ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第79話 能ある猫は実力と本意を隠す

 

「《アリシャ・ルー》って、結構可愛い名前だと思わない? 元々は本名の天津河理沙(あまつかりさ)から3文字とった《アリサ》で登録しようとしたんだけど、もう別の誰かに取られてたみたいでね。だから《アリサ》を《アリシャ》に変えて、後ろに《ルー》を付け足して可愛い名前にしたの」

 

 キリトが須郷を斬り伏せた頃、反対側の道を進んだカイトとアリシャ・ルーは、のっぺりとした通路の真ん中で対峙していた。

 しかし、平然としているアリシャとは正反対に、カイトの心は彼女の正体を知ったことで少なからず動揺していた。アリシャの失言を手掛かりに考察した結果、『レクトの社員』であるとおおまかに推測していたカイトだったが、まさか自分にとって身近な存在である従姉弟の理沙だとは、これっぽっちも考えていなかったのだから。

 

「……まんまと騙されたよ、色々とね」

「あら、人聞きが悪いわね。騙すつもりなんて最初からなかったわよ?」

 

 アリシャは片足に体重を乗せると、腰に手を添えて不敵に笑った。

 

「ただ、言う必要がなかっただけだもの」

 

 カイトはその物言いを聞いた時、目の前の人物は間違いなく自分の知る天津河理沙(あまつかりさ)なのだと実感した。

 彼女は自ら多くを語ることはしない。別に人見知りだとか、寡黙な性格だとかいうわけではなく、寧ろその対極に位置する性格だ。ただし、それは自分に関すること以外に該当するのであって、自分のこと若しくは自分が関わっているものに限り、余計なことをペラペラと喋るのは必要最低限にとどめている。

 そう聞かされると、大抵の人は彼女のことを秘密主義者のように感じるが、実際には違う。単に自分から話すことはしないだけであって、人から訊かれれば素直に答えるからだ。

 

「……公務員っていうのは嘘で、本当はレクトの社員だったの?」

「職業に嘘はないわ。もっと言えば、私のいる部署は悠人ちゃんにとって親しみさえ感じるかもね。ほら、菊岡さんって知ってるでしょう?」

 

 それだけ言われれば、真っ先に答えへ辿り着くのは簡単だった。

 

「仮想課……」

「そうそう。あの人、悠人ちゃんの担当でしょ。本当は私が担当したかったんだけど、『身内だと余計な感情が入って公平な対応が出来ない恐れがある』っていう理由でダメだったのよ」

 

 本気で残念そうな彼女の様子は隅に置き、カイトはさらに続けた。

 

「総務省の……仮想課の人間なら、元SAOプレイヤーの名簿なんて簡単に手に入るもんな。…………ところで、どうしてシステムアクセス・コードをアスナが持ってるって知ってたんだ?」

「正確には、アスナちゃんが持っているのを知ってたんじゃなく、悠人ちゃんかアスナちゃんのどっちかが持っていると思ってたのよ。キリト君にシステムアクセス・コードを渡したのは、私なんだから」

「オレかアスナのどちらかに渡るのを見越して?」

「そうよ」

 

 自信満々に言ってのけたアリシャを見て、カイトは少しだけ彼女が恐ろしく思えた。これではまるで、自分達はずっと彼女の掌の上で踊らされていたみたいではないか、と。

 そして訊けば訊くほど、カイトの中で不明な点が生まれていく。

 

「というか、レクトの社員でもない仮想課の人間が、どうしてそんな物を持ってたんだ? しかもキリトに渡したってことは、世界樹の上にいたってことだし」

「……今の私は、ちょっとした事情でレクトのフルダイブ技術研究部門のスタッフなの。研究チームのメンバーなら、世界樹の上にある仮想世界に設けられた施設へ出入りするのは簡単よね。ま、それも今日までの話だけど」

「どういう意味?」

「言葉の通りよ。私がレクトの一員として潜り込んだ目的は今日で達成されるから、これ以上居てもしょうがないってこと」

 

 この時、アリシャの目線が斜め上に向けられたのを、カイトは見逃さなかった。その方向に何かあるのかと思ったが、何のことはない、ただ視界に表示されている現在時刻を確認しているのだとわかった。

 

「まだいいか…………。ねえ、悠人ちゃん。折角だし、少しだけ遊んでいかない? 元々ここはゲームの世界なんだしさ」

「遊ぶって、一体何をするつもりなのさ?」

「決まってるでしょう。ALOはPvP推奨なのよ」

 

 そこまで言われれば、さらに訊き返すなどという真似はしない。アリシャは今、カイトに1対1の勝負を持ちかけているのだ。

 その提案を聞いたカイトは、暫し黙考した後、口を開いて鋭く言い放った。

 

「嫌だね」

「あら、それはどうして?」

「りーちゃんと戦う理由がないから」

「じゃあ、悠人ちゃんはいつも何か理由がないと戦わないの?」

「別にそういうわけじゃないよ。ただ、今のオレにとって最も優先すべきことは、ユキを探して見つけることなんだ。そういう事情がなければゲームを楽しむ一環として手合わせするだろうけど、今はその時じゃない。また今度にしてよ」

 

 カイトは止めていた足を再び前に動かして歩き出すと、アリシャとの距離を縮めていく。脇目も振らずに彼女の横を通り過ぎようとしたが、すれ違う瞬間、アリシャは小さく、だがカイトの耳に届く程度の声で呟いた。

 

「この施設内を普通に探すやり方だと、彼女の元に辿り着くのは不可能よ」

 

 聞き捨てならないアリシャの言葉に、カイトの足が思わず止まる。カイトとアリシャは背を向けたまま、約3メートルの間隔をあけて会話を続けた。

 

「この世界で囚われている元SAOプレイヤーは、約300人。そのほとんどは私達みたいなアバターを持たずに《実験体格納庫》で監禁されているけど、例外が2人いるの。1人はキリト君で、もう1人はユキちゃん。キリト君は須郷が鳥籠に閉じ込めてイジメているみたいだけど、ユキちゃんは別。ちなみに彼女の存在は、須郷ですら知らないわ」

「須郷はこの施設の責任者みたいなもんだろ? ……なんで須郷が知らないような事を、りーちゃんが知ってるのさ?」

 

 背中を向けたままだったアリシャだが、ここでようやく、彼女は振り返り、カイトに向かって衝撃の事実を告げた。

 

「だって、実験が始まる前に選別して彼女を個別に監禁したのは、私なんだから」

 

 アリシャの告げた事実を聞いたカイトは振り返り、目を丸くして彼女を見た。2人の視線がぶつかるが、アリシャの瞳の奥にある真意を図る事はできない。

 見開かれた瞳の奥に驚愕の感情が浮かび上がっているカイトを見たアリシャは、満足気な顔で微笑んだ。

 

「ほら、戦う理由、出来たでしょう?」

 

 その言葉が開戦の合図となり、カイトは背中の剣を抜剣、アリシャは腰に備え付けているクローを同時に装備すると、大きく1歩踏み出して各々の武器を渾身の力で振るった。カイトの上段斬りとアリシャが左右から繰り出した水平軌道の一閃が接触すると、全ての膂力(りょりょく)が1点に集中し、橙色の火花を散らした。

 

「ユキは何処?」

「私に勝ったら教えてあげ…………るっ!!」

 

 鍔迫り合いに気をとられていたカイトの隙を突き、アリシャは右足で彼の脇腹を蹴りつけた。ダメージ自体はたいしたことないが、僅かなノックバックによって一瞬怯み、カイトは眉を細める。さらには剣を押し込んでいた力が緩んだため、左手のクローを腰だめに構え、鋭い突き技でカイトの肩を(えぐ)った。

 

「うぐっ……が…………」

 

 足がもつれたカイトは後ろによろけ、赤いダメージ痕が残る右肩を左手で押さえた。

 

「ほらほら、どんどん行くよ」

 

 今度は右手のクローを下段に構え、下からすくい上げるようにしてカイトに3本のダメージ線を刻みつける。左手のクローも同じように下段から繰り出した後、今度は頭上で振りかぶった両手のクローを思い切り振り下ろした。

 

「お…………おおぉぉっ!!」

 

 カイトは崩れた体勢を無理やり立て直すと、剣を素早く腰だめに構え、下段からの単発斜め切りをイメージして迎え撃った。両者の武器が再び接触してまたも火花を散らすが、両手で上から全体重をかけて繰り出したアリシャの攻撃に対し、下段からの切り上げ、それも片手武器の反撃では分が悪く、カイトは上から押さえつけられる形で追い込まれる。

 カイトは唇を噛んで耐えるが、これ以上続けても形勢逆転できる見込みは薄いと判断し、アリシャから受けている力の流れに逆らうことなく後方へ大きく跳び退いた。

 

「逃がさないよ」

 

 だが、愛嬌のある容姿とは裏腹に猫科の獰猛な狩人と化したアリシャは、目の前で遁走する獲物を逃す気がない。身を屈めて溜めを作ると、自らが弾丸となり、地面スレスレで床を猛然と疾駆した。

 

(速い…………っ!)

 

 開いた間合いなど最初からなかったかのように詰めると、アリシャは突進の勢いを乗せて立てた爪を斜めに振るう。カイトの身体を深々と抉ると、強烈なノックバックが彼を襲った。

 

「ぐはっ……!」

 

 体勢を立て直す余裕もなく、カイトは背中から床に着地し、そのまま数メートルの距離をひきづるようにして疾った。身体の前面はクローのダメージが、背中には床との摩擦で生まれた不快感が押し寄せる。そしてカイトが仰向けの状態で顔を歪ませていると、彼の頭上でアリシャが跳躍しており、動けないカイトに上から追撃をかけようとしているところだった。

 咄嗟に身体を捻って横に転がると、すんでの所で回避に成功。すぐに身体を起こして剣を左腰に据えると、右足で床を蹴り、地を這うような低さで駆ける。身体に染み付いた基本突進技を側面からアリシャに叩き込むためだ。

 しかし、そんな彼の行動を見透かしていたかのように、アリシャは充分な時間と余裕を持って後方に飛び退(すさ)った。カイトの剣は何もない空間を虚しく貫き、風を切る音だけが辺りに響いた。

 

「ふむふむ、なるほどね……」

 

 アリシャは両手に装備したクローを合わせ、研ぐように滑らせて爪を鳴らす。彼女のカイトを観察するような様子から察するに、ここまで起きた一連の流れは、おそらく彼の力量を測るためのものだったのだろう。咄嗟の状況判断、危機回避能力、攻防の切り替えがどの程度なのかを見極め、伝説の城の最前線を駆け抜けていたカイトという名のプレイヤーの実力を丸裸にするために。

 今の段階でアリシャがどう思っているのかは不明だが、カイトの中では既にアリシャに対する評価が下っていた。

 

(強い……。攻略組だった連中と遜色ないぞ)

 

 クロー装備は軽量武器であるがゆえ、一撃の重みは問題視するほどのものではない。事実、今の展開で幾つも攻撃を受けたが、ダメージ量はそこまで多大ではないからだ。

 だが、それを補ってあり余るほどのものが、アリシャにはあった。

 瞬時に間合いを詰める敏捷性、両手に装備したクロー武器を自在に操る技術、詰め将棋のように敵を追い詰める戦術、相手の動きに対する反応速度など、どれをとっても一級品だが、中でも特筆すべきは、やはりクロー装備の扱いと反応速度だろう。

 主武装でクローを使うプレイヤーは少なくないが、その中でもアリシャは特殊だ。なにせ、一般的には片手に装備するクローを、()()()()()()()()()のだから。

 片手武器を両手に装備する二刀流の扱いは難しいが、クローにも同じことが言える。自在に扱えるレベルにまでもっていくには、長い時間をかけて反復練習をするほか、プレイヤー個人の技量、センス、あるいは才覚に頼る部分が大きいからだ。かつてのキリトが二刀流スキルを公開した時、既に剣を自在に振るえるレベルにまで達していたが、それも本人が並大抵ならぬ努力で鍛錬を重ねた結果であるのと同じで、一朝一夕で身につくほど甘いものではない。武器を交えた時間は瞬く間であったが、だからこそ彼女の努力が伺える。

 

 しかし、やはり最大のキモは高い反応速度だ。アミュスフィアからのパルスを脳が受けとって処理し、運動信号としてアバターにフィードバックする時間が速ければ速いほど、アバターのスピードも速くなるのだが、茅場晶彦が《二刀流》スキル取得の条件に『最大の反応速度を持つ者』と定めたのは、彼の思い描く二刀流使いの理想形にこの要素が必要不可欠と考えたからだろう。『攻撃は最大の防御』を両手に武器を装備した状態で実演できるほどの持ち主でなければ、真の二刀流使いにはなり得ない、と。

 そして厳密には二刀流と呼べないが、両手にクローを装備したアリシャの戦いぶりと垣間見えた反応速度から判断するに、彼女もキリトと同等のポテンシャルを秘めている。もし彼女がSAOの虜囚であったならば、《二刀流》スキルはキリトとアリシャ、どちらに渡っていたか際どいところだった筈だ。それこそ、システムの神のみぞ知るといっても過言ではないほどに――――。

 

(こいつは心してかからないとな……)

 

 片膝をついた姿勢から立ち上がり、右手を前に出して半身になる。左足を後ろに引いて全身の力を適度に抜くと、彼の纏う気迫が空気を伝ってアリシャをピリッと刺激した。

 

「ようやくエンジンがかかったみたいだね。ちょっとスロースターターな気もするけど」

「本気でぶつかるべき相手だと考え直しただけだよ。…………勝てばユキの居場所を教えてくれるんだよね?」

「そうよ、約束は守るわ。それにしても……うん、やっぱいいわね、こういう展開。お姫様を助けるために勇者が奮闘するのは王道のシチュエーションだけど、私は結構好き。それに勇者の前に立ちふさがる悪役って、1度やってみたかったの。舞台を用意するのには苦労したけど、ここまでくればその労力も報われるわね」

「…………どういう意味?」

 

 張り詰めていた空気が少し緩み、カイトは少しだけ肩の力を抜いた。何気なく口にしたアリシャの言葉が、何故か妙に引っかかる言い方だったからだ。

 

「悠人ちゃんがALOにダイブする前から、私は今日のために準備を進めていたの。(くすぶ)っていた悠人ちゃんの熱意を病院で焚きつけたのは誰? 悠人ちゃんが動き出すきっかけは、私が煽るような事を言ったからだと自負しているのだけど」

 

 理沙と共にユキの病室へ見舞いに行った際に交わした彼女との会話で、自分から動いてユキを救い出す決心をカイトがしたのは確かだ。

 

「そのすぐ後、ALOでキリト君とおぼしき人物の映った画像が見つかったけど、タイミングが良過ぎだと思わなかった?」

「なんでそれを…………」

「だってあの画像を彼に渡して悠人ちゃんに見せるよう指示したのは、私だもの。ちなみに彼っていうのは、アンドリュー・ギルバート・ミルズ…………エギルさんって言えば親しみやすいかな? 彼ね、私が担当するSAO生還者(サバイバー)の1人なの」

 

 病院でユキを助け出す決意をしたカイトは、自分の担当である菊岡にあらかじめ頼んで入手してあったエギルへ電話をかけた。『何かわかれば連絡してほしい』と言いつつ、過度な期待はしていなかったのだが、それから間もなくキリトらしき人物が鳥籠の中に幽閉されている写真をエギルから見せられた時、事態を先へ進めようとするあまり肝心の入手先等には一切触れなかった。

 

「……オレがALOにダイブするよう誘導したのか?」

「正確には『世界樹の上に行くよう仕向けた』かな。キリト君とおぼしき人が世界樹の上にいると知れば、当然悠人ちゃんや彼を大切に想っている明日奈ちゃんが動くのは簡単に予想できたし」

「でも、世界樹の上に行くにはグランドクエストをクリアする必要があるだろ。運営開始から1度もクリアされていないものを、オレとアスナが突破出来る確信でもあったわけ?」

「ALOがSAOのサーバーをコピーしているのは調査済みだったから、2人のキャラクターデータが引き継がれるのはわかってたわ。ただ、いくら最前線で戦っていたトッププレイヤーでも、たった2人でグランドクエストをクリアできるとは私も思っていなかった。だからこそ、表向きにはシルフとケットシーによる世界樹攻略と銘打って、悠人ちゃん達が世界樹を攻略するための手助けをする部隊の編成をしたの。サクヤちゃんを含めて協力してくれたみんなを騙すことになったから、少しだけ申し訳ないと思うけどね」

「じゃあ…………2種族の同盟は、最初から……?」

 

 どれだけ高いステータスを誇ろうとも、流石の理沙もたった2人でグランドクエストを攻略できるとは思っていない。2人をサポートする大規模な戦力が必要だと考えた彼女は、悠人がカイトとして再び仮想世界へ降り立つ前に、サクヤと世界樹攻略の同盟を結ぶ手筈を整えていたのだ。

 

「第一私は、天蓋のゲートが一般プレイヤーには絶対開けられない仕様だって知ってたしね。……それで、戦力の確保をしたはいいけど、次に浮かぶ問題は私達と悠人ちゃん達が出会って、2人も世界樹攻略に参加する、っていうキッカケ作りなのよ。まあ幸いにも須郷がキリト君のキャラクターデータをそのまま流用してイベントNPCとして運用していたから、それを利用させてもらったけどね」

「どういう事…………?」

「ふふ、じゃあ特別に教えてあげる。実を言うと、キリト君を参考にして作った《黒の剣士》って、運営サイドからある程度行動を操作できるのよ。それを利用して悠人ちゃんと鉢合わせて戦わせたり、目的地を《蝶の谷》に設定して、会談をわざと襲わせたりもしたの」

 

 そうなると、2度に渡って繰り広げた二刀流剣士との戦闘は、偶然などではなく、理沙の手によって起こるべくして起こった出来事だったと言える。

 

「本当なら《黒の剣士》が会談を襲っているところを悠人ちゃんが颯爽と現れて、その強さに惹かれた私が傭兵として雇うっていうのが筋書きだったんだけど、あの時は色々なイレギュラーが重なって内心ヒヤヒヤしたなあ。流石にシグルドの裏切りとサラマンダーの強襲を予測するのは、いくら私でも無理だわ。ま、結果的に上手くいったからいいけどね」

 

 カイトをこの場所まで誘導するために幾つもの布石を打っていたようだが、それらが全て噛み合わさり、結果的に彼女が望むゴールへ辿り着く可能性は限りなくゼロに近いはずだ。

 だが、彼女はそれを成し遂げた。極細のロープで築かれた綱渡りを、彼女は対岸から対岸まで渡りきったのだ。

 そんな彼女の手腕と、これまで自分の意思で行動していたと()()()()()()()事に、カイトはこれまで味わった事のない種類の恐怖を感じていた。動きを見透かされて意のままに操られていた彼は、何も知らずに掌の上で踊り狂うピエロも同然だ。

 

「…………何もかも筒抜けだった、って事か。ここ最近やたらとうちに来てたのは、オレの様子を見るためだったんだね」

「う〜ん…………半分正解、かな」

「残り半分は?」

「私が悠人ちゃんにベタ惚れなのは知ってるでしょ? 個人的に会いたかったからよ」

「さ、さいですか……」

 

 最後の答えには少々拍子抜けしてしまったが、その回答は実に彼女らしいものだとカイトは感じた。今まで知らなかった彼女の裏の顔とも言える一面を見た時、目の前にいるアバターの中には理沙を演じている別人がいるのではないかと疑いもしたが、それはただの考えすぎだったようだ。

 カイトは左手で頭を掻くと、小さなため息を一つ漏らした。

 

「なんだか1度に色んな情報が入ってきて、頭が混乱しそうだよ。訊けば訊くほどまた訊きたい事が増えるから、ちょっと休憩させてもらうけど」

「あら、まだ何か知りたい事でもあった?」

「とぼけないでよ。さっきから包み隠さず話しているようにみえるけど、肝心要の部分は避けてるでしょ。付き合い長いからわかるよ、そういうの」

「……………………」

 

 アリシャは何も言わず、表情も崩さない。感情が露骨に出るVRワールドだと、些細な動揺もすぐ表情に出るのだが、目に見える変化はアリシャの猫耳がわずかに動いただけだった。

 そして、カイトはその反応と沈黙を肯定と捉えた。

 

「仮想課のりーちゃんが潜入捜査……かはわからないけど、レクトにいる理由。それと、オレとアスナを世界樹の上に行かせたかった理由。まさかとは思うけど、この2つは何か繋がっているんじゃ」

 

 アリシャに構わず話を続けたカイトだが、アリシャは重く閉じていた口を開けると、聴き慣れない言葉で彼の言葉を遮って上書きした。

 

「《プロジェクト・アリシゼーション》……」

「えっ?」

「……ごめんね。今はこれだけしか言えないの」

 

 困ったような顔を浮かべると、アリシャは謎めいた笑みをこぼしてそう呟いた。それはまるで、これ以上は踏み込んでほしくない、とでも言いたげなようにも見えた。

 

「…………さて、お喋りはここまで。悠人ちゃんはここで立ち止まってる時間が惜しいんじゃない?」

「……あぁ、そうだね。そうだったよ」

 

 不審点は数多くあるが、今はそれらに拘る必要はない。後で纏めて解消すればいいだけだ。

 カイトは右手の剣を左右に振ると、脳裏に留まり続ける雑念も一緒に振り払い、両眼に光を灯らせた。

 

 




冒頭にあるプレイヤーネームくだりは少し無理があるかもしれませんね……。

原作ではどういった分類なのかはっきりと覚えていませんが、拙作でのクローは『小型の片手軽量武器』として扱います。

今回の話で予め散らしておいたものを幾つか回収しました。未回収のものは今後の展開で徐々に拾っていきます。
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