ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第52話 剣の使い手と骸骨の刈り手(後編)

 

 無我夢中。

 一心不乱。

 聞きなれた四字熟語であると同時に、辞書にのっている一言一句とまでいかずとも、多くの人がこれらの言葉の意味を理解しているだろう。『何か1つの物事に集中する、あるいは熱中する』といった回答を思い浮かべるだろうが、その認識で間違いはない。

 だが、その意味を真に理解できている人を探したとすれば、おそらく絶対数は急激に減少するに違いない。勉強、スポーツといった世界に存在する数多のジャンルから1つを選択し、それに心血を注いだ者であれば、この4文字に込められた言霊の重みを実感できるだろう。

 あるいは今の彼らのように、たった1枚しかない命のチップを賭けたギリギリの応酬をしている状況でなければ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (よわい)17のカイトは、現実であれば遭遇することのない命のやり取りを繰り広げていた。2年前のあの日から鉄の城に幽閉されて以来、一体何度目になるのか思い返して数えるのも億劫だが、現在進行形で織り成す死の舞踏は、間違いなく過去最悪のものだと認めざるを得ない。

 

「次、くるよ!」

 

 並び立つユキの言い放った鋭い声が鼓膜を刺激したため、カイトは迎え撃つための動作に入る。彼女が警戒を促したのは、ボスの行動を読みとって次にくる攻撃に備えるためだ。

 依然として猛威を振るっているスカルリーパーが突如その巨躯をぐっと縮めたかと思いきや、大きくその場で回転し、自身の周囲360度を鎌と尾針で薙ぎ払った。予備動作が非常にわかりやすい反面、攻撃へ移行するまでの時間が短いため、運悪くソードスキルの技後硬直(スキルディレイ)を課せられている最中だった場合、直撃は必須。そうでなければ盾で防ぐ、距離を取る、あるいは――。

 

『せやあぁぁぁああ!!!!』

 

 カイト達のように回転するボスの鎌や尾針目掛け、タイミングを合わせてソードスキルを叩き込む方法がとられる。

 ガキィン! という甲高い音と共に火花が散り、スカルリーパーの竜巻を連想させる攻撃は中断を余儀なくされた。加えてボスの攻撃を止めたボーナスとして、スカルリーパーは長めのディレイを課せられる。

 

全力攻撃(フルアタック)!」

『おおぉぉぉぉおお!!!!』

 

 チャンスとばかりに勢いづいたプレイヤー達は、各々が持つソードスキルをボスに叩き込んだ。色とりどりのライトエフェクトが煌いてカイトの眼を射ると同時に、スカルリーパーの巨躯を鮮やかに彩る。

 

「そろそろ動くよ! みんな離れて!」

 

 硬直していたボスが動き出す前にユキが声を張って注意喚起すると、ソードスキルの技後硬直(ポストモーション)から解放された者からその場を離れ、順次ボスの攻撃範囲外に逃れていく。全員が下がりきったところでスカルリーパーは復帰し、上体を持ち上げて天を仰ぎつつ、轟く雄叫びを上げた。

 

「……HP、あんまり減ってないね」

「……硬すぎだろ……」

 

 長い硬直を課せられる大技を意図的に避けたとはいえ、この場にいるほぼ全員のソードスキルを浴びた――――というのに、HPの減少幅は期待していたよりも少なかった。戦闘開始直後に防御力の高さはおおよそ判明していたものの、期待以上の成果をあげられなかったことに対し、カイトは肩を落とす。

 

 クリーンヒットでプレイヤーの命を刈りとってしまう攻撃力。

 渾身の剣技をものともせず、全てを跳ね除けてしまうような防御力。

 見た目とは裏腹に地を滑るようにして駆け、一気に懐まで迫る速力。

 

 スカルリーパーのステータスはこれまでのフロアボスの中でも群を抜いており、第75層――ラストクォーターポイント――を守護するに相応しいボスだった。

 戦闘開始当初はその強さに誰もが絶句し、カイト自身も『死』を強くイメージしてしまいそうになったが、キリト、アスナ、ヒースクリフといった攻略組でも指折りのトッププレイヤーが危険な役回りを自ら担い、必死に戦っているのだ。その姿を見たカイトが何も思わないはずがなく、彼らの勇姿に感化され、はるか彼方で待ち構えているゴールを目指して走る覚悟を決めた。だから、立ち止まっているつもりは毛頭ない。

 

 ――行けるか?

 ――うん

 

 口には出さず、瞳でお互いの思考を交わしたカイトとユキは小さく頷き合い、再びスカルリーパー目掛けて猛然と疾駆した。懐に滑り込み、隙の少ない単発剣技を見舞ってダメージを着実に蓄積させていく。

 そうしてカイト達が奮戦する傍ら、時折聞こえてくるガラスの破砕音は一向に止む気配はない。流石のカイトも普段と比べて手を差し伸べる余裕を持ち合わせておらず、《治療術》を他者に対して行使した回数は片手で収まるほどだ。救えるかもしれなかった命が1つ散る度に、歯痒い思いが彼の胸を貫いた。

 

(この状況を打破できるような、起死回生の一手でもあれば……)

 

 1分1秒でも早くこの戦いを終わらせたいがために生まれる、期待値の低い願望。ボスが今まで見せてきた一連の動作に不審点がないかの記憶を辿ってみるが、どれだけ思い返しても心に引っかかるものはなく、弱点らしい弱点もない。しかしボスが出現直後に繰り出した、大鎌による強烈な一撃で仲間を葬る光景だけは、はっきりと思い出すことができた。

 

(あの鎌がなければ、キリトの連続剣技で一気にHPを削れるだろうに……)

 

 スカルリーパーを象徴する武器――両手の骨鎌――を一瞥した、まさにその時だった。

 

 ――ピシッ……

 

 小さいが、確かにカイトの耳が捉えて聞いたのは、剣や岩といった硬質な物体に微細な亀裂が入った音だった。

 だがしかし、カイトの剣はいまだ十分な耐久値を有しているし、ユキを含めた他のプレイヤーの武器に亀裂が入ったような様子は見受けられない。武器の耐久値を削られて破壊直前までいったとすれば、持ち主はすぐに後退して予備の剣を取り出すはずだが、そんな行動をする者は1人としていないからだ。

 とはいえ勘違いで切り捨てる訳にもいかず、カイトは音の発生源が何処かを探り始めたのだが、それはすぐに判明した。

 

(……あれか!)

 

 つい先ほど一瞥したスカルリーパーの骨鎌――――左の鎌に目を凝らすと、中心部分には確かなヒビが入っている。おそらくはキリトとアスナが鎌をいなす際、躱すだけでなく剣を打ち込んでいたため、鎌自体にダメージが蓄積されていったのだろう。

 そして亀裂が出来るということは、ボスの両鎌は破壊可能ということを示唆している。プレイヤーの身体の一部を傷付ける、あるいは切断することで《部位欠損》が発生するように、モンスターに対しても同様の現象を引き起こすことが可能だ。

 その結論へと即座に至ったカイトは、行動を開始。まずはユキにアイコンタクトで一時後退の合図をすると、彼女は訝しげな顔をしつつ、頷くことで了承の意を示す。タイミングを見計らった2人は後退し、ボスの攻撃を受けない距離を十分すぎるほど確保した。

 

「どうしたの?」

 

 少女の疑問に答えるため、カイトは思い至った考えを手短に口にする。

 

「ボスの鎌を壊す。協力してくれ」

「え?」

「あいつの武器は、どうも破壊可能らしいんだ。片方だけでも無力化できればキリト達の負担も軽くなるし、戦況はきっとプレイヤー側に傾く。キリト達とスイッチしたら、ユキのソードスキルでチャンスを作ってくれ。そのあとはオレに任せてほしい」

「…………上手く、できるかな?」

「できるさ」

 

 問いかけに対して即答した力強い言葉の中に、ユキは絶対の自信を垣間見たと共に、不思議と自信が満ち溢れてきた。別に単独で赴くわけではない。傍らには頼りにできる存在がいるのだから、迷う必要など最初から微塵もないのだ。

 

 決意を新たに固めた2人が駆け出したのは、それから間もなくのことだった。

 

 周囲の景色を置き去りにして風の如く疾駆し、猛威と狂気を振り撒く忌々しい骸骨百足に接近する。黒と白の剣士が鎌を躱してソードスキルを叩き込む直前、カイトは声を大にして叫んだ。

 

『スイッチ!』

 

 事前に打ち合わせたわけでもない、突然の指示――――にも関わらず、2人は知っていたかのように、迷うことなく凶刃の相手をカイト達に任せた。キリトとアスナは下がり、カイトとユキは足を止めずに前へと進む。体制を立て直したスカルリーパーは新しい敵をその眼窩で睨みつけると、両の骨鎌を大きく振りかぶった。眼前のカイト達を切り裂かんと、左右から鋭利な刃が風を切って挟みこもうとする。

 しかし、万全な状態で迎撃体制をとっていたユキが、待機状態のソードスキルを惜しげもなく解放した。ライトブルーの光を瞬かせながら、流麗な2連撃ソードスキルで左の骨鎌を苦もなく捌く。

 一方カイトに迫っていた左の鎌は、状況を察したヒースクリフが十字盾を構えてその進行を阻んだため、こちらも敢えなく攻撃が阻止された。心強いサポートを受けたカイトの歩みは止まることなく、心の中で礼を述べると、滑らかな動きで剣を上段に構える。淡く仄かな光は輝きを増し、刀身の全てを包み込んで強く、強く発光した。

 ギリギリまで引き絞った腕を鞭のようにしならせ、カイトはこれから繰り出すソードスキルの一撃目――上段からの垂直斬り――を見舞う。狙うは左鎌のヒビがある部分、そこだけだ。

 

「ぜああぁぁぁぁああ!!!!」

 

 彼の使用できるソードスキル中で最高連撃数と威力を誇る、治療術最上位剣技《ソウル・イーター》が発動した。上から下に刃が流れると、今度は下から上へと同じ軌道をなぞる。上段に戻った剣は右に流れ、右から左、次いで手首を素早く返して左から右への水平切り。勢いを殺さずに身体を回転させると、剣を肩に担いで斜めからの切り下ろしが炸裂した。高速の剣技は寸分違わずカイトの狙い通りの場所に打ち込まれ、クリティカルヒット特有のライトエフェクトが彼の双眸を射抜く。そして剣技を重ねれば重ねるほど、鎌に入ったヒビは徐々に拡大していった。

 

(……まだだ。まだ足りない)

 

 着実にダメージは蓄積されているが、このままだと破壊にこぎつけるのは難しいと判断し、カイトはより一層剣に意識を集中させた。剣は身体の一部であると意識し、これまで以上に身体の捻りや踏み込み、指先にまで神経を尖らせると、攻撃速度、威力のブーストを図る。

 

(もっと……もっとだ……)

 

 頭の奥底を針で刺されたかのような鋭い痛みが走ったが、構わずソードスキルは続く。一撃入れる度に光の明度が増し、緑色の燐光は空中に軌跡を描いてスカルリーパーを切りつけた。

 すると、《ソウル・イーター》の連撃数が折り返しになったところで、唐突にカイトは不思議な感覚に陥った。目の前のボスの動きも、遠くで剣を振るっているプレイヤーの姿も、手に取るようによく見える。加えて周囲の動きがやたらと(のろ)く感じる一方、自分はいつものスピードで動いているのだ。まるで同じ空間にいながら自分だけ時間の概念に囚われておらず、意識が加速し、世界を置き去りにしているようだと感じた。急速に拡張された視野はボスの一挙手一投足を捉え続けつつ、当初の狙いを剣で切りつける。

 

「喰らい……つくせっ!!!!」

 

 《ソウル・イーター》最後の攻撃である、大上段からの剣撃。持てる力を余すことなく剣に込めると、ありったけの力で振り下ろした。剣と鎌が接触した瞬間、雷鳴にも似た音が場に轟き、骨鎌のヒビが鎌全体に拡がる。その直後根元から切っ先まで粉々に砕けた時、心なしかスカルリーパーの眼窩が驚愕のあまり拡張した気がした。

 ボスの持つ最大の武器を文字通り無力化し、カイトは口角を吊り上げた。最上位剣技故に長い硬直時間をボスの眼前で課せられてしまうが、右の鎌はヒースクリフが防いでおり、尾針はどう足掻いても届くことはないため、スカルリーパーが自分を傷付ける術を持ち合わせていないと考えていた…………が、ここにきてボスは新しい攻撃手段を用いてきた。

 鎌や尾針で逆襲できないと判断したスカルリーパーは、突如としてアギトを目一杯開いたのだ。立ち尽くすことしか出来ないカイトを強靭な顎で噛み砕こうと、顔を突き出す。

 予想外の行動にカイトの心臓は高く跳ね上がったが、心の平穏を取り戻す時間は本人も驚くほどに早く、同時に確信もした。これがスカルリーパー最後の攻撃になるだろう、と――――。

 

 スカルリーパーのアギトが手の届く位置にまで接近し、あと半秒で餌食になるであろうという瞬間、カイトの右横をすり抜け、固く握った左拳でユキはアッパーカットを繰り出した。下からすくい上げるようにして繰り出すことで相手を浮かせる効果を持つため、連続攻撃の始動技として重宝される、使い勝手の良いソードスキル。

 

 それこそが、体術単発ソードスキル《浮雲(ウキグモ)》だ。

 

 ボスの顎を凄まじい勢いで殴打した少女は腕を高く振り上げると、スカルリーパーは上体を大きく仰け反らせるだけにとどまらず、フロアから数センチだけ足を離して宙に浮き上がった。小柄な少女が拳一つで自身の数倍もある骸骨百足を浮かせる構図は、ゲームの中ならではの光景であり、中々に迫力がある。仰け反ったボスは強制的に天を仰ぐようにして視点を固定され、ディレイを課せられる。さぁどうぞ打ってくださいと言わんばかりの無防備な状態となった。

 それはこれまで以上の好機であり、スカルリーパー最大の隙。千載一遇のチャンスがようやく巡ってきた……が、カイトは未だソードスキル使用後に課せられる硬直の最中にいるため、足は地に根を張り、身体はセメントで固めたかのように動かない。今の彼にできることは、ただじっとボスの動向を観察することだけだ。

 

(おいしいところはみんなに譲るよ。あとは頼んだ……)

 

 内心で呟いた彼の言葉を読み取ったかのように、ヒースクリフが突撃の合図を叫ぶ。カイトを除くプレイヤー全員が総攻撃(フルアタック)を開始すると、至る所で(きら)びやかな光がボス部屋を彩り始めた。

 

 身の丈以上の斧を振り回し、大上段からの重攻撃を放つ、エギルの両手斧ソードスキルが。

 毅然とした中腰の構えから疾駆して水平軌道の斬撃を始動とする、クラインのカタナソードスキルが。

 クリムゾンレッドのライトエフェクトを騎士剣に宿し、10以上にも及ぶ連撃数を誇る、ヒースクリフの神聖剣ソードスキルが。

 流麗な舞踏を思わせつつ、目に止まらぬ速さで空間を切り裂きながら繰り出す、ユキの短剣ソードスキルが。

 純白の光芒を剣に纏わせ、自らが光の槍となって彗星の如きスピードで飛翔する、アスナの細剣ソードスキルが。

 

 カイトの見知った人物達は各々の持つ最上位剣技を繰り出し、レッドゾーンに突入しているスカルリーパーのHPをさらに削る。

 

 ――そして――

 

 その中でも一際輝く光を纏っている人物は、溜め込んだ力を一気に放出させ、裂帛の気合いと共に最速最高の剣技を解き放った。

 

「うおぉぉぉおおぉぉ!!!!」

 

 攻略組随一の火力かつ最高連撃数を誇るのは、《黒の剣士》の二刀流。二刀の剣筋を読むのは困難で、視認できるのは剣の通り過ぎた道筋を示す光の軌跡のみ。絢爛の太刀は止むことを知らず、太陽コロナのごとく全方向からスカルリーパーの巨躯に剣尖を浴びせかけた。

 

 二刀流最上位剣技《ジ・イクリプス》。

 

 おそろしく高い防御力をもつはずのボスだが、斬撃が一太刀入る度にHPが目に見えて減少する。二十七という驚異的な連続剣技は、強く、速く、それでいて美しかった。そしてもっと速くと願うキリトの心を反映し、《ジ・イクリプス》は加速を続けて神速の域に達すると、二刀はこれまで以上に疾り、閃き、荒々しく吼える。止まらない、止められない。

 圧倒的破壊力を見せつけるキリトは、いよいよ最後の攻撃である左の直突きを繰り出した。剣先はスカルリーパーの身体に向かって進み、敵に重い衝撃を加える。

 

 トドメをさすために放ったキリトの最上位剣技が決め手となったのか、あれだけ削るのに苦労したスカルリーパーのHPがとうとうゼロになった。ボスは上体を捻って苦痛に満ちた叫びをあげると、次の瞬間には体躯の内側から発光し始め、最後に大量のポリゴン片を爆散。ポリゴン片はキラキラと輝きながら空中を舞うと、音もなく溶けて消えていく。カイトが戦闘終了を認識して地面に座り込んだのは、そこからさらに数秒を要した。

 

「――ぶはあっ!」

 

 緊張のあまり息をするのも忘れ、肺に溜め込んだ空気を一気に吐き出す。カイトは全身の力を抜いてその場に座り込むと、遥か彼方に見える天頂を見上げた。すると視線の先でプレイヤーの勝利を祝う、無機質なシステムの賞賛ともいえる文字が浮かび上がった。

 ぼうっと遠い目でその文字を眺めていると、彼の肩に若干の重みがかかる。肩越しに振り返ると、そこには死力を尽くして疲れ果てたユキが、カイトの肩に頭を預けている姿があった。

 

「……勝ったんだよね?」

「あぁ、勝ったよ」

「私たち、生き残れたんだね……」

「うん、生き残れた」

「……良かった」

「お疲れ様。……ありがとう」

 

 そう言ってカイトはユキの右手にそっと手を重ねた。

 





今章も折り返し。残り2話+番外編を予定しています。
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