戦闘を重ねた結果、《暗黒剣》には痛覚の再現以外にも特徴が見受けられた。
1つ目は『異常なダメージ量』だ。PoHの所有する
その一方で、武器本来が持つ攻撃力は低めに設定されている、というのが本来使用されるダガーの特徴だが、彼の剣は魔剣クラスの性能を有しているため、短剣としては破格の威力を秘めていた。なのでダガーのデメリットはほぼないと考えてよいだろう。
そこに加えて《暗黒剣》スキルだ。リーチはそのままだが、一撃の威力が両手持ち武器と大差なく、まともに喰らえば致命傷になりかねない。事実《ライオット・ハント》の2撃目をまともに喰らったカイトのHPは、ほぼ全快だったにも関わらず、
そして2つ目の特徴は――――。
(くそっ!
ダメージを与えた相手に対し、ランダムで
通常はプレイヤーやモンスターに
しかし、《暗黒剣》スキルはその常識を打ち破った。
《毒》以外にも《麻痺》や《出血》が確認されており、ダメージを受ける事で初めて
カイトは装備している《ベヒモス・コート》の効果で難を逃れているが、
「キュア! ヒール!」
空いている左手で少女の肩に触れると、コマンドを唱えて解毒と回復の両方を行った。ユキのHPを蝕んでいた毒は綺麗さっぱり取り除かれ、HPも緑色に染まる。一言礼を述べるべきだが、生憎そんな悠長にしている暇はない。
「やあぁぁぁぁ!」
万全な状態になったユキが、再び勝負を仕掛けにいく。
《
しかし、新しい変化をつけてもすぐに対処されてしまい、また新たなやり口で攻めても同じ事の繰り返し。完全にイタチごっこだった。
そしてカイトはスキルでユキのHPを回復させたので、減少した自身のHP分を取り戻すために、ポーションを摂取していた。ジワジワと上昇するHPバーのスピードはいつもと何ら変わりないが、今に限って言えば非常にもどかしく、『まだか、まだか』と心の片隅で急かす。
(どうする……?)
ユキの戦闘方法は全く通用しないという訳でもなく、PoHの身体に赤いエフェクトが所々で散っているのが確認できる。
現行の《
打ち合わせもなしに突然試すのは中々勇気がいるし、一歩間違えればPoHは隙を突いて狩りにくるだろう。それが彼の決断を躊躇させているのだが、腹を切られた感覚もまた、勇気を1歩分踏み出せない原因でもあった。
肉を抉る感覚と共にもたらされた激痛。それはカイトの踏み込みを浅くするのに十分な効果を発揮し、心に植え付けられた恐怖は拭いきれていない。また同じ痛みを味わった時に自分は正気でいられるだろうか、という不安がいつまでも残留していた。
(……情けない)
あれだけ見栄をきってキリト達を送り出したというのに、今のカイトは自分があまりにも不甲斐なく感じていた。寧ろ一緒に戦うためについてきてくれた彼女の方が、ずっと凛々しく、逞しい。
考え事に集中して意識を離脱させていた彼を呼び戻したのは、左端に表示されているパーティーメンバーのHPバーだった。
(――キリト!)
(そうだ……キリト達だって戦ってる)
辛いのは彼だけではない。キリトもアスナも、フロアボスという強大な敵と相対して戦っているのだ。目の前で目まぐるしい剣技を繰り出している彼女だって、先程から無傷で渡り合っている訳ではなく、擦り傷のような微々たるダメージを喰らい、その都度痛みを味わっている。激痛でうずくまったカイトの姿を想像し、「もしかしたら自分も同じ目に合うかもしれない」という恐怖を抱きながら剣を振るっている可能性だってある。
それでもユキが剣を握るのは『生き残るため』だ。別にPoHを倒せなくとも、牢獄に入れる事ができなくてもいい。この場を切り抜けて、街に戻って、食事を取って眠りにつく、という当たり前の日常に戻れさえすれば、それで満足なのだから――。
そしてその目標を達成するための絶対条件は『皆、無事に帰ること』であり、1層フロアボス戦前の自発的約束を果たすため、ユキは今、カイトを守るために戦っている。
ならばカイトも、その気持ちに応えねばならない。宿屋で手を重ねて守ると誓ったあの頃の自分に嘘はなく、その思いは今も変わらず持ち続けている。
(試してみる価値はある、か)
ふと『やれるだけやってみなさいよっ!』というリズベットの声が、脳内で鮮明に再生された。彼女なら間違いなく言いそうだなぁ、という呑気な感想を思いながら、武器を握る手に力を込める。たとえリズ本人がこの場にいなくとも、彼女の魂はしっかりと右手に収まっている
「ユキッ!」
覚悟を決めて疾駆し、彼女の名を叫ぶ。名を呼ばれたユキはスイッチを予期して備えたが、続く言葉は彼女の予想と全く異なる指示だった。
「そのまま続けろっ!」
カイトはユキの《
「チッ」
挟み込む形で戦闘に参加したカイトを一瞥し、小さく舌打ちをしながら鬱陶しそうに背面を切り払う。カイトはダガーが届かない場所へとバックステップで離れるが、回避するとまたすぐに戦闘に参加した。
(……1人ずつ片付けるか)
2人同時に相手しても良いが、どうせなら自分のやり易いように相手を引き込んだ方が効率は上がる。長期的に考えて意識を常に二人へ割きながら戦うよりも、1人ずつ確実に殺るのがPoH自身の負担も軽くなる。まずは攻めの起点となっているユキに狙いを定め、彼女を先に処理しようと試みた。
《体術》のソードスキルにより、システムアシストの恩恵を受けたユキは鋭い突きを繰り出すが、PoHはさして苦もなく躱した。真っ直ぐ伸ばされた彼女の白い腕は硬直時間を課せられたため、動きがほんの一瞬だけ停止する。その隙を狙い、PoHはユキの腕をダガーで切り落とそうと振り下ろした。
その瞬間、ダガーの進行を拒む1本の剣が滑り込む。カイトはユキの腕に乗せるようにして剣を添え、ピタリと固定すると、そこから勢いよく上に振り上げた。その結果、振り下ろされたダガーと振り上げた片手剣が衝突し、PoHの思惑は取り敢えず阻止される。
「せいっ!」
硬直から解放されたユキは続け様に剣で攻撃。PoHの身体に赤いエフェクトが散り、猛攻の嵐を止ませることなく続行した。
PoHがユキに剣戟を浴びせようとすれば、すぐにカイトがそれを阻止。彼女を守るためだけに、彼はユキの防御に徹する。そのため、ユキはなんの心配もなく演武を続ける事が出来た。
そしてその逆も然り。PoHが標的をカイトに変更して攻めようとも、今度はユキが彼を守るため、カイトの防御に徹する。彼と彼女はPoHの挙動に合わせてアイコンタクトを取り、相互に攻守を交代して強大な敵と渡り合う戦法を選んだ結果、2人のHPは一ドットたりとも変動しなくなった。
カイトだけでも、あるいはユキ1人でもPoHには太刀打ちできない。剣技や体技、頭の回転や人を欺くテクニックは、あらゆる角度から考えてもPoHは2人より高い技量を有している。故に、真正面からぶつかっても勝てる見込みは薄い。
しかし、それは1人ずつで戦った場合の話だ。彼と彼女が2年に渡る歳月で得た技術を結集させ、持てる力を注いでカバーし合えば、格上の相手であろうと渡り合える。『息を合わせる』という表言では生温く、2人の意識は今、同調していた。
「ぜあぁぁぁぁぁあ!!」
「りゃあぁぁぁぁあ!!」
PoHを中心として直線上に並ぶと、気合いの込もった叫びをあげてカイトとユキは同時に切り払う。1つは右から、もう1つは左から繰り出し、彼を挟むようにして剣を振るった。
ザシュッ、という音と共にPoHの右肩と左腕を切りつけると、HPは
「――チィッ!」
命の残量を横目に、この戦いで1番の焦りを吐露する。
切り合いを一時中断し、PoHは自身の持つステータスと《軽業》スキルを全開にしてユキの頭上を飛び越えた。彼女は頭上を舞う敵目掛けて咄嗟に短剣を振り上げるが、刀身が僅かばかり届かずに空を切る。
宙を舞って包囲網から離脱した彼は、空中で素早く結晶を取り出して回復した。HPが右端へ到達したのと同時に着地すると、3本のスローイング・ピックを指で挟んで振り返り、投剣ソードスキル《トリプルシュート》を発動。飛来する銀の弾丸がユキに襲いかかった。
彼女はすぐに迎撃を試みたが、身体の各所に散りばめられたピックを全弾撃ち落とすのは至難の技。肩と腹部を狙った2本は兎も角、右太ももへと飛んできた物は阻止出来ずに深々と突き刺さると、先端に塗っていた麻痺毒が体感覚を奪う。ユキは力なく膝から崩れ落ちた。
(――麻痺なら……!)
デスゲーム下において、麻痺は最も喰らうべきではない
『ノーリスクの解毒』というからには、当然その真逆『リスクのある解毒』も存在する。《治療術》スキルで他者を回復させる場合、スキル
もしもパーティーメンバーが毒状態に陥ってそのプレイヤーを解毒した場合、施されたプレイヤーは勿論毒を除去されるが、その一方、《治療術》スキルで解毒を施した者が毒状態になるという現象が起きるのだ。
しかし、例外もある。スキル
そして身動きの取れなくなったユキを救うため、カイトは手を伸ばして地に伏している少女に触れようとした――が、彼がそれを許すわけがない。
「――シッ!」
《トリプルシュート》を放った後のPoHはカイトの行動を妨害するため、疾駆して彼に肉薄。高速の剣捌きで圧倒し、カイトをユキから遠ざけるようにして追い詰めた。
「どけっ!!」
「そいつは無理な注文だ」
大人しく言う事を聞くような相手でないのは百も承知だが、それでも叫ばずにはいられなかった。ならば力づくで道をこじ開けようと、剣を大きく振りかぶる。
煌めく剣閃。
交差する瞳。
飛び散る火花。
響き渡るは不協和音。
何十にも及ぶ剣と剣の衝突を重ねるが、両者は1歩も譲らない。剣で切って切られてが時折あるものの、どちらも掠める程度のダメージしか与えられていないため、決定打に欠けた。
そして2人から1人に減った事で、PoHとの力量差が表面化する。大切なパートナーからの後ろ盾がなくなった今、《暗黒剣》の力を最大限活かしきっている男に押されだしてしまうが、《治療術》の自己回復効果でなんとか命を繋いでいた。
そんなイタチごっこともとれる攻防戦に終止符を打つため、PoHは勝負に出た。
両者の剣がぶつかって剣が弾かれると、高い金属音を響かせる。
その直後に訪れるのは、一瞬の静寂。
お互いに体制が崩れた状態になったが、そんな中、PoHは身体を無理やり動かして体制を整えると、《
そしてカイトもまた、《グラスゴーム》で必殺の一撃を放つべく、燐光を纏わせる。だがそれは《片手用直剣》スキルには存在しないソードスキルであり、言い換えるのならば、《治療術》スキルで唯一存在する『攻撃型回復ソードスキル』だった。
暗黒剣最上位13連撃ソードスキル《リッパー・ホッパー》。
痛みというSAOにはない刺激を敵に与えるため、大型ダガーが軽やかに舞い踊る。刃から滲み出る靄は、衝突するたびに絡みついてくる気さえした。
治療術最上位12連撃ソードスキル《ソウル・イーター》。
これまでのコマンドで回復するタイプとは違い、『敵にソードスキルをヒットさせれば、削ったダメージ分だけ自分を回復する』という少々特殊な効果を持つ。そして補助効果を
黒と緑白色のライトエフェクトが空中に軌跡を描きながら交わる。『殺しに特化したスキル』と『生かすのに特化したスキル』という相反する2つのスキルがぶつかり、2人の意志の強さを比べる戦いのようにも思えた。そんな2人が織りなす暗色と明色の光が輝く様は、床に伏しているユキもつい目を奪われる程だ。
縦・横・斜め、あらゆる角度から両者の剣がぶつかり、時には敵の身体を掠める。PoHがカイトに痛みとダメージを与えて命の残量を減らしにかかったかと思えば、カイトのソードスキルがすぐさまHPを回復させる。削り、削られを繰り返すカイトのHPバーの増減は、いつまでも続くようにも感じられた。
だがしかし、それは只の
カイトの放った《ソウル・イーター》が最後の一振りを終えると、剣に纏っていた燐光は静かに消散し、彼は技後硬直を課せられた。そして無防備になった彼を切り裂かんと、PoHの《リッパー・ホッパー》最後の-3撃目が襲いかかる。
「う……おおぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」
一般的にはソードスキルにソードスキルを繋げることは出来ないが、例外もある。《片手剣》と《体術》のように、武器カテゴリの異なるスキルであれば、その限界を超えてさらなる追撃が可能だ。カイトは危機迫る状況の中、左手で構えを作ると、体術零距離技《エンブレイサー》で《リッパー・ホッパー》に立ち向かった。
黒と緑から一転し、黒と黄色のライトエフェクトが交錯して衝突。カイトの左手は剣の腹を抉るようにして正確に捉え、ノーペイン・ノーダメージでこの場を乗り切った……筈だった。
(! しまっ――――)
気合いが十分過ぎる程込もったカイトの技は、システムアシストに加えてさらに自身の意識を上乗せする。そうする事でソードスキルを加速させるのは、広く知れ渡っているシステム外スキルの一種だが、今回はそれが裏目に出てしまった。
カイトの《エンブレイサー》は今までにない程の速度で放たれたが、その結果、PoHのソードスキルとぶつかるタイミングがズレてしまったのだ。状況だけで考えれば、まるでカイトがPoHに自らの腕を差し出したかのように見えただろう。少なくとも、2人の戦闘を間近で観ていたユキの目にはそう映った。
「があぁぁぁぁぁぁああ!!!!」
ザシュッ、という音とカイトの絶叫が、迷宮区内に木霊する。
差し出されたのは左手首より先。一足早く繰り出された《エンブレイサー》はPoHの身体に届く事なく、無情にもその進行は分厚い中華包丁によって阻まれてしまった。
切断された部位は地に落下すると、ポリゴンの欠片に細分化され、跡形もなく消え去ってしまった。カイトのHPバーには部位欠損を示すバッドアイコンが表示され、それ相応のダメージが与えられる。
ここまでは誰にも適応される共通の流れ。SAOというゲームの世界で揺らぐ事のない、絶対の法則に従った結果だ。
だがしかし、この先は例外であり、相違点。
彼の身体に与えられる筈の不快感は、《暗黒剣》スキルによって、現実と遜色ない痛みに変換される。それは口の中が渇いてしまうかと思える程の絶叫を伴う、強烈な刺激だった。
「――――――――ッ」
最早『声』とも呼べないような『声』。アバターが彼に反応し、冷や汗がダラダラと滝のように流れる。左腕を抱え込むようにしてうずくまろうとしたが、過剰すぎる刺激は、この時、カイトの神経を加速させていた。
(――怯むな……)
沈みかけた身体を止め、ほんの一瞬、動きが静止する。
(――臆するな……)
未だに止むことなく流れる痛みを堪えるために、無意識に奥歯を噛み締めた。
(――足を、止めるな……)
利き足で踏み込むため、足を強く大地に押し付ける。
それと同時に、剣を手放すことなく握り続けていた右腕を持ち上げ、上段に構えた。その動作はまだ戦う意思がある事の証明であり、まだ戦えるという意識の立証でもある。
(思考を――――止めるなっ!!!!)
伏せていた顔を持ち上げ、眼前の敵を真っ直ぐに見据える。フードから覗くPoHの顔が、僅かに驚愕しているのが伺えた。
「ッッ――――だあっ!!!!」
叫ぶと共にPoHとの距離を歩幅1歩分だけ縮め、剣を上から下へと思いきり振り下ろす。ソードスキルではない通常攻撃であるため、PoHに与えたダメージ量は多くない。だが、カイトの瞳に宿っている闘志と、痛みを抑えつけた精神力に関して言えば、ダメージ以上に大きな印象を与えたのは言うまでもないだろう。
あろうことか素手で反撃し、さらには追撃を試みたカイトの行動には、流石のPoHも度肝を抜かれた。
「So crazy……」
吐き捨てるように、そう呟く。
腕を切断される感覚を嘘ではなく、本当に味わっている筈であり、現にカイトの反応はそれを証明している。だが泣き言を言うでもなく、ただひたすらに真っ直ぐ向かってきた彼の気力は、PoHに言わせれば理解が出来ず、『狂っている』と評する事しか出来なかった。
そして《リッパー・ホッパー》の技後硬直から解放されたPoHは、後方へと大きく跳躍。彼がこれまで培ってきた歴戦の勘が、脳に危険信号を発した結果でもある。PoHはカイトに対して、何かしらの脅威を感じ取ったのだ。
一方のカイトはそんなPoHの思考など読み取れる筈もなく、大きく肩を上下に動かして立っていた。虚ろな目でフラフラとしていても、彼の中で戦闘はまだ終わっていない。左手首の切断面からチリチリと燃えるようにヒリつく刺激は、極力意識の外側へと追いやり、弱々しいながらも剣を持ち上げて構えを作る。
攻略組とはいえ、ここまで衰弱しているカイトならば、PoHでなくとも中層を拠点に活動しているオレンジプレイヤーにでさえ始末できるだろう。だがしかし、PoHはカイトを観察し、2人の距離は縮まることも遠ざかることもなく、1秒ずつ時間だけが経過していく。床に伏しているユキは立ち上がることも忘れ、固唾を呑んで2人の行く末を見守っていた。
1分程度そうした緊張状態が続いたが、PoHが先に均衡を破り、動いた――――とはいっても、それは攻めの姿勢にあらず、寧ろ完全な脱力状態である。殺気の類は微塵も感じられないため、彼の中にあった戦闘の意思は、何処か遠方の彼方へと消失してしまったのだろう。
「……やめだ」
PoHが発した言葉の意味を読み取るのに、2人は少しだけ時間を要した。どういう風の吹き回しかと、何か裏があるのではないかと疑っていると、ユキが先にそれを口にする。
「なんで……?」
「なんだ? 俺は今、何かおかしな事を言ったか?」
ユキの方向に視線を移し、彼女を見下ろす。ユキはPoHの真意を図りかねていた。
「なあに……ここで殺るには、少しばかり勿体無いと思っただけだ」
そう言ってPoHは再びカイトへと視線を戻す。この時、彼の口元が微笑していたのを、ユキは知らない。
「だがこんな気まぐれは2度もねえ。次の時は…………期待してるぜ?」
その言葉を皮切りに、PoHは忽然と姿を消した。辺り一面は静寂に包まれる。
急激な状況の変化に戸惑いつつも、ユキは身体を起こし、1歩ずつ、1人佇むカイトの元へと歩み寄る。幸運とも呼べる敵の離脱を見送り、構えを解いて剣をゆっくりと下ろしたカイトは、只々前だけを見ていた。
「だ、大丈夫?」
呆然としている彼を覗き込むようにして、ユキは問いかける。
欠損状態の3分間が丁度過ぎ去ろうとしているため、消失した彼の一部が再生し始めていた。指先まで元に戻ったのとほぼ同時に、カイトは隣まで接近していたユキに顔を向ける。
「良かった……本当、に……」
強張っていた顔の筋肉が緩み、安堵の表情に変化した。それはいつもの彼が見せる、可愛らしい笑顔だった。
そしてカイトがはっきりと覚えているのは、かろうじてここまでである。
この直後、膝から脱力した彼が薄れゆく意識の中で最後に覚えていたのは、自身を支えるために腕を伸ばし、しっかりと抱き寄せてくれた少女の温もりだけだった。
《暗黒剣》の特性その2『デバフのランダム発生』は独自設定です。
使用者の意思に関わらず、切りつけた相手に一定確率で毒・麻痺・出血等々の各種阻害効果を付与します。相手がデバフを除去する前に再度切りつければ、デバフの多重付与も可能です。