ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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第80話 潜思と覚醒

 猫妖精(ケットシー)をとりまとめる領主である時点で、アリシャ・ルーの実力が一般プレイヤーのそれと一線を画しているのは、簡単に想像できるはずだった。

 しかし、飄々(ひょうひょう)とした仕草や言葉遣い、愛嬌のある顔立ちから、つい彼女が種族の長であるのを忘れてしまう。親しみやすく壁を感じさせない独特の雰囲気がそうさせているのだが、闇討ちの危険性を有している領主という立場である以上、トッププレイヤーの中に名を連ねるくらいでなければ務まるものではない。

 その点はカイトも十分理解していたが、それでも改めて思わずにはいられなかった。

 

 ほんと、ビックリするぐらい強いな

 

 ――――と。

 

 

 

 

 殺風景な白一色の廊下に、甲高い金属音が飛び交う。不規則に打ち鳴らされる硬質な人工音は時に小さく、時に大きく響き、剣戟の合間では時折気迫のこもった叫び声さえ交じっていた。

 

「オオオッ!」

 

 右腕を鞭のようにしならせ、カイトが左から右への水平斬りを繰り出す。アリシャは左右のクローで連続攻撃をしていたが、咄嗟の判断で攻撃を中断し、小さなバックステップでカイトの攻撃圏外へと離脱した。

 しかし、カイトの腕の振りが予想以上に速かったのと、ほとんど密着する形で戦っていたのが重なり、アリシャの胸元を剣先が真一文字に撫でる。赤々としたダメージ痕がその存在を主張するが、それに構わずアリシャは着地と同時に一瞬溜めを作り、腕を身体の前でクロスして果敢にカイトへ突進した。

 腕を振り抜いた状態のカイトは防御姿勢をとる暇もなく、腹の中心に猛烈なタックルを喰らった。ドン、という衝撃が身体の中心を起点にして全身に満遍(まんべん)なく拡散すると、彼は体勢を崩し、身体が後方へと傾き始めた。

 

「く………………」

 

 ノックバックはあるものの、ダメージ自体は大したことない。だが、当然彼女の狙いはダメージ云々ではなく、タックルは次なる一手の布石に過ぎなかった。クロスしていた腕を開くと、追い打ちをかけるべく下段に構えた。

 一方、カイトの身体は重力に引かれ、最早体勢を立て直すことは叶わない。好機とみたアリシャは迷うことなく彼に向かって飛び込み、真っ直ぐ腕を突き出した。鋭利な爪がカイトの胸元に迫る。

 しかし、クローの先端が胸元に到達する寸前、アリシャはカイトの異変に気が付いた。彼の瞳に焦りの色は一切なく、寧ろチャンスを伺ってタイミングを計っているということに。

 

「……おおっ!」

 

 思い切り地面を蹴り、ブーツのつま先がアリシャの水月を抉る。カイトの繰り出した後方宙返りしながらの垂直蹴りがクリーンヒットしたため、アリシャは上体を大きく仰け反らせた。

 攻撃はクリーンヒットしたが、武器によるものではない上に不安定な体勢で繰り出したため、ダメージ自体は気に留めるほどでもない些細な量だ。それでも、敵の攻撃を阻止し、加えて自らの姿勢を整える時間稼ぎには十分過ぎるほどだった。素早く立ち上がって剣を肩に担ぐと、カイトはアリシャに向かって飛び込んだ。

 左手で胸元を押さえ、苦しそうな表情を浮かべていたアリシャは反射的に右腕を持ち上げる。上段から襲いかかる剣をどうにか受け止めた後、彼女はポツリと一言呟いた。

 

「くう……女性を足蹴にするなんて、男の子失格だぞっ!!」

 

 アリシャは右手で剣を受けたまま、胸元を押さえていた左手を離して腕を素早く後ろに引き絞り、間髪入れず正拳突きの要領で真っ直ぐ突き出した。

 だが、これをあらかじめ予測していたカイトは攻撃を喰らう前に飛び退(すさ)ったため、苦もなく回避に成功した。距離をとったため、超高速近接戦闘を繰り広げていた彼と彼女にとって、お互いの立っている位置間隔が久方ぶりに大きく開いた。

 

 一瞬たりとも気の抜けない攻防の応酬に、カイトは思わず息をするのも忘れてしまいそうになるが、その一方でハイレベルな戦闘は常日頃から死の危険に晒されていたかつての自分を呼び起こす良いきっかけにもなっていた。最初こそアリシャに圧倒されていたが、HPの減少スピードは停滞し、今は落ち着きを取り戻している。

 しかし、数値だけで判断すれば残り体力はアリシャが上だし、一見してカイトが劣勢なのは変わらない。流れを断ち切って状況をリセットするために5メートル程の間合いをとったが、こんなものはどちらかが本気で詰めればすぐに埋まるものなので、あってないようなものだ。それでも、戦闘の間隙(かんげき)をぬって作った場を有効利用するため、一先ずは気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸を1つした。

 新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだカイトが次にしたのは、意識の7割をアリシャに向けつつ、残りを別のものへと向けることだった。具体的には、つい先刻彼女が口にした、聞き慣れない言葉だ。

 

 《プロジェクト・アリシゼーション》。

 

 カイトがアリシャを詰問し、その回答としてこの言葉が絞り出されたが、現段階では含まれている意味が何かを汲み取ることはできない。唯一わかるのは、総務省の人間であるアリシャ・ルー/天津河理沙がレクトに潜り込んでいる理由と、彼女がカイト達をあの手この手でこの場所まで誘導した理由は、この一言に集約されているということだ。

 

(もしかしたら…………いや、考えすぎ……なのかな…………?)

 

 アリシャに向けていた意識が5割にまで低下し、考え事に向ける意識が5割にまで上昇した。

 レクトと言えば、国内で総合電子機器メーカーとして名を馳せている一流企業だが、近年ではフルダイブ技術の研究に力を注いでいる。それもそのはず、SAO事件があったにも関わらず、フルダイブ型ゲームマシンを求める市場ニーズは下火になるどころか、寧ろ逆の傾向を示しているからだ。

 そして、現にレクトはフルダイブ技術において高い水準を有しているが、はたから見れば産業スパイともとれる立ち位置のアリシャがレクトに潜伏する理由は、その技術を盗むためではないだろうか。

 そして盗んだものは《プロジェクト・アリシゼーション》なるものに還元され、ゆくゆくは壮大な計画へと進化を遂げるのでは――――。

 

「ヤアッ!!」

 

 思考がそこまで至った時、気合の上乗せされた声を耳にしたカイトはハッと我に返った。

 そして次の瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、ネコ科の肉食獣が爪を立てて猛然と自身に迫る姿だった。

 

「ぐあっ!」

 

 アリシャは突き出した爪の先をカイトの胸に喰い込ませると、そのまま真下に振り下ろした。痛々しい爪痕が刻まれ、クリティカルヒットを示すエフェクトが弾けると、この一戦で最も大きなHPバーの変動が生じた。

 

「戦闘中に考え事をするなんて、まだまだ余裕がある証拠だね」

 

 よろめき、床に片膝をついたカイトを、アリシャは微笑みながら見下ろした。胸のダメージ痕はすぐに消えたが、不快感は傷が消えた後でもしばらく残留し続けた。

 カイトはやや俯きながら視界の端に表示されているHPバーを見ると、半分を割って残り3割程度にまで減少していた。考え事に意識を割きすぎるのはあるまじき失態だが、ここは一瞬の隙を逃さず突いた彼女を褒めるべきだろう。

 

(……そうだ。今は余計な事を考える暇なんてないはずだ)

 

 アリシャの意味深な発言も、未だハッキリとしない目的も、現状ではカイトにとって未来に先送りして問題ない瑣末(さまつ)なものでしかないのだ。戦闘開始直後に交わしたアリシャとの会話内容にこだわりすぎていたが、彼にとっての解決すべき優先事項は、アリシャの口からユキの居場所を吐かせることなのだから。

 いつの間にか不快感が消えていたことに気がつくと、カイトはすっくと立ち上がった。

 

「…………ふうん、まだ心は折れてないのね。そんなにあの子が大切なの?」

「大切だよ。世界で1番って言っても過言じゃないくらいに」

「……嘘偽りのない、真っ直ぐな答えね。若いって良いなあ」

 

 そう言って小さく微笑んだ後、アリシャは両手に装備したクローを擦り合わせた。

 

「さて、そう長くはかからないでしょうけど、再開しましょ。最後の最後まで、ゲームは全力で楽しまなきゃ」

「ゲームを、楽しむ……」

 

 この時、アリシャにとっては何気なく口にしたつもりだったが、カイトにとっては忘れていた感覚を思い出す言葉となった。

 

 アバターの死がイコール本物の死となるSAOにおいて、カイトは数多くの犯罪者(オレンジ)プレイヤーと対峙し、幾つもの死線をくぐり抜けてきた。その結果、相手の制圧を目的とした戦い方に習熟している彼だが、その弊害として、PvPでは無意識に()()()()()がついてしまったのだ。

 それもそのはず、彼が相手にする犯罪者(オレンジ)プレイヤーのほとんどは、中層を根城にする者ばかり。SAOはレベル制MMOであるため、最前線を駆けるカイトと中層をメインに動く犯罪者(オレンジ)プレイヤーとでは、どうしてもステータスに差が出てしまう。仮にカイトが全力で挑んだとしたら、相手は抵抗虚しく、瞬く間にHPを消しとばされてしまっていたはずだ。

 そうした事情を考慮すれば、彼は必然的に手加減せざるをえない。そして力量差のありすぎる敵、つまり格下と対峙すればするほど染み付き、それはやがて意識する必要のない、いわば『癖』という形で落ち着いた。相手を殺してはいけないという意識が生んだ、自分自身と相手を守るための防衛本能とも言える。

 

 今はデスゲームという特殊な環境下から解放されたので、最早そういった事を考える必要はないのだが、一朝一夕で抜けるほど簡単なものではなかったらしい。対サラマンダー戦でカイトに斬り伏せられたプレイヤー達には気の毒だが、無意識とはいえ、力を抑えた状態の彼にすら劣っていたということだろう。

 だが、目の前にいる彼女は違う。全身全霊、持てる力の全てを出し切る価値がある相手なのだから。

 

(もう、あの頃とは違うんだ…………)

 

 アリシャに言われたことで、不思議と彼は憑き物が落ちたかのように肩が軽くなるのを感じた。何故今まで気が付かなかったのか不思議でしょうがないが、変な気は回さず、ゲームとしての対戦を楽しめばいいのだ、と。ここはもう、デスゲームではないのだ。

 

 カイトは剣を握り直すと剣先をアリシャに向け、いつもよりゆったりとした動作で半身に構えた。一見してのんびりとした印象を受けるかもしれないが、眼光の鋭さはより一層増している。さらには原因不明の悪寒がアリシャの全身を駆け巡ったため、彼女は警戒のレベルを1段階上げた。

 その上で、アリシャは勇猛果敢に飛び出した。時間をかけて相手の出方や自ら繰り出す一手を考えても良いが、それはカイトにも考える時間を与えるのと同義。

 

 初手は捻りのない、右のクローによる袈裟懸けの一撃。カイトは真正面からの一閃を苦もなく弾き返し、次の一手を待つ。続くアリシャの第二撃、第三撃も決定打にはならなかったが、彼女の表情が崩れる様子はなく、寧ろこの程度の展開は予想済みとでも言いたげだ。

 この衝突を皮切りに、2人は乾いた音色を剣戟の応酬で奏で始めた。音色と共に弾ける橙色のスパークが室内を照らし、2人の剣舞を際立たせる演出の役割も果たしている。奏者であり演者でもあるカイトとアリシャは紙一重の攻防を繰り返し、いずれ生じるであろう一瞬の隙を待った。

 

 そしてその瞬間が生まれたのは、アリシャが繰り出した右のクローによる直突きを、カイトが剣で受けた時だった。

 カイトの右脇腹が空いたのを見たアリシャは、左のクローを下からすくい上げるようにして放った。カイトは防御に徹しているし、角度的にも彼の右腕がアリシャの攻撃を上手く隠している。鋭利な爪が彼の腹を深く抉り、傷痕が刻み付けられる未来をアリシャは予期した。

 しかし、それよりも早く、奇怪な現象がアリシャを襲った。

 

「……えっ…………?」

 

 世界が傾いた――――否、アリシャの身体が傾いたのだ。

 カイトが右足で彼女の足を払ったために、アリシャはバランスを崩して左に倒れ始めたのだ。すくい上げていた左手はカイトの肩を掠める程度で空振りし、彼女はそのまま左肩から重力に引かれて床に迫る。

 そしてアリシャの肩が床と接地するまでの僅かな時間に、カイトの剣が閃いた。左脇腹に抱え込むようにして構え、一瞬の溜めを作ると、即座に右へ斬り払った後、不可視の壁に当たって跳ね返ったかのように同じ軌道を逆方向に辿る。獰猛な蛇の一咬みにも似た剣技が、アリシャの腹部に咬みついた。

 

「あぐっ……」

 

 アリシャは激しいノックバックに突き飛ばされ、10メートル程床を転げ回った所でようやく体勢を立て直し始めた。両手を床につけて跳び上がり、後方宙返りを織り交ぜつつ、最後はアクロバットな動きで両足を地につけた。

 アリシャは苦悶に満ちた表情で真っ直ぐ前を見据えるが、眼前にいるべき人物――――カイトの姿が忽然と消えていたことに驚き、思考が一瞬停止してしまった。しかし、一時停止した脳をすぐさま再起動させると、彼女はほぼ無意識に後方を振り返る。遮蔽物のない1本道の廊下に隠れられるような場所はないため、視界から消え去ったのは背面に回り込んだ以外にないと考えたからだ。

 だが――――。

 

「ありがとう、りーちゃん。なんか吹っ切れた」

 

 カイトの行動は、そんな彼女の直感を容易く裏切るものだった。

 アリシャが頭上から降り注いだ声に反応して上を仰ぐと、ブーツの底を廊下の天井につけ、膝を大きく曲げて溜めを作るカイトの姿があった。天と地にいる2人の視線が重なるが、カイトはそれを打ち破り、天を蹴ってアリシャに突進した。

 ステップによる回避は間に合わないと判断し、アリシャは両手のクローを重ね合わせ、頭部を覆ってガードに専念する。襲いくる剣戟に備えた彼女は両足で踏ん張るが、その衝撃は想像以上のものだった。

 

「く…………」

 

 カイト自身のステータスに加え、天井を蹴った際の加速と重力が上乗せされた一撃だ。歯を食い縛って耐えてみせたが、両手剣を大上段から振り下ろしたかのような一撃に、彼女のクローも悲鳴をあげる。無数の火花と耳をつんざく轟音と共に、刃が小さく欠けた。

 しかし、そんな彼女の様子は瑣末なことだとでも言わんばかりに、カイトは言い放つ。

 

「オレはまだまだ強くなれる。あの世界にいた頃とは違って、これからは遠慮も容赦もしない」

 

 至近距離からそう宣言した彼の瞳を覗き込んだ時、アリシャの背筋を再び言いようのない悪寒が疾った。

 現実世界のカイトは、彼女から見ればまだまだ子供で、からかいがいのある弟のようなものだ。

 だが、今目の前にいる彼からは、そんな印象を一切抱かせないオーラを放っている。瞳には鋭利な光を宿し、抑揚の薄い声は凍えるような冷気すら感じとれた。

 そんな彼が放っているものの正体が、静かな、あまりにも静かな《殺気》だと気が付いたのは、カイトが右足を踏み込み、自然な動作で剣を身体の真横に構えた直後だった。

 

(――くる…………っ!!)

 

 《蝶の谷》で目にした、力強く、それでいて見惚れてしまうほどに流麗な数々の剣技。

 ALO歴1年の彼女が見たそれは、カイトがかの伝説の城から持ち帰り、妖精の世界で再現した技術の結晶。

 彼が選択したのは、その中でも広範囲・高威力を誇る利便性の高いもの。

 片手用直剣で繰り出す、水平4連撃技。

 またの名を《ソードスキル》。

 

「――ふっ!」

 

 短くも鋭い呼気の中にありったけの気迫を込め、引き絞った剣を解き放つ――――その直前、彼の意思に呼応したかのように、刀身を淡いスカイブルーの輝きが覆った。

 不可思議な現象には目もくれず、アリシャはクローでガードする姿勢に移行した。1度だけとはいえ、網膜の裏に焼き付けた剣技の軌道はしっかりと彼女の頭に記憶されている。初撃の軌道上に素早くクローを添えた。

 直後に放たれた一閃はアリシャの胸元を疾るが、添えていたクローのお陰で大ダメージとまではならなかった。しかし、彼女にとって誤算だったのは、その威力が『剣による攻撃』の一言では済まないほどのものということだ。

 ALOのダメージ計算式を逸脱した事態に混乱するアリシャだが、カイトの動きが止まる様子はない。振り切った剣が左腰で静止すると、利き足で地を蹴り、一条の光と共に左から右へ剣を薙いだ。アリシャは持ち前の反応速度で再びクローを添えて防御したが、防いだ瞬間に武器が軋むのを感じた。

 次いでカイトは剣技で加速した勢いを殺さず、身体を時計回りに回転させる。剣を構えると、切っ先を鋭角に放ち、相手の胸元へ一閃。眩い閃光と衝撃が彼女を襲い、これまでどうにか踏ん張っていたアリシャがとうとうたたらを踏んだ。

 

「う……おおおおーーーーーっ!!」

 

 空中に正方形の光芒を描く最終撃が、裂帛の気合いと同時に撃ち出された。

 剣を覆っていた淡い光は、いつしか深く澄んだスカイブルーへと変化し、煌々とした輝きを放ちながらその存在を主張する。アリシャは目を細めつつ、これまでで最も重いであろう剣戟に備え、不安定な姿勢でありながら懸命に防御の構えをとった。

 硬質な武器同士が激しく衝突したことで、対峙する2人の視界を閃光が真っ白に染め上げる。

 そんな中、限界を迎えたアリシャのクローが微細な欠片となって散り散りになり、空間に溶けていく。鍛え上げた業物を思わせる鋭利な爪は《武器破壊(デストラクション)》という名の不運に見舞われ、突然の別れを主に告げて消滅したのだった。

 武器を失ったアリシャは強烈なインパクトによって吹き飛ばされ、床を何度も転げ回る。ようやく止まった時には全身を強く打ちつけたため、痺れにも似た感覚が彼女の動きを阻害して立ち上がることすら困難を極めていた。HPがめまぐるしい速度で減っていくのを視界の片隅で捉え、《You are dead》の表記を予期していたが、残りHPは数ドットの地点で停止した。どうやら武器は最期の最期までその役目を果たし、主を死なせまいと奮闘してくれたようだ。

 しかし、顔を持ち上げたアリシャの喉元に剣先が突きつけられた。うつ伏せの彼女が見上げると、そこにはカイトが上から自分を見下ろしている光景が目に飛び込んできた。

 

「…………容赦しないんじゃなかったの?」

 

 緊張で押しつぶされそうなのを誤魔化すため、アリシャは冷や汗をかきながら平坦な声で問いかけた。

 

「…………殺したら、ユキの居場所がわからないだろ?」

「そんなの、殺した後で蘇生させればいいじゃない」

「う〜ん…………まあ、そうしたいのは山々なんだけどさ…………」

 

 カイトは困った顔を浮かべると、指先で頬を掻きながら首を傾げた。その様子を見た途端、アリシャはこれまでのしかかっていた重圧が瞬く間に霧散していくのを感じた。

 

「……実は、蘇生アイテムがストレージに1個もないんだよね」

 

 バツの悪そうな顔でカイトが苦笑いするが、その姿は先ほどまでの冷酷な目を宿した人物ではなく、彼女がよく知る幼い笑顔を宿したカイトの姿だった。

 




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