ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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新年明けましておめでとうございます。

今回の話で第6章に入ると共に丁度50話となり、ここまで続けてこられたのも読者の方々がいたお陰です。読んでくれる方がいるというだけで、作者のモチベーションは上昇します。

今後も本作品をよろしくお願いします。


第6章 -心の杯-
第43話 前知と慮外


 

 第75層主街区《コリニア》。

 ここは白亜の巨石をいくつも四角く切り取り、それらを積み上げて造られている街だった。円柱状の高い柱を使った神殿が複数存在し、街中には水路が通っている。そんな古代ローマをイメージして作られたのであろう事を、人々が容易に想像できる手助けをしているのは、転移門前にそびえ立つ巨大なコロッセオだ。

 所々ひび割れている円形闘技場内には控え室らしき空間も完備され、中心部に向かう廊下は松明で照らされていて少々薄暗い。だが、そこからさらに歩を進めれば真円を描いた地面が現れ、その周囲を何千人ものプレイヤーが収容できる観客席が設置されていた。

 つい先日開通した最前線の主街区に鎮座する巨大建造物を、まさかこれほど早く利用するとは誰が予想しただろう。しかもここで行われる催しは巨大闘技場という大舞台に相応しい、二人のユニークスキル使いによる決闘(デュエル)だ。まさしく今日、『アインクラッド最強剣士』を決める闘いが始まろうとしていた。

 当然、そんな一世一代の大イベント開催を、内輪だけで終わらせるわけがない。血盟騎士団経理担当のダイゼンを筆頭にした広報活動及び情報屋の協力で瞬く間に広がり、コロッセオの観客席は満席状態である。

 そして大きなイベントに大勢の人が集まってくるのなら、職人系プレイヤーがこの好機を逃す筈がない。彼等にとっては絶好の稼ぎ時であり、その方法は千差万別。

 

 ある者は温かい料理を。

 ある者は自らの腕で鍛えた名剣を。

 ある者はドロップ率の低いレアアイテムを。

 

 早々に席を獲得したプレイヤーは、コロッセオ周辺に軒を連ねるこれらの店に顔を出す。イベントが始まるまでは肉や魚を貪り、戦闘で役立ちそうな代物を物色しつつ、各々で世紀の一瞬を心待ちにしていた。

 しかしそれは他人事だと思っている者達に該当するだけであって、今のアスナには楽しむ余裕など微塵もない。

 

「もうっ! なんで団長の言う事を助長させちゃうのよっ!? 私が丸く収めようとしてたのに!」

「わ、悪かったって。その、何ていうか……勝負を提示されたからには受けるしかないと思って……」

 

 グリームアイズ戦にて《二刀流》スキルを用い、アスナの助力があったとはいえ、圧倒的火力でキリトは討伐に成功した。

 しかしそれは結果論であり、内実はギリギリの戦闘。使用するソードスキルの選択、防御や回避、その他戦闘で問われる各種判断を誤っていれば、彼は今、こうして彼女と会話を交わせていたどうか非常に怪しい。

 

 そんな危なっかしい彼の身を案じたアスナが、キリトとのコンビ継続を申し出たのは2日前の出来事である。アインクラッドの外周を駆け登ろうとした前歴を持っている、彼の無茶は今に始まった事ではないが、流石のアスナも今回の出来事で限界がきたようだ。毎度良くも悪くも驚きと意外性を届けてくれるキリトではあるが、HPバーが危険域(レッドゾーン)まで減少したという紛れもない事実は、彼女の肝を冷やすのに充分すぎる効力を発揮した。そして剣士として、1人の人間として敬愛する彼を失いたくないアスナが決心したのは、彼の側に居ようというものだった。

 ()りながら、まさかその決心が雪ダルマ式に大きく成長するとは思ってもみなかったであろう。

 

「はぁ……私が撒いた種とはいえ、キリト君が水をあげるような真似をするのは予想外だったわ」

 

 そう言ってアスナは目頭を押さえて項垂れる。声に出してはいないが、彼女が何を言いたいのか察するのは、第1層の青イノシンを倒すより容易だった。

 

「ヒースクリフからしてみれば、優秀な部下を横取りされるようなもんだ。『欲しければ剣で奪え』は、至極真っ当な意見だと思うよ」

「だからって……」

「アスナが気にする事じゃないさ。どのみち、あいつとはいつか剣を交える運命だったんだよ。それが少し早まっただけの話だ」

 

 事を大きくしてしまった責任を感じているアスナを、キリトは(なだ)める。それ以上は何も言及しなかったが、未だ完全に納得はしていないのだろう。部屋の灯りに照らされているアスナの顔は、子供のようにプクッと頬を膨らませ、少々の不満が滲みでていた。

 

「オレの事は気にしなくていい。それに、勝っても負けても、目的は達成出来るっていうか……」

「目的?」

「いや……つまり、その……どう転んでもアスナと一緒にいられるっていう話であって……」

 

 束の間の沈黙……。

 

 キリトの言った言葉の意味を理解するのに、アスナは(まばた)き一つ分の時間を要した。その後僅かばかりのタイムラグを経て訪れたのは、熟した林檎のように赤く染まった少女の顔。不意打ちで浴びせられた少年の本心に対し、様々な(プラス)の感情が入り混じる。

 そんなアスナと向き合っているキリトは、彼女の反応によってもらい赤面してしまう。両者共に視線を合わせる事に限界を感じ、やや俯き気味で目を逸らすのだった。

 

「お待たせーーーー!」

 

 突如、張りのある声と共に扉を開けたユキが控え室へ入り、その後ろを追従していたカイトも同様に入室した。

 部屋の中にいた二人はビクッと肩を動かし、柔らかな空気は一瞬の内に元の状態へと戻る。直前まであったやりとりの内容を知らないカイトとユキには、二人が内心で焦りを感じていたのは分かる筈もなかった。

 

「お、おぉカイト。随分遅かったな!」

「中層の知り合いに捕まってたんだよ。ついでに情報屋やら新聞記者にも」

「……ごめんね。なんだかカイト君まで巻き込む形になっちゃったし……」

「別にいいよ。急な呼び出しはアルゴのお陰で鍛えられているから。……ところで、オレはなんで呼ばれたんだ?」

「多分だけど、ダイゼンさんの考えだと思う。ユニークスキル持ちは話題性に事欠かないだろうし……つまりその……」

「客寄せパンダか」

 

 ヒースクリフとキリトの決闘(デュエル)が今回のメインイベントであるが、どうせならもう一人のユニークスキル使いであるカイトも呼んで集客率を上げ、ギルド運営資金の足しにしようという魂胆だろう。トップギルドの経理担当責任者だけあって、ちゃっかり――――もとい、しっかりしている。

 だが、今回得た資金は食事や娯楽に使うのでは勿論なく、アイテムや武器の補充、その他ギルド強化の軍資金に使用されるのだ。『自分一人の影響がどこまで及ぶのかわかんないけど、トップギルドの役に立てるならどうぞ利用してくれ』というのが、カイトの考えだった。

 

「じゃあオレもキリトと同じように、ヒースクリフと決闘(デュエル)すればいいのか?」

 

 カイトが首を傾けて尋ねたのは、後ろに手を組んで隣に並び立っているユキに対してだった。疑問を投げかけられた少女は即座に応答する。

 

「さあ?」

「『さあ?』って……何も聞いてないのか?」

 

 しかし、彼の欲している回答は得られなかった。

 疑問系に対して疑問系で返してきたが、ユキの顔はキョトンとしているわけではなく、確実に何か知っている顔だった。とぼけた様子がわざとらしく、ニッコリとした笑顔でカイトと向き合う。

 

「勿論聞いているよ。でもそれは後のお楽しみって事で、どうぞよろしくっ!」

「え〜〜?」

「まぁ、もう少ししたら分かる事だし。また呼びに来るから、それまでキリトと一緒にここで待機してて。アスナ、行こっ!」

「うん。……それじゃあ、私達は外の様子を見てくるから。またあとでね」

 

 ユキとアスナはそう告げると、二人して出入り口の扉へ向かい、部屋をあとにする。

 取り残されたキリトとカイトは顔を見合わせると、それぞれが部屋に設置されている椅子に腰を下ろした。キリトはメニュー操作を、カイトは腕を組んで天井を仰ぐ。

 

「オレ、今からなにやらされるんだろう……?」

「ゲストなんだから、手荒な真似はされないだろうさ。考えられるとすれば、さっきカイトも言ってた『ヒースクリフとの決闘(デュエル)』が妥当な線だろ」

「……勝てる気がしない。……そもそもオレのスキルは決闘(デュエル)じゃほとんど役に立たないから、攻略組の一般プレイヤーがユニークスキル使いに挑むのと大差ないぞ」

 

 ここでも《治療術》スキルの制約が、カイトの頭を悩ました。

 《治療術》スキルの特徴は、なんといってもアイテム無しの自己回復だというのは言うまでもない。但し、その効果が適用されない唯一の例外が《デュエルシステム》だった。

 SAOで起用されている決闘(デュエル)の勝敗を分かつ方式は、HPの減少量で決定するのが大半だ。《初撃決着モード》の勝利条件の一つ――先に強攻撃をヒットさせる――を除き、HPの半減や全損で勝敗が決するのだから、勝負の途中に《治療術》スキルで自己回復出来る仕様では不公平(アンフェア)だ、というのは、よくよく考えなくても当たり前の事だ。なので決闘(デュエル)中に関して言えば、《治療術》の自己回復はシステム的にエラー扱いとされ、使用できない。

 唯一カイトが《治療術》スキル関連で決闘(デュエル)中に使えるのは、十二連撃ソードスキルの《ソウル・イーター》ぐらいなのだが、十以上の連撃数を誇るソードスキルが誤って全弾命中でもしてしまえば、対戦相手のHPを間違いなく削りきるだろう。

 結論だけいえば、カイトは実質的にデュエル中は《治療術》スキルを使う事が出来ないのだ。一応《治療術》唯一のソードスキル使用がシステム的に認可されているとはいえ、簡単に使う気にはなれないのだろう。

 

「まぁ、やれるだけやってみるさ。……でも、あの防御力を突破するのは生半可な攻撃じゃ無理だぞ」

「あぁ。だからこそ、最初から全力でいくつもりだ」

 

 ウィンドウ操作を終えたキリトの背中に、《二刀流》スキルを行使する上で必要な相棒の片割れ――《ダークリパルサー》――が出現した。開戦までまだ時間に余裕はあるが、キリトの双眸の奥深くで見え隠れする活力は溢れんばかりに満ちている。やる気は十分、あとはその時を待つのみ、といった所だろう。

 

 アインクラッドにはいくつかの定説が存在するが、『ヒースクリフの十字盾を貫く矛なし』というのもその一つだ。50層フロアボス戦において、ボスを相手に10分間耐え忍んだ勇姿は、最早語り継がれる伝説へと昇華している。嘘か真か定かではないが、HPが半分を下回った事がないという話も、彼の伝説を助長させる逸話の一つであり、『いっそのことヒースクリフにボスを任せてしまえばいいのではないか』という冗談も飛び交う程だった。

 攻略組に限らず、中層以下のプレイヤーからも絶大な人気と信頼を得ている彼だが、仮に《神聖剣》がなくともそれは揺るがなかっただろう。元々の実力もさることながら、多角的かつ冷静に物事を見据え、状況に応じた判断と指示を的確に出す能力も兼ね備えている。その点に関して言えばアスナの素質も文句なしだが、やはりヒースクリフと比較すると見劣りしてしまう。

 一人の人間としても、MMOプレイヤーとしても保有するスペックが高いヒースクリフだからこそ、《神聖剣》の使い手に選ばれたのだろう。そして彼でなければ《神聖剣》は使いこなせないに違いない。

 

 そんな人物を相手に、キリトはこれから挑もうとしているのだが、緊張で萎縮している様子はなく、どっしりと構えている姿は頼もしさを感じる。キリトの二刀は最強の盾にどこまで通用するのか。

 

「自信のほどは?」

 

 不意にカイトは問いかける。当の本人がどう思っているのか、キリトの口から聞いてみたくなったのだ。

 

「あるとも言えるし、ないとも言える」

「曖昧だなぁ」

「ボス戦で何度も見てはいるけど、実際に剣を交えなければわからない事だってあるさ。《神聖剣》のソードスキルは未知数だし、対モンスター戦と対人戦じゃ立ち回りも変わる。不安要素なんて挙げてたらキリがないけど、勝つ要素が全くないかと問われれば、そうでもない」

「と、いうと?」

「奴がまだ《二刀流》スキルを実際に見ていないのと、決闘の方式が《初撃決着モード》で行われるって所だな。ヒースクリフのプレイスタイルはおそらく……いや、間違いなくこっちの攻撃を凌ぎつつ、隙をみてカウンターを叩き込んでくる筈だ。短期決戦が見込める《初撃決着モード》なら、呼吸を掴まされる前に二刀流特有の手数で圧倒出来るかもしれないけど、それは長期戦になればなるほど、こっちが不利になるって裏返しでもある。……まぁ自分なりに分析して列挙したはいいけど、それでも勝率は良く見積もって3割ぐらい……かな?」

「へぇ……」

 

 《二刀流》の武器は、手数の多さとそこから連なる火力の高さが売りだ。烈火の如く繰り出される二刀の嵐が巻き起これば、たとえヒースクリフといえど体勢を崩され、勝負は決するものだろう、というのがカイトの見解だが、どうやらキリトはそう甘く考えてはいないらしい。

 己の力量と相手の実力を天秤にかけ、生じる未来を予測するのも、プレイヤーに求められる重要な要素の一つ。キリトに限った話ではないが、こうした判断力は死地を潜り抜けた回数をこなし、得られた経験値が多ければ多いほど、必然的に培われるものだ。これはある種のシステム外スキルといっても過言ではない。

 

「キリトで3割なら、他の奴だと万に一つの勝ち目もないな」

 

 『勝率3割』と言われると通常なら頼りない気もするが、あのヒースクリフを相手にしてこの数字は中々に大きく出ている方だ。

 

「……兎に角、今回は10回やって得られる3回の勝ちの一つを取れるような戦いをするさ」

 

 安い挑発に乗せられたとは言え、勝負事で理由もなく負けたがる人などいないし、挑まれた勝負は誰だって勝ちたいものである。

 キリトは椅子から立ち上がると、部屋を明るく灯している燭台の炎をジッと見つめた。ユラユラと揺らぐ炎のオブジェクトが彼の瞳に映り、それは今まさに抱いている闘志と一分(いちぶ)の隙もなく同調していた。

 

 

 

 

 

 控え室の扉を開けて入ってきたアスナの声に呼ばれ、一足早くカイトは闘技場へと足を運ぶ。本日の主賓であるキリトを部屋に残し、カイトとアスナは薄暗い廊下を歩き出した。

 一歩先を行く彼女の後ろ姿に対し、カイトは一言だけ問いかける。

 

「ヒースクリフとキリト、二人が本気でぶつかったらどっちが勝つと思う?」

 

 アスナは正面を向いたまま、右の人差し指を顎に添え、少しだけ考える素振りを見せる。

 

「キリト君の《二刀流》を見た時、規格外の強さだって感じたけど……団長も充分規格外だしなぁ……。ところで、この後の勝負でもしもキリト君が団長に負けたら血盟騎士団に入る約束だけど、そうなった場合カイト君はどうするの? そもそもなんで二人は今までギルドに入ろうとしなかったの?」

「その情報は高くつくヨ」

 

 アスナが振り返った先にはアルゴ――――ではなく、親指と人差し指で円を作り、アルゴのモノマネをしているカイトの姿があった。似ている、とまではいかないが、きちんと特徴を掴んでいる所が笑いのツボを緩く刺激する。アスナは軽く吹き出すと、クスッと小さな笑みを浮かべて口元に手を添えた。

 

「それはアルゴさんの真似?」

「本人には不評だけどな。……それで、ギルドに加入しない理由だっけ?」

 

 カイトは歩きながら腕を組んで少し考え込むと、右手でグーの形を作り、指を一本ずつ立て始めた。

 

「一つ目はキリトと二人で今までやってこれたから、わざわざギルドに入る必要性を感じなかったって事。ただ、70層以降はモンスターのアルゴリズムに変化が生じてきたから、今後はどうなるかわかんないな」

「じゃあ二つ目は?」

「これは個人的な活動に関わってくるんだけど、中層で好き勝手している犯罪者(オレンジ)の捕縛依頼が今でもあってさ。ラフコフが壊滅した直後は大人しくなったけど、最近また被害が増え出してるんだ」

 

 攻略組で編成された討伐隊による『《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》殲滅戦』。

 『ゲームオーバー=現実での死』という認識があるにも関わらず、積極的殺人を繰り返してきたレッドギルドの殲滅作戦。真夏の夜に行われた死闘は双方共に多大な被害を(こうむ)りつつも、最凶最悪の犯罪者ギルドを壊滅させるという戦果を生んだ。団長のPoHを逃したとはいえ、アインクラッドで発行されている新聞の一面を飾る吉報だったというのは、2ヶ月以上経った今でも記憶に新しい。

 その一件以来、大小様々なオレンジギルドが嘘のように息を潜め、活動を停止したのだ。犯罪者にランクをつけるとするならば、ピラミッドの頂点に位置するのがラフコフであり、そのラフコフが壊滅・解体を余儀なくされたのだから、当然といえば当然だろう。悪目立ちすれば、次は自分達の身にふりかかる可能性があるからだ。

 目を引く強大な悪が消え去り、いつ自分達に矛先が向けられるかわからない。ならば最初から犯罪など犯さなければいいだけの話なのだが、彼らの感覚はとうの昔に麻痺してしまっているらしく、『悔い改めるつもりはない』とでも言うように、再び活動を開始したのだ。平和という曖昧で不確かな存在は、そう長くは続かないようにできているらしい。

 

「ギルドに所属していると、大なり小なり身動きの自由が利かなくなる。だけどキリトと二人だけのコンビ活動なら、そんなしがらみはないも同然だ。依頼があればすぐにとんでいって、一人でもたくさんの人を助けられるかもしれないからな。……何処にも属さずにフラフラしてると思ってる人だっているかもしれないけど、一応自分なりに考えて出した結論がコレなんだ」

 

 本人が意図しない所で《掃除屋》という二つ名を与えられ、いつの間にか犯罪者を相手にする機会が多くなった。別にそれは自分から始めた訳でもなく、義理堅く責務を負う必要も義務もない。

 それでも《掃除屋》としての活動を続けているのは、自身の中で自然と構築された『使命』とでもいうのだろうか。

 

「まぁ、今回の件でキリトがギルドに入ったとしても、オレはソロで活動を続けるよ。幸い《治療術》スキルもあるし――――っと、そろそろか」

 

 二人の目の前には闘技場に続く出入り口が見えてきた。数十メートル離れた先から陽光が入り、観客のざわつく声が聞こえてくる。

 アスナは途中で立ち止まり、カイトだけがさらに歩みを進めると、開けた視界に飛び込んできたのは、観客席にぎっしりと詰まっている人の群れだった。

 そして割れんばかりの大歓声。想像以上の熱気に圧倒されると同時に、カイトまでもがつられて気分が高揚してくる。深く呼吸すると、今一度気を引き締め直した。

 

「――よしっ!」

 

 この場にいる観客のほとんどは、ヒースクリフとキリトのデュエル観戦が本命であろう。だがその前座とはいえ、攻略組の一員として相応しい戦いをしようと、彼は胸の内に決心をした。

 そしてここにきて今更ではあるが、カイトはある重要な事をアスナから聞きそびれていたと気付く。

 

(そういえば対戦相手を聞いてない……)

 

 マヌケな話だ、と内心で自虐するが、ここまで来てしまえばそんな些細な情報は自ずとわかるもの。

 そんなカイトの考えを見透かしているかのように、会場に響き渡る歓声がより一層大きくなったが、その答えは明白。舞台に役者が揃ったからにほかならない。

 カイトと真逆の位置から現れたのは、真紅の鎧に身を包み、白いマントを羽織って十字盾を左手に携えたヒースクリフ――――ではなく、長身の聖騎士殿よりも小柄で無垢な少女だった。

 意気揚々と登場した少女は闘技場に現れると、その場でクルっと辺りを緩やかに見回す。観客席が人で埋め尽くされている光景を見て驚きを露わにした後、真正面でポカンと口を開けているカイトの元へと歩み寄り、5メートル程離れた場所で立ち止まった。

 

「……ユキ?」

 

 名を呼ばれた少女――ユキは、静かにニッコリと微笑んだ。

 

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