ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第06話 約束と第1層フロアボス戦

 2022年12月3日。

 

 攻略会議が行われた翌日の早朝、カイトは宿で装備とアイテムのチェックをしていた。βテスターでないカイトにとって、初めて戦うフロアボスとの戦闘は未知数だ。たとえボスの情報を知っていてもそれは変わらない。万全の体制で臨むため、昨晩から何度も何度もチェックをしていた。

 

(昨日のアレ……美味かったなぁ……)

 

 メニューを操作する手を止め、カイトは昨日の夕食で食べた黒パンを思い出す。いや、黒パンに関していえば一コルと安く、パサパサしていてお世辞にも美味しいとはいえない。正確には黒パンにつけたクリームのことだ。そのクリームはキリトが一つ前の村で受けれる《逆襲の雌牛》というクエストの報酬で手に入れたものだった。

 キリトは小さな小瓶をオブジェクト化し、蓋に触れて光った指先をそのまま黒パンにつける。すると黒パンに白いクリームが塗られるのだが、このクリームが今までNPCレストランで食べた物より断然美味しかったのだ。カイトもユキもその味に驚き、アスナに至っては誰よりも早く完食してしまった。

 

(そういえば《料理》スキルなんてのがあったな……)

 

 約1ヶ月ぶりに食べた美味しいと思える昨日のクリームの味を忘れられず、SAOのスキルの中に《料理》があったのを思い出す。

 

(スキルスロットに余裕ができたら取ってみるか……)

 

 流石にゲーム序盤では戦闘に関係のないスキルをとるような余裕はない。この先生き残り続けたのなら、その時は《料理》スキルを取ろうかと考えた。

 

 装備とアイテムのチェックを終え、あとは集合場所に向かうだけとなった。余った時間をどう過ごそうかと考えていると、ドアがノックされる。

 

「カイト、起きてる?」

 

 ドアの向こうからユキの声がした。返事をしてカイトはドアの前まで歩き、扉を開ける。

 

「少し早いけど、キリトとアスナに合流しない?」

「わかった。じゃあ行こう」

 

 カイトは部屋を出て、二人で階段を降りる。ユキの足が階段の踊り場で止まり、カイトがそれに気付いて後ろを向いた。

 

「……どうした?」

「うん……あのね……私、怖いんだ……」

 

 ユキの身体が微かに震える。不安を感じているのはカイトだけではない。この1ヶ月、初日を除いて明るく振舞っていた彼女だが、現実ではカイトとあまり年が変わらない女の子なのだ。

 

「今まではカイトがいてくれたから、何にも怖くなかった。もちろん今日も一緒だけど、やっぱりボスっていうぐらいだからすっごく強いんだよね? もし……万が一のことがあったらって思うと……。だからあの日、カイトが私を死なせないって言ってくれたように、私もカイトを絶対に死なせない」

 

 ユキはカイトの目を真っ直ぐ見据えてそう告げた。

 これがあの時、涙を浮かべながらこの浮遊上の外を眺めていた少女なのだろうか。あの触れれば脆く崩れ去ってしまいそうな、弱々しい姿をしていた彼女の姿はもういない。この1ヶ月のデスゲームが、ユキをここまで成長させていた。

 

「じゃあ……これはオレ達二人だけの約束だな」

「うん。……よしっ、キリト達と合流しよっか!」

 

 二人は階段を一番下まで駆け下りて、宿の扉を開けて外へ出る。二人は並んで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1層迷宮区の最上階、ボスの部屋の前に攻略会議にいた46人のプレイヤーが集結していた。先頭のディアベルが、プレイヤー全員を見渡して一言告げた。

 

「みんな、オレから言うことはたった一つだ。……勝とうぜ!」

 

 それはこの場のみんなが共通して抱いている思い。ディアベルの言葉に、自然と首が縦に動いた。

 ディアベルがボス部屋の扉に手をかけ、軽く前に押すと自然と扉が開く。中に入ると、暗い部屋の奥で玉座に座る巨大な影が瞳に映る。その影は閉じていた二つの赤い眼を開き、ゆっくりと立ち上がった。部屋が明るくなると、ボスの姿が明らかになる。

 右手に斧、左手に円盾(バックラー)を装備したこの層の守護者 《イルファング・ザ・コボルドロード》。そして身体を鎧で覆い、手には柄の先に鉄球を取り付けた武器を持つ、取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》が現れる。

 ボスがプレイヤーに向かって走り、プレイヤー達もまた、ディアベルの「攻撃開始!」の合図で走り出す。先頭を走っていたキバオウのソードスキルと、センチネルのソードスキルがぶつかった。

 

 

 

 

 

 戦闘は順調に進んだ。各班それぞれの役割をこなし、ディアベルの的確な指示で少しずつボスのHPを削る。

 カイト達F隊も、取り巻きのセンチネルをボスと戦っているプレイヤー達に近づけないよう動いていた。基本的にはカイト・キリトの二人がセンチネルの攻撃を弾き、その隙をスイッチしたユキ・アスナが突く戦法をとる。

 ユキ・アスナはセンチネルに効果的なダメージを与えるため、兜と鎧の隙間を攻撃するが、特にアスナの技量がとてもビギナーのものとは思えなかった。センチネルの喉元を突く正確さ。そしてその際に放たれる細剣ソードスキルの基本技《リニアー》のスピードが凄まじく、剣先が見えないほどだ。

 

 そして突然、コボルド王が雄叫びを上げる。ボスのHPバーの最後の段が赤くなった証拠だ。ボスは持っていた斧と円盾(バックラー)を放り投げ、武器を持ち替える予兆をみせる。どうやら情報通りのようだ。

 

「下がれ! オレが出る!」

 

 今まで指揮をとっていたディアベルが前へ出る。キリトもカイトも、この行動に違和感を感じた。

 

(おかしい……この場合全員で攻撃するのがセオリーのはず……)

 

 前を見ていたディアベルの視線が一瞬だけキリト達に向けられ、キリトとカイトはそのことに気付く。ディアベルがソードスキルを立ち上げ、ボスに攻撃する準備をすると同時に、《イルファング・ザ・コボルドロード》が腰に差してある武器を引き抜いた。武器はガイドブックに載っていたタルワール……ではない。

 

「えっ! あれって……」

(野太刀! βテストと違う!)

 

 これに気付いたのはF隊の四人のみ。他の隊はちょうどボスの武器が隠れる角度にいるため、誰一人として気付かない。

 

「ダメだ! 全力で後ろに飛べ!!」

 

 βテストとは違う武器であることに対し、キリトは後ろに飛ぶよう指示するが、ディアベルにその声は届かない。ボスに攻撃するために突進するディアベルだが、ボスは高く跳躍し、柱を足場に使って天井付近を駆け巡る。その予想外の行動にディアベルはボスの動きを目で追うことしかできず、ボスの斬撃がディアベルの身体を切りつけた。

 

「うわあああああ!!!」

 

 ディアベルの身体が吹き飛ばされる。しかしそれだけで終わるほどコボルド王の攻撃は甘くなかった。ボスはディアベルに狙いを定めたまま、カタナスキル《浮舟》を発動せんとディアベルに迫る。本来なら《浮舟》による切り上げで宙を舞うはずだったが、ボスの攻撃は一人の片手剣使いによって防がれる。

 

「はああああああ!!」

 

片手剣単発ソードスキル《バーチカル》を、ボスの《浮舟》に向けて放つ。結果、ボスの《浮舟》からの連続コンボは失敗し、両者は互いに後退した。

 

「ディアベル! 生きてるか?」

「あぁ……なんとかね」

 

 ディアベルを救ったのはカイトだった。事前情報のタルワールと違うことを確認したカイトは最悪の事態を避けるため、ディアベルを切り裂く刃を誰よりも早く止めた。最初の一撃こそ間に合わなかったものの、《浮舟》を止めれたのは不幸中の幸いというやつだろう。

 

「指揮官がやられると戦線が瓦解する。一先ず回復してくれ。キリト、アスナ、ユキ。それまでこいつを抑えよう!」

「よし……手順はセンチネルと同じだ!」

「わかった」

「了解」

 

 ボスに向かって走り出す四人。そしてそれを迎え撃たんと、コボルド王が野太刀を腰に構えて姿勢を低くする。それを見たキリト・カイトは剣を構えた。

 

「カイト! オレが合図する。……今だ!」

 

 二人の片手剣突進技《レイジスパイク》と、ボスの居合技《辻風》が衝突する。ボスは仰け反ったために隙ができ、すかさずアスナ・ユキとスイッチする。二人がガラ空きになったボスの胴体に攻撃しようとした時、ボスが体制を立て直した。

 

「アスナ!」

「ユキ!」

 

 二人の声に反応し、アスナとユキはボスの袈裟斬りを間一髪で避けた。しかし野太刀がアスナのローブを掠め、すでにボロボロだったローブは耐久値をゼロにして消滅した。だが彼女達はそれに臆することなく、ソードスキルを立ち上げる。

 

「せああああああ!」

「やああああああ!」

 

 アスナの《シューティングスター》、ユキの《セイド・ピアース》がボスの身体を吹き飛ばす。

 そしてカイトとキリトはアスナの素顔を初めてみた。ハーフアップの腰まで伸びた栗色の髪と整った顔。ユキはアスナの素顔をみて「美人さん」と評していたが、まさにその通りだった。戦場に突如現れた一輪の花に一瞬見惚れてしまうが、すぐに頭を切り替える。

 

「次、行くぞ!」

 

 今度はキリトがボスの攻撃を弾き、素早くアスナが割って入ると腹部に突きを繰り出す。技後硬直で動けないアスナを庇うかのように、次はカイトが武器を弾き、控えていたユキが切りつける。

 ボスに目を向けると、野太刀が光を帯びていた。キリトが先行してソードスキルで相殺しようとするが、読みが外れて身体が吹き飛ばされる。

 上下にランダムで繰り出される、カタナスキル《幻月》。吹き飛ばされたキリトの身体はアスナを巻き込み、二人は地に伏す。するとボスが高く跳躍し、野太刀を上に構えて振り下ろそうとする。

 

「させ……るかああああああ!」

 

 ボスの着地前にカイトは片手剣突進技《ソニックリープ》でボスの右足を切りつけた。ボスは空中でバランスを崩し、《転倒》状態になる。これで少しの間、ボスは床を転げ回る事しか出来ない。

 

「全員、突撃ーーーーー!」

「うおおおおおーーーー!」

 

 回復したディアベルがこのチャンスを逃さんと総攻撃を指示し、プレイヤー達の様々なソードスキルがボスを襲う。

 だがボスも黙ってはいない。《転倒》状態から回復すると、野太刀を横に薙ぎ払うことでプレイヤーを吹き飛ばす。その吹き飛ばされたプレイヤー達の中から、自身にトドメを刺そうとする四つの影をボスの目が捉えた。その影を振り払わんと、野太刀を握る手に力を込めて思い切り振り下ろす。

 

 それが 《イルファング・ザ・コボルドロード》にとって最後の攻撃だった。

 カイトとユキの二人でボスの野太刀を弾く。

 アスナの突きでボスの手から武器が離れる。

 最早ボスの身体を守るものはなく、ガラ空きになった身体にキリトがトドメのソードスキルを繰り出した。

 

 片手剣二連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》。

 ボスの右肩から入った剣は腹部を突き抜けると軌道を変え、左肩へと抜けていく。V字型に斬り裂かれた《イルファング・ザ・コボルド・ロード》の身体は光り輝き、爆散してポリゴン片となった。

 

 《Congratulations!!》

 

 目の前に勝利を告げるシステムウィンドウが表示されると、全員から歓喜の声が挙がった。

 カイトもホッとして一息つくと、ユキが肩を軽く叩いた。

 

「お疲れ様。やったね!」

「あぁ。なんか安心したら力抜けちゃったよ」

 

 二人の元へ大柄な身体の両手斧剣士、エギルが近寄ってきた。

 

「Congratulations!! 今回のMVPはあんた達四人のものだ」

「はは、ありがとう」

 

 労いの言葉に反応してエギルのいる方向を見ると、その後ろでキバオウがキリトの胸ぐらを掴んでいた。

 

「お前、自分が何したかわかっとんのか!」

 

 勝利の余韻に浸かっていたのも束の間、キバオウの言葉で場が静まりかえる。

 

「何のことだ?」

「とぼけんなや! ボスの武器がガイドブックとちごうてたのに、自分はボスの使う技知っとったやないか! お前ほんまはβテスターやろっ! あらかじめ伝えとったら、ディアベルはんが危険な目ぇにあうこともなかったんやぞ!」

 

 見かねたカイトが近寄り、キバオウの右腕を掴む。

 

「その辺にしときなよ。結果的に全員生き残れたんだから、それでいいだろ。それにこれはβテストじゃない。ボスの武器が変更されてたって、不思議じゃない筈だ」

 

 カイトの言葉に舌打ちをしてキバオウは腕を乱暴に放すが、その目は二人を睨みつけていた。

 

「彼らは何も悪くない。彼らがいたから、オレは今こうして生きているんだし、ボスに勝つことができたんだ。それに、オレが死にかけたのは自業自得だ。欲に目が眩んでLA(ラストアタック)ボーナスを取ろうとしたんだから」

 

 キバオウの後ろにディアベルが立っていた。今のディアベルの言葉に、キバオウが疑問をなげかける。

 

LA(ラストアタック)ボーナス? なんやそれ?」

「……ボスに最後の一撃を喰らわせたプレイヤーに贈られる、いわばボーナスアイテムだよ。フロアボスのLA(ラストアタック)ボーナスとなれば、強力なアイテムであるのは間違いないからね。オレは……元βテスターだから、その事を知っていたんだ」

「なっ……ディアベルはん、あんたβテスターやったんか!」

 

 ディアベルの発言に場が騒然とする。この場の誰もが、彼をβテスターだと思っていなかったのだ。

 

「みんな、すまなかった。騙すような真似をして。オレは……みんなに最低な行いをしてしまった……」

 

 深々と頭を下げるディアベル。そんなディアベルを、同じβテスターであるキリトが庇った。

 

「……あんたは最低でもなんでもないさ、ディアベル。オレもあんたと同じ元βテスターだが、オレはあの日《はじまりの街》を一人で抜け出したんだ。自分が生き残ることだけを考えて。だがあんたは他のプレイヤーを見捨てず、このボス戦でみんなを率いて戦ったじゃないか。立派に戦ったあんたを責めるなんてこと、誰にもできやしない」

 

 そう、ディアベルはキバオウの言うようなβテスターとは違う。彼は他の人達が出来なかったことを、やり遂げようとしたのだ。ビギナーを引き連れ、このゲームをクリアするための第一歩を踏み出すために、勇敢に戦った。彼は《はじまりの街》で待つプレイヤー達の希望になろうとしたのだ。

 

「……チッ。あーあ、なーんか白けてもうたわ」

 

 ディアベルが申し訳なさそうな顔をする。自分のことを信頼してくれていたキバオウを裏切るような真似をしたのが、彼の心に罪悪感を生んでいた。

 

「……何情けない顔しとんやっ! ディアベルはん、あんたはこのボス戦の指揮官や。最後までビシッとやり遂げるんが、ケジメちゅうもんやろ!」

 

 キバオウの言葉に、ディアベルは心が救われた。彼の中にディアベルを責める気持ちは既になかった。ディアベルがβテスターだろうが、そんなことはもうどうでも良くなっていたのだ。

 

「うまく収まったみたいね」

「私、ヒヤヒヤしちゃったよ」

 

 一触即発の場面から和やかな雰囲気に変わり、先程まで緊張していたアスナとユキの顔が緩む。

 

「そういえばキリト。さっき嘘ついてたろ?」

「は? 何のことだよ?」

「とぼけるなって。『自分が生き残ること"だけ"を考えて』って言ってただろ。もし本当にそうなら、オレとクラインを見捨てて飛び出してたはずなのに、そうしなかったじゃないか」

「……嘘は言ってないぞ。"《はじまりの街》を出てからは"自分が生き残ることだけを考えてたからな」

「はいはい……そういうことにしとくよ」

 

 

 

 

 

 ディアベルの判断でほとんどのプレイヤーはボス部屋を後にし、カイト・キリト・ユキ・アスナの四人で第2層のアクティベートへ向かった。上の層へ続く螺旋階段を、ひたすら登る。

 その後、アインクラッド第2層がアクティベートされ、第1層が攻略されたという情報が全プレイヤーに報じられた。

 この日を境に、アインクラッド攻略速度は加速度的に上昇する。

 

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