「それでは、攻略会議を始めたいと思います」
今回のフロアボス攻略で全体指揮を取るディアベルの声が、攻略会議の場である《MTD》のギルドハウスの一室に響き渡る。
現在の最前線は第25層。第1層こそ攻略に1ヶ月かかったが、それ以降の攻略は順調に進み、当初は不可能に思われた百層攻略にも希望がみえはじめていた。そして『10層ごとに強力なボスが出現するのでは?』という予想もたてられたが杞憂に終わり、攻略組は初のクォーターポイントに挑むことになる。
最前線の第25層は巨人族の巣窟だったため、ボスも巨人が予想された。偵察隊の報告により案の定巨人型モンスターだったのだが、その姿は20メートルをゆうに超える《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》という名のボス。
浅黒く筋骨隆々とした身体、両手には
見た目のインパクトもさることながら、HPバーが五本もあることに加え、その太い腕から繰り出される
第1層フロアボス戦以降、度々行動を共にする機会が多かったキリトは、いつしかカイトとユキのパーティーに加わっていた。以前はアスナを加えた四人だったが、アスナは現在とあるギルドに所属している。
攻略会議を終えたカイト・キリト・ユキは、現在拠点にしている第22層のログハウス型の宿に戻っていた。
22層は森林と湖に囲まれており、迷宮区を除いてモンスターが現れないため、わずか二日というハイスピードで攻略された場所でもある。攻略組にとっては張り合いのない場所とも言えるが、三人はこの
宿で夕食を済ませると、カイトは青のストライプパジャマ、キリトは黒いシャツとズボン、ユキは白いワンピースタイプのネグリジェに着替え、それぞれの部屋で就寝する。明日に控えたボス戦に備えて――。
翌日、第25層のボス部屋の前に攻略組が集結していた。今回も《MTD》が最も多く人員を投入し、《聖竜連合》、《血盟騎士団》、その他小規模ギルドやソロと続いている。基本的にパーティーは同じギルド内の者同士で組み、ソロで動いてるプレイヤーやパーティーで動いてるカイト・キリト・ユキ等は一つにまとめられた。
「では、行きます!」
ディアベルの掛け声でボス部屋の扉が開かれ、カイトは頭をボス戦に切り替えた。
扉を開けると、部屋の奥に巨大な影があった。事前情報通り、双頭の巨人が今回のフロアボスだ。《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》は侵入者を確認すると、腰に差してある二本の
「戦闘開始!」
プレイヤーとボスが同時に走り出した。
「下がれ!」
ボスの足元を攻撃すると突然右足が上に持ち上げられた。誰かが叫んだが既に遅い。次の瞬間、右足が地面に叩きつけられ、大きな音と共に地面を揺らす。ボスの近くにいたプレイヤーは《
「嘘だろ……」
カイトは小さく呟いた。
カイトの装備は群青色のロングコートに片手剣という出で立ちだ。あんな重い一撃はカイトのような装甲の薄いプレイヤーなら掠っただけでも大ダメージは免れない。
そして今度は左の
そこでカイトは気付く。
《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》の攻撃力の高さから、現在戦闘中の班は慎重に距離をとってやり過ごしているのだが、今は
「ディアベル、一つ提案があるんだけどいいか?」
「……始まったばかりなのに、もう何かわかったのかい?」
作戦は至ってシンプルだった。あのプレイヤーを《
まずさっきと同じように
「――てのはどう?」
「……うん、やってみよう」
ディアベルが頷くと作戦を全員に伝え、開始した。
ボスの一撃が重いため油断するとHPが消し飛んでしまうが、ポーションと回復結晶を使って常にHPに気をつけていれば恐れることはない。あとは今の作戦をひたすらくりかえすだけだ。
(すごい……)
ユキはカイトがディアベルの元へ駆けつけ、何か話しているのを見ていた。今の作戦を思いついたのはきっとカイトなのだろうと、ユキは直感する。
(私も負けてられない!)
ユキは《ミスリルダガー》を持つ手に力を込めた。
カイトの考案した作戦をルーチンワークのように続ける。《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》の攻撃力に圧倒される場面も多々あったが、五本あるHPバーも上から一本ずつ空になり、残すところ最後の一段となった。
「来るぞ! 全員警戒しろ!」
ボスのHPバーの最後の段が赤く染まり、ディアベルが全員に注意喚起する。
《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》が一瞬動きを止めると、ボス部屋全体を響かせるような雄叫びをあげる。すると、浅黒かった肌が爪先から頭部に向かって赤くなっていき、叫び終わると巨人の身体は全身が赤く染めあげられていた。
ボスはHPが残り少なくなると、必ず何かしらの変化を起こす。それは武器の持ち替えやMobの出現など様々だ。そして状況から判断して今回のボスの変化は――。
「ステータス変化か……」
ボスのステータス変化。それは経験上、攻撃・防御・敏捷の変化が考えられる。特に今回のボスは攻撃力が高めなので、これがさらに上昇したとなると――。
(場合によっては一撃必殺もあり得るな……)
だが敵はもう虫の息。この戦いの終わりも間近だ。今までよりもさらに気を引き締め、ボスの一挙一動を見逃すまいとそれぞれが剣を握り直す。
そして、先に動いたのはボスだった。
《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》は深く膝を曲げると、部屋の天井にまで届くのではないかと思えるほどの跳躍をする。
「全員離れろ! 距離をとれ!」
ボスは20メートル級の巨人。そんな巨体が高い場所から、全体重をかけて落下してくる。訪れたのは部屋に響く轟音と大きな揺れだった。そして運悪くボスの真下にいたプレイヤーは砕け散ったが、着地した際に響いた音で破砕音すら聞こえない。
フロアにいるほぼ全員が《
「う、うわああああ!」
「て、転移! 《はじまりの街》!」
「転移! 《タフト》!」
目の前で起こった光景に恐怖し、一人、また一人と離脱するものが現れる。しかし、こんな状況でも諦めず『勝てる』と信じている者達がこの場には何人もいた。 身体の自由を取り戻したカイトはユキの元へ行く。
「ユキ。念の為きくけど、ここから逃げる気はないよな?」
カイトの質問にユキはポカンと口を開け、ニッコリ笑うとカイトの頬を軽くつねる。
「あるわけないでしょ。わかっててそれをきく?」
「ほへんふぁるふぁっは、ふぁはひへ(ごめん悪かった、離して)」
言われた通りにつねっていた手を離した。
「カイトを置いて逃げるなんてできないよ……。一緒に戦おう」
「……ありがとう」
二人は頷き、ボスを倒すべく駆け出した。
戦闘は難航した。戦線離脱による戦力の低下。《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》の圧倒的破壊力による死者の増加。HPは残り僅かなのに、慎重になるあまり決定打に欠ける。勝利という名のゴールが果てしなく長く感じられた。
カイトのHPが注意域になり、回復するためユキとスイッチする。だがスイッチの直後、ボスが膝を曲げ、あの大ジャンプのモーションに入った。
「ユキ、下がれ!」
ボスが跳躍し、着地と同時に地面が揺れる。誰もが身動きできない中、ボスがターゲットにしたプレイヤーはユキだった。
左の
「させるかあああ!」
少し離れた場所にいたカイトが敏捷値全開で走る。ボスの落下地点から離れていたカイトはその分《
ユキを抱きかかえ、ボスから見て大きく右へ跳ぶ。攻撃は回避したが、
とりあえずの危機は脱したが、まだボスはユキからタゲを外していない。今度は右の
(死ぬ……のか……?)
カイトがそう悟った時、すべての動きがスローモーションに見える。プレイヤーもボスの動きも、ゆっくりと時間が流れているようだ。そしてカイトは身体を動かさず、自身にまもなく振り下ろされる鉄の塊を、ただジッと見ていることしかできなかった。
だが鉄の塊が振り下ろされることはなかった。二人の前を黒と白の剣士が通る。その影は《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》に突進し、鮮やかな剣技でボスに尻餅をつかせた。
「二人とも、急いで回復を!」
「オレ達で時間を稼ぐ、今のうちに!」
アスナとキリトの声で、カイトの感じていたスローモーションの世界が元の速度で動き始めた。二人はキリトとアスナが作ってくれたチャンスを逃さないよう、回復結晶でHPを全快にする。ボスのHPをみると残り数ドット。カイトだけでなくこの場にいる全プレイヤーが、この戦いを終わらせるために総攻撃を仕掛ける。カイトも愛剣《ハウリーグ》を持ってボスに接近した。
《アナイアレイト・オン・ザ・ギガンテス》の
片手剣三連撃ソードスキル《バーチカル・クエイト》
カイトが放った青白い残光の三連撃はボスの身体に吸い込まれ、HPを根こそぎ削る。ボスの身体は眩しい光を放ち、最後にはポリゴン片となって爆散した。
長かった戦いの後にあるのはいつもの勝利を喜ぶ声ではなく、生き残ることができたことによる安堵と、多くの仲間を失ったことによる悲しみの声だった。特に今回の攻略に大人数を投入した《MTD》の被害は尋常ではなく、リーダーのシンカーもディアベルも、その顔は悔しさで満ちている。
カイトの目の前に初の
「死んじゃうかと思ったよ……ごめんねカイト、私のせいで」
カイトの着ているコートの左袖を掴みながら、小さな声でそう呟く。
「……そこは『ごめん』じゃないだろ」
「うん……助けてくれてありがとう、カイト」
「どういたしまして」
袖を掴んでいるユキの手の上に、カイトはそっと右手を重ねた。