ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第37話 悪魔と死神

 

 フロアボスの存在意義とは何か。

 それはずばり『浮遊上の(いただき)を目指す剣士達の妨害』だ。

 上層へと続く迷宮区の最奥を守護する役目を与えられた、各階層につき一体しかいない超がつく程の難敵。システムによって定められた役目を全うするため、フロアボスは一歩たりとも部屋の外に出てはならない。

 

 だがしかし、グリームアイズはその鉄則を破る。

 

 約2年もの間、円形状の部屋に息を潜めて閉じこもっていたその巨体は、境界線を悠々と超えて部屋の外気を吸い込む。迷宮区に流れる冷気を含んだ空気を吸い込むと、生暖かい呼気に変換して口から漏れた。

 

「おいおい、こんなの聞いてねぇぞ!」

「それはこの場にいる全員が思っている事だぞ」

 

 予想外の事態に驚きつつも、皆はそれぞれの武器を握って構える。

 

「一先ずはさっきカイトが言った通りの作戦でいこう。四人でタゲ取りしつつ、《風林火山》が奥にいるコーバッツ達の救援だ」

『了解!』

 

 キリトに呼応し、全員の声が重なった。

 グリームアイズは眼前で固まる冒険者の集団に向け、右手に持った斬馬刀を掲げて振り下ろす。それを合図に《風林火山》は二チームに分かれて左右に散り、大剣を受け止める役議は黒と紺藍の影が担った。

 

「くっ――」

「おっも!」

 

 キリトとカイトを叩き斬らんと振るわれた剣は、これまでのフロアボス中最高クラスの重みを持った一撃だった。それはグリームアイズの筋力値が高いことを示唆し、受け止めている最中も二人のHPはジワジワと減少する。

 しかし二人が懸命に剣を受け止めたことで、グリームアイズの動きは静止し、その隙を狙ってクラインら《風林火山》はボスの横をすり抜ける。だがグリームアイズの尻尾――――コブラの頭がクラインに噛みつこうと、大口を開けて藍色の液が(したた)る毒牙を剥いた。

 

「てえいっ!」

 

 アスナの放った《リニアー》が速く・正確にコブラの頭を捉え、クラインのガードに成功。一瞬で間合いを詰めた白い閃光の剣技に、彼は思わず見惚れてしまう。

 

「クラインさん! 行ってください!」

「す、すまねぇアスナさん!」

 

 アスナはクラインに背中を向けながら促す。

 クラインもまた、アスナに背中を向け、彼女にボスの相手を任せた。

 

「ユキっ、頼む!」

「了解!」

 

 《風林火山》がグリームアイズの横を通り過ぎたのを見計らい、キリトが合図を出す。聞きつけたユキは単発系ソードスキルを使用して斬馬刀を上方に弾き、圧迫に耐えていた二人を解放すると、三人はボスから距離をとった。そこに遅れてアスナも加わる。

 

「ヒール!」

 

 カイトは結晶アイテムを使わずに回復コマンドを唱え、半分以下になっていた自身のHPを全快にした。そして空いている左手でキリトの背中に触れ、もう一度回復コマンドを唱える。

 

「ヒール!」

 

 カイトと同様に削れていたキリトのHPが全快した。だが奇妙な事にキリトのHPが回復したかと思えば、今しがた全快した筈のカイトは再び命の残量を黄色く染め上げる。

 カイトはアイテムポーチから素早く高ランクのポーションを取り出し、容器内の真っ赤な液体を口に含んだ。口内に甘酸っぱい不思議な味が広がり、彼は今一度全快に努める。

 

「え? え?」

「何? どういう事?」

 

 あっけらかんとしているキリトとは別に、アスナとユキは目の前で起きている現象に驚きを隠せない。二人は増減を繰り返すカイトのHP変動に目が釘付けとなった。

 

「二人もHPが減って危なくなったら、今みたいな感じで回復させるから」

「う、うん…………いや、そうじゃなくて! どうして回復結晶を使わずに回復出来たの?」

「……二人は信用出来るからバラすけど、《治療術》っていうエクストラスキル――――いや、もしかしたらユニークスキルかもしれないな……。兎に角、それの効果だよ。キ……ヒースクリフみたいな戦闘特化のスキルとは違うけど、衛生兵なら務まる筈だ。ちなみにこれ、他言無用でお願い」

 

 そう言ってカイトは人差し指を立てて口元に添えた。

 習得に一定の条件を課し、それを満たすことで得られる《エクストラスキル》。その中でも習得者が一人しかいないと言われているのが《ユニークスキル》と呼ばれるものだ。ユニークスキルを取得したのは現時点でヒースクリフしか判明していないが、《治療術》なるものがユニークスキルだとすると、彼は新たなスキル保持者(ホルダー)ということになる。

 約半年前、スキルリストに突如出現してからは地道に熟練度を上げ、これまで幾度となく使用してきた。当初はスキルの少々面倒な特性に頭を悩ませ、「便利なのか便利じゃないのかわからん!」という感想を抱いていたが、今では存分に使いこなしている。ただし使いこなしていると言っても、面倒な特性に付き合っているのは変わらない。現に今がそうだからだ。

 スキルを秘匿していたのは出現条件が定かではないのと、下手に騒がれないようにするため。しかしヒースクリフのような目立つスキルと違い、彼のスキルはよく見ていないと結晶アイテムを使用する仕草と大差ない。そして人というのは案外他人を見ないもので、特にボス戦のような大人数が混在する場合はそれが顕著に表れる。故にカイトは今まで堂々と、しかしコッソリとスキルを使用していたのだった。

 

「……私、そんなスキル持ってるなんて初めて聞いたよ?」

「だって言ってないし……。ていうかみんなが気付いていないだけで、今までのボス戦とかでも何度か使ってるんだけどなぁ。56層フィールドボス戦の時も、アスナに一回使ったぞ」

「えっ?! うそっ!」

 

 突然のカミングアウトに対し、アスナはつい視線をボスから外してカイトを見やった。

 その一瞬の隙をつきにきたのか、はたまた偶然なのか。グリームアイズは剣を両手で持つと後ろに引き、地面と水平にして突き攻撃の構えをとった。

 

「来るぞ!」

 

 重量感を感じさせる肉厚の剣が風の切る音を響かせ、一直線にアスナ達へと迫る。だがキリトの叫び声に反応した一同は瞬時に飛び退き、これを回避。つい数秒前まで自分達のいた地面が抉れ、白い土煙に似た演出が発生した。

 突きで精一杯伸ばされた腕は、手元に引き戻すまで時間を要する。その間に紅白の影二つは左右に分かれ、グリームアイズの両脇腹を通常攻撃で同時に切りつけた。ダメージが入ったのを示す赤いエフェクトを散らせるが、それは微々たるもの。青眼の悪魔は平然としていた。

 ダメージを与えたことでタゲは二人に移り、グリームアイズは右足を軸にしてその場で半回転。そのまま右手の大剣で薙ぎ払い攻撃を繰り出す。

 アスナとユキはガードするが、斬馬刀の餌食となり、迷宮区のオブジェクトに叩きつけられた。

 

「あぐっ」

「――――っ」

 

 アスナは背中から、ユキは右肩から衝突し、ぶつかった部位からじわっと不快感が広がる。叩きつけられた際の衝撃ですぐには身体を動かす事が出来ないため、ボスにとっては格好の的も同然。剣を上に持ち上げて垂直に振り下ろした。

 

『させるかっ!』

 

 キリトとカイトの声が重なる。

 振り下ろされる剣の軌道上に二人が立ち塞がり、倒れて身動きの取れないアスナとユキを庇うため、再び受け止めにかかった。剣は二人に届くことなく、一刀両断されるのはなんとか阻止する。

 

「カイト! 同時に弾くぞ!」

「了解! 3、2、1――」

 

 合図を出すと剣に力を込め、上方へ押し上げる。そうすることで上から押さえつける圧迫感から解放されたのだが、惜しくもボスの身体を仰け反らせるような弾き防御(パリング)とはならなかった。一閃を防がれたグリームアイズの攻撃はこれだけで終わらず、別の攻撃モーションに切り替える。牙と牙の隙間から薄い藍色の瘴気が漏れるそのパターンは初見だが、これまでの経験から大方の予想がついた。

 

(ブレス攻撃!?)

 

 おそらく特殊攻撃が付与されたブレス攻撃だろう。咄嗟の判断で二人とも飛び退くが、グリームアイズの放ったブレスは攻撃範囲が広く、かつ本来の戦場であるボス部屋よりも狭い迷宮区の通路では、逃げ場など無きに等しい。

 

「やばっ――」

 

 瘴気は瞬く間に真っ白な床石を覆い尽くし、飛び退いた二人どころか、自由を取り戻しつつあったアスナとユキにも絡みつく。その結果生じた弊害は、プレイヤーの行動を制限する阻害効果(デバフ)――――《行動不能(スタン)》だった。

 カイトは《ベヒモス・コート》の耐性値上昇ボーナスのおかげで難を逃れたが、他三人は膝から崩れ落ちて地面に伏せる。攻撃を受けてしまったため、彼らにはここから3秒間のペナルティーが課せられた。

 そしてグリームアイズにとっては運良く、キリト達にとっては運悪く、動けない三人は一ヶ所に固まって倒れている。三人纏めて剣の餌食にするのが非常に容易な、いわゆるバッドポジションだった。

 当然ボスもこれを好機とみて、動かない的に狙いを定める。そんなグリームアイズの選択した行動は、剣を両手で持って行う大上段の振り下ろしだった。

 

「やらせない!」

 

 彼がやらずして誰がやるというのか。カイトは身動きの取れない三人を庇うようにして立ちはだかる。

 剣の腹を殴って軌道を逸らす方法もあるが、振りの速い剣撃にタイミングを合わせるのはシビアなため却下。よって力を込めた斬馬刀の上段垂直切りに対して彼がとった行動は、剣を水平にして受けの構えを作ることだった。

 あわよくば弾き防御(パリング)――――といきたい所だが、受けるだけで精一杯の状況だ。さらにキリトと一緒に受けた時でさえ重いと感じた一撃のため、一人では上からズシっとかかる重みに耐えきれない。

 

(こんのっ――――馬鹿力っ!!)

 

 カイトは圧迫感におされて片膝をつく。それでもなんとか踏ん張っているのは、彼なりの意地というもの。

 そして彼は3秒間、奇跡的に耐えることが出来た。

 

「やあっ!」

 

 行動不能(スタン)から復帰したユキがソードスキルで斬馬刀を弾く。弾いた事でグリームアイズに大きな隙を生じさせ、ユキの脇を漆黒の剣士がすり抜けた。その手に持つ剣に光を宿して――。

 

「はあぁぁぁぁあ!!」

 

 片手剣上位単発重攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

 ジェットエンジンのような耳を(つんざ)く音と、赤い光芒の演出。この二つと共に放たれた《エリュシデータ》による強力な突きが、グリームアイズの腹部中心へと吸い込まれるようにして正確に突かれた。

 

 ――グオォォォォオ!!

 

 ノーガード状態で喰らった上位ソードスキルがクリーンヒットし、流石のグリームアイズも雄叫びをあげずにはいられない。まるで苦痛でも感じているかのような叫びが轟いたのは、今までで最もダメージが大きかったからだろう。HPが目に見えて減少した。

 術後の硬直から解放されたキリトは即座に後退し、他三人と合流。一方のボスは距離をとったキリトに反応し、ブレス攻撃のモーションに入った。四人の位置では先ほどの二の舞になってしまうと予想されるので、大きく跳び退くために全員が膝を曲げる――――まさにその時だった。

 

「イッツ・ショウ・タイム」

 

 どこからか聞こえたのは、異質なイントネーションを含んだ艶やかな美声。

 緊迫したこの状況下でもハッキリと耳に残ったその言葉は、殺戮ショー開幕の合図。

 この場にいる敵は、なにもフロアボスだけではなかったらしい。

 

 距離をとろうとした四人のうち、ユキの右膝にスローイング・ピックが刺さる。ブレス攻撃を喰らう前にも関わらず、彼女はまたしても膝から崩れ落ちてしまったのだが、最悪な事にパーティーメンバー《Yuki》のHPバー周囲が緑色の点滅を繰り返し、行動不能(スタン)よりも厄介な《麻痺》のデバフアイコンが点灯していた。

 

「ユキッ!」

 

 跳躍に成功した他三人は回避出来たが、その場に残されたユキはボスのブレス攻撃が直撃。しかしブレスをはじめとする間接的攻撃はプレイヤーの動きを阻害するのが主な目的であるため、ダメージに関してはさほど懸念する必要はない。問題はブレス後に繰り出される大剣の一撃だった。

 瘴気を撒き散らした後のグリームアイズは例に漏れず、剣で目の前のプレイヤーを潰しにかかる。今度は右手一本で剣を持ち、真っ直ぐ突きを繰り出した。

 

「――――っ!」

 

 地に足がついた状態で、キリトは体重を前にかける。利き足に力を込めてコンマ数秒踏ん張ると、彼の身体は超加速してユキの救助に向かった。

 

「でやぁぁぁあ!!」

 

 《エリュシデータ》を逆手に持ち替えて突き出された斬馬刀の腹に添えると、力の限り、大剣の軌道を横方向へずらしにかかった。擦れ合う二本の剣は甲高い音と紅蓮の火花を散らし、彼女を殺す意志と生かす意志がぶつかる。

 突き出された大剣は床石に接触すると、轟音と土煙が舞った。煙がはれると、そこには自身の身体を貫こうとする剣から目を逸らしているユキがいた。そしてグリームアイズの剣はそんな彼女の横に逸れており、それはキリトの生かす意志が勝利したことを意味する。

 

「キュア!」

 

 カイトは素早くユキに駆け寄り、手で彼女の右肩に触れると解毒コマンドを唱えた。正体不明のスローイング・ピックによってもたらされた麻痺は取り除かれ、ユキの身体は今一度自由を取り戻す。

 

「ユキ、大丈夫?」

「うん……なんとか……」

 

 同じように駆け寄ったアスナが、ユキの身を案じて声をかけた。

 だがカイトはユキの身を案ずるよりも、彼女に危機をもたらした元凶の特定に注意を注ぐ。そして彼の索敵が捉えた反応は、グリームアイズの後方からだった。

 離れた場所から四人を伺う影が一つ。ポンチョに身を包んでフードを深く被っているため、カイトの位置から顔を見ることは叶わないが、姿が視認できればそれで充分だった。

 

「PoH……」

 

 憤りを込めて、そのプレイヤーの名を呟く。

 フロアボスと比較して立ち位置の距離は遠いにも関わらず、眼前のグリームアイズに負けず劣らずの威圧感を放っている。モンスターの最大脅威がフロアボスだとすれば、プレイヤーの最大脅威はPoHという存在そのもの。

 

「惜しかったなぁ……。もう少しでそこの女が真っ二つになれたのに」

「お前……!」

 

 ユキの自由を奪ったピックの持ち主は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》創設者ーーPoH。彼はあろうことか、フロアボスを利用したMPKで彼女を殺そうとしたのだった。キリトの助けが間に合わなければ、ユキは上半身と下半身に分断されていた可能性もあり得ただろう。

 

「にしてもまぁ……こいつは中々……」

 

 そういってPoHはグリームアイズを見上げながら、一歩、また一歩と自らフロアボスに近付いていった。

 するとこれまでカイト達と向き合って対峙していたグリームアイズが、ダメージを与えていないPoHへと標的を変更した。キリトから背面に佇むPoHに視線を移し、大剣を彼に対して振るいだす。

 

「What?」

 

 PoHもこの現象には疑問を抱かずにいられない。グリームアイズは従来のフロアボスとアルゴリズムが違いすぎる。

 

「……鬱陶しい」

 

 剣で受けることはせず、ただひたすらグリームアイズの大剣を避け続ける。右、左と軽やかなステップを踏んで回避するが、流石にノーダメージという訳にはいかないようだ。所々で身体を掠め、ダメージエフェクトがチラつく。

 一方先ほどまでボスの相手をしていたキリトは一時後退し、カイト達と共に様子を伺っていたところ、彼の《索敵》スキルがプレイヤー反応を捉えた。それはゆっくりとこちらに向かってくる少人数の集団で、ボス攻略でも度々顔を合わす機会の多い、最近前線に加わったギルドの一団だった。

 

「お、おいっ! 何だアレ!?」

 

 集団の一人が異変に気付き、驚く。迷宮区の道中で山羊の頭をした定冠詞付きのモンスターがいるのだから、誰だって驚くに決まっている。他のメンバーも皆似たような反応だった。

 そしてグリームアイズの攻撃を紙一重で躱し続けるPoHも、そんな一団の声に気付いて彼らを一瞬だけ見やる。フードの奥から覗く口元が嘲笑に歪んだ次の瞬間、彼のとった行動は身を翻してギルドの一団へ突っ込む事だった。

 現在ボスが標的にしているPoHが動けば、当然彼の後を追うようにしてついてくる。PoHの正体に気付いていない一団は、ポンチョ男よりもその後ろにいる巨大なモンスターへと視線が映り、巨体が急接近する光景に恐怖を駆り立てられる。

 

「うわぁぁぁぁあ! 何だコイツ!?」

「馬鹿野郎! こっちに来るんじゃねぇ!」

 

 厄介なものをなすりつけてくるポンチョ男に対し、悪態をつかずにいられない。 ユキの時とやり方は異なるが、これも立派なMPKに値する。通常のゲームでも決して推奨されない非マナー行為であり、この世界では意図的に行ってはいけない行為の一つだ。

 グリームアイズはその巨体に不釣り合いな速度で移動し、PoHとの距離はすぐに縮まる。距離を詰めると片手で剣を担ぎ、両手剣の突進技《アバランシュ》によく似た軌道で上段から斬馬刀を振り下ろした。狙いは当然PoHだ。

 しかし、ここまではグリームアイズを誘導したPoHの思惑通り。魔剣クラスの性能を持つ大型ダガー《友切包丁(メイト・チョッパー)》がオレンジ色の輝きを放つと、彼はすぐさま身体を反転させ、ソードスキルを発動。短剣上位突進技《アーリー・スピルド》で急加速したPoHは、グリームアイズに向かって一直線に突き進む――――が、彼の狙いはボスではなく、その股下に空いた空間だった。

 

 ソードスキルを使用したPoHの狙いは、攻撃の回避とボスからの離脱を平行して行う事。彼のソードスキル発動からコンマ数秒遅れで斬馬刀が地面を抉り、股下をくぐり抜けたPoHはグリームアイズから一気に距離を取ることに成功した。離脱後に課せられた硬直が解けると、彼は置き去りにしたボスの動向を伺う。

 

「畜生! ふざけんなあっ!」

「全員距離を取れ! 隙をみて離脱――――がっ!」

「ぐあぁぁぁあ!!」

 

 グリームアイズはPoHに向けていた敵意を、運悪く遭遇した一団へと移す。一団の様は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「Huh、なるほど……。そういう事か……」

 

 その様子を見た彼は納得する。74層フロアボス《ザ・グリームアイズ》の持つ異様な性質を見抜き、確信したようだ。

 それはおそらく『自身との物理的距離が近いプレイヤーを優先的に狙う』ということ。ボスのタゲがPoHに移行した時は、対峙していたキリトよりも近くまで接近してしまったから。タゲが外れた時は上位突進技で瞬時に距離を広げたため、最も近くにいた運のない一団に移行したのだろう。

 

「――ダメ…………」

 

 そして余裕綽々のPoHとは裏腹に、放っておけば死人が出るであろう集団の状況を、アスナは良しとしない。右手で握った《ランベントライト》に手の震えが伝わる。

 

「ダメェーーーーーー!!!!」

 

 彼女は拒絶の声を荒らげながら、無意識に駆け出した。グリームアイズとの距離は十分、助走も十分過ぎるほど。細剣最上位ソードスキル《フラッシング・ペネトレイター》を放つ条件は揃っていた。

 ミスがあるとするならば一つだけ。アスナはグリームアイズを見据えるあまり、すぐそこで佇むPoHの存在を視界から外してしまっていた。アスナがPoHの存在を捉えた時、体術単発ソードスキル《仙破》の鋭い回し蹴りを見舞われ、彼女の身体は元の方向へと蹴り飛ばされてしまった。

 

「く……」

 

 地面を転げた彼女は腹部の不快感に耐え、顔を上げて敵を睨みつけた。

 

「この先は通行止めだ。ショーの邪魔なんて野暮な真似、紳士淑女なら慎むもんだぜ?」

 

 彼は邪悪な笑みを絶やさない。さも愉しそうに、さも嬉しそうに言うその様子には狂気さえ感じてしまう。

 

「PoHーーーーーー!!!!」

 

 怒りを露わにしたキリトが強行突破を試みた。だがPoHも甘くはない。

 突撃する《黒の剣士》と、行く手を阻む《死神》。両者の剣が激しく衝突し、鍔迫り合いのまま、至近距離からの睨み合いへ移行した。

 そんな二人をよそに、取り残されたカイトがアスナの肩に軽く手を置いた。

 

「アスナ、一旦落ち着け! らしくないぞ!」

「でも……このままじゃ……」

「それはオレもわかってる……。だから役割をハッキリ分担しよう。オレとユキの二人でPoHを相手して道を切り拓くから、その隙にキリトとアスナはボスの元へ向かって相手をしてくれ。《風林火山》にも援護を頼んでみる。それと――――」

「馬っ鹿野郎!! 死ぬ気か!!」

 

 ボス部屋入り口からクラインの怒号が聞こえた。振り返れば声の矛先は《MTD》所属のコーバッツに対してであり、クラインは彼の腕を掴んで進行を阻んでいた。

 

「我々は《はじまりの街》で救援を待つ一般プレイヤーのため、一日でも早い解放を望んでいる! キバオウ殿から特命を承ってここまで赴いたというのに、何もせず帰れというのか!」

「てめぇはもうちっとばかし、周りを見て考えやがれってんだ! 仲間も疲弊しきっているし、そんな状態でいっても無駄死にするだけだろうがよ!」

 

 クラインの言葉についカッとなり、コーバッツは彼の腕を振り払う。

 

「私の部下達は、この程度で音を上げるような軟弱者ではないっ! 全員、立て!」

 

 コーバッツの厳しい号令を受け、彼の部下達はフラフラと足取りおぼつかなく立ち上がる。だが、既に限界を過ぎていたのだろう。直立出来ずに膝をつく者が続出した。

 

「この腰抜け共が!! 貴様らはそれでも《MTD》の一員か!? 立て! 立つんだーーーー!!」

「まだわかんねぇのか!?」

 

 コーバッツの身勝手な言動にクラインは我慢出来ず、彼の羽織っているマントの肩布を掴み、声を荒らげながら手元に引き寄せる。

 

「てめぇの受けた特命とやらが何かは知らねぇし、興味もねぇ。……だがこの世界にいる限り、何よりも優先されるのは人の命であって……それ以外は二の次、三の次なんだよ! あんたがこいつらの上官って事は、信頼してついてくる部下の命を預かった、責任ある立場なんだ! その事を見失わず、もう一度よく考えやがれ、コーバッツ()()!!」

 

 クラインの言葉に熱がこもり、『中佐』の部分を強調する。

 常日頃からギルドの長として仲間の事を第一に考える彼だからこそ、コーバッツの考えが許せなかった。中央広場で途方に暮れる仲間を連れ、攻略組に加入出来るほどまで力をつけつつ、これまで一度もギルド内で死者を出していない。お調子者の一面もありはすれど、こういった芯の部分がギルドメンバーだけではなく、キリトやカイトを始めとした多数のプレイヤーから人望を得ている源だろう。

 

「クライン」

 

 そんな熱くなっているクラインの腕を、カイトが掴む。この状況を打破するためには、()()()()が必要だった。

 

「今、向こうでボスに追いやられている連中がいる。クライン達には立て続けで悪いけど、キリト達と一緒に《風林火山》も救援に行ってくれ。それと――――」

 

 カイトは出来るだけ簡潔に告げると、今度はコーバッツに向き直った。

 

「コーバッツ。あんたにはこの状況を今すぐ攻略組に伝える役目を頼みたい。転移結晶でここから離脱した後、《血盟騎士団》と《聖竜連合》の本部に向かって討伐隊の部隊編成を要請してくれ。大至急だ」

「しかし我々は――――」

「一分一秒でも惜しいんだ! 時間がないから早くしてくれ!!」

 

 カイトは語気を強め、コーバッツの言葉を押さえつけた。

 

「今この場で頼めるのはあんたしかいないんだ……。一応伝えはしたし、これ以上構っている暇はないから、オレ達は行く……。クライン、頼む」

「……あぁ。――――っし、おめぇら! もう一働きすんぞっ!」

『おぉっ!!』

 

 クラインを始めとした《風林火山》の野太い声が重なる。

 約2年間デスゲームを経験してきた彼らにとって、初となる異例のフロアボス戦。

 開戦の火蓋は、切って落とされた。

 





作中でカイトが明言しましたが、56層フィールドボス戦……今作で言えば3章の22話・23話で予め伏線を張らせていただきました。別々に読むと違和感を感じずに流しがちですが、今回判明したスキルの特徴に着目し、22話終盤から23話冒頭のフィールドボス戦を繋げて注意深く読むと、おかしな点がある仕様になっています。それでも分かりづらいですが……。

ちなみに現在判明しているカイトのエクストラスキルの効果は……
・自分及び他者のHPを全快できる
・自分及び他者にかかった阻害効果(麻痺など)を除去できる

ここまでは結晶アイテムとの類似点です。ですが……
・他者のHPを全快する場合、自身のHPを削る形で回復させる

……というのが、結晶アイテムとの相違点です。
ユキにかけられた状態異常を除去した際は何もありませんでしたが、それはちゃんとした理由のある『例外』となっています。
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