ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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番外編第07話 彼と彼女の帰る場所

 

 窓ガラスを隔てた先にある青空から、月との交代を滞りなく終えた太陽が煌々と輝いて少女の顔を照らす。街は未だ活動を開始していないが、そう時間を置かずに狩りへ行く人々で溢れ、活気を徐々に上げていくことだろう。世界は、今日も変わらずに朝を迎えた。

 

「…………ん……」

 

 天然の光を余すことなく全身で浴び、閉じきっていたユキの瞼がゆっくりと持ち上がった。いつもの騒々しいアラームの設定を怠ったため、鳥の声をBGMにして意識を覚醒させたが、起床要因はなにもそれだけに限った話ではない。

 鼻孔を刺激する肉や卵の匂いに加え、それらをフライパンで焼く際に発する音によって否が応でも食欲を刺激される。彼女は寝ていたソファから起き上がらずにはいられなかった。

 上半身だけを一先ず起こすと、身体にかけられていたタオルケットが音もなく滑り落ちた。寝ぼけた状態で立ち上がると、匂いと音の発生源であるキッチンへ自然と歩を進める。たどり着いた先には、黙々と朝食の準備を続ける人影があった。

 ユキは眠た気に眼を擦ると、一声かけるのではなく、彼の背後から近付き、両腕を彼の腰に回して抱きついた。背中に顔を(うず)めて体重を預けると、心落ち着く匂いが彼女の鼻腔に滑り込む。

 

「……いい匂い」

「もう少し待ってろ、腹ペコ娘」

 

 ユキの言葉を別の意味に捉えたカイトは、わざわざ振り返るまでもないのか、あるいは最初から気配に気付いていたのか、兎に角驚いた様子は見受けられない。構っている暇がない彼は動じずに一言だけ告げると、調理を続行した。

 

「何か手伝うことはある?」

「ない」

「むう……反応が冷たい」

「このままオレが朝食の準備を進めるのと、ユキの相手をしてパンを焦がすのとどっちがいい?」

「私に構わずやっちゃって下さい」

 

 彼の手の動きは止まらず、手際よく朝食が皿に盛られていく。トースターで焼いたパンを乗せたところで全て揃い、左右の手で皿を持つと、カイトは肩越しに顔を向けて未だ離れる様子のないユキを見た。

 

「……動きにくいから離れてくれ」

「はーい」

 

 素直に密着していた身体を離したユキは、向きを反転させて普段食事をとっているリビングのテーブルへと歩き出す。そんな彼女の後を追うようにして足早にカイトも同じ動線をなぞっていくと、ユキは素早く椅子に腰掛け、幼い子供のようにキラキラと瞳を輝かせながらカイトを見上げた。娯楽の少ないSAOにおいて、食事は最大級の楽しみであったりする。ましてやNPCレストラン以上の味を期待できる《料理》スキル持ちの食事ならば、尚更だ。

 もしもここでお預けを喰らえばどんな反応をするだろう、という思いがカイトの中で湧き出したが、おそらく猛烈な非難が予想される。1日の始まりを騒がしくして良くないスタートにするのは本意ではないため、結局彼は左手に持った皿をユキの前に置いた。同じように自分の分も机に置いて椅子に腰掛けると、2人は一緒に合掌し、家の中に食事の開始を告げる快活な声が重なった。

 メニューはバターを塗ったトースト、スクランブルエッグ、真っ赤なトマトと生ハムが目を引くサラダ。シンプルではあるが、スキルを持たない者だと簡単なメニューでさえ全て炭に錬成してしまう。ユキでは到底作れない代物だった。

 

「なぁ、ユキ」

 

 対面するカイトから名を呼ばれ、ユキはフォークを動かしていた手を休めた。

 

「昨日はなんか……らしくないところを見せちゃったな」

 

 昨晩、これまで抱えてきた心情を吐露したカイトを受け止め、ユキは涙を流す彼が落ち着くまでずっと付き添っていた。その後はソファに座って2人腰掛け、肩を寄せ合って眠りに落ちたのだが、その事をカイトは気恥ずかしそうに話す。

 

「カイトに限らず、誰だって辛いと感じる時はあるよ。前にも似たような事を言ったけど、そういう時は遠慮なく人を頼ればいいんじゃないかな? 口に出して話せば気持ちも少しは楽になるだろうし……。それに、ちょっとだけ良かったって思ったこともあるんだ。カイトってあんまり人に頼らないし、弱味を見せないでしょう? だから私を頼ってくれた時、それだけ信頼してくれているんだなぁって感じたんだ」

 

 山があれば谷もあり、平坦な道ばかりではなく、時には転がっている石に躓いて転ぶことも往々にしてあるだろう。だからこそ、人は誰もが孤独に生きていくことが出来ない。隣で支えてくれる友や愛する人と並び立ち、体験して得た喜怒哀楽を共有する。そんな風に心を許し、信頼できるパートナーがいる彼は、非常に幸せ者だ。

 

「私に出来ることならなんでも言ってね。器の大きいお姉さんがどーんと聞き入れるから」

「お姉さん? お子様の間違いじゃなくて?」

 

 誇らしげに胸を張る彼女に対し、カイトはおちょくるような口調と顔でユキを見やる。からかっているのを隠す気がないようだ。

 

「む? それは聞き捨てならない言葉だね。……そういえばカイトって今いくつ?」

「えーっと……12月で18になるな」

「えっ?」

「ん?」

 

 小さく驚愕の声を上げたユキにつられてか、カイトも似たような反応を返した。何か彼女の気に留まるような内容を口にしただろうか、と考えてはみたものの、ただ年齢を問われただけなので素直に答えただけだ。リアルに関する詮索は一応タブーとされているが、問うてきた相手がユキならば、別段教えることに抵抗はない。

 

「えっと……年上だったんだね」

「…………その口ぶりからなんとなく予想はできるけど、一応聴こうか。今まで年下だと思ってた?」

「うん。しっかりしてるなぁ〜とは思ってたけど……ほら、カイトって少し顔が幼気な感じがするというか……特に笑った時なんて年上だと思わせないかわいさを秘めているというか……」

「かわいくないし秘めてもねぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第49層主街区《ミュージエン》の中央に鎮座する巨木。

 そしてその近くに設置されている木製のベンチこそ、カイトがこれから会う女性との待ち合わせ場所だった。

 ベンチに腰かけるカイトの眼前にあるのは、今は見上げるほどの大きな背丈が特徴でしかない巨木だが、12月に入れば装飾が施され、街の観光スポットとしてその存在を普段よりもさらに主張するだろう。「巨大な木」が「巨大なクリスマスツリー」へと呼び名を変えるまで、あと1ヶ月弱に迫っていた。

 

 この世界に来てから2度目のクリスマスを迎える頃、ツリーを目印にユキと待ち合わせたのが懐かしく、カイトはぼんやりと当時の様子を思い出す。お互いがお互いにプレゼントを用意して渡し合い、急かす彼女の後ろをついて店をまわったのが1年前の出来事だ。受け取った物はインゴットを経て新たな武器に形を変えたが、魂はそのまま受け継がれ、所有者の良き相棒で在り続けている。

 そしてその頃は自覚こそなかったが、今ではハッキリと断言できる。

 あの頃の自分は既に彼女へ好意を寄せていたのだ、と。

 なんとも表現しがたかったモヤモヤの正体こそ、『恋をしている』ことの証明だったのだ、と。

 

(今年は何を渡そうか……)

 

 アインクラッドで過ごすクリスマスも、これで3度目になろうとしていた。まだ早い気もするが、彼女に渡すプレゼントの内容を決め、物によっては早急に準備に取り掛かる必要がある。当日に間に合わなかったという事態だけは、なんとしても避けたい。

 どうせなら本人にとって予想外の代物が望ましいが、いざ考えると中々浮かばないのが現状だ。本人にそれとなく聴くのもありだが、万が一勘付かれるのを考え、ここはアスナに協力を要請してみるのも1つの手段だろう。彼女が二つ返事で引き受けてくれる様子が、容易に脳内で想像できた。

 

(結婚……か……)

 

 アスナの名が浮かんだ所で、最近キリトと結婚したのを思い出した。暫く攻略から離れて休暇を取っているとユキから聞いたが、きっと今もどこかの階層で仲睦まじく過ごしているのだろう。当初は驚きこそしたが、心の何処かで妙に納得できたのは、2人の間柄を間近で見てきたカイトだからこそだ。結婚して以降は会っていないので、手土産の1つでも持って行くとしよう等と、アスナに協力要請で会うための口実を作る。

 2人の結婚に関連し、カイトは左手の薬指を見つめた。結婚というからには、キリトとアスナの指には婚約の証である指輪がはめられているに違いない。当然、誰とも婚約していないカイトに指輪はありはしないが、もしもここにはめるのであれば、それは一体誰と一緒の指輪でありたいか……というのは、最早言うまでもない。

 

「指輪っていう手もありかなぁ?」

「指輪がなんだっテ?」

「うおぉっっっっ!!!?」

 

 素っ頓狂な声を荒げたカイトは、思わずその場で飛び跳ねる勢いだった。

 

「いや、何もそこまで驚かなくてもいいんじゃないカ?」

 

 考え事に集中しすぎたため、アルゴが隣に座っているのに気付かなかったらしい。カイトの驚き様は、間違いなく心臓が脈を打つレベルだった。

 

「いきなり話しかけるなよ! ビックリするだろっ!!」

「え〜? オレっち、普通に声をかけただけなのにナ〜」

 

 別に責められる言われはないと主張するアルゴは、口をすぼめて不満を露わにした。終いには目と口を細めて「オレっち悪くないも〜ン」と、不貞腐(ふてくさ)れる始末だ。

 

「それにしても、こっちの心配をよそにふらりと出掛けて何食わぬ顔で戻ってくるとは、まるで猫みたいだナ。ま、オレっちはカー坊の飼い主ってわけじゃあないけど、やんちゃ坊主は今まで何処をほっつき歩いていたのかナ?」

「いや、まあ……色々と考えることがありまして……。というか、怒ってる?」

「まっさか! 器の大きなオネーサンはこれしきの事でヘソを曲げたりしないヨ。ただ、流石に皮肉めいた言葉ぐらいは言いたくなるかナ〜?」

「ご、ごめんさない……」

 

 いたたまれない気持ちが大きくなるのに比例して、カイトの身体が縮こまる。そんな彼の反応を見たアルゴはイジメるのを止め、左手の指先を立ててカイトのおでこを軽く小突いた。

 

「ま、その様子なら何も問題はなさそうだが、急に連絡が取れなくなるなんて今後はやめてくレ。周りの人間に対して無闇やたらと心配の種をばら撒くのは、カー坊自身にとっても望むことではないだろウ?」

「そりゃあ、まあ……反省してます。ごめん」

「 うむ、わかってくれているなら、よろしイ。だが謝罪の言葉だけで終わらすんじゃなく、カー坊には馬車馬の如く労働の汗を流してもらおうカ」

「…………は?」

 

 そう言うや否や、アルゴの指先が指揮棒(タクト)を振るかのように宙を走ると、続々とカイトにメッセージが届いた。ぎょっとして目を丸くしつつ、恐る恐る文章に目を通すと、そこには初めて見る依頼の内容が記されていた。2件目、3件目も同様であり、彼女が送りつけているメッセージの全ては、この1週間で溜め込んだ依頼であると彼は察する。

 

「さて、取り敢えず長期休暇の間に溜まった仕事を(さば)こうカ。起きてる間は労働の義務を果たしてもらうから、暫く休む暇はないと思ってくれヨ」

「いや、幾らなんでもこれは多い気が……というか、別に休んでたわけじゃ――」

「問答無用。カー坊不在の影響が祟って、オレっちも色々と苦労したから、今度はそっちに苦労してもらウ。何も連絡を寄越さないで職務を放棄するのは、社会人として非常識だヨ」

 

 彼の言い分をバッサリと切り捨てたアルゴは、どうやら話を聞く気がないらしい。

 

「オレのリアルは未成年で学生だ。…………ん? ちょっと待て。アルゴって社会人なのか?」

「ノーコメント。レディーに年齢を尋ねるのは広く知れ渡ってるタブーだゾ」

「社会人かどうかは直接年齢を尋ねてるわけじゃないだろ。セーフだ、セーフ」

「おっ、カー坊も言うようになったじゃないカ!」

 

 続けて聞こえたのは、鼠娘の軽快な笑い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルゴの宣言通り馬車馬の如く働かせられたカイトは、心身ともに――仮想世界なのだから、厳密には『心』だけだが――疲労感で満たされていた。数件の依頼を果たし、残りはまた明日ということで今日の分は打ち止め。重い足取りで帰路につこうとしたところで、唐突にユキからのメッセージが届いた。

 

『早く帰っておいで〜』

 

 メッセージ受信後、即座に返信したカイトは、世話になろうと考えていた《エギル雑貨店》へと向かう足先を変え、転移門からユキの家に寄り道せず歩を進めた。

 重くなっていた足取りが不思議と軽くなり、予想よりも早くに彼女の家へとたどり着いた。家の鍵を持っていない彼は扉の前に立ち、中のいるはずの家主に戻ってきた旨を知らせるため、拳を握って軽いノックをする。その数秒後、家の扉が家主の心情とリンクして軽快に開き、玄関で満面の笑みを浮かべたユキが彼の訪れを出迎えた。

 

「おかえり〜!」

「ただい、ま……?」

 

 かつて共に行動していた時と同じで自分の帰りを迎えてくれた彼女の言葉に、カイトは戸惑いながらもどこか懐かしい感覚に見舞われた。キリトがギルドに加入してからの短い期間ではあったが、ソロプレイヤーとして活動していた時にはあり得ない、帰りを待ってくれる人がいるという事と、人の温かさに触れられるという幸せを今一度認識し、彼は一歩を踏み出してユキの家に入った。

 

「お風呂はすぐにでも入れるからね〜」

 

 ユキはリビングへ向かっていた足を止めて振り向きざまにそう告げると、そそくさと奥に行ってしまった。

 状況(シチュエーション)だけみて考えれば、やりとりの内容は如何にも新婚の夫婦が交わす会話だ。確かにお互いがお互いを好いているのでそう勘違いしてもおかしくないが、2人はキリトとアスナのように結婚しているわけではない。考えすぎ、意識しすぎと言われればそれまでだが、そう思わざるを得なかった。

 

 ユキの後を追うようにしてリビングに入ると、彼女が用意してくれた湯船に浸かるため、一言だけ告げてそのままバスルームに向かった。ドアを閉めて装備を全て解除し、浴槽に浸かる前にまずは頭を洗い始める。風呂イスに座り、シャワーノズルから1日の疲れを癒す温かいお湯を浴びていると――。

 

「お邪魔しまーす」

 

 ――ガチャっ、という扉の開閉音の後に声が聞こえた瞬間、カイトは頭を洗っていた両手の動きを止めた。刹那の間に空耳かと疑ったが、どうやら聞き間違いではなかったらしく、今度は先程よりもはっきりと彼の聴覚を揺らす。

 

「背中、流そうか?」

 

 両目を瞑っているため視認は出来ないが、2回も聞けば間違えるはずもない。声は確かにユキのものだ。彼の顔が仄かに熱を帯び始める。

 

「はっ!? いや、ちょっ、待っ…………いいって、それぐらい自分で――」

「遠慮しなくていいのに」

 

 慌てふためくカイトを無視し、ユキはそのままバスルームに足を踏み入れ、ドアを閉めた。湯船から延々と沸き上がる湯気に満たされた浴室で、1組の男女が同じ空間を共有している構図の完成だ。

 そして彼女が入ってきてから今に至るまで、カイトの内側から発生している熱が冷める様子はなく、寧ろ上昇し続ける始末だ。浴室とは身体を洗うための場所であり、ここに入るということは、十中八九装備品を始めその下に着ている衣類も脱いでいる状態のはずである。今のカイトがまさしくその状態だが、そう考えると彼女もまた同様に――――というところで自制心が働き、脳内で想像しかけた彼女の姿にフィルターをかけて自主規制した。

 

「……なんか念入りに洗うね。カイトって潔癖性だったっけ?」

「別に違うけど……い、今から流そうと思ってたんだよ」

 

 必然的に目を閉じている状況を継続するため、頭髪を洗う時間を意図的にいつもより長くしていたが、時間稼ぎはどうやらここまでらしい。観念した彼はシャワーノズルを手にとり、泡を洗い流した。

 

「それじゃあ……お願いします」

「任されたー」

 

 軽やかに返事をしたユキはカイトの背中にタオルを押し当て、ゴシゴシと力を込めて洗い始めた。鼻歌交じりでご機嫌な彼女に対し、カイトの胸中は穏やかではない。

 

(なんでこんな平然としてるんだ? もしかしてオレの感覚がおかしい?)

 

 ここまでくると自分の常識が間違っているのではないかと疑念を抱き始めたが、彼女が平然としている理由を説明できる1つの可能性が閃いた。おそるおそる、背中越しに尋ねてみる。

 

「なあ……ユキ」

「んー?」

「もしかして……水着とか着てる?」

「うん。そうだよ」

 

 答えが返ってくるや否や、両目を開けて肩越しに彼女を見やると、確かに水着姿のユキがそこにはいた。真夏の海水浴場で見たものとは別の、真っ白なビキニだ。

 答えがわかってしまうと火照っていた身体は一気に冷め、安定したいつもの状態に戻った――――が、今度はユキから疑問を投げかけられたため、微弱ではあるが再熱する。

 

「なんでそんな事きくの?」

「えっ!? いや、別に深い意味は……」

 

 ない、と言いかけて口ごもり、先ほど脳内フィルターで自主規制した彼女の姿を再度想像してしまう。水着姿のユキをつい今しがた見たため、補正をかけてイメージを固定するのは容易だった。自分でもわかるぐらい、前よりも顔が熱を帯びてしまう。

 そして良くも悪くもSAOの感情表現はオーバー気味であるため、カイトの心境を検知したシステムは『顔から湯気を出す』という選択をした。いらぬお節介というべきか、正面から顔を覗かなくてもその様子は手に取るようにわかるため、ユキはカイトの状態と先の発言から数秒の考える間を要して答えにたどり着く。今度はユキの顔が赤くなる番だった。

 

「ばっ、バカッ!! 幾らなんでもそれは……そんな大胆な事するわけないでしょっ!!!!」

「状況的に考えて健全な男子高校生ならそう思うに決まってるだろ!! あらかじめ何も言わずいきなり風呂場に来られたら、誰だって――――」

 

 必死に弁明という名の言い訳を機関銃の如く発射しているカイトだが、その一方でユキは頬を朱色に染めつつ、アスナの《リニアー》に勝るとも劣らぬ鋭い視線を彼に突き刺した。

 

 

 

 

 

 浴室での一件はどうにか終息し、1日の終わりを迎えようとしている2人は就寝準備に入った。時期的に夜間は肌寒くなりつつあるが、家の中は完全に外気が遮断されているため、室内は暖かく保たれている。故に部屋の暖かさも相まって睡魔が発生し、カイトが眠た気に目を擦っていると、不意にユキが声をかけた。

 

「ねえ、カイト」

「ん?」

 

 彼女のいる方向にカイトが顔を向けると、右腕を伸ばしているユキの姿が彼の瞳に映った。伸ばした右手の掌は大きく開かれているが、その上には小さな金属製の物体が置かれており、これは何かと目を凝らす。

 

「……鍵?」

 

 銀白色に輝き、凹凸のある10センチに満たない鍵。別にクエストのキーアイテムであったり、宝箱の開錠に必要なアイテムというわけでもない、ただただ普通の鍵だ。

 

「そう、この家の合鍵。これはあくまで私からの提案なんだけど……もし良かったらここで一緒に暮らさない?」

「えっ? ……急になんで?」

「ここを私たちの帰る場所にしようかな、と思って。私ね、この家を結構気に入ってるんだけど、当然暮らしているのは私1人だから、クタクタに疲れて帰っても、部屋の中が寂しいんだ。だからこそ、自分の帰りを待ってくれる人がいるのはすごく幸せなんだって気付いたの。それで私の我が儘も入るんだけど、カイトがここに住んでくれると、それだけでここに帰るのが楽しみになるというか……楽しい事や辛い事があったら、その日の出来事を話したりして、また昔みたいにたくさん時間を共有できたらなぁ〜、なんて…………どう、かな?」

 

 下から顔を覗き込むようにして、おそるおそるユキは尋ねてきた。カイトが『快く承諾してくれるであろう』という期待と『断られるかもしれない』という不安が入り混じり、それは彼女の表情にはっきりと表れる。

 様々な言い方があるかもしれないが、彼女の切り出した話は、いわば同棲の申し出と捉えて良いだろう。自分が信頼し、尊敬し、そして最も愛する人と共に過ごす時間が今よりも増えるのならば、カイトに断る理由はない。彼はユキの掌に乗っている小さな鍵を指先でそっと掴み、一言――。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……。()()()()()()()

 

 ――とだけ告げた。

 この時、彼女の顔が破顔したのは言うまでもない。

 




第6章終了です。次の話から第7章へと移ります。

そして現在、この作品の今後についていくつか候補を挙げていますが、その中のどれにするかはまだ未定……考え中です。第7章が終わる前には流石に決めますが……。
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