滞空制限を超え、戦闘が空から陸に移り変わって間もなく、《黒の剣士》の4段あったHPバーがとうとう最後の1段目に突入した。
陸の戦闘になってもカイトとユージーンは思うがままに動き、それぞれが自分にとって最善と判断した、時には正当方で、時には奇抜な発想で攻め立てる。目まぐるしく切り替わる展開についていけるプレイヤーはアスナくらいのものだが、既に戦闘を終えた彼女を含む数名は、ALO史上最も激しい戦闘の行く末を傍で見守っていた。
カイトとユージーンは《黒の剣士》を中心にして対角線上に位置取り、双方別々の方向から剣を振る。受ける、弾く、流すといった高等技術を駆使し、目にも留まらぬ速さで繰り広げられている戦闘に、誰もが目を奪われていた。
「ぬんっ!」
ユージーンの豪剣が唸りを上げて斬るべき敵に猛然と迫る。エセリアルシフトが発動し、《黒の剣士》に深々と紅いダメージ痕を残すが、ユージーンはまだ足りないと言わんばかりの表情だった。剣を水平にして引き絞ると、裂帛の気合いと共にグラムを突き出した。
右肩を照準した切っ先が迫るが、あと少しのところでパリイされ、思わず「チッ」と舌打ちする。一見して隙がない性能のエセリアルシフトだが、1度使用すると次使えるまでに若干のインターバルを挟む必要があるのだ。連続使用が出来ない事に今まで大した不満もなかったが、今はそれがどうしようもなく歯痒く感じた。
パリイによって体勢をわずかに崩されると、《黒の剣士》が反撃に転じる。まず右の剣が閃き、コンマ1秒遅れで左の剣がユージーンに襲いかかると、自慢の紅い鎧に剣戟2合分の傷が付けられた。高ランクの装備なので物理防御は目を見張る数値を誇っているのだが、与えられたダメージ量は想像以上に多かった。
「小僧、気をつけろっ! おそらくバーサーク化で攻撃力にブーストがかかっている!」
地を這うようにして風の如く駆ける影に対し、ユージーンが忠告を促すが、対象者の速度が落ちる様子はない。《黒の剣士》の背後から青い妖精が剣を上段に構えると、出せる限りのスピードで突進技を放ち、背中に大きな傷を刻みつけた。
一撃浴びせられた事でぐらついた身体を正すと、《黒の剣士》は振り向きざまに右の剣による横薙ぎで一閃。しかし、姿勢を低くしていた事が幸いし、薙いだ剣はカイトの頭上数センチを虚しく通過したが、続く左の剣は間違いなくカイトを捉えていた。
慌てて剣を引き戻したカイトが防御姿勢をとると、ガキイィィン! という甲高い金属音が周囲の静寂を突き破る。間一髪で間に合ったかと思ったが、肩口に刻まれた紅いエフェクトと共にHPが減少していた。どうやら掠ったらしい。
「うおっ! 確かにこいつはマズイな……」
カイトの装備はユージーンのようなレア装備ではなく、手に入りやすい店売りの代物だ。まともに喰らえば彼以上の大ダメージは必須であり、防御面はこれまで以上に気を引き締める必要がある。
「……って、さっきはなんにも教えてくれなかったくせに、どういう風の吹き回しだよ。馴れ合うつもりはなかったんじゃないのか?」
「貴様の実力は認めたし、ここで貴様が死ぬと勝てるものも勝てんからな」
「心配する必要はないぞ。オレと同じくらい強い剣士が後ろに控えているから」
言葉のやり取りを交わす2人をよそに、《黒の剣士》が右の剣を肩の高さに持ち上げると、地面と水平にして剣先をカイトにピタリと照準する。反射的に重攻撃の突進技を思い浮かべたが、カイトはその考えをすぐさま捨てた。その理由は、左肩の高さがいつもより若干低い姿勢をとっていたからだ。
「かと言って、簡単に負けるつもりはないけどね」
刹那、剣先が勢いよく突き出されたかと思いきや、そこから立て続けに高速の5連突きが撃ち込まれるが、カイトはしっかりと切っ先を両の眼で捉え、剣筋を予測して捌く。右へ左へと全て受け流しきると、続いて繰り出される剣の軌道を回避するため、横方向にスライドした。
カイトの予想を裏切ることなく、5連突きの後は斬り下ろし、斬り上げ、そして全力の上段斬りが繰り出されたが、見慣れた8連撃はあえなくカイトにダメージを与えることなく終わった。5連突きの後は垂直方向の軌道を描く技なので、縦方向には強くとも横の動きには弱く、彼はそれを考慮して回避行動をとったのだ。
最後の攻撃が終わると、カイトは《黒の剣士》の真横を通過し、すれ違いざまに水平2連撃を見舞った。脇腹に痛々しいダメージ痕を焼き付け、そのままヒット&アウェイの要領で一旦距離をとる。
連続攻撃の影響でカイトに対する
背後からの攻撃で《黒の剣士》の姿勢は崩されて前のめりになり、転倒寸前の状態となる。ユージーンは再びグラムを頭上に持ち上げると、1歩踏み込んで勢いよく振り下ろした。
「――――っ!? 下がれっ!」
何かを感じ取ったカイトが鋭い声で警告するも、ユージーンは既に剣を振り下ろし始めており、剣は重力に従って下へと進んでいる。動き出した剣は、もう止められない。
グラムの切っ先が標的の背中を刻みつける瞬間、今にも倒れそうだった《黒の剣士》は左足で踏みとどまり、身体の向きを変えてユージーンの真横をすり抜ける。ユージーンの振り下ろした剣は空振り、代わりに《黒の剣士》のすり抜け様に振るった剣がユージーンの下腹部を薙いで斬りつけた。
「が、はっ……」
文句無しのクリーンヒットでユージーンのHPバーは大幅に減少するが、《黒の剣士》の手が緩まる気配はない。洗練された動きが剣に伝わると、次々とユージーンの身体に傷跡を刻みつけ、水平4連撃からの垂直4連撃に繋げた。
さしずめ、如何にユージーンと言えども、合計で8にも及ぶ剣技を立て続けに浴びせられればひとたまりもない。相手がバーサーク状態という事もあり、ガリガリとHPを削られたユージーンは、一瞬で赤色に瞬くエンドフレイムへと姿を変えた。
《黒の剣士》が連続剣技使用後の残心にも似た静止状態からゆるりと上体を起こした直後、身体の向きを90度変えて二刀十字の構えをとった。その半秒後、恐るべき速度で突進してきたカイトの剣が衝突し、甲高い金属音と激しい火花を周囲に撒き散らす。
「まったく……相変わらず凄い反応速度だな」
完全に虚を突いたと思っていたカイトだが、キリト由来の反応速度を上回る事は叶わなかった。
一瞬の鍔迫り合いを経た後、カイトは一足一刀の間合いに素早く後退する。両足が地面に着いた直後、それを合図に対峙する2人の姿が霞み、目まぐるしい剣戟のラッシュが繰り広げられた。
先制攻撃は《黒の剣士》。右の剣が地面スレスレを疾って一気に跳ね上がるが、カイトは上体を捻ることでこれを回避。続く左の剣が唸りを上げて再び敵の身体に噛み付こうとするも、今度は剣で捌かれてしまう。
二刀を防いだカイトが反撃に転じて剣を振るうが、初撃で閃いていた右の剣が行く手を阻んでブロック。《黒の剣士》は左の剣で逆袈裟気味に斬りつけるものの、カイトは頭を低くし、紙一重のところで躱した。息つく暇もないような一進一退の攻防が続く。
「た、助けなきゃ……」
ハイレベルな戦闘に見入り、固唾を飲んで見守っていたリーファだったが、化け物じみた強さを持つ相手に奮戦しているカイトがいつまで保つのかわからない。この期に及んで自分に何が出来るのか、その答えは飛び出そうとしている今でも導き出せないままだが、当事者でない彼が最も傷つくなどあってはならない。鞘に納めている剣の柄に手を触れ、1歩踏み出す――――その時だった。
「待って」
右肩に優しく触れた温もりを感じて振り返ると、カイトと共にいたウンディーネの女性――アスナがいた。激戦を繰り広げている2人をじっと見据え、その光景が瞳に映って反射する。
「な、なんで止めるんですか。あなたの仲間でしょう? なんとかしないと」
「よく見て。様子がおかしい」
「えっ?」
顔の向きを元に戻して言われた通りに2人の動きを観察する。そこには相も変わらず凄まじい戦闘風景が広がっているが、リーファの目から見て特段おかしな所は見受けられない。斬り込んでは防がれ、斬り込まれては防ぐの繰り返しだ。単独で戦ったユージーンは敗れたというのに、今もなお互角に渡り合っているカイトの踏ん張りは称賛に値する。たった1本の剣で二刀を操る《黒の剣士》の攻撃を防いでいるのだから。
「……あっ……!」
ここで、リーファが小さく声を漏らした。アスナが言わんとしている事が何なのか、理解したからだ。
武器の威力や手数の多さを大まかに分類するなら、両手持ち武器のように大きければ威力は高くなるが手数は減り、短剣のように小さければ一撃の重みは減るがその分手数が増える。そして今カイトと《黒の剣士》が使っている片手剣はというと、威力も手数もそこそこの、良く言えばバランスの取れた、悪く言えば面白みに欠けた武器だ。
武器本来の攻撃力に関しては性能の差があるので言及し難いが、手数に関しては武器種が同じならほぼ同一と言っていい。プレイヤーの技量に左右されることもあるだろうが、それは微々たるものだし、カイトと《黒の剣士》の実力を考慮するなら大きな差はないだろう。
ただし、それは『2人の使用する武器が1本の片手剣』という前提で語られる。現在カイトは1本の剣で戦っているのに対し、《黒の剣士》は2本の剣で戦っている。剣が2本になれば手数も単純に2倍だが、二刀流を自在に操る《黒の剣士》の攻撃は体感でそれ以上だ。
にも関わらず、カイトと《黒の剣士》の戦いは互角――――どころか、寧ろカイトが押しているといっても過言ではない。可視化されているHPバーを判断材料にして考えると、《黒の剣士》のHPは時折ダメージを負って減っているのに対し、カイトのHPは減る様子がないからだ。
「どういう、事……?」
「……私にもわからない」
目の前の状況を説明できないアスナも首を傾げる。
偽物とはいえ、敵はキリトの戦闘データを取り込み、本人と遜色ない反応速度を体現しているNPCが相手なのだ。《閃光》の異名を持つアスナでも、二刀装備状態のキリトの猛攻を防ぎ、あまつさえ反撃するなど可能か否かと問われれば、否だ。
しかし、実際にカイトはそれをやってのけている。勿論、そこには明確な理由があった。
古今東西ありとあらゆるMMORPGに出てくるモンスターは、規定のアルゴリズムに従って動いている。プレイヤーが逃げれば追う、接近されたら近接攻撃、離れれば遠距離攻撃といった具合にだ。そういった行動をランダムに行う場合もあるが、開発者によって規定されたモンスターの行動パターンはそれほど多くないので、対峙するプレイヤーはモンスターの
そしてそれは《黒の剣士》にも同様の事が言える。何故なら、彼もまた、ALOのゲームマスターによってこの世界に生を受け、一定の行動パターンに従って動いているモンスターと本質的には大差ないからだ。強いて違いを挙げるとすれば、《黒の剣士》がとれる行動パターンは、他のモンスター群と比較して、文字通り
カイトがこの事に気が付いたのは、《黒の剣士》と初めて邂逅して戦った後だった。
遭遇した直後は本人も平静さを欠いていたので見落としていたが、後々戦闘を思い返してみると、ソードスキルを使用するタイミングやアスナに対して行ったフェイントなど、理解できる、あるいはどこか見覚えのある技術がそこかしこに散見されたのだ。
それもそのはず、初めて遭遇した際にユイが明言した通り、『《黒の剣士》はキリト本人がアインクラッドで培った戦闘技術が集約されている』のだ。言い換えれば、キリトの動き、癖、相手の挙動に対する反応を完璧に再現しているので、SAOで彼と1度でも対峙した者であれば、キリト本人と戦っているように感じるだろう。
しかし、『本物に限りなく近い偽物』であるが故に、脅威を通り越して寧ろ親しみを感じているプレイヤーがいた。それがカイトだ。
《黒の剣士》と剣を交わした数は、間違いなくダントツでカイトが1番だろう。対人戦闘の技術を磨く意味もあったが、彼らは意見が分かれるとデュエルで方針を決める方式をとっていたので、その数は100や200で収まるものではない。さらに言えば、実際に二刀装備状態のキリトと対決した経験はなくとも、彼が二刀流を極める鍛錬の場には、常に隣にはカイトがいた。
なのでカイトに言わせれば、キリトの手の内はほとんど知り尽くしているので、《黒の剣士》の挙動から次の動きを予測して捌き、生まれた隙を逃すことなく的確に突いてダメージを与えているのだ。
とはいえ、一瞬たりとも油断できる相手でないのはカイトにも言えること。気が緩んだ瞬間、二刀の猛攻を喰らって優位に立っている戦況をひっくり返されるのだけは、なんとしても避けたかった。カイトはキリトの手の内を知り尽くしているといっても、二刀流のキリトと直に戦ったことはないので、二刀流剣技――――特に上位剣技でも出されたら捌き切れる自信がない。なのでカイトは二刀流剣技を出す暇もないほどの超速戦闘に持ち込み、一気に決着をつける魂胆でいた。
「おおぉぉっ!!!!」
《黒の剣士》のHPがとうとうレッドゾーンに突入し、勝敗の決する瞬間がそう遠くないと予感したカイトは、反撃する
最速の上段斬りを放ち、続けて繰り出したタックルで相手の姿勢を崩すと、再び剣で斬りつける。剣技と体術の複合技で隙を埋め、敵に残されているHPをこのまま削り切るつもりでいた。
体当たりで体勢を崩した相手に対し、もう一度渾身の上段斬りを放つため、剣を肩に担ぎ、振り下ろす。剣がアバターを垂直方向に切り裂かんと迫るが、接触する直前、二刀十字の構えに阻まれて怒涛の連続攻撃がピタリと止んだ。
(しまった……! 踏み込みが甘かったか!)
体重を乗せきれずに放ったタックルが、《黒の剣士》の体勢を完全には崩せなかったようだ。
カイトの上段斬りを防いだ《黒の剣士》が剣を弾き返したことで、今度はカイトが体勢を崩される。パリング成功のボーナスも加算され、仰け反り効果はいつも以上に顕著に表れた。
この時、すぐ反撃の嵐が吹き荒れるものだと覚悟を決めたカイトだったが、《黒の剣士》は予想に反して距離をとった。疑問と安堵が入り混じるが、それらは即座にすべて危機感へと変貌した。
距離をとった《黒の剣士》が地に足をつけると、
(――マズイっ!!)
片手剣カテゴリにあるものなら剣筋は読めるが、16にも及ぶ二刀流上位剣技となれば話は別だ。開発者の茅場晶彦なら兎も角、カイトはその剣筋をすべて把握しきれていないのだから。
肉薄する両者の距離は瞬く間に縮まると、先に仕掛けたのは《黒の剣士》だった。16連撃の序章とも言える右袈裟斬りを放つが、カイトが許すのはこの初手のみで、この後に続く剣技を待ち構えるつもりは毛頭ない。
「――ぉ……おおおおぉぉっ!!」
裂帛の気合いと共に左手を右肩へ持っていくと、彼は背中に下げている鞘を掴んで一気に引き抜く。しかし、鞘で迫る凶刃に真っ向から対抗するのではなく、側面を使って剣先を滑らせ、流し、同時に頭を低くして振り切らせることが目的だった。
コンマ1秒たりともタイミングを外せない緊張感に襲われつつも、彼は賭けに勝ち、目論見は成功する。受け流した剣の行く先など気にもとめず、右手の剣を下段から勢いよく跳ね上げた。
「らっ……ああぁぁーーーーっ!!!!」
切っ先が左脇腹を抉ると、止まることなくそのまま右肩まで突き抜ける。血のように紅いラインが《黒の剣士》に刻まれると、傷口から光が漏れてアバターを包み込み、大量の光り輝くポリゴン片を周囲に撒き散らしながら爆散した。
荒々しい音は止み、一転して不気味なほどの静けさが訪れると、カイトの頭上には勝利を讃えるシステムメッセージが表示された。少し遅れて報酬一覧が目の前に表示されたが、そこで彼はようやく戦いの結末に現実味を感じ始め、一言呟く。
「終わった、んだよな……?」
そう言った直後、後方から割れんばかりの歓声が聞こえて振り返ると、無事に生き残ったシルフとケットシーのメンバーが口々にカイトの健闘を褒め立てる言葉を投げかけた。
「見事! 見事だ!」
「スゲェ。あの化け物を倒しやがった!」
「ナイスファイトだヨー!」
「やるじゃねぇか」
褒められるとどう反応していいのかわからないカイトは、照れ隠しで一団のいる方向とは逆に顔を向けた。次いで指先で頬をかいていると、彼の前に回り込んで顔を覗き込むアスナが現れた。
「お疲れ様、カイト君。凄く格好良かったよ」
「あ、あぁ……。ありがとう……」
アスナの視線を至近距離から受けることに耐え切れず、そっぽを向く形で明後日の方角に顔を向ける。だが、ほんのりと赤らむ顔までは隠しきれなかったため、彼の心境を悟ったアスナがからかいの目を向けた。
「もしかして……照れ隠し? カイト君って可愛いとこあるよね」
「可愛くないです」
優しい笑みを浮かべるアスナと、未だ照れ隠しでそっぽを向いているカイトのやりとりを眺めていたリーファが、そっと彼らに近付いてきた。最初にアスナが、続いてカイトも彼女に気が付く。
「助けてくれてありがとう、カイト君。君がいなかったらシルフとケットシーの同盟が危ぶまれたし、なにより世界樹攻略が遠のくところだったわ」
「お役に立てて良かったよ。……それはそれとして、最初の約束、覚えてる?」
「わかってる。世界樹攻略に手を貸すって事でしょ? ……という事は、ウンディーネとも同盟を結ぶってことでいいのかな?」
リーファの問いかけに対し、カイトは首を横に振った。
「いや、この話にウンディーネ自体は関係ない。オレともう1人、このアスナが世界樹を目指してるんだけど、2人だけじゃどうにもならないだろうから、協力してほしいなぁ〜、なんて」
「…………えっ……?」
まさか2人だけで世界樹を攻略する話だとは思っておらず、それ故の驚きだと判断したカイトは、簡潔に事情を説明し始めた。
「実は世界樹の上……だと思うんだけど、そこにオレ達の知り合いが捕まってて、この世界に囚われているはずなんだ。そいつは今も病院のベッドで眠ったままで、オレ達はなんとかして助け出したいと思ってる。その、信じられないかもしれないけど……」
他人が聞けば突飛な話だが、カイトは目の前の少女が理解を示してくれると信じて話した。彼女の反応は戸惑いを色濃く含んでいるが、きっとそれも今だけだろう。
しかし、この時リーファが戸惑っていた理由は、カイトの話した内容ではない。彼と共に自分達を助けてくれた、美しくも強いウンディーネの名前に対してだった。
「……アスナ、さん……。もしかして……結城明日奈さん、ですか?」
「えっ?」
「んっ?」
ついさっき出会ったばかりのリーファが知るはずのない、アスナのリアルネーム。
それを知っている理由は、本人の口から直接答え合わせされた。
「私……直葉です。桐ヶ谷和人の妹、桐ヶ谷直葉です」
リーファの受けた戸惑いが伝染し、今度はカイトとアスナが驚愕に見舞われる番だった。
思ったより長くなってしまった9章もこれにて締めです。
次の章へ移る前に、恒例のものでワンクッション挟みます。