ。あんなのがあったら、ボールよりも彼女に目がいくのは当たり前ーーーー」

「寺に篭って煩悩削ってこいっっ!! こんの大馬鹿野郎ーーーー!!」

「どわっはあぁぁ!!」

 

 至近距離からカイト渾身のグーパンチが炸裂。クラインの腹にヒットした瞬間、拳をライフルのように捻って回転させ、威力を増大させる。圏内であるためHPの減少はないが、クラインは殴り飛ばされたことでカウンター席から転げ落ちてしまった。

 

「え、ちょ、ちょっとクラインさん! えぇ〜〜〜〜!?」

 

 いつの間にやらカイトの近くに来ていたユキが驚きの声をあげ、状況が掴めずにオロオロと混乱し出していた。

 床に転がったクラインを《風林火山》のメンバーが介抱するが、先のカイトが発した声――――主に『煩悩』の部分で、何故クラインを殴ったのかおおよそ察したのだろう。「ウチのリーダーがまたやっちまいましたか……。ご迷惑おかけします」と、目が語っていた。

 

「え? い、いいの? クラインさん放っといて」

「さっきのはクラインを戒めるためにやったようなもんだから」

「えっと、どういう……?」

「聞かないほうがいいぞ」

「……なんだかよくわからないけど、隣座るよ?」

 

 ユキは一言告げると、空いているカイトの隣に向かう。

 カウンター席に座ると、彼女はNPCに飲み物を注文した。そこから程なくして冷えたグレープフルーツ風味のジュースが運ばれてきたので、ストローに口をつけて喉を潤す。

 

「カイト達惜しかったねー。もう少しで優勝だったのに」

「あとちょっとだったんだけどな〜。そっちは盛況だった?」

「うん。一杯人が集まってくれたから、リズも喜んでたよ。お礼に今度剣を作ってくれる約束もしたし。……それでちょっと相談なんだけど、カイトに貰った剣をインゴットに変えて、新しい剣を作る心材にしたいんだけど……いいかな?」

「いいもなにも、あれはユキにプレゼントした物だから、どうするかはユキの自由だ。……にしても、剣か。オレも新しいのを作りたいと思ってたから、一緒に行っていいか?」

「もっちろん!」

 

 強化を繰り返して長く使ってきた二人の剣だが、少しずつ限界が見え始めていた。新しい剣の作成依頼をリズにしようと考えていたので、タイミングとしては丁度いいのかもしれない。なによりあの頃と違い、今度はマスタースミスとなったリズが剣を作るのだ。まだ見ぬ業物に、期待値は膨れ上がる。

 

「そうだ、プレゼントといえば――」

 

 そこでふと言葉を区切り、少しばかりの沈黙。隣の少女は不思議そうに顔を覗き込む。

 

「あのさ……ちょっと外出ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風が気持ちいいね〜」

 

 海の家から外へ出ると、二人は誰もいない夜の砂浜へ足を踏み入れる。賑やかな祝勝会会場を背にして離れるように歩くと、人の声が消えた代わりに波の音がよく聴こえた。

 適当な場所まで歩くと、カイトは波打ち際で腰を下ろす。それを見たユキも彼にならって砂浜に座り込んだ。

 カイトはメニューを立ち上げてストレージからアイテムを選択し、昼間に買ったブレスレットをトレード申請でユキに渡す。彼女の前には見慣れないアイテム名が表示された。

 

「今日ユキと会う前にエギルの店で買ったんだ。それ、ユキへのプレゼント」

「え? え? いいの?! 見ていい?」

「あぁ、いいぞ」

 

 トレード申請を受諾して受け取った彼女は、即座にアイテム名をタップしてオブジェクト化。琥珀色に輝くリングがユキの右手首に現れると、彼女は腕を持ち上げてブレスレットを見上げる。お気に召したかどうかは……言うまでもなかった。

 

「綺麗……。ありがとね、カイト! すっごく嬉しい!」

 

 ユキが彼に顔を向けると、甘くて無垢な笑顔で感謝を伝えた。

 

「でも貰ってばかりじゃ悪いなぁ……。お返ししたいけど、今は何もあげられそうなのがないし」

「……いや、大丈夫。それで、さ……ちょっと伝えておきたい事があって」

「うん?」

 

 カイトは照れ臭そうにし、髪をくしゃっ、と握り締めて赤面した。

 いざとなるとあと一歩が踏み込めず、たった一言が喉元で詰まって胸の中に逆流する。決意してから幾度か二人きりの機会はあったが、一体何度この感覚を経験しただろう。想いを伝えるというのは、彼が想像していた以上に大変な事だと心底思い知らされた。

 だが今日は違う。切り出そうとして話を逸らすような状況でも、そんな雰囲気でもない。隣の少女は彼が発する言葉は何か、今もじっと待ち続けている。

 

「ユキはさ、4月に起こったPK事件の事、まだ覚えてる?」

「勿論。覚えてるよ」

「じゃあさ、事件が解決した日の朝にユキが口走った内容は? その……す、好きがどうとか」

「えっと……それは……」

 

 カイトが何の事を言っているのか分かったのだろう。彼女がつい漏らしてしまった、あの言葉の話だ。

 

「あの時は結局必要以上に追求しなかったけど、実は……実は凄い嬉しかったんだ。その、オレも……同じだから……」

「…………」

 

 返答はない。

 ユキが今どんな顔をしているのか、それを見ることはしないーーーというより、見ることが出来ない。視線を横から感じるため、きっと彼女は少年が発した告白の意味を待っているだろう。

 

「いつからなのか自分でもわからないけど、無邪気で、子供っぽい一面があって、時々頑固で、でも一緒にいると暖かくて…………そんなユキに惹かれてたんだ。……だから、ずっとユキの事が――」

 

 そこでようやく、カイトはユキと目を合わせて気持ちを伝えるため、彼女に視線を向けた。しかし、そこには彼の予想外の反応を――――瞳から真珠のような涙を流しているユキがいた。

 

「――はっ!? ちょ、なんで泣くんだよ!?」

「え? あ、あれ? おかしいな。なんで……だろ?」

 

 ポロポロと零れる涙は頬を伝い、地面に落下すると砂浜に吸収されていく。無意識のうちに流れた雫はとどまることを知らず、次から次へと溢れ出していた。そしてそんなユキの様子を見たカイトは訳がわからず、慌てふためき出した。

 

「だ、大丈夫か? もしかして何か傷付けるような事言った? えっと……と、とりあえず落ちつけ。深呼吸、深呼吸しろ。ヒッ、ヒッ、フーって。……あっ、違う。これ妊婦さんのだ」

「……ぐす……ぷっ……くふっ……くく……あはははは! ごめん、我慢出来ない!」

 

 そんなカイトの様子が笑いのツボに入ったのか、ユキは両手でお腹を押さえ、砂浜に寝て笑い転げる。静かな浜辺に彼女の笑い声が響いた。

 

「そ、そんな笑う事ないだろ! こっちは真剣に心配したのに」

「ぷぷ……ぷくく……ご、ごめんね。慌てっぷりが可笑しくて、つい……。ぷっ……」

 

 ゆっくりと身体を起こして砂を払い、指先で両目の雫を拭う。涙はいつの間にか止まっていた。

 

「初めて会った頃にもこんな感じの出来事があったよね。宿で泣いた私の手を握ったらハラスメントコードが出て、カイトったらすっごく慌てちゃってさ」

「……あぁ〜、なんかそんなような事あったなぁ。それにしても、よく覚えてるな?」

「……忘れる訳ないよ」

 

 賑やかになった海岸が一変、二人が沈黙することで再び静寂が訪れる。

 

「……続き」

「は?」

「告白の続き、まだ私聞いてない」

「えっと、後でっていうのは」

「ダメ。……いま」

 

 体育座りの体勢からさらに膝を曲げてコンパクトにたたみ、膝の上にほんのり赤く染まった頬をのせて微笑する。

 

「――いま、ききたい」

「……あー、はい。わかりました」

 

 照れ臭そうに頭を掻き、身体の向きを想い人に向ける。今度は目を逸らさず、真っ直ぐ瞳を見つめて。

 

「オレは……ユキの事が好きだ」

「……最後のとこだけ、もう一回」

「ユキが好きだ……」

「……もう一回」

「好きだ」

「もう一回」

「ちょっと待て。何回言わせる気だ」

「何回でも。何回聞いても、きっと飽きることはないから」

 

 エヘヘ、という照れ笑いをユキは隠すことなくカイトにみせる。

 言わされる身にもなれ、という不満が少なからずあったが、不思議と彼女の笑顔はそんな気をどこかに追いやってしまった。

 

「それじゃあ、私もお返事しないとね。……目、瞑って」

 

 ユキの顔が急に引き締まる。

 まさか……、という淡い期待を抱いてカイトは目を瞑った。彼の身体は無駄に緊張し、つい力が入ってしまう。

 そんなカイトにユキが接近すると、彼は彼女が顔のすぐ真横まで近付いているのを感じとった。肌と肌が触れ合うまでに近付いたユキは耳元まで口を寄せ、囁くような声で呟く。

 

「私もカイトが好き。……ううん、大好きだよ」

 

 カイトは耳元から至近距離で捉えた声にドキッとすると、彼女の気配が顔から離れた気がした。すると今度は鼻を摘ままれる感覚を彼の身体が捉えた。

 

「フガッ!?」

「あはは。キスされると思った? 残念でしたー」

 

 鼻を摘まんだまま、ユキはイタズラっぽい笑顔を向ける。そんな彼女を見たカイトはそこで初めて罠に嵌められたとわかり、ユキの小悪魔的一面を垣間見ることとなった。それと同時にまんまとやられた悔しさ半分、期待通りじゃなくて残念な気持ちが半分くらい、彼の心を満たす。

 カイトは鼻を摘まんでいるユキの腕をとり、優しく引き離した。

 

「変な期待持たせるなよ」

「ごめんね。緊張してるカイトが可愛くって、つい意地悪したくなっちゃった」

「かわいい言うな!」

 

 緊張の空気がガラッと変化し、二人はいつもの調子で会話する。和やかで、暖かくて、微笑ましい空気は彼と彼女独自の空間であり、誰にも邪魔されることはない。

 

「はぁ……。とりあえず話は済んだし、みんなの所に戻るか?」

「え〜? 折角だから、もう少し二人っきりでいようよ〜」

「…………しょうがないな」

「やった!」

 

 カイトはニヤついた顔を隠すため、彼女のいる側と真逆の方向を向く。

 一方のユキは嬉しそうな顔を隠すことなく、彼の横顔をジッと見つめる。

 祝勝会がお開きになり、いなくなった二人をキリトとアスナが探しに出たのは、それから間もなくの事であった。

 




これにて4章終了です。当初の予定よりも長引いてしまいました。
次の5章は時間を進めて74層を舞台にします。
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