ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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約1ヶ月ぶりの更新となります。遅くなって申し訳ありません。
今回は前後編です。



第45話 侵食と黒の気魂(前編)

 

「おぉ〜、なんだか新鮮だね! ……でも、すっごい違和感ありあり」

「ユキに同じく」

「……アスナ、今からでも遅くない。一番地味なやつに変えてくれ」

「これでも十分地味なやつだよ。大丈夫、似合ってるから!」

 

 第50層主街区《アルゲード》の一画に佇む《エギル雑貨店》の2階。新メンバーとして血盟騎士団に入団したキリトは、支給されたギルドの白い制服に袖を通していた。これまでは本人の好みで黒い装備を中心に着ていたため、それとは対極に位置する白い装備を受け入れるのは、本人のみならず、共に行動していたカイトでさえ、違和感を覚えざるを得なかった。

 一昨日の《神聖剣》VS《二刀流》の決着は、キリトの今の状況で察することが出来るはずだ。10回中3回の勝ち星を掴み取ることが出来なかった、とでも言い換えよう。息をするのを忘れてしまうほどに見入る高速戦闘を織り成した結果、僅差でキリトは敗北してしまったのだ。最後の一撃を喰らったキリトは地に伏し、『信じられない』とでも言わんばかりに呆然としていたのが、カイトにとっては非常に印象的だった。

 

「まだギルド内にはお前の事を認めていない奴もいると思う。巧みな話術で打ち解ける、なんて高等テクニックはキリトに皆無だから、まずはギルドの空気に慣れる所から始めろ」

「わかってるよ。……アスナ、ユキ。改めてよろしくな」

「うん。よろしく」

「こちらこそ、よろしくね」

 

 キリトは部屋の中にあるベッドに腰を下ろし、そのまま背中を預けて寝転がる。未だ自分を取り巻く環境の変化に適応できていないらしく、その表情はどこか不安げな様子だった。

 

「本当にごめんね。キリト君を巻き込む形になっちゃって……」

「この前も言ったけど、アスナが気にする事じゃないさ。いつかはギルドに入ろうと思ってたし、寧ろ丁度良いよ」

「そう言ってくれると、こっちとしては有難いけど……。ねえ、カイト君。本当に血盟騎士団に入る気はないの? ……ううん、別に血盟騎士団(うち)じゃなきゃいけないわけじゃない。どこか他のギルドに入らないの?」

「今はまだ……かな。取り敢えず、しばらくはソロで動くよ。まだやるべき事が残ってるから」

 

 カイトは腕を組み、やや俯きがちで返答した。

 アスナの申し出は、彼にとって非常にありがたい。だがこうしている間にも、カイトの元にはアルゴ経由で仕事の依頼が入ってきている。自分に救いを求めて訪ねてくる人達を無下にできるほど、彼は非情ではない。

 

「そういうわけだから、オレはもう行くよ。57層の主街区でアルゴと待ち合わせてるから」

 

 右手をヒラヒラと横に振りながら、それだけを告げてドアノブに手をかけると、木製扉を開く。古びた扉に似つかわしい軋んだ音を響かせながら、カイトは部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ってのが、オレっちの入手した奴らに関する情報ダヨ。潜伏先は主街区から一番近い村の南西方向に位置する、小さな洞窟ダ」

 

 予定通りにアルゴと合流したカイトは、主街区の路地裏にあるNPCレストランで食事を摂りつつ、依頼内容と必要な情報の確認を行う。店内では2人以外にプレイヤーは誰もおらず、NPCの店主が皿を拭いている音だけしか聞こえない。

 カイトは注文したパエリアを一口頬張ると、口内に広がる味を堪能しつつ、渡された情報を整理していた。依頼内容は例に漏れることなく、犯罪者(オレンジ)の捕縛。

 

「わかった。……ほい、今回の情報料」

「あいよ、確かに受け取っタ」

 

 規定のコルを渡されたアルゴは、手付かずだったサンドイッチをようやく食べ始める。色とりどりの具が挟まったパンにかぶりつくと、中身が溢れてしまいそうだった。

 先に完食したカイトはコップの水を飲み干し、喉の渇きを潤す。店内に流れる軽やかなテンポのBGMとは相反し、彼の心情は心晴れやかとは言い難い。「う〜ん」と小さく唸り声を上げると、対面する小柄な情報屋に問いかけた。

 

「なあ、アルゴ。最近依頼がやたら増えてないか?」

「ん〜? それはそうだろうヨ。ラフコフ壊滅を受けて明日は我が身とビビってた奴らが、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていただけダ。それは以前カー坊自身が口にしたことじゃなかったカ?」

「それは……そうだけど……」

「安心しなヨ。こんな状態が長く続くわけないから、今だけだろうナ。それまではカー坊にあやかって稼がせてもらうから、途中でリタイアなんて真似はやめてくれヨ。カー坊は大事な上客だからナ! ニャハハハ!」

 

 アルゴの笑い声と、店内のBGMがマッチした。

 

「そもそも何をそんなに危惧する必要があるんダ? カー坊の実力なら余程の大物でもない限り、中層をメインに活動する小物風情、不測の事態があっても問題ないダロウ?」

「そこが問題じゃないんだよ……」

 

 テーブルに肘をつき、頬杖をついて極々小さなため息をつく。そんなカイトの様子を訝しみつつも、彼の心情をいまいち計りかねるアルゴは、小首を傾げて顔を歪めるにとどまった。店内に流れる曲は、いつしかバラード系のゆったりした曲調へと変化している。

 

「カー坊が何をそんな気掛かりにしているかオレっちにはわからんが、オレっちが協力出来ることなら何でも言えヨ。カー坊の活動で救われたプレイヤーは数多くいるし、今後被害にあうプレイヤーを削減するためにも一役かってル。こんな所で失っていい存在じゃないと思っているのは、オレっちに限らず、皆が思っている事ダ。それだけは肝に命じときなヨ」

「……わかったよ」

 

 自分はそこまで大層な存在じゃない、とは思いつつも、彼女が自分を大切な存在であると明言してくれた事実に、カイトは少なからず嬉しさを感じていた。思わず頬が緩む。

 それを悟られないように、彼は湯気の立つコーヒーが入ったカップで口元が見えないようにした……のだが、《情報屋》の観察眼は微々たる変化も見逃さない。第2層からの長い付き合いだ。その仕草が彼の照れ隠しであるのを見破るのは、コンマ1秒の時間も要する必要はない。

 

「技術面でオレっちがカー坊に教えられる事は何もないが、年上オネーサンとしてのアドバイスなら出来ないこともないゾ。寂しくなったり辛くなったら、いつでもオレっちに連絡しナ。夜間・ベッドの上限定でたっぷり慰めてあげるゾ」

「ブフォオッ!!!?」

 

 カイトの口からコーヒーが噴き出される。咄嗟に顔を横へと背けたため、なんとか正面のアルゴにはかからずに済んだ。手の甲で口元を拭うと、ニヨニヨ顏の《鼠》を見やる。

 

「お、お、おおおお前は一体何を――――」

「おっと、これは失言だったナ。夜の慰め役はオレっちじゃ役者不足だから、これはユーちゃんのお役目ダ」

「アルゴっ!!!!」

 

 顔を真っ赤に染め上げたカイトは、思わず机を叩いて彼女を制した。しかし、手綱はアルゴが握ったままだ。

 

「ん〜、カー坊は何をそんなに慌てているのかナ〜? 『ベッドの上に()()()話を聴く』って意味で言ったつもりなんだが、なにもおかしな事は言ってない筈だゾ。……あぁ、そういう事カ!」

 

 アルゴは左掌を軽く叩くようにして、右手を上に乗せる。カイトの目には、その反応が如何にもわざとらしく映った。

 

「カー坊は思春期だから、歪曲して意味を捉えちゃったんだナ。なあに、心配ご無用。カー坊ぐらいの年頃ならそれぐらいは当たり前――――」

「もういい!! わかった!! 取り敢えずその口を今すぐ閉じて下さいアルゴさん!!」

 

 その場から立ち上がって慌てふためくカイトの願いを、アルゴは素直に聞き入れ、両手で口元を覆うことで「これ以上は喋りません」という意思表示をジェスチャーで示した。しかし、口元は隠れて見えずとも、目が笑っているのまでは隠せていない……というより、隠す気がないようだった。

 カイトは席に座り込み、ジト目でアルゴを睨みつける。一方のアルゴは、そんなのお構いなしといった様子だった。

 

「いやいや、中々面白かったヨ。カー坊があんなに動揺する姿を見るのは久しぶりだナ。オレっち大満足!」

「ぐぬぬっ……」

「――まぁ、お遊びはさておき、ちゃちゃっと行って懲らしめてやってくレ。依頼達成次第、いつも通りメッセージを飛ばしてくれたらそれで終了ダ」

「はあ……了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルゴから情報を受け取ったそのわずか30分後、主街区からフィールドの一画に位置している洞窟の入り口の前で、カイトは佇んでいた。灰色の岩肌を指先でなぞり、ゴツゴツとした質感を感じとった後、一呼吸置いてから指先を宙に投げ出して真っ直ぐ下へと振り下ろす。程なくして彼の瞳に映ったのは、このサブダンジョンのマップデータだった。

 犯罪者(オレンジ)と関わる事が多いせいか、今となっては彼らの思考におおよその見当がつくようになってしまった。今回でいうのならば、フィールドダンジョンをアジトにする場合、ダンジョン内の何処を拠点とするか、ということだ。

 

「……ここだな」

 

 カイトは洞窟のマップデータを指でなぞりながら、標的が潜んでいるであろう地点に目星をつけた。ウィンドウを表示させたまま洞窟内に一歩足を踏み出すと、陽光の暖かさが薄まり、洞窟特有のひんやりとした空気が肌を刺激する。それと同時に彼を照らしていた光は身を潜め、陽光の届かない洞窟が生成する闇が、彼の身体を覆い尽くした。

 

(どうして後ろめたい事をしている奴は、皆暗い所を選ぶんだ? ……探す身にもなってくれよ)

 

 誰にでもなく、心の中でポツリと悪態をつく。

 このまま進行するのも良いが、「どうせなら……」と思い直し、メニューを開いて装備品一覧から体防具の変更を行った。紺藍色の《ベヒモス・コート》が消え去った代わりに、昨日エギルから買い付けた黒い体防具《ホブゴブリンの魔コート》を羽織った。暗所で装備すると、隠蔽(ハイディング)ボーナスを大幅に獲得できる優れ物であり、元々は近々やるつもりだったスニーキング・ミッション用に購入しておいた物だったのが、当初の予定よりも早くに出番がきてしまったようだ。

 防具の変更を終えると、次に所持アイテムの一覧を開き、一定時間レベル差に応じてモンスターとの遭遇率を下げる《マムートの香水瓶》を取り出した。洞窟内に出現するモンスターとカイトのレベル差は30近くあるので、アイテムの効果でほとんど遭遇することなく進行できると読んだのだった。

 蓋を開けると、中から黄色に色付けされた甘い香りが立ち昇り、すぐさま上から下へと螺旋を描いてカイトを守るように包み込む。効果が切れないうちに目的を達成すべく、暗闇の奥へ進むと同時に、今後自分がどう動くべきなのかを考える事にした。

 

 キリトがギルドに加入したため、必然的に今まで通りの二人一組(ツーマンセル)は解消。今はどこのギルドにも所属する意思のないカイトは、ソロで動かざるを得ないが、これ幸いに《治療術》スキルを取得しているため、通常のソロ活動より生存率は高いだろう。寧ろスキルの使用だけに焦点を合わせて考えるのならば、ソロのが好都合といえる。

 理由は単純明快。《治療術》スキルを他者に使えば自らのHPを削るのに対し、自分のために使う分にはリスクが存在しない。回復コマンドにも通常のソードスキル同様、冷却時間(クーリングタイム)は設けられているが、それを無視すればたとえ《結晶無効化エリア》であったとしても、いつ、いかなる場所でも半永久的に回復が可能だ。阻害効果(デバフ)についても同じ事がいえる。

 予想外の事態――処理できないほどの大勢のモンスターに囲まれる等――を除けば、モンスターのアルゴリズムに変化が加えられて難易度の上がった最前線であっても、大抵の状況は乗り切れる筈だ。

 

(まるで《ソロ推奨スキル》だな)

 

 他者のために使用することを止め、己の身を守るためだけに焦点を絞ってスキルを行使する――――つまり、ソロで活動すれば、《治療術》スキルはスキルの有するデメリットをなくすことができる。そんな感想を胸の内に抱かざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 そして足を止めずに歩き続けていくと、目星をつけた場所付近までやってきた。試しに《索敵》スキルを起動してみれば、プレイヤー反応が複数表示されていたため、彼の予想は見事に的中したらしい。

 ゆっくり、ゆっくりと音を立てぬよう慎重に接近すると、視線の先にある曲がり角の壁が、ぼんやりと淡い光で照らされている。そこまで小走りで近づき、壁に背をつけて曲がり角の先を覗き見ると、奥にはドーム状の少しばかり広いスペースがあった。中央には煌々と光る明かりが鎮座し、その周囲を取り囲むようにしてプレイヤーが言葉を交わしている。確認するまでもなかったが、頭上に示されたカーソルは犯罪者であるのを示す橙色に染まっていた。

 

(グリーンは……いない、か。手間が一つ省けて助かるよ)

 

 明かりを囲んでいる集団はしめて10人強。遠目で装備品を確認しつつ、彼らの会話に耳をそばだてる。

 

「……の剣……で……そうだ。…………ルが奴……導して……ってる……」

 

 距離に開きがあるせいで、会話の内容を聞き取るのは困難を極める。もう少し近付けば問題ないのだろうが、これ以上接近しようものなら、自身の姿を晒さなければならない。

 

(こういう時に《聞き耳》スキルがあればなぁ……。まぁ、ないものをねだってもしょうがないか)

 

 腰のホルダーからピックを3本取り出すと、大きく深呼吸をする。吸って、吐いてを2度繰り返した後、素早く構えを作ってソードスキルを立ち上げた。

 

「――――!! 誰だっ!?」

 

 その瞬間、犯罪者(オレンジ)の1人がカイトの存在に気付いた――――が、時既に遅し。燐光を纏った銀の弾丸はさながら彗星のように光る軌跡を宙に残し、カイトの定めた狙いに向かって寸分違わず駆けている最中だった。洞窟内に声が響いてから1秒と経たず、金属製の重厚な防具を身につけたプレイヤー3人は、防具の間にあるわずかな隙間に銀白色のピックを打ち込まれ、あっという間に身体の自由を奪われた。

 

「おいっ! どうした!?」

 

 仲間の注意が倒れているプレイヤーに注がれているのを好機と捉え、カイトは最も近い人物に狙いを定めた。再度ホルダーからピックを取り出し、今度は投擲するのではなく、肉薄して先端で頬に直接傷をつける。赤いエフェクトは微々たるダメージと阻害効果(デバフ)をもたらし、また一人、地面に伏すこととなった。

 

「なんだぁ、テメェは!!」

「ブッ殺しちまえ!!」

 

 奇襲と不意打ちが通用するのは、どうやらここまでらしい。この場の至る所で殺気が沸き立ち、各々が剣を手にして臨戦態勢となれば、カイトも背中の剣を抜かないわけにはいかず、柄に手を伸ばす。「殺す」という一点の曇りもない意思の元、侵入者の排除を目的に衝動で飛び込んできた数名をいなすため、右手に剣を、左手にピックを携えて迎え討つ。

 

 先陣をきって上段突進技を繰り出してきたのは、大柄な体躯の両手斧使い。眩い光を放つ巨大な斧を高々と掲げるその姿は、本人の体格も手伝って中々に迫力のあるものだった。その見た目とは裏腹の猛スピードで突っ込んでこようものなら、尚更である。剣幅の広い斧は上から下へ流れ、渾身の力で垂直方向に切り下ろされた。

 しかし、彼の剣が届くことはなかった。出来たのは正体不明の少年の足元に転がっていた小石を、縦半分に割ったことのみ。両手斧使いの犯したミスは、切り伏せる対象との距離が開きすぎていたことである。ソードスキルのシステムアシストを得た突進技は、瞬く間に敵との距離を詰められる有効な手段だが、カイトにとっては回避と反撃を並行して行うのに充分すぎる間合いだった。

 カイトは身体を半身にし、右斜め前方へと足をスライドすると、鎧の隙間――肩の関節部分――にピックを滑り込ませ、チクリとつつく。両手斧使いはその意思に反し、カイトの前で(こうべ)を垂れた。

 

 さあ、次だ! と意気込んだ先には、曲刀使いと盾無し片手剣士、加えて両手槍のプレイヤー。カイトは即座に左足を一歩踏み出し、その場で地面に固定すると、180度回転して敵に背を向けた。敵前逃亡……というわけではなく、それは彼が今から繰り出したいソードスキルの予備動作(プレモーション)に必要な動作だからだ。

 左足を重心にして静止すると、右足が光を帯びる。次の瞬間、カイトの身体は再び敵に向き合うと同時に、体術単発ソードスキル《仙波》の上段回し蹴りで、突撃してきた盾無し片手剣士の左肩を強打した。盾無し片手剣士はノックバックで弾き飛ばされ、その真横にいた曲刀使いも巻き込まれる形で吹き飛ばす。カイトは回転の勢いを殺さずにもう半回転すると、弾き飛ばされた2人の後ろで控える両手槍のプレイヤーに背を向けた。

 

「おらあぁぁぁぁあ!!!!」

 

 荒々しい声で尖った槍の矛先を突き出す。カイトの背中の中心部に狙いすまされた槍は、短い硬直時間から解放された彼の剣によって、惜しくもコンマ一秒の差で進行を阻まれた。槍使いが通常攻撃ではなくソードスキルを繰り出していたのならば、また違った未来が生まれていたのだろうが、事が起こった今となっては後悔した所でもう遅かった。

 剣を防いだカイトが至近距離から敵の眉間にピックを打ち込むと、耐久値の切れかかっていたピックは命中直後に細かな光の粒子に変換された。それでもしっかりとその役目を果たしたため、また1人、彼の前に屈服する。

 

「……何モンだ、テメェ……。俺達に何の用だ?」

 

 奇襲から1分と経たずに複数の仲間が鎮圧されたため、畏怖の念を抱く者も現れ始めた…………が、その中で小柄な男がただ一人、カイトに向かって問いを投げかける。

 

「……一昨日の夕方、45層迷宮区」

「あぁ?」

 

 だが、男の質問に対してカイトが答える様子はない。代わりに剣を一旦鞘に納めることにした。

 

「迷宮区でレベル上げをしていたとある小規模ギルドが、オレンジプレイヤーの集団から襲撃を受けた。ステータスの高さにモノをいわせて屈服させると、アイテムや装備類を全て奪い、その後PKを横行。その内、運良く逃げることが出来た3人は偶然通りがかった他のプレイヤーに助けられたけど、10人いた内の7人がこの世界から退場した。……今の話の中に出てきたオレンジっていうのは、あんた達の事で間違いないかな?」

「だとしたら、どうだってんだ?」

 

 男は平静を取り戻し、物怖じする様子はない。左手を腰にあてがうと、見下すような目つきでカイトを睨む。他の仲間の反応は多種多様で、(いびつ)な笑顔を浮かべる者、侵入者の意図を未だ図りかねて訝しむ者もいた。

 依頼主に何か特別な感情を持っているわけでもなく、ましてや顔も見たことがない赤の他人に対し、当初は同情の念しか抱いていなかった。しかし、カイトは犯罪者(オレンジ)と実際に対峙したことで、腹の底から黒い感情が沸き立ち、言い様のない感覚に襲われる。

 

「……いや、確認が取れれば充分だ」

 

 彼は右手の指先を揃えると、上から下に振り下ろす。

 

「……そうか。お前はあいつらの仲間だな? それでやられた腹いせに復讐しに来たってところだろう? 今は運良くその場に立っていられているが、この人数をソロでどうにか出来るなんて思わねぇことだな。何しろ俺達は元ラフコ――」

「知ってるよ。全部知った上で、ここにいる。……あと、オレは別に仲間でもなんでもないぞ」

 

 纏っていた《ホブゴブリンの魔コート》を解除し、彼の正装ともいえる《ベヒモス・コート》に変更した。

 これまでのカイトの戦闘、主武装、容姿等々から、男は彼の正体をようやく理解したらしい。両目は大きく見開かれ、その顔は驚愕以外の何物でもなく、自分達にとっての天敵と呼べる相手が、今まさに、目の前にいるのだから。

 

「お前……まさか……」

 

 男の反応など意に介さず、カイトは背中の片手用直剣《グラスゴーム》を素早く引き抜き、単身で眼前の敵一団へと突っ込んだ。

 

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