ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第53話 魔王ヘズと英雄バルドル

 

「何人殺られた……?」

 

 カイトはぐったりと力なく地面に座り込んでいたが、ふと頭に浮かんだ疑問が口をついて出た。

 最初の頃は頭の片隅で人数を数えていたが、5人を越えた辺りから正確な数字の把握を諦めていた。途中からそんな余裕がなくなったというのもあるが、何よりも人数が増える度に自分の気がおかしくなりそうで、無意識に諦めて遠ざけていたのかもしれない。

 

「……10人、殺られた……」

「嘘、だろ……?」

 

 戦闘開始前と現在のレイドメンバーを照らし合わせたキリトが、一瞬の躊躇いの後に残酷な真実を告げる。厳選された攻略組の精鋭達である筈だが、それでも10人という多大な犠牲者を生み出す結果となってしまった。攻略すべき階層はまだ4分の1程残っているというのに、こんな状態では先が思いやられてしまう。ボス戦前の士気は見る影もなく、絶望で上書きされた皆の心は意気消沈しており、カイトとユキもその例には漏れていない。

 

「ヒール……」

 

 レッドゾーンにまで減少していたHPを横目で見やり、カイトは何の気なしに自身の体力を全快させた。この世界で規定された命の残量は鮮やかな緑色に染まり、同時にバーは右端まで持ち上げられるが、気持ちは沈んだまま持ち上がらず、すり減った神経までは回復できない。集中力が途切れた影響なのか、疲労感がどっと押し寄せてきた。

 周囲を見渡したところ、どうやら他のプレイヤーも彼と同じ様子で、中にはエギルのように床で大の字になって寝転がっている者もいる。ほとんどの者がHPを真っ赤に染めている光景は、それだけ戦況の厳しさを物語っている表れであった。

 そんな中、ただ一人HPが半分を割らず、地面に座り込むことなく背筋を伸ばして毅然とした姿勢を維持している者がいた。剣先を地面に突き立てているヒースクリフの様子は、驚くほど普段と遜色ない。

 

(頼もしいを通り越して恐ろしいよ……)

 

 ユニークスキルを持つキリトとカイトでさえ、息継ぎを忘れるほどギリギリの攻防を強いられていたというのに、疲れた様子も見せずにいる彼の姿は、最早異常と言っていい。《二刀流》も《治療術》も一般のプレイヤーからすれば反則級の性能だが、《神聖剣》はもしかするとその上をいくのではないか、等と思わざるを得なかった。

 

(もういっその事、フロアボス戦はヒースクリフ1人に任せていいんじゃないか?)

 

 ――などとは口にせず、胸の内だけで留めておく。冗談ではあるが、冗談で済みそうにないのが尚恐ろしい。

 《聖騎士》の堂々とした出で立ちをぼんやり眺めていると、カイトの視覚外からペールブルーの光を帯びた剣尖を突き立て、フロアを滑るようにキリトが疾駆した。異変に気付いたカイトが彼を見やると、キリトの繰り出した《レイジスパイク》は、迷うことなくヒースクリフへと突き進む。

 一方、完全に虚をついていたにも関わらず、ヒースクリフはやや遅れてキリトの突進技に反応した。身体を守るため、十字盾を前にかざすその反応速度は流石というべきだが、その動きをあらかじめ読んでいたとでも言わんばかりに、キリトは切っ先を鋭角に逸らして剣と盾が衝突するのを回避。わずかな間隙(かんげき)をぬって盾をすり抜けたら、あとはヒースクリフの無防備な身体に剣が刺さるのみ。

 

 ――ガキイィィン!!

「なっ……!?」

 

 カイトの立てた予測は、いとも容易く覆された。

 

 【Immortal Object】――――システム的不死。

 キリトの《レイジスパイク》はヒースクリフの前に突如現れた紫色の障壁に阻まれ、燐光を虚しく消散させる。その光景にカイトは驚愕の色を浮かべるが、普段は滅多に動じないヒースクリフでさえ、その表情は驚きに満ちている。それは自らの意思に反して現れた障壁に対してなのか、あるいは別の意味を含んでいるのか。

 

「どういう……?」

「……簡単なことさ」

 

 この場の全員が抱いている疑問をカイトが代弁し、キリトがそれに答える。

 

「こいつはオレ達一般のプレイヤーとは一線を画す存在だからだ。βテスター? それともチーター? ……いや、そんな生温いもんじゃない。もっと上、このゲームのシステムに介入することが出来るような存在……つまり、アーガススタッフ。……さらに言えば、《ソードアート・オンライン》を一から想像した、この世界の創造神と呼ぶべき存在。…………そうだろう? 茅場晶彦」

 

 茅場晶彦――――その名を聞くのは、実に2年ぶりだった。

 幼い頃から思い描いていた空に浮かぶ鉄の城を創造し、約1万人のプレイヤーを幽閉した天才プログラマー。あの日、《はじまりの街》で高らかにデスゲーム開始を宣言して以降、プレイヤーの前には一切姿を見せていないと思い込んでいたが、その認識は誤りだったらしい。彼はずっと、プレイヤー達の目の前にいたのだ。しかも攻略組と呼ばれるトッププレイヤーの頂点に君臨し、共に肩を並べて戦っていたというオマケ付きで。

 

「参考までに、どうしてそう思ったのか聞かせてもらえるかな?」

(否定はしないのかよ……)

 

 ヒースクリフ/茅場晶彦はキリトの言葉に狼狽する様子もなく、寧ろどこか楽しんでいるようにも見える。今の彼の言い方は、生徒の導き出した答えを採点しようとする教師のようだった。

 

「最初に違和感を覚えたのは、75層の《コリニア》で行ったデュエルの時。覚えているか? あの時、オレの放った最後の一撃を躱したあんたの動きは、人間の出せる限界スピードを超えていたよ。システムがあんたの動きについてこれずに身体がブレていたのは、間違いなくこの目で確認済みだ」

「そうか、やはりアレが原因か。あの時は君の気迫に圧倒されて、つい《オーバーアシスト》を使ってしまった」

 

 カイトとユキのデュエルが終了した直後、メインイベントとして行われたキリトとヒースクリフのデュエル。

 両者は激しい攻防を繰り広げ、ついにキリトの《スターバースト・ストリーム》最後の一撃がヒースクリフに届かんとした直後、ヒースクリフは盾で受け流し、無防備なキリトの背中に直突きを見舞って決着となったのは、記憶に新しい。どうやらその時、《オーバーアシスト》なるシステムの補助を受け、ヒースクリフは勝利を収めたのだろう。

 

「それからはずっと、オレはあんたに疑いの目を向けていた。そして今までの事を振り返ってみたら、おかしな点があるのに気付いたよ」

「ほう。それは何かな?」

「完璧すぎるんだよ、あんたは。それもかなり序盤から。プレイヤーとして完成されすぎてたんだ」

 

 キリトはこれまで誰にも話さなかった仮説を、ここぞとばかりに言い放つ。

 

「初めてあんたの戦い方を見た時、オレは驚いたね。ここまで洗練された動きの出来るプレイヤーがいるのか、と。ソードスキルの発動タイミングや繋ぎ、身体の運び方や動きに至るまで、SAOというVRゲームの枠に囚われず、仮想世界そのものに順応している人物なのだろうとさえ思った。……だけど、それもSAOの開発に携わっていた者だと考えれば納得だ。あんたはオレみたいなβテスターよりもっと、この世界に馴染んでいたんだから。《聖騎士》伝説の1ページでもある50層フロアボスを相手にたった1人で耐え抜いたのも、ボスの動きを理解していたからこそだろう?」

 

 SAOのゲームデザインは、茅場晶彦監修の下に行われていた。街の風景やゲームシステム、フィールドやダンジョンの構造といった至る所まで、彼の手で構築されている。無論、モンスターの行動パターンも例外ではない。

 

「でもその考えに至った時点では、『アーガススタッフの誰か』とまでしか考えてなかった。だけどついさっき、疲弊したオレ達を見ているあんたの目を見た時、非常に大胆な仮説が頭に舞い降りたんだ。あの目はプレイヤーを(いつく)しむ目じゃなく、遥か高みから見下ろす、まさしく神の表情だ。それを確かめるべく、結果によってはオレの立場が危ぶまれる賭けに挑んだんだが……オレの悪運もまだまだ捨てたもんじゃないらしいな」

 

 システム的不死という表示は、一般のプレイヤーではまずあり得ない。考えられるとすれば、NPCかシステム管理者だけだ。そしてNPCでないならば、この世界にいるシステム管理者は1人しか該当しない。

 

「2年前のあの日以降、あんたはどこで何をしているのか、ずっと疑問に思っていた。自分の構築した世界に1万人もの人間を閉じ込め、足掻くオレ達を観察しているのかもしれないとも思った。…………でも、その答えはよく考えなくてもわかるものだったよ。『他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない』……だよな」

「……全くもってその通りだよ、キリト君」

 

 そう言ってキリトは全てを話し終えた。

 そして地に伏せたままのプレイヤー全員を見渡すと、ヒースクリフは開口した。

 

「本当は95層で正体を明かすつもりだったのだが、随分と予定が繰り上がってしまった。……確かに私は茅場晶彦だ。同時に最上階の《紅玉宮》で君達を待つ、このゲームの最終ボス――――いわば魔王の役割を担う者でもある」

 

 眉を全く動かさずに言ってのけたが、その内容は恐ろしいものであった。

 ヒースクリフが茅場晶彦だというのも驚きだが、この場で正体が明かされず、着々と攻略を進めていたのならば、最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスに変貌してカイト達と対峙するシナリオだったらしい。

 

「趣味が悪いな……」

「そうかな? 中々に良いシナリオだと思うがね」

 

 カイトの呟きがヒースクリフの耳にまで届き、座り込んでいる彼を見ながら言い放つ。そしてそのまま言葉を紡いだ。

 

「さらに言えば、キリト君やカイト君の所有するユニークスキルは全10種存在し、魔王の存在が明かされた時点で全て解放される予定だった。カイト君の《治療術》をはじめとした幾つかは、予定を早めて解放したがね」

 

 ヒースクリフはカイトに向けていた顔を、再びキリトに向ける。

 

「習得条件は極めて厳しいが、不可能なレベルに設定した覚えはない。例えば《二刀流》スキルは全プレイヤー中、最大の反応速度を有するプレイヤーに付与され、その者が最終ボスの魔王を倒す勇者の役割を担う予定だった。……そして事実、君は私の正体を看破し、こうして目の前に立っているわけだが……ここは一つ、その功労に見合ったチャンスを与えようじゃないか。――――システムコマンド……」

 

 ヒースクリフはシステムメニューを呼び出さず、ボイスコマンドでシステムに指示を出した。何を口にしたのかカイトは聞き取れなかったが、その効果はすぐに表れる。

 この場にいるプレイヤーが1人ずつ、全身の力が抜けて跪きはじめた。エギルも、クラインも、アスナもユキも、何が起こったのかわからずに驚愕を露わにする。そしてカイトも同様に、全身の自由を奪われ、不意に膝から崩れ落ちた。

 数ある阻害効果(デバフ)の中でもモンスター戦においてプレイヤーを危機的状況に陥れ、かつその利便性の良さから犯罪者プレイヤーが多用するもの。その対策としてカイトは耐性スキルを完全習得(コンプリート)していたが、久しぶりに味わう感覚の正体を理解するのに、すこしだけ時間を要した。HPバーに緑色の枠が点滅する。

 

(《麻痺》……だと……?)

 

 状況を理解したカイトの次なる行動は早かった。遠ざかった体感覚を引き戻すため、ヒースクリフと同じようにボイスコマンドで消え去ろうとする。

 

「……キュア……」

 

 しかし、その効果が発揮されることはなかった。自由を束縛する忌々しい《麻痺》はいつまで経っても霧散せず、カイトの身体に留まり続ける。

 

「無駄だよ、カイト君。《治療術》をもってしても、この麻痺状態からは解放されない。カイト君が回復できてしまったら、君は他のプレイヤーの麻痺も回復させてしまうだろう? 邪魔が入っては興醒めだからね。……さて、キリト君」

 

 この場で唯一自由に動けるキリトは、地に伏したアスナに駆け寄り、膝をついて彼女の上体を起こしていたが、ヒースクリフの声に反応して視線をあげる。

 

「君には特別に、この場で魔王に挑む権利を与えようじゃないか。無論不死属性は解除し、《オーバーアシスト》も使用しない。君が勝てば、全プレイヤーはゲームクリアを待たずしてログアウト出来る。……どうかな? 中々好条件だと思うが……」

 

 つまりヒースクリフは管理者権限を行使せず、プレイヤーとして許される範囲で戦うと言っているのだ。唯一の脅威は《神聖剣》だが、キリトもユニークスキルの《二刀流》を所持しているため、条件は同じとみて良いだろう。勝敗を決するのは、プレイヤー個人が持つ技術に左右される。

 

「だめよ、キリト君。……これは、罠だわ」

「アスナの言う通りだよ。……今はまだ、その時じゃないよ」

 

 アスナとユキが揃ってキリトを引き止める。当然といえば当然だ。いくらキリトが攻略組で指折りの強者でも、相手は世界の創造主。上手い話には裏がある。

 

「確かにそうだな。……でも、ごめん。わかってはいるんだけど……オレはこいつが許せない」

 

 抱えていたアスナの上体をゆっくり地面に下ろし、立ち上がってヒースクリフを真っ直ぐ見る。その瞳には覚悟を宿しており、きっと誰が引き止めてもその決心は揺るがないだろう。

 

「オレがこの場であんたを倒す。さっさと始めようぜ、ヒースクリフ」

「いいのかね? 私としては君の身を案じている仲間に、最後の言葉を言う時間ぐらいは与えても良いと思っているのだが……」

「死ぬつもりはないし、別に最後ってわけじゃない。これが終われば、向こうでいくらでも話せるんだからな。……だけどもし、もしもオレが死んだ場合、少しの間、アスナが自殺しないように取り計らってくれ」

「ふむ……よかろう。彼女は《セルムブルグ》から出られないように設定する」

 

 直後にアスナの悲痛な叫びが木霊するが、キリトはそれを無視して背中に背負っている2本の愛剣を抜く。同じくヒースクリフも十字盾から騎士剣を抜き、左手でなにやら操作をし出した。すると両者のHPバーが危険域(レッドゾーン)ギリギリ手前で固定される。ソードスキルを一撃でも喰らえば、たちまちゼロになる量だった。

 この戦闘はデュエルではない。よって開始の合図を知らせるカウントも表示されない。この後の未来を決める戦いは、キリトの初動を合図に始まった。

 

(こっの……大馬鹿野郎!)

 

 依然として跪いているカイトは、右手で拳を形作り、顔を伏せて苦悶の表情になった。何も出来ずに見ているだけしか出来ない自分に嫌気がさし、キリトに投げ掛ける言葉を見つけられず、全てを彼に背負わせてしまったことが嫌で堪らなかった。今のキリトが背負っているのは全プレイヤーの命運ともいえるが、それはあまりにも重過ぎる。

 

(なにが《治療術》だ……。今機能しなかったら、なんの意味もないじゃないか)

 

 システムの命令をはね除ける術を模索するが、《治療術》による解毒が出来ないのならば、通常の回復手段もおそらくは意味を持たない。なす術なし、打つ手なしとは、まさにこの事だ。

 

 カイトが思い悩んでいるとはいざ知らず、キリトとヒースクリフの戦闘は着々と進む。二刀による猛攻を防ぎ、受け流すヒースクリフの表情からはなにも読み取れない一方、キリトの顔には焦燥が見て取れた。

 そして積もり積もった焦りは判断力を鈍らせ、それはやがて致命的なミスを誘発する。

 

「くっそぉ!!!!」

 

 これまで通常剣技を繰り出していたキリトが、攻撃手段を切り替えてソードスキルを放つ。二刀流最上位剣技《ジ・イクリプス》。27回という驚異的な連続剣技だが、この場においてそれは悪手以外の何物でもない。ソードスキルの設計は茅場が行っているのであり、全てのソードスキルが繰り出す軌道を彼は熟知している。

 これまで無表情だったヒースクリフの顔にハッキリとした笑みが浮かんだ。それは勝利を確信した笑みだった。

 システムに規定された軌道をなぞるキリトの剣尖を、ヒースクリフは十字盾で防ぐ。いくら攻撃速度が速かろうと最初からどこを斬りつけるのか分かっているのだから、ヒースクリフからすればそこに盾を添えるだけで済む。そして一度ソードスキルを発動したキリトには、もうどうする事も出来なかった。

 

 しかし、全員が麻痺状態で2人の戦闘を見届けている中、たった1人だけ麻痺から回復して駆け出している影があった。カイトの視界に映るその人物の正体は、白い騎士服に身を包んだアスナ。どういう原理か彼女は奇跡的に自力で麻痺から回復し、キリトの元へと走っていく。彼女が次に起こすであろう行動を察知したカイトは、最悪の未来を防ぐべく、再びこの状況を打破しようと試みる。

 アスナが麻痺から立ち直った原理は不明だが、きっと彼女はキリトを救いたい一心でシステムに抗ったに違いない。それはつまり、意志の強さがシステムに打ち勝ったのだ。

 

(なら……オレだって……)

 

 目を閉じ、拳を強く握りしめ、頭でイメージする。身体に絡みついている《麻痺》という名の鎖を砕き、再び自由を取り戻す自分自身を想像した。あやふやな想像は徐々に固定化され、頭の中で強く念じると共に、頭のてっぺんから足の先までシステムの支配下に置かれるのを拒む。

 動け、動け。イメージをシステムの命令に上書きしろ、と――。

 

(――動、けっ!!!!)

 

 その思いが通じたのか、ふっと身体が軽くなる。纏わりついていた痺れは嘘のように消え去り、カイトは閉じていた目を見開いた。

 

(イケる!)

 

 倒れた際に手から滑り落ちた剣の柄を握る。

 身体を起こし、立ち上がる。

 利き足に力を込め、ステータスが許す限りの敏捷力でフロアを駆ける。

 

 眼前ではすでに《ジ・イクリプス》を全て放ち終えて硬直を課せられているキリトが無防備な状態となり、その彼をクリムゾンレッドの燐光を纏った騎士剣で斬りつけようとしているヒースクリフがいる。そして両腕を目一杯広げ、彼を庇うようにして2人の間に割り込んだアスナもいた。このままではアスナが剣の犠牲となり、彼女のHPバーはゼロとなるだろう。それだけはどうしても避けたいカイトは、さらにアスナの前に立って彼女を庇った。

 左肩口から入り、そのまま右脇腹まで一直線に剣が振り抜かれる。斬りつけられた際に生じる不快感に顔を歪ませ、カイトのHPは減少するものの、右端から半分を割ったところで止まった。特に意味もなくHPを全快させていた過去の自分を、無性に褒めてやりたかった。

 予想外の事態に困惑するヒースクリフの表情が物珍しかったため、もう少し目に焼き付けておきたかったが、生憎そんな時間はない。右手で持っている愛剣《グラスゴーム》の柄を握り直すと、《ホリゾンタル》と同じ水平軌道をヒースクリフに見舞う。咄嗟に繰り出したためにソードスキルは発動せず、なんの変哲もない通常剣技となったので、ヒースクリフのHPをゼロにするまでは至らない。だが、カイトの振るった剣の軌道は、ヒースクリフに闇をもたらす。

 

 剣先がヒースクリフの両目を抉り、目の欠損状態を生み出した結果発生するのは、《盲目(ブラインドネス)》と呼ばれる症状。かつてカイト自身もユキとのデュエルで苦しめられたが、その時は片目だけだ。今のヒースクリフは両目にダメージを負ったため、彼は欠損状態が回復するまでの3分間、両目で状況を視認することが出来なくなった。

 

「キリト……アスナ……」

 

 もう二度と訪れないであろう、最大の好機。これを逃す手はない。

 

魔王(こいつ)を倒せっ!!」

 

 後ろにいる2人にトドメを託し、鋭い声で叫んだ。その言葉を受け取ったキリトとアスナは、同時に足に力を込めて踏み込む。

 ただ、ヒースクリフも黙ってやられるつもりはない。カイトの言葉に反応した彼はソードスキルの硬直から解放されると、右手を引き絞って身体に引きつけ、欠損に陥る前の光景を頼りにして剣先の照準をカイトの胸に合わせた。たちまち剣がライトエフェクトを帯び、アシストを得て至近距離から突き出された剣は、カイトの胸を貫通する。剣の根元まで深々と突き刺し、カイトの後方にいるキリトとアスナを纏めて串刺しにしようという魂胆だろう。

 

「残念でした……」

 

 胸の中心を起点にはしる鋭い不快感を無視し、カイトはヒースクリフに言い放つ。既にキリトとアスナはカイトの後方から左右に分かれて飛び出しており、魔王に斬りかからんとしている最中だ。あと半秒でも早く硬直から抜け出していれば、3人纏めて葬り去ることが出来たかのかもしれないが――。

 

(恨むんなら、ソードスキルの硬直時間を設定した自分を恨めよ……)

 

 串刺しになりながらも、カイトは内心で毒づいた。

 勝ちを確信したカイトだが、突如彼の視界に小さなシステムメッセージが表示される。紫色のウィンドウに表示されたその文字は【You are Dead】。――つまり、死の宣告。ヒースクリフが最後に繰り出したソードスキルは、カイトの残りHPを全て削り切ってしまったらしい。

 

 カイトがこの文字を見るのは、約1年ぶりである。51層主街区のアクティベートをトリガーに開始された緊急クエストで、最後に残った毒蠍(どくさそり)によって1度目の死がもたらされた。運良くクラインの所持していた蘇生アイテムで生き永らえたが、結局の所、命の灯火が消え去る瞬間を未来に引き延ばしただけだったらしい。消滅の運命は免れなかったようだ。

 それでも、1度生き返ったお陰で様々な経験を積むことができた。誰かを助け、助けられ、楽しいことも辛いこともあったが、どんな思い出を振り返っても不思議と今は悪い気がしない。

 

 エギルとの間で行ったアイテムの値段交渉。

 クラインとの馬鹿騒ぎ。

 シリカに頼られて一緒に冒険したこと。

 無理を言ってリズに武器を作ってもらったこと。

 思わぬ流れでやることになったアスナとのデュエル。

 キリトと共に人目を避けてやったスキルの熟練度上げ。

 そしてなにより、想いを告げて一方通行ではなくなったユキとの関係。

 

 全ての光景が一瞬で浮かんでは消え、カイトの脳内を駆け巡った。

 回想が終わったものの、相変わらず突きつけられている死の宣告。その無機質な文字を無視し、残された時間を無駄にしないよう、カイトは顔を動かしてユキを見た。視線の先には今にも泣き出しそうに顔を歪ませ、覆す事が出来ない現実を否定したくて堪らない衝動に駆られている少女がいる。それを見た時、ないと思っていた後悔の念が込み上げてきたが、涙は流すまいと堪え、手短に伝えたい言葉を口にする。

 

「ありがとう……」

 

 1つは感謝。

 

「ごめんな……」

 

 1つは謝罪。

 合わせても10に満たない文字を受け取った少女は、とうとう我慢できなくなり、大きな両の瞳に大粒の涙が溜まる。

 

 ――カシャンっ……

 

 だが、雫が彼女の頬を濡らす前に、カイトの身体はポリゴンの欠片に変化し、仮想の空気に溶けていった。

 




決着の場面は書き始めた当初から考えていたものですが、やっとここまでこれました。
そしてアインクラッド編も残りわずかです。
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