ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

51 / 102
第44話 剣乱と絢爛

 

 人は予想外の事態を迎えた時、僅かに思考が停止する。

 それが当の本人に及ぼす影響の大きい・小さいの違いはあれど、『なぜ? どうして?』といった疑問を自身に課し、出来る範囲で事象に対する回答を得ようとするものだ。

 

「なんでユキが……? てっきりヒースクリフかと……」

 

 それは例外なく、彼にも言えた事。

 今のカイトは、目の前の事態に対する回答を得るため、脳内で盛んに情報の整理を行っている。

 

 なぜ対戦相手がヒースクリフだと思っていたのか?

 それはこの催しが『ユニークスキル同士の対決』と銘打っているため、ユニークスキルを所有するカイトもキリトと同様に、《神聖剣》と相対すると勝手に思い込んでいただけだ。

 

 ならばどうしてヒースクリフではなく、ユキが眼前に立っているのか。

 ここは古代ローマの戦士達がぶつかり合い、己の力量を計る意味も込めて設けられている歴史的建造物《コロッセオ》を題材にした闘技場だ。ここの中心部に立つからには、コロッセオが持つ意味に即した理由を有している。

 つまり……。

 

「それは勿論、私がカイトの対戦相手だからだよ」

 

 カイトはしっかりと、はっきりと、彼女の発した言葉を聞き取り、意味を湾曲させずにそのまま受け取った。

 

 彼女が《血盟騎士団》に入団したのは、SAOが開始されてから約半年後。それまではカイトやキリトと行動を共にし、喜びを始めとする各種経験を数多く体験し、その都度共有し合うという生活を送っていた。そしてその生活の一つに、日常的に行われていた習慣のようなものがあった。

 

 それは、対人戦を想定した決闘による模擬戦闘である。

 これは当時、今後意図的なPKが発生する可能性を予想したキリトの提案から始まったものだった。敵はモンスターに限らず、悪意を持ったプレイヤーだって自分達の敵となり得る。単純なアルゴリズムの組み合わせで動くモンスターは、じっくりと動きを観察すれば自然と攻略パターンが見えてくるが、プレイヤーはそうもいかない。対プレイヤー戦に慣れるため、そしていざという時に身を守るためにも、模擬戦闘は必須だったのだ。

 故にカイトとユキは模擬戦闘で何度も剣を交えた記憶があるため、今回の決闘(デュエル)は初めてというわけではない。しかし1年半という時間が経過した今となっては、両者の技術は長い月日を経て飛躍的に向上している筈なので、久方ぶりの決闘(デュエル)は、どちらに勝利の女神が微笑むのか皆目見当がつかない。

 半ば呆然としているカイトを余所に、滑らかな動作でユキの指は動き、止まると、彼の前に見慣れたウィンドウが表れた。

 

【Yuki から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?】

 

 視線を半透明のメッセージから対戦者に移すと、それに気付いた少女は再度ニッコリと微笑み、対面する彼を見ながら右手の人差し指で空間をつつく。決闘承諾を促しているのだろう。

 断る、という選択肢はカイトの中にない。戦闘狂(バトルジャンキー)を自称する気もそうなった覚えもないが、先日間近で彼女の戦闘を見て、少なからず久方ぶりに剣を交えたいという衝動に駆られたのは事実。そして何より、周囲のボルテージは徐々に上昇しており、ここで引いては興醒めもいいところだ。

 

(……ほんと、どうしてこうなったんだか)

 

 一呼吸の間を置いて、デュエルを承諾。

 決闘方式の選択を終えると、頭上にカウントダウンが表れ、対峙する二人に少しばかりの時間を与えた。

 過去に何度も行ったユキとの戦闘から、初動のパターンを脳内でシミュレーションする。

 『守りより攻め』の姿勢をとる彼女は、連続攻撃で封殺しにかかると予想。カウントがゼロになると同時に敏捷値全開で疾駆し、肉薄した彼女は通常攻撃で圧倒するつもり、というのが、カイトの考えうるユキの思考回路だ。キリトの二刀流ほどではないが、彼女が繰り出す短剣の連続攻撃も中々侮れず、涼しい顔で捌けるレベルではない。

 ならば彼女の接近を待ち構え、落ち着いて初撃を捌き、カウンターで決着をつける――――と、考え付くが、即棄却。これぐらいの作戦なら彼女も想定済みだろう。

 よってその逆。ユキの思考の裏をかけるかどうかは不明だが、出だしはもう一つの案で攻め込む算段をカイトは立てた。あとは自分にとって動き出しやすい構えを作り、開始の合図が鳴るまで相手を観察することに努める。

 カイトは右手を前に出して半身になると、剣先は水平状態を保持したまま、腰を落としてやや後ろに重心を移した。対面するユキはといえば、半身の状態から短剣を逆手に持ち替え、身体の後ろへ追いやることで剣が見えないように隠した。

 

 刻一刻と迫る開始のゴング。その瞬間を、ただひたすら待つ。

 カウントが小さくなるのと比例して、観客席からの声も徐々に小さくなっていき、いつしか水を打ったように静かになった。この場に大勢のプレイヤーがいるのを忘れてしまうほど、といっても過言ではない。

 そして闘技場内に吹いた風が、二人の頬を優しく撫でた。次の瞬間――

 

 【DUEL!!】

 

 ――両者は寸分の狂いもなく、同じタイミングで駆け出した。

 攻め立てる彼女の連続攻撃が一度流れに乗ると、途中で断ち切るのは困難を極める。最初にカイトが考えた守勢は決して悪手というわけではないが、どうせなら攻撃が開始される前――――出鼻をくじいた方が良い。だからこそ、彼はユキと同じように攻め込む選択をとった。

 ユキの目が大きく見開かれる。それはカイトの初動が予想の範疇を超えたために生じた驚きによるものか、はたまた別の何かか。

 理由はすぐに判明する。なぜなら、彼女の口角が上がり、微笑したからだ。

 その事にカイトは気付きつつも、動かした右腕をここで止めては寧ろ逆効果と判断し、構わず剣を振るった。

 

「はあっ!!」

 

 沸き立つ気合いと共に息を吐き出し、カイトの剣がユキの左肩目掛けて一直線に伸びる。ユキはそれに対して上体の位置をずらし、後ろに構えていた短剣でカイトの剣の軌道を上方向に逸らした。二人の瞳が交錯すると、すぐに次の動作に入る。

 

「やあっ!!」

 

 ユキは逆手に持った短剣の剣先で切り裂くように、逆袈裟軌道で振り下ろした。剣を前に突き出した状態のカイトに、防御行動は不可。よって彼が取った行動は回避一択。地面に吸い付いている足の裏をさらに強く押しつけ、後方へと跳躍することで距離をとる。ズザザ、と地面を勢いよく(えぐ)りながら着地すると、一瞬だけ視線が上下した。

 一方のユキは、カイトの後退を最初から見越していたかのように、開いた距離を瞬く間に縮める。突進技による加速ではなく、純粋なステータスによる加速だった。

 

「せあっ!!!!」

 

 彼女が優先してとった行動は、カイトに対する攻撃ではなく、彼の妨害。

 カイトとの距離が縮まると腰を瞬間的に沈め、短剣を地面に突き刺した。突き立てた刃が上に向かって高く跳ね上がると同時に、カイトの姿を覆い隠すかのように砂塵が舞う。彼の視界が細かい粒子の演出によって土気色に染まると、周囲の状況を把握出来ない状態になった。いわば、間接的な視力の剥奪である。

 

(くっ――)

 

 外部からの情報入手を眼球に頼りきっている人間は、目を潰されることで唐突に不安を覚える。カイトも例に漏れず同様であり、見失ったユキの居場所を特定するため、キョロキョロと(せわ)しなく辺りに目を走らせた。

 だが、彼の背丈を越えるほどに舞い上がった砂の粒子のせいで、それは困難を極める。カイトの足を止めて位置を固定させることに成功した彼女は、必ずどこかで奇襲をかけてくる筈だ。そこで彼は目だけに囚われず、微かな音も聞き漏らさないよう、ユキの足音にも意識を集中させると――

 

 --ジャリッ

 

 ――闘技場の地面が踏みしめられる音を、彼の耳が捉える。

 発生源は左側真横。身体を90度回転させ、右手を大きく振りかぶって迎撃体勢を保持すると、視線の先から黒い影が接近する。土煙を掻き分けて現れたユキは、カイト目掛けて剣を降り下ろし、カイトもまた、ユキ目掛けて剣を振り上げた。

 甲高い音が場内に響き、両者共にダメージはなし。すぐにユキは大きく仰け反った身体を前に倒すと、左手に持っている何かを、カイトのおでこに勢いよく突き出した。

 

「----っ!?」

 

 衝撃はあるが、HPに変動はなし。つまりダメージなし。

 それもその筈、彼女が左手で突き出したのは--

 

(--鞘!?)

 

 --剣を納める鞘だからだ。

 鞘は剣の耐久値減少を防ぐのが本来の役割であるため、それ自体に攻撃力は設定されていない。しかし、ユキのこの行動はノックバックを発生させ、目眩にも似た感覚がカイトを襲う。彼に擬似的なスタン状態を生み出すのに成功した。

 

(ヤバッ--)

 

 瞬きするだけの、ほんの僅かな時間、怯む。その間は、彼にとって命取りだった。

 

「りゃあぁぁぁあ!!!!」

 

 気合い一閃で繰り出す、風を切るような鋭い剣撃。

 華奢な腕は右から左へと流れ、切っ先がカイトの頭部に迫る。

 

「く……おぉ……っ!」

 

 懸命に上体を反らしたが、反応の遅れたカイトの回避行動に加えて隙を逃さずに正確なタイミングで放った剣は、彼にHPの減少と左目の欠損ペナルティをもたらした。カイトの視野が急激に狭まり、片目だけではあるが、今度こそ本当に視界を奪われる。

 追撃を予想した彼は構え直し、迎え撃つために姿勢を正すが、そんな予想に反し、ユキは距離をとる行動に出た。離脱の際に行った後方宙返りが、惚れ惚れするような美しい放物線を描く。

 巻き起された砂塵のせいで二人の置かれている状況を把握しきれていなかった観客達も、土煙が晴れることでようやく現状を理解し、白熱した戦闘は皆の熱気を加速させる。そして欠損ペナルティを課せられているカイトの不利は、誰が見ても明白だった。

 

「驚いたな……まさか剣と鞘の二刀流でくるなんて」

「キリトの二刀流を聞いた時に閃いたんだ。でも所詮は付け焼き刃で、意表をつくためだけにやっただけだから、もう今回は使わないよ」

 

 そう言ってユキは左手を後ろに回すと、鞘を元あった腰の位置に納め直す。

 

「ねえ、カイト。私達も団長とキリトみたいに、デュエルの結果で何か約束事をしない?」

「約束事……?」

「うん。そうだなぁ……例えば、負けたら勝った人の言う事をなんでも一つだけきく、とか」

「なん、でも……」

 

 その時、カイトの脳裏で邪な考えがよぎったがーー

 

(いやいや、違う違う!)

 

 ーーそれはすぐに振り払われた。

 

(ユキはそんな意味で言ったんじゃないしあくまで例えとして言っただけでそもそもそっち方面に考えが向いたオレがダメな訳で)

 

 カイトはよぎった思考を振り払うかのように、頭を激しく横に振った。

 

「わかった、じゃあそうしよう。但し……今のセリフ、オレ以外の男には絶対に言うなよ」

「?」

 

 こんな言葉が口から出る場面など滅多にないが、念のために注意喚起をして釘をさす。解釈次第でとんでもない爆弾発言にとれる事を口にしたという自覚はユキになく、小首を傾げて不思議そうにしながらも、小さく頷く事で了解の意を示した。

 

 そして二人が交わした些細な会話は、剣を構えて戦闘続行を表した事で終了する。お互いの眼差しが研ぎ澄まされた剣のように鋭く変化したのは、意識が戦闘モードへと移行した証だった。

 両者はソードスキルを起動し、繰り出したのは突進技。加速した剣撃による衝突音は場内にいる観客の元まで届き、位置を入れ替えた二人は技後硬直で静止した。

 硬直が解けると示し合わせていたかのように同時に振り向き、時計回りに回転して空間を水平に切り裂く。

 剣戟の応酬は、ほぼ互角。実力は拮抗している。

 

「変な感じだな! まるでこっちの動きが読まれているみたいだぞっ!」

「だってカイトの事だもん。それぐらいは当然だ…………よっ!!!!」

 

 ユキは勝負に出た。

 所有する武器の攻撃可能範囲までカイトに肉薄し、腹部を突きにかかる。身体を半身にして左側へと逃げ、ギリギリ回避に成功した彼だが、反らした身体に追従するようにして刃は再度迫り、脇腹を切りつけた。

 

(うぐっ……)

 

 カイトは右手の剣を振り上げるが、苦し紛れの切り上げは難なく避けられてしまう。そして腕を振り上げた事で腹部がガラ空きになり、すかさずユキは掌底打ちを繰り出した。

 

(実際にやられてみると……キッツイな、くそっ!)

 

 彼女の十八番(おはこ)剣舞(ソードダンス)》。

 本来であれば合間にソードスキルを用いるが、今回に限って言えば全て自力の攻撃で攻め立てる。剣技と体技の力の限りを尽くした連撃はシステムアシストを得ていないため、威力と速度はどうしても本来の仕様より劣ってしまうが、その分動きに縛りがないため、隙を突かれるリスクは低く、自由度は高い。

 縦横無尽に走る剣尖を捉えるのは容易でなく、片目欠損の《盲目(ブラインドネス)》状態というハンデが、カイトの防御・回避行動に微妙な誤差を生んでいた。普段は両目で物体を立体的に捉えるため、片目だけでは遠近感が掴めず、戦闘に支障をきたす。体勢を整えようにもユキが常に詰めにかかるため、困難を極めていた。欠損回復までの3分間を悠長に待ってくれるほど、彼女は生易しくないだろう。

 

(ーーーーそれならっ!)

 

 視界が半分になった影響で距離感を掴めずに誤差が生じてしまうのならば、その誤差を戦闘中に修正すれば良い。振り下ろした自身の剣とユキとの間隔をしっかりと目で捉え、その都度微調整を繰り返す。染み付いた本来の間合いを思い出すかのように、ユキの《剣舞(ソードダンス)》を少しずつではあるが、掠める事なく避けられるようになってきた。

 

(もう少し……)

 

 だが、のんびり構えている暇はない。こうしている間にもユキの猛攻は継続しているため、カイトのHPは着実に減少の一途を辿っている。

 だが、修正にさほど時間はかからなかった。

 

(イケる!)

 

 そう確信した理由は、彼が抱く剣筋のイメージと実際の剣筋がピタリと一致したから。その感覚を忘れないように意識し、ユキの動きから次の動作を予測しつつ、回避と防御に徹する。

 

「……綺麗」

 

 二人の戦っている光景を見て、率直な感想を呟いたのは傍らで見守るアスナだった。

 決闘などという大仰なものではなく、コロッセオという名のステージ中央に立ち、流麗な演舞を披露しているという錯覚に陥ってしまう。

 

 少女は踊る。

 滑らかな動作は見る者を魅了し、視線の固定を強いられる。白を基調とした制服をはためかせ、刀身の短い剣先は定めた目標へと吸い寄せられるように動いていた。俊敏かつ繊細な動きを繰り返す小さな身体は、内から溢れる覇気を撒き散らして全力を尽くす。

 

 少年は舞う。

 少女の一挙手一投足から先を見据え、予見し、まだ見ぬ未来の軌道を脳内で思い描く。欠損ペナルティのハンデがあるという事実を忘れてしまう程、カイトの体捌きは普段と遜色ない。受け止め、流し、時には衝突して黄色い閃光を散らしていく。

 焦りで満たされていた心に少しばかりの余裕を取り戻したカイトは、ユキの動きに意識を割きつつ、口を開いた。

 

「そういえばさ……さっき『オレの事ならなんでもお見通し』みたいな主旨の発言があったけど……」

 

 何かを思いついたであろうカイトの微妙な表情の変化を、ユキは見逃さなかった。

 

「それはこっちにも言える事だぞ」

 

 カイトの胸部に銀白色の刀身が迫るが、彼は左から右へと剣を払い、柄の先端部分で刃の腹を水平に殴打した。打ち抜かれた彼女の剣は衝撃で弾かれ、持ち主の意思に反して手から離れて空を飛ぶ。不慮の事故によって、ユキは《武器落下(ドロップ)》してしまった。

 武器を弾いたカイトの剣は、そのまま流れるようにして肩に担ぎ、空いている左手は前に突きだして宙に添える。彼の剣が燐光を帯び出すと、ユキは《レイジスパイク》の発動を予期し、咄嗟に真横へ回避行動をとった。突進技の軌道は一直線上であるため、彼女の行動は基本に忠実でベターな判断と言えよう。

 

「ハズレ」

 

 引っかかった、とでも言わんばかりの不敵な笑み。

 カイトは発動前のソードスキルを即座にキャンセルすると、ユキの後を追従し、横に薙いで一太刀を浴びせた。斬撃を喰らった彼女は体勢を崩したものの、両手を地につけて空中で弧を描き、両足で着地する。顔を上げて双眸をカイトに固定した時には、システムによって加速した彼が肉薄し、今まさに剣技を振るわんとしている場面であった。

 ペールブルーの燐光を纏い、片手剣基本突進技《レイジスパイク》が、ユキの胴体中心部へと吸い込まれていく。剣先は彼女を突き飛ばし、HPの減少は止まることなく半分を割り、黄色く染め上げたところでシステムがジャッジを下した。

 次の瞬間、割れんばかりの歓声が会場内を包み込み、そこでようやく二人の意識が戦闘モードから平常時へと切り替わる。両者共に息を吐き出すが、そこに含まれる意味は全く真逆のものだ。

 

「はあ……ヒヤヒヤした……」

 

 一つは緊張から解放された事による安堵。

 

「あぁ……負けちゃった……」

 

 もう一つは苦い敗北の味からくる悔しさ。

 

「フェイントに引っ掛かりやすいところは変わんないよな」

「じゅ、純粋で素直だからだよ!」

「自分で言・う・なっ!」

「あうっ……」

 

 尻餅をついている少女のおでこ目掛け、指2本で軽く突いた。突かれたおでこを摩っているユキの様子は、不貞腐(ふてくさ)れている子供のようだった。

 立ち上がったユキが両手で膝を軽く払っていると、カイトは文字どおり勝ち誇った顔をしながら、彼女を指差した。

 

「約束は約束だからな」

「……私の出来る範囲でお願いします」

「無茶苦茶な要求をするつもりはないから、安心しろって。……それにしても、目をやられた時は本気で焦ったぞ」

 

 先程やられた左目を押さえ、彼は天を仰いだ。既に視野はいつも通りとなっているため、欠損ペナルティの3分間は経過しているらしい。

 

「あぁ、あれね。実は団長のアドバイスでやった事なの」

「ヒースクリフの……?」

「うん。入場前に『どちらでも良いから、彼の目を欠損させて動揺を誘いなさい』って」

 

 開始直後の攻撃は、どうやらユキが自発的に思い付いた戦略ではなく、ヒースクリフが入れ知恵したために起こした行動らしい。結果的にはなんとか持ち直したものの、やられた本人は途中まで本気で焦りを感じていたのだから、カイトが『余計な事を……』と悪態をつくのは、当然の反応だった。

 

「さあ! 次はキリトと団長の番だから、2人で一緒に観戦しよっ!」

 

 そう言ってユキはカイトの手を取り、やや強引に引っ張って足早に移動を開始した。

 

「ちょっ!? そんなに急かすなよっ!」

 

 引っ張られた際にバランスを崩したものの、すぐに立て直し、彼女のペースに合わせて歩く。二人の決闘(デュエル)は爽やかな雰囲気で終結し、そんな彼と彼女の健闘を称える意味を込め、観客席からは惜しみない拍手が送られることとなった。

 

 

 

 

 

 パチパチ、と乾いた拍手の音が上下左右の壁に反射し、共鳴する。ヒースクリフはキリトとは反対方向に位置する場所で待機しつつ、少年少女の決闘(デュエル)を観戦していた。

 

「見事だ。やはり、私の目に狂いはなかった」

 

 但し、彼の拍手に込められた意味は、観客達のものとは異なる。なぜなら彼は二人の戦いに着目していたのではなく、彼の動きだけに焦点を合わせていたのだから。

 そしてヒースクリフはじっくりと観察した結果、カイトが他のプレイヤーよりも秀でている、とある能力を見出だし、確信したのだった。おそらく、観察対象とされた本人には、その秀でた能力の自覚はないだろうが……。

 

(まさかユニークスキルを()()()()()()()()()()()プレイヤーが現れるとは……)

 

 全10種あるユニークスキルに設定されている習得条件は、個人の有する元々の才覚、又は能力による部分で決定するもの、あるいは習得に必須の項目を最初に達成した者に与えられる。この事実を一般プレイヤーが知る機会は決してないが、例えて明言するのであれば、前者は《二刀流》であり、後者は《治療術》、《暗黒剣》が該当する。

 よって全プレイヤー中で最も秀でた能力を有し、かつ、設定されている習得条件を最速で達成したのならば、バランスブレイカーとも言われるユニークスキルを二種類以上保有する事も可能だ。それを実現するのは言葉で表すほど簡単なものではないのだが――――極小の可能性を見事掴んだ者が、ここにいたのだった。

 但し、それは浮遊城の攻略が9割に達した時点で解放される、近くて遠い将来の話だ。

 

(――さて、私は私の役目を全うしよう……)

 

 真紅の鎧と白いマント、剣と盾で一式の武器――《リベレイター》――を携え、ヒースクリフはこの世界最強の挑戦者を迎え討つ準備をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。