広くもなく狭くもないドーム状の空間に、無数の音が響きわたる。
それは人の声、地を踏み鳴らす音、鎧の擦れる音、剣と剣の衝突音等が時に小さく、時に大きく木霊し、システムは平等に、その場にいる全員へ聴覚情報として与えていた――――のだが、人間の脳というのは不思議なもので、不要な情報は無意識にシャットダウンするように出来ている。そして削減した情報量分は、他の外部情報に脳の容量を割いたり、一つの事に集中するために行使されたりする。
「ぐあっ!?」
「くっ……こいつ、背中に目でもついてんのかっ!?」
そんなわけあるかっ! と、即座に内心でツッコミを入れる彼の心には、まだ幾分のゆとりがある証拠。
また一人新たな敵をいなして静止したのも束の間、視覚情報を取り込んだ彼の脳は、3人のプレイヤーを視認した。
同時に背後でソードスキルが立ち上がる音を捉え、追加で1人が強襲を仕掛けてくると判断。文字通り、四方を囲まれたとみて良いだろう。
無理矢理にでも活路を開いてやり過ごすことも出来なくはないが、ふっと舞い降りた突発的アイディアを実行すべく、タイミングを見計らった。敵4人との距離がおおよそ3メートルに狭まったところで膝を深く曲げると、ステータスに任せ、垂直方向に空高く跳躍。飛翔したカイトが真下を見下ろせば、今まで彼のいた場所目掛けて4人のプレイヤーが押し寄せ、攻撃動作を中断できずにそのまま仲間を切りつけている光景が映っていた。内1人はソードスキルを使用していたため、他3人のHPバーを容赦なく削る。
動揺する彼らの表情を見下ろしたまま、カイトは腰のホルダーに手をかけ、ピックを抜き取ってから構えて投げるまで2秒を要した。投剣ソードスキル《トリプルシュート》は空中に光の帯を3本描きながら敵に吸い込まれていき、命中したプレイヤーをその場で
「……なるほど。《掃除屋》って呼ばれるだけの事はあるみてぇだな」
声の主は一番最初、カイトに話しかけてきた小柄な男だった。一目で業物だと分かる両手剣を肩に担ぎ、肌を刺すような視線でカイトを睨みつける。
「自分から名乗ったわけじゃないけどね」
男を一瞥して素っ気なく答えた後、こっそりと左手の指先でホルダーのピックをなぞり、残数を確認した。
(残りは1本。ギリギリだな)
ピックの残弾数1本に対し、敵の残りは2人。
1人は両手剣使いで、見た目は小麦色の髪にダークブラウンの瞳をしており、髪は耳が隠れる程度の長さ。もう1人は両手剣使いと同じぐらいの体格をしているが、フーデッドローブで頭を覆っているために顔が判別できず、それ以上の外見的特徴は見受けられない。どちらもカイトに仕掛けたのは一度たりともなく、ずっと彼の事を観察していた。
「あんた達みたいな奴らがいるお陰で、こっちは四六時中激務だよ。だから、いい加減こっちも疲れてきたんだ。馬鹿な事はやめるように他の連中にも伝えて、さっさとオレを隠居させてくれ」
「繁盛しているなら良いことじゃないか。そこは俺逹に感謝するべきところじゃないのか?」
「犯罪者退治なんて、本来はないに越したことはない。皆が枠からはみ出さず、ルールに則って動いてくれれば必要ないしな。人の良識で考えれば誰だって簡単に思いつくし、あんただって百も承知だろう? ……以前、とある人にも言ったけど、人を傷付ける行為は自分を
「……ク、クク……クハハハハハ!!!!」
両手剣の男は左手で顔を覆い、口角を目一杯吊り上げてこれでもかというほどに高々と笑い出す。彼の後ろにいるフーデッドローブの男からも、小さな笑い声が漏れているようだ。
「ガキンチョが、偉そうに上から目線で講釈垂れてんじゃねえよ。……そういえばさっきから見た感じだと、お前は1人も殺ってないみたいだが、それはお前なりの流儀か何かか? もしも『誰も殺さない』なんて甘い考えを抱いているようなら、そんなつまらん考えは丸めて屑かごに捨てちまいな。ここは強者が弱者を喰う世界であり、強者はその権利がある。俺達はその権利を行使しているだけだ。だから…………ここで俺がお前を喰らっても、問題はねぇってことだよっ!!」
身の丈ほどもある剣を高々と上段に持ち上げ、ソードスキルの
カイトも即座にソードスキルの
カイトも現実ではあり得ない速度で突進し、男に詰め寄る。身を引き裂かんと迫る巨大な剣の一点を見つめ、射程圏内に入ると、両者は同時に剣を振った。カイトは両手剣の脆弱部位を正確に当てるため、手元を少しばかり動かして微調整すると、接触の瞬間にいつもよりやや甲高い金属音を辺り一面に響かせる。男と交錯した彼はチラリと敵の剣に視線を送るが、期待通りの成果は得られなかった。
(くっそ! やっぱキリトみたいに上手くはいかないか!)
カイトが狙っていたのは、相手の剣を意図的に破壊するシステム外スキル《
「イヤッハアァァァァア!!!!」
ソードスキル後の硬直で動けないカイトを、奇声を上げながら容赦なく襲いかかる一つの影。フーデッドローブの男が袖口から小さなナイフをチラつかせ、その毒々しい刃を標的の肩口目掛けて切りつける。新緑に染まった刃の先から毒液を撒き散らし、カイトを切りつけた敵はローブの隙間から満足そうな表情を浮かべた。
「くっ!」
射程圏内に留まる敵に向け、右斜め上方向に剣を振るう。カイトの挙動に遅れて反応した男は首を傾げつつ、立っている場所から後方へと跳び退いた。風を切る剣先は、惜しくも敵のローブを掠める程度に終わった。
ローブの男はカイトから十分な間合いを確保すると、毒液
「兄ちゃん! こいつはナイフで切っても麻痺にならないみたいだ!!」
ローブの男が口にした『兄』とは、勿論カイトを指して言ったのではない。彼でないとするならば、それは別の人物を指す。
「馬鹿野郎。《掃除屋》に麻痺毒は効かねぇんだよ。それぐらいは常識だろうが、まったく……」
案の定、それはカイトの後方で佇む両手剣使いの男だった。後ろを振り返っていないので定かではないが、背中越しでため息と共に呆れ顔を浮かべている様子が容易に想像できた。
「あんた達、兄弟だったのか」
「ん、まあな。……そういや名乗ってなかったか。俺がレンで、あっちがベルだ」
何処かで耳にした覚えがあるな、というカイトの思考は頭の片隅にある記憶を探すため、思い出すための作業に意識を割く。元ラフコフの犯罪者で兄弟というキーワードを手掛かりにすると、案の定彼には心当たりがあったのだ。
プレイヤーネーム《Ren》という名の兄と、《Bell》という名の弟。兄のレンは豪快な一撃で敵を
「……あぁ、わかるよ。あんた達のせいで、攻略組の仲間が犠牲になっているからね」
「おいおい、それはこっちにも同じ事がいえるぜ? ……いや、寧ろ俺達のが被害はデカイ。あんた達よりも多くの仲間を殺された挙句、ギルドまで解体されたんだからな。だがPoHのダンナがいる限り、《
腰に手を当てて余裕の表情を浮かべている兄のレンは、担いでいた両手剣を地面に突き刺して軽くもたれかかる。一方、弟のベルは麻痺毒を塗りつけたナイフをしまい、別種の毒が塗布されているナイフを手に持った。
そして揃って
「そういえば……」
それは、彼ら兄弟にとって最大の特徴だった。
「双子、だったよな?」
「ピンポンピンポン! だ〜いせ〜いか〜いっ!!」
無意識のうちに心で思った事を口に出していたらしい。カイトの言葉に反応したベルは拍手した後、頭を覆っていたローブをとってその素顔をさらけ出した。《双子》というワードから想像できるように、弟の容姿は兄のレンをコピーしたかのように瓜二つ。事前情報を知り得ていなかったら、間違いなく戸惑いが生まれていただろう。
「兄弟……しかも双子のゲーマーなんて珍しいな」
「俺達にとっては何も珍しくないが、他の奴らは皆決まってそう言うんだ。正直聞き飽きたぐらいだ」
「ちょっとちょっと兄ちゃん! 喋るのもいいけど、さっさとこいつ殺っちゃおうよ! こっちは準備オッケーだからさ」
「あぁ、悪い悪い。そんじゃ、弟が急かしてくることだし、続きといこうか……」
垂直に立てていた両手剣をくるっと回転させて再び肩に担ぐと、そのままカイト目掛けて猛ダッシュ。今度はソードスキルを使わない、彼自身の敏捷値を活かした速度だ。
両手剣を好んで使うプレイヤーは、武器の重量を考え、筋力値寄りにステータスを多く振り分ける傾向にある。敏捷力の値に剣の重さが加わり、必然的に移動速度は遅くなるものだが、それらを加味してもレンのスピードは中々のものだった。それは彼のステータス、つまりレベルが相応に高いと示唆している。
そしてレンと反対側に位置する弟のベルも、同じようにカイトへ迫る。兄と違って軽量なナイフを使うベルは動きを妨げる重りがないため、その分敏捷性は高い。よって先にカイトへ切りかかったのはベルだった。
「シッ!!」
右手のナイフを真っ直ぐ前に突き出す。狙いは人体の急所ではなく、的の大きい胴体であり、腹の中心。ベルの目的は
敵の攻撃は突き、つまり点での攻撃だ。これに対してカイトは剣の腹を相手に見せ、点の攻撃を面で防御。そして接触の瞬間、突きを防ぐにとどまらず、剣の角度を傾けてナイフの受け流しを試みた。非常にタイミングがシビアであったが、毒ナイフは剣の腹を滑り、ベルの目が見開かれる。すかさずカイトはベルの腹に水平切りでダメージを与えた。
「うぐっ」
くぐもった声がベルの口から漏れるのを聞き流し、カイトは彼の横を素通りする。通り過ぎた後、右足を軸にして身体を反転させながら剣を振り抜くと、背中を切りつけようとしたレンの両手剣とぶつかり、橙色の火花が散った。そのまま鍔迫り合いで均衡状態を保持したまま、両者はその場で睨み合う。
「……へぇ。さっき誰かが言ってたけど、背中に目がついているみたいだな」
「生憎オレはモンスターじゃなくて人間だから、背中に目はないけどな。ただ、目で見ることが出来なくても、判断材料は幾らでもあるさ」
双方共になんでもない風を装って会話をしているが、腕の力は決して緩めない。レベルでは最前線で活動するカイトが上だが、筋力値ステータスだけでみればレンも負けていない。剣の接触点がピクリとも動かないのがその証拠だ。
鍔迫り合いが続くことでカイトの足は止まり、必然的に意識の大部分はレンに向けられる。一瞬でも力を抜こうものなら、体勢を崩されるのは明白。
「シュウッ!!」
そして集中し過ぎるあまりに周囲への警戒を怠ったのは、普段のカイトならまず犯すことのない失策。レンの背後からベルが突如現れ、カイトへと腕を目一杯伸ばす。その手に持つのは言うまでもなく、毒ナイフ。
二の腕を切りつけられたカイトのHPバーには、本来であればバッドステータスを示すアイコンが表示されるのだが、そこは《ベヒモス・コート》の
「シュウッ!! シュウッ!! シュウッ!!」
但し、完全完璧な無効化は
「うっ!?」
――――耐性値を上回って『可視化された毒』として具現化する。
カイトの身体を連続攻撃で傷つけていたのは、血よりも濃い紅色の毒液滴るナイフ。
その正体は《出血毒》。
切り刻まれた傷口から赤いダメージエフェクトが散るが、傷口は一向に塞がる様子を見せず、彼のHP量を下降させる。《出血毒》の恐ろしいところは、プレイヤーの傷口の数に比例してHP減少量が増加することだ。
「キュア!」
すぐに彼はユニークスキル《治療術》の解毒コマンドを唱え、《出血毒》を身体から取り除く。傷口は瞬時に閉じ、継続ダメージは沈黙。そして剣を前に押し出す力を一瞬だけ強め、バックステップでその場を立ち退いた。
そしてこの時を待っていたかと言わんばかりの表情を浮かべ、レンが剣を上段に構える。先ほどと同じ《アバランシュ》の構えだ。ソードスキルの準備が整い、レンは一直線に疾駆。カイトが空けた距離は瞬く間にゼロへと戻る。
上段からの振り下ろしは轟音と共に迫り、カイトの身体の中心線を正確に捉えていた。回避が間に合うようなタイミングではなく、彼に出来るのはただ、その身に受けるのを待つことだけだった。
「がっ!」
重い衝撃が伝わったかと思えば、目に見えるもの全てが加速する。両足が宙から離れ、壁面に激突し、訪れる背中の不快感に歯をくいしばった。狭い洞窟の壁面、その一部がパラパラと崩れ、細かな壁の断片が座り込むカイトの頭上に降り注ぐ。壁に背中を預けながら顔を歪ませていると、トスッという軽やかな音が幾重にも重なって彼の耳に入ってきた。
異変は彼の胸元周辺。
網膜に焼きついたのは、おびただしい数のナイフ。
それらを確認するのと同時に、視界がボヤけ、意識が遠くなり始めた。
眠気に似たその感覚は《睡眠毒》によってもたらされるもの。もしも対象を深い眠りへと誘うのに成功すれば、一定時間は意識が途絶え、その場に倒れてしまう。
「おやすみ、永遠に……」
遠くから、声が聞こえた。
その言葉は、重くなっていく瞼を閉じてしまえば、もう目覚めることはないと暗に示していた。《治療術》スキルの解毒コマンドを使用すれば事足りるのだが、つい先ほど《出血毒》の解毒に使ってしまったため、
薄れゆく意識の中、カイトは左手を懸命に右手で握っている剣に伸ばす。そして手が届いた時、彼は強く握りしめた。剣の柄ではなく、剣の刃を。
「はあっ!?」
またもや声が聞こえたが、今度は驚愕を含んでいた。
《睡眠毒》はダメージ判定を受ければ解除されるという特性を持つ。ここはゲームの中であるため、剣を握っても掌に傷はつかず、時間経過で元通りだ。ダメージと不快感を代償に意識を覚醒させ、目を見開き、力強く叫ぶ。
「ヒール!」
眠気のとんだ身体は即座に立ち上がり、コマンドで全快。半分を割っていたHPバーは万全の状態に戻った。
身の安全を確保したカイトは右手の剣を地面に突き刺すと、素早く腹部に刺さっているナイフ群の内の一本を抜き取った。そのまま肩に担ぐようにして構えると、投剣ソードスキル《シングルシュート》を発動。
「お返し……だっ!!!!」
淡い燐光を携えたナイフは、本来の所有者の元へと帰還する。持ち主に刃を向ける形で突き進んだそれは、ベルの水月に深く刺さった。
ジョニー・ブラックに次いで、アインクラッドに存在する数多の毒を使いこなしている彼でも、それらを打ち払うような抗体は持ち合わせていないらしい。カイトが数秒前に感じたものと同じ感覚がベルに訪れ、重みを増す瞼に逆らうことなく、膝から地面に崩れ落ちてしまった。ひんやりとした地面に頬を寄せ、彼の意識は心地よい夢の中へと沈むのであった。
「ベルっ!?」
「させるかっ!!!!」
弟を覚ますために駆け寄ろうとしたレンに対し、カイトは残った他のナイフを散弾銃のように散らして投げた。一発でも当たれば弟と同じ状況に陥るのは明白であるため、まずは自分の身の安全を確保するべく、レンはその場から離れて距離を取る。
兄弟の分断に成功し、これを好機とみたカイトは地を疾駆した。剣の間合いまで接近すると、ソードスキルを使用しない純粋な剣技による斬り合いが始まる。両手剣の重量を活かした重い一撃を無理に受けようとせず、カイトは出来る限り躱し、流すことでダメージを最小限に抑えていた。時折大振りになることで生じる隙を突き、レンの身体に赤いエフェクトを発生させる。
一方のレンは両手剣を片手で振り回す、あるいは剣の腹を使って叩きつけるなどといった荒々しい技で攻めたて、カイトが肝を冷やす機会を度々みせた。力任せともいえる戦闘ではあるが、クリーンヒットさえすれば、戦局はより優位に立てるだろう。
「――っ! ちょこまかと鬱陶しい! さっさと消えろ!」
焦りが蓄積し、焦燥感を拭えないレンが叫び、渾身の一撃を放つために大上段の構えをとろうとする。そして剣を持ち上げてから振り下ろすまでの間に生じる、刹那の静止。その瞬間はカイトにとって絶好の機会であり、迷わず切っ先をレンの持つ剣の柄に向け、体重と身体の捻りを加えて突き出す。
「おおぉぉぉぉおぉぉお!!!!」
肺に取り込んだ空気を全て吐き出し、気合いを込めた一撃は定めた一点を目指す。
――――ガキィンッ!
身の丈もある大剣が回転しながら優雅に宙を舞った後、刃の部分から深々と地面に突き刺さった。両手の空いたレンは剣が弾きとばされた時の姿勢のまま、身動き一つ出来ない状態を強いられる。武器を手放した上に、目線の先には研ぎ澄まされた剣先が彼を捉え続けているのだから、無理もない。
「……わかった。降参だ」
両手を肩の高さに固定して掌をカイトに見せると、小さくため息をついた。それでもカイトは気を緩めず、警戒心は解かない。油断した瞬間をついて形勢逆転を狙う輩とは、これまで何度も遭遇してきたからだ。相対する敵の瞳をじっと見つめ、その奥に潜んでいる企みがないかを探っていると、不意にレンの口が開いた。
「お前さ、なんでこんな正義の味方ごっこしてるわけ?」
「……なんだよ、急に」
ピックに手をかけようとした時に唐突な質問を投げ掛けられ、カイトは思わず聞き返す。年齢不相応の幼さが残る顔の眉間に皺が寄り、表情が険しくなった。
「いやいや、別に深い意味はないさ。純粋に感じた疑問だよ。わざわざ力のない弱者に代わって俺達に剣を向ける、その理由が気になっただけだ。金か? 名声か?」
「そんなわけあるか」
「じゃあなんだ?」
「……只の成り行きだよ。《掃除屋》なんて呼ばれ始めたのと、オレンジに襲撃されていたプレイヤーを助けた時期が重なったんだ。その影響で変に噂が広がって、何故かオレ宛にあんた達を相手する依頼が増えたんだよ」
「そんなもん、断ればいいじゃねぇか」
「わざわざ頼ってきた人を見捨てるなんて真似、オレには出来ないね。それに――」
チッチッチ、と短い舌打ちが響き、カイトは言葉を途中で切った。
「俺は本心を聞きたいんだよ。どうせ正義の味方気取りをしている自分に酔ってるんだろ? まあ気持ちはわからなくもないが」
「勝手に決め」
「それと、俺逹はこの世界のルールに則して生きているだけだぞ? 殺すのも奪うのも、全部茅場の野郎が認めた事だ。本当に禁止したいのなら、PKなんて出来ないように最初から設定しとけばいい話だからな」
確かにシステム上は認められている行為だが、人として間違っている行為だというのは議論するまでもない。システムが――茅場晶彦が認めたからといって、内に存する良心が咎めはしないのかと、そう問おうとした時、レンがまくしたてるように言葉を紡ぐ。
「そもそもの話、ここはゲームの中だぜ? 楽しみ方・生き方・暮らし方をどうするかは、俺逹に与えられた権利だ。お前みたいにゲーム攻略に勤しむも良し、日々を生き残るために狩りをするも良し、モンスターにビビって《はじまりの街》に閉じこもるのも良し。何を思い、何を感じ、どう動くのかは、個々人の自由だ。そう考えると、俺がやってる事は与えられた権利を行使しているだけに過ぎないんだぜ?」
――こいつは一体何を言っているんだ――
確かに人それぞれで趣味嗜好、性格、価値観が違うのだから、ゲームの中に閉じ込められるという非現実的な環境で何を思い、どう動くのかにも違いが生じるのは当然。彼の言うように、仮想世界からの脱出のため、危険に身を投じる者もいれば、安全地帯で救援を待つ者だっている。茅場もそうなる事ぐらいは予め認知し、容認していただろう。
しかし、レンの持つ歪んだ思考に対して、カイトは素直に首を縦に振ることができない。レンの言わんとしている事はわかっても、理解するのは到底不可能だった。
――どうしてこうも、自分の都合の良いように拡大解釈するのだろうか――
憤りを感じたカイトの持つ剣が震え、表情がより一層険しくなる。たとえシステムが認可していても、彼には到底納得いくものではなかった。
同じ人間なのに、どうしてこうも
彼の手にかかった者達は、なぜその身を散らし、最愛の人が待つ世界に帰還出来ないまま、生涯を終えなければならなかったのか。
そして、なぜレンのような罪を犯した人間が、いまだこの世界でのうのうと生きているのか。
しかし、そういった不条理こそが世の常であり、世界はいついかなる時も、一点の曇りもない真実を容赦なく突きつける。たとえそれが幸福に満ちたものであろうと、残酷なものであろうと関係ない。
――いっそのこと……――
自問自答を繰り返すカイトの心にあった憤りに、諦めが付随する。これまでの彼ならまず浮かばなかった思考が、チラッと脳内の隅で芽生えた。
――コノバデコロシテシマオウカ――
殺意のピース。殺しの動機、あるいは
洞窟内でその存在を強く主張する剣先を見つめながら、ハッと我に返ったカイトは、大きく双眸を見開いた。今、自分は何を思ったのか一瞬わからず、空いている左手で前髪をくしゃっと握る。
(殺す? ……誰が? ……オレ……が……?)
葬ればいい。未練と恐怖と絶望だけを残してこの世界から退場し、ある意味で現実に帰還した他のプレイヤーと同じように、と。彼の中に存在していた『悪』が、カイトの背中をそっと押した。
「おいおい、敵を目の前にして考え事に夢中か? 舐められたもんだ――――なぁっっっっ!!!?」
そんなカイトの隙を逃さず、レンは力なく突きつけられていた剣を左手で押しのけた。警戒を怠っていたカイトの反応は当然遅れ、剣先が呆気なくレンの目先から横に逸れると、レンは半歩だけ距離を詰めて右手を振りかぶった。
手元に剣がなく、かつ零距離からの素手による攻撃。イエローの燐光を纏った右手は、体術零距離技《エンブレイザー》発動の準備を整え、レンの指先と目線はその行く先ただ一点を見つめる。それはカイトの顔からやや下に位置する首、あるいは心の臓。どちらを捉えているのかは本人に問うてみないとわからないが、両者共に人体の急所に設定されている部位であるのは違いない。クリティカル発生率は高いため、上位ソードスキルを叩き込めば形勢逆転――――最悪の場合は『死』が待っている。
(死ね…………るかっ!!!!)
カイトは柄を持つ手に力を込めると、剣はまるで逆再生したかのような軌跡を描きながら、再びレンの元へ。素手と剣の攻撃が敵の身体に着弾したのは、ほぼ同時だった。
脳を直接揺さぶられたかのような衝撃がカイトを襲い、後方へと突き飛ばされる。剣を地面に突き立てて地面を抉ると、数メートルの移動を経て、ようやく彼の身体は停止した。無意識に目線を左上に向けて命の残量を確認すると、HPバーは赤く染まっていた。
カイトが咄嗟の判断で身体の軸をずらしていたのが幸いし、レンの指先が捉えたのは当初の予定とは異なる、カイトの左肩だった。チリチリと燃えるような感覚を手で押さえ込み、レンの居場所を目で探そうとした瞬間、離れた場所で何かが爆散した。空中に撒き散らされたポリゴン片の数から推測するに、データ量の多い物体であるのは間違いない。
「……ハッ――」
鼻で笑ったのは、爆散地点のすぐそこにいる
自分の振るった剣が何を捉え、どういった結果をもたらしたのかを、カイトは瞬時に理解した。今頃レンのHPバーは急速にその幅を狭めているので、彼がこの場にいられるのも残りわずかだ。
「これでお前も……俺逹と同類――――」
その先の言葉が、紡がれることはなかった。
切り離された胴体が先ほど爆散したように、残された頭部もデータの欠片に変換された。キラキラと光るポリゴンは宙を舞い、ゆっくりと薄れて消散する。
「あ……う…………ああ……」
しかし、カイトの中で生まれた後悔や罪悪感は一向に消えさる様子がなく、寧ろ大きさを増す一方だった。
レンの頭部があった場所を見つめていた彼の口から絶叫が発せられ、洞窟内に木霊したのは、それから間もなくの事である。
現在続きを執筆中ですが……心理描写は難しい!