(……さて、どうなるかな?)
只事ならぬ雰囲気を漂わせている場に突如として舞い降りたカイトは、対峙する集団が唐突に投げられた提案に対してどういう反応を示すのか、固唾を呑んで見守った。
SAO時のキリトのアカウントデータをコピーし、ALOでイベントNPCとして運用されている《黒の剣士》の後をカイトとアスナが追いかけると、何やら一戦交えかねない集団がいるのを、カイトとアスナは発見した。見たところ片方はサラマンダー、もう片方はシルフとケットシーの集団だ。
その集団は《黒の剣士》の進行方向にいたため、《黒の剣士》は己に与えられている役割を全うすべく、『プレイヤーを攻撃する』というプログラムに従って迷うことなく突撃をかまし、集団の1人に斬りかかった。
その後は《黒の剣士》の相手をいかにも強そうなサラマンダーの1人が請け負う形に収まった。そしてその他大勢のサラマンダーズは、再び襲撃対象である2種族に意識を照準し、攻撃体制に入った。
その光景を見ていたカイトは、1つの案を閃いた。
ALOの運営開始から1年が経過しているが、未だにグランドクエストはクリアされていない。そんな超難関クエストにカイトとアスナは挑むのだが、最初から2人だけでクリアしようとは微塵も考えておらず、旅の何処かで協力者を確保しようと思っていたのだ。
そして、今置かれている状況は、探していた協力者を得る千載一遇のチャンスだと考え、カイトは自分を売り込むことに決めた。
ただし、これはある意味賭けだ。
突然現れた正体不明の自分たちを拾ってくれるのかわからないし、最悪の場合は両方から見向きもされず、3パーティーによるバトルロイヤルになる可能性もある。名前の知られているプレイヤーなら兎も角、つい先日ALOを始めたばかりの2人の事など知るわけがないので、『何言ってんだこいつ』と思われてもしょうがない。
一応カイトは対峙している両陣営に提案をしているが、正直なところサラマンダー側が乗ってくると思っていない。寧ろPKの対象が少し増えたと思っている程度だろう。
なので、もしカイトの提案に乗ってくるとすれば、それは追い込まれているシルフとケットシー2種族のパーティー側だ。
「仮にお前達を雇ったとして、俺達になんのメリットがあるんだ?」
先に食いついてきたのは、サラマンダーだった。副指揮官と思わしきプレイヤーがそう問いかけてきたため、カイトは翅を広げて浮上し、同じ高さにくると返答する。
「そっちが標的にしているあそこのパーティーを狩る手伝い、ってところかな」
「それは俺達にとっての利益にならないな。必要ない」
サラマンダー側の利益として思いつくものを挙げてみたが、それは相手にとって得られる価値がないに等しいという事を、カイトは充分に理解している。だが、唯一浮かぶのはそれぐらいだし、訊かれたから答えただけだ。
「それだけなら、お前達と手を組む必要性はないな。あわよくばサラマンダーとのパイプを作る良い機会だと思っていたかもしれんが…………お前達2人もあそこにいる連中と同じ敵とみなす。…………やれ」
副指揮官が左手をさっと挙げると、後ろで控えている集団の中から、最前列にいた3人がカイトに突っ込んできた。最初の1人が槍を腰の辺りで引き絞り、カイトの身体の中心を狙って槍を勢い良く突き出す。
それを見たカイトは攻撃を中断できないギリギリのところまで引きつけ、タイミングを逃すことなく上方向へ回避。前方宙返りの要領で敵の頭上を跳び超え、背後に回ると同時に抜剣して敵の背中を斬りつけた。
「う、おっ!」
死角からの斬撃に対処できず、先陣をきって出た敵は激しいノックバックに襲われる。前傾姿勢になって倒れ込む敵には見向きもせず、カイトは第2陣に意識を向けた。
同じ槍装備による突き攻撃が繰り出されるが、今度は回避せず、剣の柄の先端を槍の側面に叩きつけて
「はあっ!」
そして攻撃を出しきって空振りをすると、結果的に大きな隙を生むことになる。がら空きになった相手の脇腹目掛け、カイトは水平2連撃を見舞ってダメージを与えた。
しかし、彼の動きは終わらない。水平切りで発生した慣性に逆らわず、大きくその場から跳びのく。その直後、ついさっきまでいた場所目掛け、カイトに攻撃を仕掛けてきたサラマンダーの3人目が、上空から勢いをつけて突進してきたのだ。もしカイトが回避行動をとっていなければ、間違いなく彼は身体を貫かれていただろう。
「くそっ! 気付かれてたか」
「複数の敵を相手にする時は、周りをよく見ておくのが基本だ。1人に集中し過ぎて他を疎かにするのは、あまり良くないしね」
カイトはかつて単独で多数のプレイヤーと同時に戦う機会が多かったため、対集団戦は得意分野だ。もっとも、彼にしてみれば、3人同時に相手するのを『対集団戦』と呼ぶには物足りない気もするが……。
「調子に乗りやがって……。じゃあ、これならどうだ?」
3人のサラマンダーはそれぞれが違う場所に移動し、カイトを囲うような配置につくと槍を構えた。
一方、囲まれたカイトは3人を一瞥してそれぞれの位置を確認する。縦、横、高さはどれもバラバラだが、十中八九、同時攻撃を仕掛けてくるだろうと彼は予測した。
そして案の定、3人のサラマンダーはタイミングをズラして動き出し、恐るべき速さで距離を詰めてきた。各人はクリティカル発生率が高く設定されている胸の中心部――心の臓――に狙いを定め、渾身の突きを放つ。3人の脳裏には3本の槍にアバターを穿たれ、串刺しになるカイトの姿を想像したに違いない。
「……これ、かな」
自分にだけ聞こえるような極小の声量で呟くと、カイトは少しだけ身体の軸を右にズラし、右斜め上から迫ってくる槍に向けて袈裟斬りを繰り出した。甲高い金属音を周囲に撒き散らし、剣同士が当たった際の反動を利用して横に大きく跳ぶと、次の瞬間には彼の目論見通りの出来事が発生していた。
「うがっ!」
「くっ……」
「あ、ぐっ……」
穿たれたのはカイトではなく、仕掛けたサラマンダー達だった。
この場にいる全員の目に映っているのは、3人それぞれが別々の相手に槍を突き立て、貫き、貫かれている光景だ。もがいて抜け出そうとしているが中々上手くいかないうえに、深々と刺さっている肩、腰、腹部からは紅いダメージエフェクトが宙に舞っている。貫通属性を持つ武器の特性である、貫通継続ダメージが発生している証拠だ。
一見して自爆したかのような光景は、カイトが意図的に作り出したものである。彼は自分に向けられた武器の内、1本だけ軌道を変え、敵が自滅するよう仕向けた。つまり、自身の労力を最小限に抑えつつ、敵に最大限のダメージを与えたのだ。
考える時間はほとんどなかったが、一瞬の判断で綱渡りとも言えるギリギリの攻防を実行したカイトに対し、この場にいる誰もがプレイヤースキルの高さに感心を通り越して唖然としていた。戦闘開始からここまでにかかった時間は30秒にも満たないが、
もがき続けるサラマンダー達に対し、カイトは引導を渡すべく剣を振るうと、HPバーが空になり、たちまち3人の槍使いは絶命して揺らめく赤い炎となった。かすり傷1つ負わずに戦闘を終えたカイトは、もう一度両陣営に問う。
「それで、どうする?」
これに対して最初に返答したのは、シルフ剣士のリーファだった。
「お願い! 私達を……シルフとケットシーを助けて!」
その答えが来るのを待っていたカイトは、少年のようなあどけない笑顔を浮かべ、リーファを真っ直ぐ見つめた。
「決まりだな。……というわけだから、今この瞬間をもって、この場にいるサラマンダーズは全員敵として見るから」
ハッキリと宣言したカイトの言葉を聞き、敵の副指揮官は片眉を吊り上げる。
「た、たかが1人増えたところで何も変わらん。こっちの人員は50人近くいるんだからな」
「あら、増えるのはカイト君だけじゃないわよ」
凛とした響きのある声がしたかと思えば、声の主はカイトの隣に並び立った。右手には愛用のレイピアを握っており、準備万端といった様子だ。
「そういう事。ちなみに言っておくけど、アスナは物凄く強いから、覚悟しといたほうがいいよ」
その瞬間、敵の片眉がさらに吊り上がり、顔が引きつったのを2人は見逃さなかった。
謎の乱入者が気がかりではあったが、ユージーンは
ALO各地を不規則に飛び回る流浪の妖精に出会えた事をユージーンは嬉しく思うと同時に、この戦いが今までで最も苦戦を強いられることになるだろうと予感した。目の前にいるスプリガンがそれだけの実力を兼ね備えていると、彼はたった1度剣を交えただけで察してしまったのだ。
敵のHPバーは、ダンジョンにいるボスと同様の4本。セオリー通りに考えるなら、HPが一定量減るとパターンの変化やバーサーク状態になるのが予想される。一先ずは相手の出方を探り、見極めたのなら攻めに転じる方針で戦術を組み立てていく事に決めた。
ユージーンは剣を両手で持ち、中断に構えて《黒の剣士》に正対する。剣の構え方としては何の変哲もない基本的なものだが、彼は全方向に神経を張り巡らせているため、一分の隙もありはしない。生半可な攻めで斬り込めば、間違いなくいなされて手痛いカウンターを喰らうだろう。
(……まだ…………まだだ)
ユージーンと《黒の剣士》のいる場だけが、まるで別次元の空間になってしまったかのような空気に包まれる。集中力が徐々に高まっていくことで、離れた場所から聞こえる謎の来訪者の声は、既に耳に入らなくなっていた。
そして、そんな緊張状態を打ち破ったのは、些細な偶然の産物がキッカケだった。
2人の上空で陽光を遮っていた巨大な雲に切れ間ができたことで、その隙間から一条の光が漏れる。光の行き着いた先にはユージーンの持つ魔剣グラムがあり、刃の側面に反射して《黒の剣士》の網膜へ届くと、《黒の剣士》は目を細めた。
(――ここだっ!)
刹那の間に生まれた隙を見逃さず、ユージーンは空を疾駆し、魔剣グラムを大上段に構えて突進する。彼の挙動に一瞬遅れて《黒の剣士》は反応し、迫る剣を受け止めようと身体の前で細身の片手剣を構えた――――が、この場合、剣で受けるのは悪手以外の何物でもない。
ユージーンがありったけの力で振り下ろした剣は、まるで自らを阻むものなど最初からないかのように、その刀身を霞ませて《黒の剣士》が構えた剣を通過した。通過した刃は再び実体化し、そのまま敵の胸元へ吸い込まれるように迫る。刃が接触して敵を大きく吹き飛ばすと、《黒の剣士》は後方の地形オブジェクトにぶつかって土煙を発生させた。
これこそが、ユージーンの持つ魔剣グラムの特性《エセリアルシフト》だ。魔剣グラムには、グラム本体を剣や盾で受けようとすると、非実体化してすり抜けるというエクストラ効果がある。つまり、魔剣グラムの前では
ユージーンが敵の落下地点をじっと見つめていると、土煙は徐々に薄れ、視界が晴れていく。敵の影がぼんやり見えてきたかと思いきや、それは突如猛スピードでユージーン目掛けて一直線に突進してきた。たった今やられた分をやり返すとでも言うように、剣を振るってユージーンに牙を剥く。
だが、ユージーンがギリギリのタイミングで斬撃を回避したため、《黒の剣士》の剣撃は虚しく空を切った。そして回避行動から姿勢を立て直したユージーンと攻撃を避けられた《黒の剣士》が向かい合うと、息もつかせぬほどの撃剣による攻防戦が繰り広げられた。
《黒の剣士》がユージーンとの距離を詰めて肉薄すると、剣を上段に構えて一閃。ユージーンは魔剣グラムを水平に構えて受け止めると、すぐさま反撃に転じようとしたが、敵が振り抜いた剣は急激に軌道を変えて跳ね上がってきた。V字を描く連続剣技の2撃目がユージーンの腹部から入り、そのまま肩まで突き抜けてダメージを与える。
「――――ぐっ!」
血の色を思わせるダメージエフェクトが発生し、HPが減少。ユージーンは斬られた際に発生した不快感に顔を歪ませるが、どうにか堪えて剣を強く握り、眼前のスプリガンに反撃した。
剣を上段に構え、右斜め上から繰り出した袈裟斬りが風を切って唸る。刃は《黒の剣士》の胸元に届き、HPバーを減少させた。
ユージーンはそこから同じ軌道をなぞるようにして逆袈裟で追撃し、敵の身体に2本の紅いラインを刻みつけたところで、《黒の剣士》が上段からの垂直斬りを放つ。それを見たユージーンはすぐさま振り抜いた剣を引き戻し、やや斜めに倒す形で身体の前に構えると、剣同士が激しく接触して火花を散らした。鍔迫り合いになりかけたが、ユージーンは翅の推進力を使って大きく後方に飛ぶ。
ここまでの戦闘で、ユージーンは敵の特徴を2つ見出した。
1つは、ステータスがハイランカーのプレイヤーと同等、もしくはそれ以上であるということ。
ここで言うステータスとは、HP、攻撃力、防御力の類だけを指しているのではない。勿論それらも充分高レベルであることが伺えるが、何よりも目を見張るのは、アバターを動かしている運動速度だ。
ALOにおけるアバターの強さは、反復使用で上昇するスキルとアバターの運動速度の2点が大きな割合を占める。前者が根気よく続ければ誰でも一定のレベルに到達する一方、後者は生来の脳神経の反応速度が大きく関与しているため、人によって差が生じてしまう。つまり、アミュスフィアが発したパルスを脳が受け取って処理し、運動信号としてフィードバックするレスポンスの速さは、生まれ持った能力に依存しているのだ。
ユージーンがこれまで見てきた中で、《黒の剣士》のスピードはどのプレイヤーをも凌駕していた。相手はNPCなので、それだけの速度を意図的に再現しているのだろうが、もしもこれがプレイヤーだったらと思うと、彼は全身が少しだけ震えるのを感じた。
もう1つは、敵の背負っている剣が1本ではなく、2本であるということだ。今は黒い片手剣を使っているが、今後の展開――例えば、ボス戦でよくあるHP減少に伴った行動パターンの変化――によっては、今使っている剣を捨ててもう1本の剣で戦う可能性もある。あるいは、両手に剣を装備して戦う、二刀流のスタイルになることも考えられるのだ。
(少しの間は様子見と行くか……)
開いた距離を詰めてくる《黒の剣士》を見ながら、ユージーンは頭の片隅でそんな事を考えていた。
しかし、それだけの考えを巡らせるのに要した時間はせいぜい1秒程度。意識を再び戦闘モードに切り替え、ホバリングしながら敵の突進を迎え撃つ準備をした。
剣の柄を両手で握りしめ、右後方に大きく引く。左足を1歩前に出して構えると、相手が剣の攻撃範囲に入ったところで、右から左へ流れる水平軌道を描きながら剣を疾らせた。
通常なら見てから回避することが困難な剣速だったが、《黒の剣士》は身を屈めて姿勢を低くし、剣を躱す。大きく左に剣を振り抜いたユージーンは右脇腹を相手に晒す格好となったが、敵はそれを見逃さず、剣が霞むほどの速度で斬りにかかる――――が、それはユージーンが意図的に作り出した隙だった。
「ぬんっ!!!!」
振り抜いた剣を一瞬だけ止め、左上から右斜め下の軌道を描く斬撃に変える。脇腹に迫る剣尖を
「ぜああぁぁっっ!!!!」
裂帛の気合いと共に放った突き技が迫る瞬間、《黒の剣士》は弾かれた剣を引き戻し、
またしても《黒の剣士》は衝撃で大きく後方へと飛ばされるが、今回は岩肌にぶつかることはなく、背中の翅で急制動をかけて静止。両者は再び向き直るが、《黒の剣士》の表情からは一切の感情を読み取ることが出来ない。
ユージーンが相手にカーソルを合わせてHPを確認すると、初撃よりも大きくHPが減少していることを確認した。攻撃がヒットした際の音とエフェクトから判断して、クリティカル判定がでたのだろう。
気を緩めることは出来ないが、時間さえかければユージーン1人で1段目のHPバーを削りきるのは時間の問題だ。両者の戦闘技術はほぼ互角だが、武器の性能でユージーンに軍杯が上がっているのが根拠として挙げられる。《黒の剣士》が使用する片手剣は一見して
「むっ?」
突然《黒の剣士》が剣を持っている腕を高く掲げると、身体の周りで光の文字が浮かび上がる。その光景が指し示す答えは唯一つ、魔法の発動だ。
しかし、ユージーンが訝しんだ理由は魔法の発動ではなく、発動する魔法の中身に関してだ。空中に浮かび上がっているスペルワードの断片から記憶のインデックスと照合すると、発動する魔法は幻影魔法で間違いない。そしてその魔法の効力が何かというと、アバターの見た目をモンスターに変える、というものだ。
見た目をモンスターに変えることでどんな効力があるかと言うと、はっきり言って実践的なメリットはゼロだ。プレイヤーが使用すれば攻撃スキルの値によってランダムに姿を変えるのだが、そのほとんどがパッとしない雑魚モンスターになる上、実ステータスは一切変動しない。それが認知されて以降は使う者がおらず、ユージーンも実際に目にするのはこれが初めてだった。
詠唱が終了し、《黒の剣士》は黒い光に包まれる。宵闇のような黒い光は次第に広がり、大きく渦を巻いて縦方向に伸びると――
「なっ!?」
――光の中から、巨大過ぎる影が現れた。
頭は山羊のように長く、湾曲した分厚い角が後頭部から伸びている。漆黒の体躯はプレイヤーの優に2倍を超えており、筋骨隆々としていて逞しいことこの上ない。その姿を形容するなら、『悪魔』という言葉がしっくりくるだろう。
長い腕をダラリと下げて尻尾を鞭のようにしならせながら、赤々と輝いていている両眼でユージーンを睨みつけると――
「グオオォォオオォォ!!!!」
――大地を、天を、世界を揺さぶり、根源的な恐怖を湧き上がらせるような咆哮を轟かせた。