時は遡ること、約3ヶ月前。
浮遊城アインクラッド、第74層迷宮区タワー。
「そういえばさあ……」
「ん?」
カイトとキリトの2人は、デスゲームの初期からアインクラッドで行動を共にしているが、時には意見のくい違いが発生することもある。
勿論、話し合いで解決することもあるが、場合によっては別の手段をとることもあった。
『デュエルで勝った側の意見を尊重する』。
そしてつい先ほど、第74層迷宮区を探索中に分かれ道に差し掛かかったため、2人が『せーの』の掛け声で行き先を指差したところ、綺麗に意見が分かれてしまった。そこでデュエルを行った結果、キリトが勝利を収めたため、彼が指差した側の道を2人揃って進んでいるのだが、その最中でカイトの脳裏にふとした疑問が浮かんだ。
「モンスターと戦闘する際に《二刀流》を使う時があるけど、オレとのデュエルでは使ったことがないよな」
「それを言うならそっちもそうじゃないか。オレの記憶が正しければ、デュエル中に《治療術》を使ったことは1回だってないだろ」
「使うって言っても、メインの自己回復はシステムエラーが出るせいで使えないし……唯一ある12連撃のソードスキルも、デュエルじゃ使い所が難しいからなぁ」
「でも、全く使えないかと言われれば、そういうわけでもないだろ? 強引に押し切って勝ち星を取る事だって出来るはずだし」
「嫌だよ、そんなの。そもそも《治療術》はエクストラスキル……下手するとユニークスキルに分類されるだろ。キリト相手に限った話じゃないけど、ユニークスキルを使わない相手に対して自分だけ使うっていうのは……なんか卑怯くさい」
「そう、それだ。オレが《二刀流》をデュエルで使わない理由は、今まさにカイトが言ったのと同じ理由だよ」
前を歩くキリトが肩越しにカイトを見つつ、ビシッ! と人差し指を立てた。
「《二刀流》スキルを行使した際の手数と攻撃力を利用すれば、間違いなく相手を圧倒できるだろう。でも、カイトがディエルで《治療術》スキルを意図して封じているのに、オレだけ《二刀流》を使うのはどう考えても
二刀が織り成す恐るべきスピードと連続剣技の凄さは、カイトが最も間近で見てきたので、嫌というほど理解している。もしもキリトがデュエルで二刀流を行使した場合、現時点ではとてもじゃないが勝てる気が微塵もしない。
「それに、オレがもし《二刀流》スキルを使う時がくるとすれば……それは『使わなければいけない時』以外にないよ」
自分の身を守るため。あるいは、大切な人達を守るため。
切迫した状況下になるまで、キリトは《二刀流》スキルを封じるつもりでいるが、もしも出し惜しみすることなく使う時がくるとすれば、それは……優しい心の持ち主である彼の事だ。きっと自分ではなく、誰かを守るために剣を抜くだろう。
「……へぇ、その点はオレも同意見だ。目の前で死にそうになっている奴がいたら、オレは迷うことなくスキルを使うって決めてるからな」
「それはいいけど、お前の場合は使う際に十分注意しろよ。使い所によっては自分の身が危険に晒されるんだから」
「わかってるさ。ユキとの約束を果たすまで、死ぬ気はないんでね」
「約束?」
「あぁ。実はゲームが始まった次の日の朝に――――」
そこから先、2人は他愛のない会話を交わしながら迷宮区を進んでいくが、『その時』の到来が実はすぐそこまで迫っていたのを、当時のカイトとキリトは知る由もなかった。
「……どうかしたか?」
一昔前に
「いや、ちょっと不公平だな、と思ってね」
「…………?」
カイトの言っている事の意味が、キリトとの間柄を知らないユージーンにはわからなかった。
「……まあいい。ところで、さっき貴様は奴の事をよく知っていると言っていたが、それはどういう意味だ?」
「別に深い意味はないさ。言葉の通りだよ」
そこでカイトは言葉を切ると、強引に話題を現状に向けた。
「それより、悠長に雑談している暇はない筈だろう? あいつだって、いつまでも大人しく待ってくれるとは限らないし」
「……あぁ、確かに貴様の言う通りだ」
言うや否や、ユージーンが素早くその場を離れ出したのを見たカイトは、半秒ほど遅れてその行動の意図を知る。二刀を携えた黒衣の剣士が土煙の中から勢いよく飛び出し、カイトに向かって斬りかかってきたからだ。
跳びはねる心臓を無理矢理に抑えると、反射的に剣を立てて防御姿勢をとる。接触点で火花が散り、至近距離から発せられているプレッシャーと突進の衝撃に歯をくいしばって堪えると、カイトと《黒の剣士》は拮抗状態を保ちながら鍔迫り合いに移行した。
数十センチ先にある見慣れた少年と瓜二つの顔からは、一切の感情を感じとれない。それが得も言われぬ恐怖を沸き立たせた。
「お、おいっ、おっさん! 来るなら来るって教えてくれても良いだろう!」
不満の矛先はこの状況を予見したユージーンに対してだ。
しかし、そんなカイトの不満の声など意に介さず、ユージーンは涼しげな顔で背中の両手剣を抜き取った。
「何か勘違いをしていないか? 俺はこのスプリガンを倒すことに同意したが、貴様と慣れ合うつもりは毛頭ない。そもそも、俺の同胞を皆殺しにした貴様とこうして協力している事自体が本来ならあり得ないのだ。貴様に対して剣を向けていないだけでもマシと思え」
「――んなっ!?」
改めて言われると、確かに仲間を大量虐殺された事に対し、ユージーンが何も感じていないわけがない。ユージーンの胸中を察するなら、《黒の剣士》よりもカイトを先に斬り伏せたいところだろう。協力を提示された時、少なからず彼の心には葛藤があった筈だ。
それでも、ユージーンがカイトの提案を呑んだのは、全プレイヤー中最強とまで言われている自分が、戦闘スタイルを変えた《黒の剣士》に手も足も出なかったという衝撃の大きさに起因している。完成された二刀流の剣捌きには美しいとすら思えたが、それと同時に完敗したという事実は、彼のプライドをズタズタに切り裂いたのだ。
にも関わらず、ユージーンは再び立ち向かおうとしている。カイトの言葉に触発されたのも理由の1つだが、根っからのゲーマーなら誰しもが持っている『負けず嫌い根性』が最大の理由だろう。
「それと、俺の名前は『おっさん』ではない」
ユージーンが左足を半歩前に出して右足を後ろに引くと、《魔剣グラム》を腰だめに構えた。
「『ユージーン』だっ!」
刹那、ユージーンのアバターが静止状態からコンマ数秒でトップスピードにまで加速した。グラムを大上段に構えると、あらん限りの力で振り下ろす。
一方、《黒の剣士》はユージーンの動きに反応し、二刀の内の片方を閃かせ、下段から切り上げる単発斜め切りを放った。
もしもこれがユイのような高い学習機能を持つAIだった場合、グラムの《エセリアルシフト》に対して剣による通常の迎撃は無意味なので、回避若しくは二刀による防御を試みるだろうが、《黒の剣士》に組み込まれているAIはそこまで高性能ではない。アインクラッドでの戦闘データを参照して実行するだけの機能しかないので、グラムのエクストラ効果といった特殊パターンに対する対処方法を適切に実行することは不可能なのだ。先の戦闘では1度だけグラムのエクストラ効果を突破してみせたが、あれもアインクラッド時代にキリトが編み出した『攻撃と防御を同時に行う』という戦闘技術であり、たまたま搭載されているAIの選択が上手く嵌っただけでしかないのだ。
そして今のようにカイトの相手をしている状態だと、回避は不可能なので剣での防御をとる以外に術がない。だからこそ剣戟による迎撃を選択したのだが、当然グラムにその手は無意味だ。
グラムの切っ先が霞んで敵の剣をすり抜けると、実体化して《黒の剣士》に迫る。胸元を切りつけてダメージを与えると、《黒の剣士》に強烈なノックバックが襲いかかった。
ユージーンの剣戟により、カイトに向けていた剣を持つ手の力が緩むと、カイトはその隙を逃さずに剣を疾らせた。
「ら……ああああぁぁ!」
4連撃の垂直斬りを一呼吸で繰り出し、正方形の軌跡を描いて《黒の剣士》を包み込む。余すことなく全弾命中し、ユージーンの上段斬りに加えて新たに紅いラインが4本刻み付けられた。
「ほう……」
感嘆の声が短く漏れたユージーンを横目に眺め、カイトは早口で告げた。
「あぁ、わかったよ。あくまで共通の敵がいるだけであって、お互いに敵であることは変わりないって事が。それじゃあ、うっかり背中を斬られても文句はなしだぞ」
「その台詞、自分自身にも言える事だというのを忘れるなよ」
「あぁ、肝に銘じておくよ」
会話を手早く済ませると、カイトは《黒の剣士》に斬りかかった。
《ソードスキル》というシステムの概念が存在しないALOでは、どう足掻いてもソードスキルが発動する事はない。しかし、それはあくまで『システムアシストを受けない』という意味であり、プレイヤーによって動きを再現する事は99パーセント可能だ。事実、カイトはこれまでの戦闘において、かつて《バーチカル・スクエア》や《ホリゾンタル・スクエア》という技名で呼ばれていたソードスキルを幾度となく繰り出している。
そしてそれは《黒の剣士》にも言える事。初めて対峙した時に《ヴォーパル・ストライク》を繰り出していたことから、片手用直剣や二刀流ソードスキルの動きを戦闘に組み込んでくる可能性は高い。その中でも二刀流の連続剣技は只でさえ手数が多いので、初撃を許せば剣戟の嵐が吹き荒れるのは必須だ。
それを封殺するため、カイトに出来るのはただ一つ。相手が攻めに転じる隙を与えない事。
「おおぉぉっ!」
ただし、力に任せて闇雲に剣を振るようでは意味がない。それでは子供のチャンバラごっこと大差ないし、いずれテンポは単調になってしまうため見切られやすくなる。可能ならば技と技の間に生まれる隙を最小限に抑え、流麗かつ緩急をつけられればそれがベストだ。
言葉で表すと簡単だが、実際にやろうとするとこれが中々難しい。ALOプレイヤーの近接戦闘は不恰好に剣を振り回すだけで、そのほとんどが単発剣技の応酬。流麗な連続剣技などという難度の高い要求は、デュエル大会の上位に食い込めるプレイヤーでも頭を悩ませるだろう。
しかし、カイトに言わせれば頭を悩ませるどころか、考えるよりも先に身体が自動で動いてしまう。連続剣技の心得は、嫌と言うまでもなく心身ともに染み付いているのだから。
「ぜああっ!」
目にも留まらぬ速さで繰り出される、高速の5連突き。そこから斬り下ろし、斬り上げ、トドメとばかりに全身全霊の力で放つ上段斬りは、片手剣スキルの中でも8連撃に及ぶ大技。反撃の隙を見出せずにいた《黒の剣士》は二刀の防御に徹するが、捌ききれなかった剣閃が身体の各所に紅いダメージ痕を残した。
これがもし、アインクラッドで繰り広げられている戦闘であったならば、剣尖を覆う燐光は収束し、カイトのアバターは長い硬直時間を課せられるが、ソードスキルを自力で再現するしか方法がないALOでその心配は不要。システムアシスト無しというデメリットは、技後硬直無しというメリットで補填されている。
そして硬直無しという利点を活かせば、アインクラッドでは不可能だった技術を再現することが出来るという事実に、カイトはいち早く気が付いていた。
振り下ろした剣を少しだけ左にズラすと、斜め下からの斬り上げを放つ。剣戟は防がれてしまったが、再び上段へ移行した剣で新たな連続技を繰り出した。
「う……らあっ!」
刀身に気勢を乗せ、バックモーションの少ない垂直斬りの後、振り切る寸前で剣を跳ね上げて斬り上げる。剣はV字の軌道を描くに留まらず、轟然と唸りを上げてもう一度上段斬りを放ち、最後は大上段からの垂直斬り。正方形の軌跡が宙を舞った。
かつてカイトが使用可能だったソードスキルの最高連撃数は12。これを上回るのは、キリトの二刀流スキルにある上位剣技《スターバースト・ストリーム》か、最上位剣技《ジ・イクリプス》ぐらいだ。
しかし、今この場においてはゲームシステムに縛られず、プレイヤーの思うがままに剣を振ることが出来る。技の終わりと、続けて新しく繰り出す技の初動モーションが不自然なくほぼ一致していれば、理論上は一見して二刀流最上位剣技を上回る連撃剣技を叩き出す事が可能だ。言い換えると、それはSAOではあり得なかった『ソードスキルの連携』である。
ここまででカイトが見舞った剣技は、片手剣の8連撃、単発斜め斬り、垂直4連撃と、占めて13にも及ぶ連続攻撃。休む間もなくアバターを酷使するのは中々しんどいが、ここで集中力を切らして手を休めると、敵に反撃の機会を与える事となる。カイトはありったけの集中力をかき集めて神経を研ぎ澄ませると、右足を踏み込み、剣を腰だめに構えた。
「う……おお!」
無我夢中で繰り出す剣技の数々を、身体に染み付いた記憶から呼び起こし、無意識に放つ。考えてから動くのではなく、考えるよりも先に動くくらいの勢いでなければ剣は届かない。一呼吸の内に水平4連撃を撃ち終えると、右腕が止まることなく疾る。
左から右へと剣が振られると、即座に切り返して来た道を戻るように、右から左へ。交錯点は《黒の剣士》の肩口を正確に捉え、HPを大きく減少させる。獰猛な蛇に噛み付かれたかのような鋭い剣戟は、クリティカルヒットを示す眩いエフェクトを周囲に散らした。
反撃する余地を一切許さない怒涛の連続攻撃は、流石の《黒の剣士》も防御に徹するしかないらしく、二刀を身体の前に構える姿勢を崩す様子がない。そんな一方的な戦闘の甲斐あってか、3段目のHPバーがとうとう底をつき、敵の残り体力がいよいよ折り返し地点に到達した。
(もっと……もっと速く……)
可視化されている相手のHPバーを一瞥し、強い欲求が心の奥底から沸き立ってきたのは、相手を圧倒し、自分が優位になっているからこそ生まれた一時の余裕。100パーセント相手に向けていた全神経が、この瞬間だけは1パーセントだけよそに向けられていた。
そして、ほんの一瞬視線を外したことにより、剣閃がわずかに鈍る。それに気が付ける者は極めて限られるだろうが、今まさにカイトと対峙している敵は、その鋭敏な感覚をもって針の穴を通すように生じた隙を突いた。
垂直に振るわれたカイトの剣を受けるため、かつてのキリトが得意とする二刀十字の構えをとる。狙うは武器防御における基本、《
鍔迫り合いは一瞬で終わり、交錯点で受けた剣を《黒の剣士》が勢いよく弾き返したことで、カイトの身体が後ろに大きく仰け反った。猛り狂っていた剣技の嵐が嘘のように止み、不気味すぎるほどの静寂が場を満たす。
「しまっ……」
だが、この静寂は所詮仮初めのもの。止んだと思われた嵐が再び息を吹き返す前触れだ。相違点があるとすれば、発生源を変えて風向きが逆方向に変化することだろう。
(この流れは…………マズイ! くるっ!)
最も長く、最も近くで彼の戦いを見てきたからこそ、この後の展開が自分にとって嫌なものになる事を予感してしまう。盾無し片手剣士のプレイヤーなら誰もが磨いているパリイ技術は、ただ武器で防御するだけではなく、防御から一転して攻撃に移行するのを遅滞なく行うためだ。パリイによる仰け反り効果で強制的な静止時間を発生させるのは、必中の大技を放つための前触れと言ってもいい。
二刀を持つ手が緩やかに規定のアクションをとった事で、カイトの嫌な予感は確信へと変わる。網膜の裏に焼きつくほど見てきたその構えは、二刀流上位剣技のそれとみて間違いない。
二刀流上位剣技の初撃は、まず右手の剣による一撃から開始される。相手を追い詰めていた状況から一気に劣勢へと転じて危機感を抱いたが、頭は本人にとっても意外なほど冷静だった。まずは右手の剣が翻るのを見逃さずに捌き、続けて繰り出される連撃は記憶を頼りにいなしていく。瞬き1回分の時間で立てた対策は粗末な出来だが、今はこれしか思いつかなかったため、カイトは腹を括った。
「邪魔だ。どけ」
短く吐き捨てた言葉がカイトの背中に突き刺さると、冷や汗を感じて反射的に無理矢理身体を捻った。次の瞬間、たった今カイトのいた場所を大剣が通過し、切っ先が風を切りながら《黒の剣士》へと伸びていく。《黒の剣士》の剣がカイトのロングコートを切り裂かんと裾に触れた瞬間、カイトを目隠しに利用して後方から突撃をかましたユージーンの剣が届き、標的の胸を深々と穿つ。
だが、《黒の剣士》の動きは止まっていない。右の剣はカイトの胸を浅く斬りつける程度に終わったが、それだけに留まらず、今まさに左の剣がユージーンを斬りつけようとしている事に、カイトはいち早く気が付いた。捻った身体をなんとか戻し、その場で後方回転蹴りを繰り出すと、《黒の剣士》の胸を思い切り蹴りつけた。蹴りの衝撃でノックバックが発生し、同時に突き刺さっていた剣が抜ける。
「あ、危ないだろ! というか、本気で刺すつもりだったろ!」
「当たり前だ。目の前に手頃な壁があれば、目隠し代わりに利用しない手はないからな。それに背中から斬られても文句は言えんと、お前自身が言っていた事だろう」
これには流石のカイトも異を唱える事が出来ず、「ぐっ……」と声を詰まらせた。つい先ほど自分で言ったばかりの発言に首を絞められるとは、誰だって思わないだろう。
カイトが新たな教訓を自前の辞書に書き記したところで、ユージーンは彼を置いて斬るべき敵に肉薄する。そんな勇ましい背中を見せつけられ、カイトも負けじと後を追った。
戦闘はいよいよ終盤へ。振り返るとこの章は長かったなぁ……。