ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第65話 奇策と秘策

 

 妖精の世界には9つの種族が存在し、各種族毎で1名の領主を選挙で選出している。領主として相応しいか否かは、その人物が種族を代表する顔として適当なプレイヤースキルを持ち、またプレイヤーから多大な信頼を得ているか、という人徳も関係している。

 そして領主になれば一般プレイヤーには得られない権限の行使を許され、その内容は税率の設定や独自のルール規定、あるいは不利益をもたらす害悪なプレイヤーの領地追放など、主に種族のより良い発展を目的としたものが多い。さらに言えば、今回シルフ領主のサクヤがケットシーと結ぶ条約の調印も、実は領主にのみ許された権限の内の1つなのだ。

 こうしたメリットがある一方、領主が討たれた場合は領主館に蓄積されている資産の一部を譲渡する、討った種族の領主による税率の自由設定などのペナルティを課せられる。余程のことがない限りは大将の首をとるなど早々できるものではないが、過去に1度だけ、このペナルティが行使された時があった。

 

 それは、サクヤの先代に当たるシルフ領主がサラマンダーに討たれた時。

 

 サラマンダーの狡猾な罠に嵌り、当時の領主が毒殺されたことで、シルフ族は10日もの間苦汁をなめる思いをしてきたのだ。この時得た資金によって、種族間のパワーバランスはサラマンダーが頭1つ抜き出たと言っても過言ではない。

 後にも先にも領主が討たれた場合のペナリティが適用されたのはこれだけだが、リーファのような古参プレイヤーが当時の記憶を忘れたことはなく、2度と同じ思いをしたくないというのが正直な感想だろう。

 

「な、何言ってるの!! そんなのダメに決まってるでしょ!!!!」

 

 だからこそ、サクヤの提示した案に思考の死角を突かれたリーファは、ほんの数秒呆気にとられて言葉を失ったが、その反動で声を荒げて猛反発した。

 

「サクヤは前線に出ちゃダメ。今行けば自殺しに行くようなものよ」

 

 リーファの抗議は至極真っ当な主張だが、それでもサクヤは首を縦に振ろうとしない。

 

「確かにそうかもしれないな。左右には湖に潜む水獣がいるし、街へと続く城門の前には壁が立ちはだかっている。そして目の前には兵力でこちらを上回っているサラマンダーの集団だ。ここまで見事な四面楚歌も中々ないだろう」

「感心している場合じゃ……」

「だからと言って、諦めていいわけじゃない」

 

 突きつけられている現状はどう考えても絶望的だ。それでも、サクヤはまだ諦めていなかった。

 

「諦めるのは簡単だしいつでも出来るが、いくらなんでもまだ早いと私は思うぞ。後ろと左右はどうにもならないが、現時点でこの状況を脱する可能性があるとすれば、前方のサラマンダー達を討つことで活路を開くことだけだ。回復魔法を使う敵のメイジ隊を潰すことが出来れば、こちらにもいくらか勝算が見えてくるだろう」

 

 サクヤは今も橋の中央付近で戦闘を繰り広げているシルフとサラマンダーの一団を見た。

 

「それにはあの集団を抜けて奥まで駆け抜ける必要があるが、私なら彼らの真横を通過しない別ルートでメイジ隊までたどり着くことが可能だ。そこまでいけば、後は私が奴らを潰して敵の回復手段を断つから、リーファ達には私の回復や敵の撹乱といったサポートに徹して欲しい」

「で、でも……」

「それとも……」

 

 体の向きは変えずに顔だけを動かし、肩越しにリーファ達へ視線を向ける。すると口元が少しだけ吊り上がり、不敵な笑みを形作った。

 

「君達には、少し荷が重いかな?」

 

 煽る言葉は明らかな挑発。リーファを筆頭に怖気づいている仲間達のプライドを逆なで、一歩踏み出すキッカケを作ろうとしているのだ。サクヤにしては珍しく強引な手法だが、自発的に仲間達の決心を待つだけの時間的猶予はない。ここは無理矢理にでも背中を押す必要があると彼女は判断した。

 裏を返せば、サクヤ自身もそれだけ焦りを感じているということだ。一見してあっけらかんとしている表情とは裏腹に、内心で冷や汗を流し、心の臓は早く波を打っているが、それでも彼女は平静を装っていた。

 元々彼女の性格はポーカーフェイスを貫く傾向にあり、付き合いの長いリーファでさえもサクヤが狼狽(うろた)えている姿を見たことがない。そんな彼女の気質を考慮しても今の状況は十分内心を表情に出してもいいのだが、領主という立場が大きく影響し、焦りや不安を心の奥深くに押しやっていた。集団の舵をとる指揮官の振る舞い如何によっては、良くも悪くも他のメンバーに影響を及ぼす。物怖じしない逞しさを見せれば気力が湧くし、頼りない印象を抱けば士気は下がるものだ。

 リーファはそれでも食い下がろうとしたが、一瞬だけ躊躇いを見せ、出かけた言葉をぐっと飲み込んで腹の底に押し込んだ後、観念したように肩の力を抜いた。

 

「あ〜〜〜〜もう!! わかったわよ! サクヤがそこまで言うなら、私も覚悟を決めるわ。絶対に死なせないんだからね」

「我が儘を言って済まない、リーファ。最後まで付き合ってくれ」

 

 リーファがサクヤの隣に立って並ぶと、サクヤは右足を引いて姿勢を低くする。愛刀を両手で握りしめると、心なしか武器も持ち主の心に呼応して脈を打った気がした。

 

「私が飛び出してみっつ数えたら、敵の目を引きつける魔法を放ってくれ。出来るだけ派手なのを頼む」

「了解」

 

 打ち合わせは手短に、内容は至ってシンプルに。合わせるのは出だしだけで良く、後は戦況を見て臨機応変に対応すればいい。

 短い会話を交わすと、サクヤは利き足で地面を蹴って駆け出した。それとほぼ同時にリーファは両手を前にかざし、魔法を発動するための呪文を詠唱し始める。

 

(いち……に……さんっ!)

 

 詠唱と同時に心の中で数を数える。可能な限り早く、そして滑らかに呪文の詠唱を唱え終えたのは、サクヤが指定したジャスト3秒後だった。

 

「いっ…………けぇーーーー!」

 

 リーファが選択したのは、彼女が使用できる中でも上位に位置する風魔法。任意で魔法を発動する座標を指定すると、そこを基点として巨大な風の爆弾を発生させるものだ。攻撃範囲も威力も申し分なく、かつサクヤのリクエストに応えた『派手な魔法』である。

 ただし、今回はダメージを与えるのが目的ではなく、あくまで敵の目を引きつけるのが最優先だ。よってリーファが魔法の発動に際して照準した空間の座標は、シルフとサラマンダーが交戦している場所の上空だった。

 目の前にいる敵に集中していたプレイヤーの内、直近にいた者は突然の爆発音と突風に怯み、距離のある者は一体何が起きたのか目を凝らして訝しむ。荒れ狂っていた戦場は一時的ではあるが時を止め、突如現れた台風に反応して視線を移した。

 リーファの狙いを知らない者に言わせれば、座標を誤って指定し、無駄に魔力を消費したと思ったことだろう。全員が警戒状態から肩の力を一瞬だけ抜くと、再び場は数秒前となんら変わらない戦場へと戻るが、その中でサラマンダーのメイジ隊に属するプレイヤー1名が、爆発の前と後で起きた変化に気が付いた。

 

「お、おい! 領主の奴はどこに行った?」

 

 ルグルーの城門付近、つまり敵から最も遠い場所で指揮をとっていたはずの領主サクヤの姿がない。遅れて気が付いた他のサラマンダー達も領主の姿を探すために周囲を見回すが、どれだけ視線をはしらせても橋の上に対象者の姿はいなかった。

 そうなると、消去法で考えてサクヤのとった行動は湖に飛び込んで自害すること。敵に首をとられるぐらいなら、湖に潜む水獣型モンスターの餌になるのがマシだとでも考えたのだろう――――と誰もがそう思った、次の瞬間。

 

「私ならここにいるぞ」

 

 サラマンダーメイジ隊の背後から凛とした響きの声がしたと同時に、1人のプレイヤーが瞬く間にHPを減らし、儚く散って真っ赤なリメインライトへと姿を変えた。そして赤く揺らめいている炎の傍らには、大太刀片手に佇んでいるサクヤの姿があった。

 敵陣の後方支援を担うメイジ隊の中に突如出現した彼女の姿はかなりのインパクトを与えたらしく、サラマンダーのメイジ達はどよめき戸惑い、サクヤから距離をとろうと無意識にあとずさる。中・遠距離攻撃やパーティーメンバーの支援を主な役割とするメイジ職は、近接戦闘を主とするサクヤに接近されるとかなり分が悪くなる。魔法の発動に時間を要する他、詠唱中に攻撃されればファンブルは確実だ。

 

「う、狼狽えるな! 相手は1人だぞ。取り囲んで一斉攻撃だ!」

 

 真っ先に平静を取り戻して指示を飛ばしたのは、集団の中でも一際レアリティの高そうなローブに身を包んでいる、一見してリーダー格と思われる男だった。指示を受けた者達はハッとして我に返ると、言われるがままに魔法攻撃の準備を開始。プレイヤーの周囲を光の文字が浮かんでは消えていく。

 

「残念だが、懐に入られた時点で君達の負けだ」

 

 そう言い切った直後、直立状態だったサクヤの姿が前傾し、真正面の敵に狙いを定めて突進する。大太刀が霞むような速度で閃き、右手が下から上へ跳ね上がると、武器の通った軌跡を敵の身体に刻みつけた紅いラインで示した。そこからさらに2度斬りつけると、鎧と違って物理防御の数値が高くないローブに身を包んでいた敵は、その身を散らして真っ赤な炎に変化する。

 

「ひっ…………」

 

 身の丈程の大太刀を短剣のように軽々と振り回すサクヤの姿に圧倒され、小さな悲鳴を漏らし、詠唱を中断させてしまう者が続出した。

 

「ば、馬鹿! 攻撃を中断するんじゃない!」

 

 持ち前のスピードを活かし、近場の敵を1人、また1人と斬り伏せていく。何者にも囚われない風のような優雅さの中に、嵐の如き荒々しさで猛威を振るう。味方であれば非常に心強いが、敵であれば恐ろしいことこの上ない。リーファには和装の女将軍に見えても、サラマンダー達の目には鬼神もしくは悪鬼のように映っているのではないだろうか。

 

「く、くっそ……」

 

 仲間が減っていく光景を見た敵の指揮官は、これ以上の交戦は無駄と判断し、橋から飛び降りて湖に飛び込もうとする。湖には水獣型モンスターがウヨウヨしているため、飛び込んだところで助かる保証は万に一つもないが、どうせ助からないならモンスターに殺られるのがマシと判断したのだろう。死亡するとデスペナが発生するが、プレイヤーに殺されるよりもモンスターに殺されるのがデスペナの重さは幾分軽いからだ。

 橋の淵に手をかけ、片足を持ち上げようとした時、背中から容赦ない一閃を浴びせられてリメインライトと化す。自害しようとした敵を逃さずにサクヤが屠ったからだ。

 

「さて……」

 

 振り返り、残り1人となったサラマンダーのもとまで歩み寄る。運が良いのか悪いのか最後の1人となった敵は、尻餅をついて座り込んでおり、サクヤが近付いても逃げる素振りすらみせない。その代わりに肩をビクッと震わせ、俯いて視線を斜め下にした。

 

「オレも殺すのか?」

 

 既に諦めているのが分かるほど、声の調子は低く重い。生き残った男は項垂れながら問うた。

 

「それでもいいと思ったんだが、君には生かす価値があると判断した」

「はっ、まさか『殺されたくなかったら、知ってることを洗いざらい吐け』とでも? 生憎だが、オレを脅して無駄だぞ。全部話したところで、どうせ殺されるのは目に見えているからな」

「半分正解だが、もう半分はハズレだ。それだと君の得る利益と私の得る利益が同等ではない。何かを得るなら同等の対価を用意するのが適当だと思わないか?」

 

 予想していた回答と異なっていたからか、男は顔を上げると訝しんだ目でサクヤを見る。彼女が言わんとしている事がまだわからないらしく、真意を図りかねているようだ。

 そんな男の視線など意に介さず、サクヤは左手を振ってトレードウィンドウを表示した。男の目の前には、先の戦闘でサクヤの得たアイテム群とユルドが羅列されている。

 

「君が知っている情報を全て教えてくれれば、私はここに表示されているものを全て君に差し出そう」

 

 思わぬ交換条件を提示された男は、(せわ)しなく顔を動かして周囲を見回す。リメインライトと化した仲間達の蘇生猶予時間が経過し、セーブポイントに転送されたかを確認すると、男はおそるおそる彼女に訊いた。

 

「それ、マジ?」

「あぁ、大マジだとも」

 

 サクヤがにっこり微笑むと、今まで強張っていた男の表情がようやく緩んだ。

 

「サクヤ!」

 

 するとまるでタイミングを図っていたかのように、リーファを含んだ他のシルフが合流する。メイジからの回復支援を得られなくなったサラマンダーの戦士達は、全員倒れてしまったようだ。その証拠に、サクヤの目には橋の中央で揺らめく赤いリメインライトが転送される瞬間が映った。

 

「やあ、皆お疲れ。丁度今、彼から話を聴くところだ」

「話?」

 

 リーファが小首を傾げると、サクヤは再びサラマンダーの男に向き直った。

 

「では、まず事の経緯を教えてもらおう」

「あぁ、いいぜ。今日の夕方ぐらいにジータクスさん……っていうのはメイジ隊のリーダーなんだけどさ、ほら、湖に飛び込もうとした所をあんたが後ろから斬った人。あの人から強制召集で呼び出されたんだよね。めんどくせーと思いながら行ったら結構な人数が集まっててさ、内容がシルフの領主を狩るっていう作戦だったわけ。それであんた達の後をつけて、ルグルーの前で足止めして奇襲をかけたんだよ。いやーそれにしてもこの人数で負けるとは思ってもみなかったけどな」

 

 男は話し出すと饒舌で、彼の口は尚も動き続ける。

 

「ちなみにあんた達にはずっとトレーシング・サーチャーがついてたんだぜ。全然気が付かなかっただろ?」

「……なに?」

 

 トレーシング・サーチャーとは、目標を追跡するトレーサーと隠蔽を暴くサーチャーの機能を兼ね備えた魔法で、高位の術に分類される。大抵は小動物の使い魔の姿をしており、これが使えると術者は離れた位置から使い魔を通して対象者を追跡できるのだ。

 

「いつ……一体いつからなの?」

 

 横からリーファが割って入ると、男は即答した。

 

「領地を出る前さ」

「なっ……」

 

 これにはこの場にいる男以外の全員が驚きの声を上げた。

 領地を出る前という事は、領地を飛び立つ瞬間にはもうトレーサーがつけられていたということになる。つまりサラマンダーがシルフ領にいたと言っているようなものだが、それは断じてあり得ない事実だ。スイルベーンは比較的他種族の旅行者に対して門戸の開かれている場所だが、敵対関係にあるサラマンダーは別で、その侵入には厳しいチェックをしいている。領地内に入ろうとすればNPCガーディアンに斬り伏せられる筈なので、それを超えて入れるわけがないのだ。

 胸中で生まれた動揺を隠しつつ、サクヤは男に問いただした。

 

「スイルベーンにはどうやって入ったんだ? 魔法や隠蔽アイテム程度じゃガーディアンを突破するのは不可能の筈だ」

「確かにそうだけど、絶対に不可能ってわけじゃあない。あんたも知ってる……というか、もう答えに辿り着いてるんじゃないか?」

 

 男の言葉を聞いたリーファがサクヤの顔を覗き込むと、彼女は眉間に皺を寄せていた。男の言うように、サクヤは何かを察したらしい。

 

「《パス・メダリオン》を使ったという事か……」

 

 《パス・メダリオン》とは、他種族の領地に入る際に必要な通行証の事だ。これがあればNPCガーディアンの前を素通り出来るのだが、この通行証を発行できるのは種族内でもごく一部のプレイヤーに限られる。具体的に言えば執政部のプレイヤーなのだが、それはつまり……。

 

「執政部内にサラマンダーと内通しているスパイがいる……と言いたいのだな?」

 

 敵対関係にある種族の情報を探るスパイは珍しくないが、執政部に籍を置くプレイヤーが内通しているとなるとかなりの大事になる。重要案件を扱う執政部に裏切り者がいるとなると、シルフ内の機密情報は全てサラマンダーにだだ漏れという事だ。

 驚愕の事実にどよめくリーファ達だったが、サクヤは尚も凛とした様で尋ねた。

 

「そしてその内通者の名前も、君は知っているのだろう?」

「実際に会ったことはないが、名前だけなら知ってるぜ。……シグルドって奴だ」

 

 サクヤの右腕的存在であり、ALO黎明期(れいめいき)から執政部に参加している古参プレイヤーのシグルドが、サラマンダーと内通していた。この事実は間違いなく今日最も衝撃を与える情報だった。

 

「サ、サクヤさん、まずいですよ。シグルドさんはサクヤさんがこの後どう動くかを知っている。もしかしたら、サラマンダーの連中は……」

「あぁ、私も今それを考えていたところだ」

 

 サクヤ達は難を逃れたが、何も知らない条約の調印相手であるケットシー達は、今頃会談場所の《蝶の谷》内陸側へと向かっているはずだ。当然シグルドからの情報でサラマンダーも会談場所に向かっているだろう。敵がどの程度の戦力でくるかは不明だが、何の準備もしていないアリシャ・ルー率いるケットシー勢に危険が迫っている事だけは確かだ。

 

「道中の我々を狩り、続けて会談場所にいるルーの首を獲れれば、最大勢力のサラマンダーは不動の地位を築ける。シルフとケットシーが同盟を組むことでパワーバランスは逆転するだろうが、それを阻止し、かつ領主討伐ボーナスも得るのが、サラマンダーの立てた計画だろうな。……まったく、モーティマーの考えそうなことだ」

 

 敵の親玉に半ば感心、半ば呆れのような意味を込め、サクヤは溜め息をつく。

 一方、リーファはゲームでここまで陰険なことをするプレイヤーの考えが理解できずにいた。ただ翅を広げ、自由に空を飛べればそれでいいじゃないか、と。一体何がそこまでシグルドを突き動かしているのか、彼女はその真意を図りかねた。

 

「それにしても、私から提案しておいて言うのもおかしな話だが、こんなにペラペラと情報をバラして良かったのか?」

「別に構わないさ、どうせ俺には関係ないし。それより、ちゃんと約束は守れよ。俺の知ってる情報はこれで全部だからな」

「あぁ、心配するな。約束はちゃんと履行しよう」

 

 サクヤは惜しげもなく戦闘で得たアイテム類を男に渡した。受け取った男はそれを確認すると、右拳を握って小さくガッツポーズをする。渡した中にはかなりレアな装備もあるので、売ればかなりの額になるだろう。

 『数日かけて領地に戻る』と言い残し、サラマンダーの男は来た道を歩き出す。その後ろ姿が消えた頃、静まり返っていた場の空気をリーファが破った。

 

「それでサクヤ、シグルドはどうするの?」

「追放は確実だな。だが今ここで奴を追放すれば、シグルドを通じてサラマンダー側に我々が生き残っていること、そして奴らの計画を我々が掴んだことが漏れる可能性がある。もう暫くの間は泳がせておくさ」

 

 サクヤはそう言うと振り返り、仲間達に向かって指示を飛ばした。

 

「よってこれよりルグルーを抜け、我々が掴んだ情報を可及的速やかにケットシーへ伝えるぞ。サラマンダーと鉢合わせる可能性もあるが、その時はケットシーと協力して危機を乗り越えよう」

 

 古き良き友人に迫っている危機を知らせるべく、サクヤ達は洞窟を抜けるために走り出す。ルグルーの城門前にあった土壁はとうに消えているため、彼女達を阻むものはない。

 

「ねえ、サクヤ。1つ訊きたいんだけど……」

 

 その最中、リーファは思い出したかのように並走しながら疑問をぶつけてみた。

 

「夢中で気が付かなかったけど、私が魔法を使った後、どうやってメイジまで近付いたの? 橋の中央は敵と味方でごった返してたから、とてもじゃないけどすり抜けられそうになかったし」

「なに、簡単な話さ。私は橋の上を通らずに、橋の横を通っただけなんだ」

 

 サクヤの言っている意味がわからず、リーファは首を傾げる。その様子を見た領主は、説明をさらに付け加えた。

 

「《壁走り(ウォールラン)》というのを知っているか? 以前のアップデートで導入されたものなんだが」

「……あっ!?」

 

 そこでようやく、リーファも合点がいったらしい。

 《壁走り(ウォールラン)》とは、シルフ、ウンディーネ、ケットシー、インプやスプリガンといった軽量級妖精だけが使える共通スキルで、おおよそ10メートルぐらいなら壁面を走行できるというものだ。つまり、サクヤはこのスキルを使い、橋の側面を走って敵の後ろに回り込んだのだ。

 

「橋の側面を駆けている時は無我夢中だったが、空を飛ぶのとはまた違う爽快感が得られるぞ。なにせ、現実では壁を走るなんて芸当、まず出来ないからな」

 

 そう言って領主は小さく笑みを零す。普段は大人びた雰囲気を纏っているサクヤだが、この時の表情は純粋にゲームを楽しむ子供のように無邪気なものに見えた。

 





デスペナの度合いが『プレイヤーにキルされる』あるいは『モンスターにキルされる』かで変化するのは独自設定です。
ALOでの《壁走り》が原作3〜4巻の時系列で使用可能かは不明ですが、拙作では独自設定として既にシステムに導入済みとします。
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