ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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お久しぶりです。当初の予定通り、約1ヶ月ぶりの更新となります。


第40話 二人と一人の攻防戦

 冷や汗が背筋をなぞる――。

 

 ある筈のない偽の心臓が早く鼓動を打ち、耳障りな程に五月蝿く感じる――。

 

 強い緊張状態にあるカイトとユキは、目の前で隙あらば命を奪おうと画策する死神のような男と剣を交え、距離をとる度に、自身がまだこの世界にとどまっている事を再確認した。

 羽のようにふわりと柔らかい身のこなしで躱し、あるいは刃の広い包丁で防ぎ、捌き、システムに頼らない己が年月を掛けて磨き上げた体術で殴り、蹴る。それがPoHの持つ実力の一端だった。

 

 PoHの実力が高いことは既知であるが、それは所詮人づてに聞いた話であって、実際にこうして対峙し、剣を交えて争うのは2人にとって初めてだ。なぜなら彼は表舞台に出ず、スポットライトを積極的に浴びるような事はしない。基本的には裏から糸を引く脚本家であり、ゲーム感覚で殺しを愉しむ演者は、ジョニー・ブラックやザザの場合が多かったからだ。

 仮に表舞台に出たとしても、PoHは実力を発揮しない。決して本気で相手せず、遊び感覚で剣を振るか、システムの穴を使ってジワジワといたぶる。彼の恐ろしいところは本当に命を失う可能性を秘めたデスゲームでさえ、『たかがゲーム』と完全に割り切っているところだった。

 

(このっ……)

 

 不規則に鳴る甲高い金属音。

 ぶつかる度に散る真紅の火花が幾度となく明滅を繰り返し、現在戦闘を繰り広げている彼ら2人の顔と剣を一瞬だけ照らす。この戦闘内だけで何度目なのか、数えるのも億劫だった。

 鍔迫り合いのままカイトとPoHの瞳が交わると、眼前の死神は口元を歪めて微笑した。

 

「あんた、この状況でよく笑えるな」

「Oh,sorry。久しぶりにエキサイティングな獲物と出会えたからつい、な」

「まぁ、喰われる気はないけど……ねっ!」

 

 剣を押し出すと同時にカイトは後退するが、それは彼女の邪魔にならないよう場を譲っただけ。直後に横からユキが蹴り技をPoHに見舞った。

 

「やあっ!」

 

 右足を高くあげるとPoHの上半身目掛け、上段蹴りを繰り出す。しかしポンチョに身を包んでいるPoHの身体に当たる直前、彼はユキの足首を左手1本で掴み、蹴り技を無効化した。

 

「えっ、ちょっ……わわっ!?」

 

 PoHは掴んだ足を離さず、そのまま時計回りに回転。遠心力でユキの身体は宙に浮き、そのままぐるっと大きく一回転すると、カイトのいる方向へ思いっきり投げ飛ばした。

 

「なっ――」

 

 後退したカイトに向かって、ユキは真っ直ぐ投げ飛ばされる。自身に飛来する彼女を避ける訳にもいかず、すかさず両手を広げて受け止める体勢に入った。

 

「どわっ!」

「きゃっ」

 

 胸に飛び込んできたユキを受け止め、左腕でしっかり抱き寄せた。だが勢いの乗った彼女に押されてよろけ、数歩分後ろに下がる。加えて衝突した際の衝撃で、HPがわずかながら減少した。

 

「ユキ、大丈夫か?」

「う、うん。なんとか……」

「――って、やばっ!」

 

 PoHの動きはまだ終わっていない。

 ユキを投げ飛ばした後に少し遅れて駆け出し、ソードスキルを始動。短剣中位4連撃ソードスキル《セイクルエッジ》で、重なった2人諸共切り刻みにかかった。

 

「下がれ!」

 

 抱きかかえていたユキの腕をとって無理矢理背面に回り込ませると、ソードスキルの予備動作(プレモーション)を開始する。目には目を、歯には歯を、4連撃には4連撃を――――。

 《セイクルエッジ》に対抗する彼が選択したのは、片手剣垂直4連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。PoHの放つソードスキルを迎え撃つため、システムアシストを妨げない程度に技の軌道と速度を微調整する。

 しかし、それは相手にも言えたこと。PoHもカイトと同じ行いをすることで、ソードスキルに微妙な変化を加えた。その結果、最後の4撃目が両者の身体に喰い込み、双方共にダメージをもらう。

 

『ヒール!』

 

 HPの減少したカイトとPoHは、同時にコマンドを唱えることで瞬く間に回復する。しかし、PoHはカイトの取った回復行動に違和感を覚えた。

 

「……そいつはどういう事だ?」

「敵に手の内を教えるわけないだろ。知りたいなら当ててみなよ」

「……OK。ならじっくり調べさせてもらうぜ」

 

 そう告げると、PoHは包丁を下段に構えて加速した。仕掛ける気だろう。

 

「選手交代」

「任せてっ!」

 

 カイトの背後にいたユキが飛び出し、PoHの切り上げを中段からの切り払いで迎え撃つ。包丁の腹をタイミング良く正確に打ち抜くことで、彼の剣は大きく後ろに弾かれた。

 ユキは払った剣を切り返してガラ空きの胴体を切りつけようとしたが、PoHの剣がライトエフェクトを帯び出したのに気が付き、攻め入るのを中断。回避行動に意識を割くよう、頭を切り替えた。

 

 その直後にPoHが繰り出したのは、《短剣》と《体術》の複合剣技《メテオサイクロン》。

 右から左の水平切りを繰り出すと、手首を返して初撃の軌道をなぞるように切り返す。もう一度同じように水平切りで攻撃するが、今度は切り返さず、タックルで体勢を崩しにかかった。

 1.5往復の水平切りはユキにとって予測の範疇であったため、こちらは難なく躱すことが出来た。だが彼女にとって予想外だったのは、その次に繰り出したタックルだった。

 

(踏み込みが――)

 

 タックルを喰らう前に距離をとって攻撃範囲外に逃れようとしたが、PoHの繰り出した技の移動距離がユキの予想以上に大きかったのだ。

 隙を埋めるために繰り出した体当たりにより、ユキは強く押し出され、体勢を崩してぐらつく。そこへすかさずPoHはその場で回転して生まれた遠心力を上乗せし、《メテオサイクロン》の終撃――――豪快な袈裟斬りで切りつけた。

 

「うっ――」

 

 左肩から斜めにダメージエフェクトが散り、たった一撃にしては不釣り合いなダメージ量だった。彼女は思わず歯を噛みしめる。

 そこでユキの左耳が、ヒュンッ、という風を切る音を捉えた。耳元を掠めたのではないかと疑う程近く、はっきりと聞こえた音の発生はカイトが起こしたもの。彼の投擲したスローイング・ピックがPoH目掛けて空気を切り裂きながら進み、フードの奥に潜む彼の顔を傷付けようとしたのだ。

 

「おっと」

 

 急遽飛んで迫ってきた銀の弾丸に対し、焦ることなく《友切包丁(メイト・チョッパー)》の腹で防ぐ。だがカイトの攻撃はそれだけで終わらず、今度はユキの右耳から風を切る鋭い音が聞こえた。

 彼女の右肩付近からPoHに向かって真っ直ぐ剣が突き出される。肩口を貫かんと剣先が伸びるが、PoHは後ろに大きく跳んで貫通するのを未然に防いだ。しかし完全に避けた訳ではなく、わずかに掠めたため、赤いエフェクトが微量ながら散るのが見られた。

 

「ヒール」

 

 カイトは左手でユキの背中に触れると彼女を全快させ、自分はポーションを口に含み、彼女の回復に使用したHPの減少分を補う。

 

「ユキ。オレが左手でサインを出したら、ソードスキルで突っ込んでくれ。遠慮はいらない」

「わかった」

 

 小さな声で一言呟くと、カイトはPoHに追撃を試みるために駆け出す。

 一方、PoHも彼の攻撃に対抗するために剣を振る。両者上段から振り下ろした斬撃が衝突し、美しい灯火が点いた。

 

(回復は自分に限らず、他の奴にも使える。だが結晶を使った形跡はねぇ……何かのスキルか?)

 

 見たことも聞いたこともない未知のスキルの正体を探るため、少しずつ提示された情報を元に、PoHは推論を頭の中だけで展開した。

 魔法のないSAOで使える、アイテムを用いない唯一の回復スキルとして《戦闘時回復(バトルヒーリング)》スキルが存在する。だがあれは10秒毎に一定量のHPを回復するだけであって、カイトがやったような瞬時に全快させる機能も、熟練度を推し進めることで得られる派生機能(モディファイ)も確認されていない。ならばそれとは全くの別物――――新種のスキルと結論づけた。

 

 そしてPoHがあれこれと思案しているとは露知らず、カイトは猛攻する。その最中、彼は左手をPoHから見えないように腰へとまわし、親指と人差し指で円を作った。

 ハンドサインを確認したユキは初動モーションを作り、短剣中位突進技《ラピットバイト》で突撃する。急加速した彼女は剣を突き出し、剣撃の応酬を繰り返している2人に向かって突っ込んでいった。

 一方、PoHと対峙しているカイトは背後で発生したソードスキルの起動音を耳で捉え、反響する音の近さで彼女との距離を感知し、ギリギリまで引きつけて身を翻す。

 

「――――っ!」

 

 カイトとの戦闘に集中していたPoHにしてみれば、死角から突然ユキが姿を表したようなもの。少年の背中で隠れていた少女を視認出来なかったため、驚くのは無理もない話だった。

 カイトは《ラピットバイト》を(すんで)の所で躱し、仕掛けたユキの突進技が磁石のようにPoHの身体へ引き寄せられる。防御も回避も間に合わないタイミングは、『絶妙』の一言に尽きた。

 閃く剣尖(けんせん)は敵の胴体に深々と刺さり、衝撃と共に大きく突き飛ばす。受け身をとって身を翻したPoHは素早く立ち上がると、眼前に佇む2人1組のプレイヤーに対し、さも満足そうな笑みを浮かべ、評定を下した。

 

「Good。……80点だ」

 

 PoHの表情に焦りは未だ見受けられない。彼に一泡吹かせるには、まだまだ追い詰める必要がありそうだった。

 そして今度はユキが先行して仕掛ける。短剣の攻撃範囲内まで接近すると腰を落とし、足を刈り取るようにして右から一閃。PoHはその場で高く跳躍して回避すると、真下にいるユキの頭部を垂直に切りかかった。

 

「くっ――」

 

 彼女は躱されて振り抜いた剣を引き戻し、水平にして剣撃をガードするが、振り下ろす力に重力を加えた一撃は、腕に重い衝撃を与える。それは軽量武器の短剣とは思えない程であり、彼女の使用する《カルンウェナン》の丈夫さ(Durability)が未強化だった場合、確実に折れていただろう。

 剣がぶつかった際に生まれる一瞬の硬直を狙うため、待機していたカイトがPoHに突撃。左から右への一閃はあえなく回避されたが、上手くユキとスイッチする切っ掛けを作ることが出来た。そのまま自然な流れで交代する。

 

(今のうちに……)

 

 カイトが切り合っている間、ユキは何もしないかというとそうでもない。助走をつけて駆け出すと、迷宮区に設置された高さのあるオブジェクトに突進する。そしてぶつかる数メートル手前で跳躍すると、彼女は射角90度の絶壁ともいえるオブジェクトの表面を走る、いわば《壁走り》で垂直方向に駆け昇った。

 オブジェクトを昇っている最中、チラリと顔を下に向けて戦闘中の2人を見やる。位置を目視で確認して地上から10メートルの高さまで到達すると、壁面を強く蹴って落下を開始した。

 

(ひえっ……)

 

 よくある話だが、同じ高さでも下から見るより上から見ると、存外高低差を大きく感じるものだ。恐怖を煽られて少々やり過ぎたと後悔の念が込み上げるが、既に彼女は万有引力に引かれながら宙を舞っている。後戻りはとうに出来ない段階なので、恐怖を振り払って剣を構えた。

 落下地点から歩幅1歩分離れた先にいるのはPoH。先程彼から喰らった重い剣撃を参考にし、遥か上空からの重力を加えた奇襲攻撃で意表を突きにかかったのだ。

 

「せやあっ!!」

 

 奇襲は成功。

 カイトの足止めも相まって、飛翔した彼女の鋭い剣撃がPoHの肩口から入り、切り裂いた。彼女の力と武器本来の攻撃力、落下による力が合わさった斬撃は、通常攻撃にも関わらずPoHのHPを大きく削る。着地の際にユキ自身のHPも高さに比例した落下ダメージをもらうが、微々たるものなので気に留める程でもなかった。

 

「チッ……」

 

 舌打ちを一つ。

 詰め将棋のように一手ずつ進めることで、ジリジリと追い詰められていく感覚。普段は自分が獲物に対して与える重圧(プレッシャー)を、今回は自分が受けていることに焦り――――とは違うが、PoHは精神的な不快感を覚えた。

 そしてPoHの打った舌打ちの音はカイトとユキの耳にも届き、これまでの余裕はもう彼の心中にはないことを悟る。ここで畳み込まずにいつ動くというのか。選択肢はない。

 

「やあっ!」

 

 電光石火で駆けるユキは、勇猛果敢に攻め入った。

 PoHとの距離が縮まって射程圏内に入った所で、剣を引いて構えを作り、短剣基本ソードスキル《スラッシュ》で切りかかる。

 PoHは上体を反らすことでこれを難なく回避するが、ユキにしてみれば当たろうが躱されようがどちらでも良かった。これから繰り出す大技の始動さえ出来れば、あとは身体の流れと状況に応じて敵を追い詰める術を、彼女は持っているのだから――。

 

 《舞姫》の二つ名に恥じない流麗な舞い《剣舞(ソードダンス)》。

 システム外スキル《結合(ユニオン)》を利用した彼女独自の戦術は、単発ソードスキルを起動モーションと決めている。彼女の演武はここから始まった。

 ソードスキルを回避したPoHは反らした上体を戻しつつ、極厚の中華包丁で水平切りを繰り出し、少女の首を刈り取りにかかる。首から上は人体の急所に設定されているため、完璧に捉えられて切断されようものなら死は免れないだろう。

 無理のない動きで切断を回避するためには、身体を深く沈めて頭の位置を下げるしかない。中華包丁が頭上ぎりぎりを通過し、嫌な汗が頬を伝うが、構わず次の動作に移った。

 踏み込みと同時に剣を振り抜く。PoHはダガーを引き戻して刃で受け止めにかかるが、ユキは接触の瞬間に剣を斜めに傾けた。彼女の短剣は火花を散らしながら《友切包丁(メイト・チョッパー)》の腹を滑り、PoHの左腕を切りつけつつ真横を通過した。

 

「そおらっ!」

「はあっ!」

 

 交錯して背中を向けあった両者は同時に反転し、剣を水平に払った。わずかに挙動の早かったPoHに軍杯があがり、ユキの肩に刃が喰い込む。

 

(うっ――)

 

 それでも動きを止めるわけにはいかない。

 勢いを殺さないために《舞踏》スキルを発動し、そのまま一回転すると、右足を高くあげて上段蹴りを繰り出す。

 

(Huh、読めてんだよ……)

 

 だがPoHは姿勢を低くすることで回避し、それと同時にある一点を狙いにいった。

 それは彼女が蹴撃(しゅうげき)する際に軸にした左足。PoHの目的はこれを刈り取ることでユキを部位欠損状態に陥らせ、戦闘不能にすること。欠損状態が治る3分以内にカイトの始末、あるいは隙をみて動けないユキのHPをゼロにしようと画策したのだ。

 そのための第一段階は軸足の膝から下を切ること。躊躇(ためら)いの類は一切なかった。

 

(もらった)

 

 ダガーで足を切断する未来図が脳裏をよぎり、それは現実になる――筈だった。

 ユキの放った蹴りは頂点に到達すると、一瞬だけ動きを止める。その姿勢をシステムはソードスキルの予備動作(プレモーション)と判定し、彼女の足にライトエフェクトが宿ると、稲妻の如き速さでPoHに足技を見舞った。

 

 体術単発ソードスキル《雷天(ライテン)》。

 垂直方向に振り下ろした渾身の踵落としは、PoHの右肩を抉るように喰い込んだ。現実なら肩の関節が外れているであろう重い一撃は、思わず彼も顔を歪ませずにはいられない。

 

「――がっは!」

 

 足を切り落とそうとした剣速が急激に鈍り、彼は手をついて強制的に跪く体勢になった。

 ユキは振り下ろした右足をPoHの肩に乗せたままにし、彼を踏み台にして《軽業》スキルで宙を舞う。前方宙返りの後は両足で着地し、振り向きざまにPoHの背中を切り上げて追加ダメージを与えた。

 今度は剣を後ろに引いて突きを繰り出すが、その前に跪いていたPoHが地面に手をつき、足に力を込めて前に跳んだ。距離を空けると身を翻し、PoHは再びユキと向き直る。

 しかし、空いた距離を埋めるようにして彼女は駆けた。考える時間も、会話を交わす時間も、先手を打たせることもさせてはいけない。頭の回転が早い彼ならば、突破口を閃くことも狂言で惑わすことも容易だろう。

 

(めんどくせぇな……だが――)

 

 過去に1度、PoHとユキは剣を交えて戦っている。

 当時のユキは完全に遊ばれており、まさしくPoHの掌で踊る操り人形のようだった。まともに攻撃を喰らったのは最後の突進技のみであり、それ以外は少女をどういたぶろうかと思案する余裕さえあった。

 しかし今はどうだろう。まだ切羽詰まる程ではないが、確実に以前と戦況は異なっている。剣1本でなんとかしようとがむしゃらに振っていた拙い戦い方とは打って変わり、剣技と体技を織り交ぜたトリッキーな動きは目を見張るものがあった。

 

 一撃に重きをおく者、スピードで勝負する者、耐え忍ぶ者、カウンターを狙う者、阻害効果(デバフ)攻撃を駆使する者。

 プレイスタイルは千差万別だが、彼女はそのどれにも当て嵌まらない、唯一無二の戦い方。

 そんな戦闘方法を生み出す切っ掛けが、まさか自分に敗戦したからなどと、PoHは露程も思わないだろう。

 

(――それでこそ狩り甲斐がある)

 

 悪寒が走った――――そんな気がした。

 理屈や論理的な言葉を並べ立てて伝えれるようなものではない、いわば本能とも呼べる直感。

 『踏み込んではいけない』という声なき声に従い、ユキは咄嗟に肉薄するのをやめて後ろに跳び退いた。

 

「ユキ、どうした?」

「…………」

 

 彼女の十八番(おはこ)である《剣舞(ソードダンス)》を途中で中止し、攻め込まなかった事にカイトは違和感を覚える。客観的にみても流れはユキに傾きつつあり、攻撃の手を緩める理由が見当たらない。

 

「――合格だ」

 

 しかし、PoHが声を発した事でその理由を察する。

 到底手の届かないような距離があるにも関わらず、まるで耳元で発したかのように、冷ややかな声をはっきり聴きとった。カイトは恐怖を振り払うかのように、前方の何もない空間へ反射的に剣を振りたくなる衝動に駆られるが、PoHは位置を変えていない。距離があるにも関わらず、カイトは彼の殺気をはっきりと感じ取った。

 

「遊ぶのはやめだ。その代わりに――」

 

 ダガーを左手に持ち替えると、右手を力なく振ってシステムメニューを起動。慣れた手つきで半透明のウィンドウを操作していくと、作業はものの数秒で終了した。

 

「――面白ぇものを魅せてやるよ」

 

 現れた変化は、異質な光景だった。

 

 突如、《友切包丁(メイト・チョッパー)》から漆黒の(もや)が音もなく滲み出す。刀身を包み込むようにして発生した正体不明の靄はとめどなく溢れ、PoHの纏う雰囲気をより一層引き立たせた。

 

「準備は整った。……それじゃあ――」

 

 ダガーを利き手に持ち替えると、死神はそっと呟く。

 

「――ショウ・タイムの続きといこうじゃねぇか……」

 

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