ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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最終話の投稿から約2ヶ月…………だいぶ間が空いてしまいました。
前回のあとがきで予告していた通り、ここから番外編を数話投稿します。


外伝の章 -過去の軌跡-
二つ名とその由縁 I


 《黒の剣士》、《閃光》、《舞姫》、《聖騎士》、《鼠》。

 これらは全て、世界初のVRMMORPGであると同時に、『ゲームオーバー=現実の死』を体現した世界初のデスゲーム《ソードアート・オンライン》――――通称《SAO》で使われていた、特定のプレイヤーを指し示す二つ名である。誰が最初に言い出したのかは不明だが、そのプレイヤーの外見、特徴、プレイスタイル等の的を得た二つ名は、それにまつわる由来や当人の噂を引き連れて一人歩きし、いつしかプレイヤーの間で広まっていった。『実際に会ったことはないが、呼び名だけなら知っている』という話は、別段珍しいことでもない。

 そしてそれは、《掃除屋》にも同じことが言えた。

 『たった1人で何十体ものモンスターを同時に相手取り、瞬く間に葬ってしまう』とか、『《犯罪者(オレンジ)》プレイヤーに臆することはなく、実際に彼が壊滅に追い込んだオレンジギルドの数は50を優に超える』とか、その類の噂と共に名だけが広まっていった。

 これらの話の中身は、過剰すぎる脚色によって尾ひれどころか羽根まで生えており、本人が聞いたら『それ、誰のこと?』と問いただしたくなるほどに膨れ上がっている。だが、『火のないところに煙はたたない』という言葉があるように、攻略組と中層以下のプレイヤー、双方から《掃除屋》という二つ名で呼ばれていたカイトにまつわる噂は、元となる出来事が確かにあったのだ。

 その出来事の発端になったのは、浮遊城アインクラッド第37層におけるフロアボス戦が始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2023年9月15日、17時10分。

 前進・後退を繰り返すプレイヤー達の気配と、忙しなく上下するHPバー。

 遠くで、あるいは近くで飛び交う声はいずれも緊張を含んでおり、皆が行く手を阻む巨大な影に立ち向かわんと剣を振るう。最前線を駆ける《攻略組》の面々は、強化・作成した自慢の剣を手に持ち、システムから受けた恩恵をそれに宿して戦っていた。相手は、各階層に1体しかいないユニークモンスターで、浮遊城アインクラッド第37層迷宮区タワーの最上階を守護するフロアボスだ。

 第37層は昆虫型、主に蝶の姿をしたモンスターがメインの階層で、特殊攻撃を仕掛けてくるタイプの敵が多く出現した。フロアボスもその例には漏れず、人の身の丈を優に超える巨大な蝶型モンスターが、多様な特殊攻撃を織り交ぜつつ、現在カイト達攻略組と激しい戦闘を繰り広げている。固有名は《リリス・ザ・バタフライ・レジーナ》。

 

「スイッチ!」

 

 カイトの掛け声とほぼ同時に、彼の真横を黒衣の剣士が通り過ぎる。燐光を剣に纏い、片手剣3連撃ソードスキル《シャープネイル》が、フロアボスの身体に大型肉食獣の爪痕にも似たダメージ痕を刻みつけた。

 すると次の瞬間、ボスは一瞬だけ身体を丸め、背中の翅を限界まで閉じる動作をとった。

 

「キリト、またくるぞっ!」

「ああ!」

 

 これまで何度も目にした敵の予備動作から、カイトは次の攻撃を予測し、いち早く黒衣の剣士――――キリトに注意を促した。打てば響くような声で返答したキリトは、ぐっと膝を折り曲げ、大きく後方へと飛び退く。ボスに密着するようにして攻撃を繰り出していた他のプレイヤーも、各々のタイミングでボスから距離をとった。

 プレイヤーが一斉に離れた時、ボスは閉じていた翅を限界まで広げ、同時にキラキラと輝くものを周囲に撒き散らした。赤色に輝くそれは宙を舞った後、突然ボスをぐるっと囲うようにして激しい爆発を引き起こした。

 

 今回のボスがとる行動パターンの中で最も厄介なのが、この『自身の周囲に鱗粉を撒き散らす』というものだった。事前モーションで攻撃の瞬間はわかるものの、その内容は爆発のような攻撃系もあれば、毒やスタン、ステータスダウン、移動速度低下やソードスキルのクールタイム増加と多岐にわたる。規則性がないのも面倒だが、実際にボスが攻撃した後にならなければその内容を判別することが出来ないというのも、カイト達にとっては面倒この上なかった。

 とはいえ、これまでに経験した10層、20層、25層、30層といった区切りの層ではないため、敵の強さに秀でたものはなく、あらかじめ偵察をしている甲斐もあってか、戦闘は比較的順調だ。カイトにとって37体目となるフロアボスのHPは、攻略組の猛攻によって既に半分を下回っていた。

 爆煙がはれると、一度は離れたプレイヤーがまた一斉にボスの元へ突っ込んでいく。大技発動後はボスの動きが数秒間止まるので、その貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。ボスはプレイヤー各人の持つ最大威力のソードスキルを集中砲火されたことにより、HPが瞬く間に減少していった。

 すると、HPが残り1段となったために、部屋の四隅でボスと同じ姿をした取り巻き――無論ボスよりはかなり小さい――が、計4体出現した。

 

「現れたわ! G・H隊、手筈通りに!」

「了解!」

 

 しかし、攻略組一同に動揺の色が浮かぶ気配はない。それもそのはず『HPが1段削れるたびに、取り巻きのモンスターが4体出現する』というのは、偵察の時点で既に把握済みのパターンだからだ。そして今回の場合『取り巻き出現の際は、G・H隊が対処する』という取り決めで作戦を立てていたので、本隊の戦闘に支障が出ないよう、G隊に割り振られているカイト、キリト、エギルは作戦通りに行動した。

 各隊6人ずついるG・H隊はそれぞれ半分に分かれ、3人1組で1体の取り巻きを相手取る。攻撃パターンが少ない上、ステータスもフィールドに出現するモンスターと大差ないため、落ち着いて対処すれば少人数で充分戦えるレベルだからだ。

 そしてカイト達が狙いを定めたモンスターは、出現すると優美な蝶の姿には似つかわしくない奇声をあげ、斜め上に浮上した。それを見たキリトは、カイトとエギルに指示を飛ばした。

 

「来るぞ! 俺がダウンさせるから、2人はソードスキル1本!!」

「わかった!!」

「おおっしゃあ!!」

 

 このモンスターが上昇した場合、その角度によって攻撃パターンが変化するのだが、角度が急な時は急降下からの体当たりだ。モンスターは攻撃が当たっても外しても、また剣の届かない位置まで上昇するが、翅に強攻撃を喰らうとダウンして地面に落下してしまう。キリトはそれ狙うつもりだろう。

 そうこうしていると、上昇していたモンスターは最高到達点に達したらしく、一気に角度を変えて先頭を走るキリトに向かってきた。

 一方、キリトは剣を右肩に担ぎ、ソードスキル発動に必要な予備動作(プレモーション)をとった。システムが彼の動きを認識し、剣にライトグリーンの光が宿り始めると、キリトは利き足で勢いよく跳躍してソードスキルを発動する。軌道を上空に向けることが出来る、片手剣突進技《ソニックリープ》が、キリトのアバターを加速させた。

 

「おおおおっ!!!!」

 

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた剣閃が翅に喰い込み、モンスターはバランスを崩して地面に落ちた。バタバタと動いて必死にもがくモンスターに対し、2人のプレイヤーがすかさずソードスキルで畳み掛ける。

 片手剣垂直4連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》。

 両手斧4連撃ソードスキル《アルティメット・ブレイカー》。

 自らが台風の目となり、流れるような動きで光り輝く剣閃を敵の身体に振るう。身動きの取れないモンスターのHPは、カイトとエギルの剣技によって大きく削られ、あっという間に半分を下回った。

 そして2人の技後硬直が解けるのとほぼ同時に、今までもがいていたモンスターは翅を広げ、再び宙を舞い始める――――が、キリトはそれを良しとしなかった。

 2人よりも早く硬直から抜け出していた彼は、モンスターの逃走方向を予測し、先回りしていたのだ。敏捷値全開のトップスピードで地を走りつつ、剣を左腰に据えると、床に倒れ込む勢いで姿勢を低くする。システムがモーションを認識し、キリトの剣が薄青い光に包まれたかと思いきや、彼の身体が10メートル近い距離を瞬時に駆けた。威力は低いが、《ソニックリープ》よりも射程の長い、基本突進技《レイジスパイク》。

 ざしゅうっ! という爽快な斬撃音。飛び立とうとしていたモンスターはまたしても地面に落下したが、今回は強攻撃を連続で喰らったことにより、確率で起こるスタンが発生した。

 

「チャンスだ! 畳み掛けるぞ!」

「おおっ!!」

 

 カイトが4連撃、エギルが5連撃のソードスキルを放つと、モンスターの残ったHPを余すことなく空にし、敵の身体は青いパーティクルとなって爆散した。

 敵の消滅を見届けたカイトが、さっと後方を振り返り、ボス部屋内の現状把握に努めたところ、新たに出現した取り巻きモンスターを最初に倒したのは彼のグループだったらしく、他のグループについては未だモンスターと戦闘中だった。本隊はボスと戦っている真っ最中で、一見して苦戦している様子はない。当然、現時点で死者はゼロだ。

 そして、周囲の様子を一通り見回したカイトは、今回のボス部屋について改めて思うことがあった。それは、少々『広すぎる』のではないか、というものだ。

 システム上、ボス部屋にはレイドパーティーが2つ分入れる仕様となっているのだが、今回のボス戦で戦っているプレイヤーの数は、レイドパーティー1つ分の上限である48人だけだ。よって、レイド1つ分の空きスペースが当然出てくるので、広く感じるのは必然――――なのだが、もしこの場に2レイド分のプレイヤーがいたとしても、スペースに余裕をもって戦えると断言できるくらい、この部屋は『広すぎる』のだ。

 ボスが広範囲攻撃を駆使するタイプなので、プレイヤーが回避できるスペースを設けているからだろうと解釈しても良いのだが、カイトの経験上、その理由だけでこの違和感を拭うことは出来なかった。

 

「ボーッとしてる暇はないぞ、カイト。本隊に合流だ!」

「あ、ああ。…………いや、ちょっと待て、エギル」

 

 考えを巡らせすぎていたらしく、カイトはエギルに声をかけられたことでハッと我に返ったのだが、彼は前を行こうとするエギルを呼び止めた。

 

「エギルの考えでいい。このボス部屋について、何か思うことはないか?」

「なんだ? 藪から棒に」

「なんでもいい。なんでもいいから、答えてくれ」

「……そう、だな…………。まあ、やけにデカイ造りの部屋だとは思うが…………それがどうした?」

 

 エギルからの問いかけに対してカイトは答えようとしたが、そこにキリトが横から割って入り、彼の代わりに返答した。

 

「『ボス部屋とボス本体の大きさがつり合ってない』……そう言いたいんだろ?」

 

 ボス部屋というのは、ボスの大きさと部屋の大きさに相関関係があるものなのだ。攻撃パターンや取り巻きの数によって大きさに多少の変動はあるが、それを考慮しても、今彼らがいる部屋の広さは、どこか不釣り合いだった。

 

「そうなんだよ……。レイドをもう1つ増やしても、まだスペースに余裕がある気がするんだ。そうなると、このボスは、2レイド分のプレイヤーを投入するほどのポテンシャルを秘めているか、部屋の大きさに見合った危険性を含んでいるかの2択だな」

「それなら、カイトはどっちの可能性が高いと思う?」

「ここまできたら後者だな。多分、ボスのHPがレッドゾーンになった辺りで何か起こるぞ」

 

 これまでのフロアボス戦で2レイド分のプレイヤーが集結したのは、クォーターポイントの25層のみ。今回のボスは、そこまでの強さを持ち合わせているわけでもないし、戦闘は既に終盤もいいところだ。これまでの経験上、ボスのHPがレッドゾーンに突入すると、攻撃パターンや武器の変更、ステータスの上昇といった変化が表れるので、何かあるとすればその瞬間だろう。

 

「…………とかなんとか言ってるうちに、ボスのHPも残り少なくなってきてるな。カイト、もうすぐお前の予想が当たってるかわかるぞ」

 

 エギルに促され、カイトがボスのHPを一瞥すると、残り1段のHPバーがもう残り少なくなっていた。時間の問題だろうとカイトが思っていると、《KoB》がパーティー・スイッチによってボスに追撃したため、HPバーの色が黄色から赤色に変色した。

 それを合図に、ボスは翅を広げて高く舞い、プレイヤーの剣が届かない高さまで上昇すると、左右の複眼を真っ赤に染めて奇声を発した。怒りに震えているようにも見えるその姿は、間違いなく最終段階のバーサークモードに移行した証だ。

 大きな変化を予想していたカイトだったが、ボスがバーサークモードに移行するのは、別に珍しいことではない。攻略組を脅かす変化が表れるだろうと思っていたカイトは、緊張の糸を少し緩めた――――その瞬間だった。

 空中でホバリングしているボスの周囲で、湧出(ポップ)音と小さな光が瞬いた。間違いなく、新たなモンスター出現のサインだ。光自体が小さいので、出現するモンスターのサイズも小さいのが伺える――――のだが、問題は現れた数だった。

 ボスの周囲で出現したモンスターの数が、尋常じゃないくらい多いのだ。それこそ、プレイヤーの上空を覆い尽くし、ボス部屋の天井を隠すくらいの勢いで、とてもじゃないが10や20どころの騒ぎではない。

 

「なん、だ…………こりゃあ……」

 

 カイトの横で、エギルが唖然とした表情を浮かべながら上を見上げていた。

 そして、それはエギルだけではない。この場にいる誰もが、予想だにしない状況を呑み込むことが出来ず、ただただ呆然とすることしか出来なかった。

 

「……そうか…………そういうことだったのか……」

 

 そんな中、カイトはボス部屋が通常よりも広く設計されている理由を理解してしまった。

 この部屋は、大勢のプレイヤーを迎え入れるためではなく、ボス戦の終盤でポップする()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あえて広く作られているのだ、と。

 

「……マズイ…………来るぞ……」

 

 上空ではばたく無数の蝶を見ながら、キリトがポツリと呟いた。

 そして次の瞬間、まるでキリトの言葉を合図にしたかのように、突如現れたモンスターの大群は、一斉に動き出して下方のプレイヤー達に襲いかかった。そのほとんどが部屋の中心地でボスと戦っていたプレイヤーを標的にしたので、部屋の隅にいたカイト達には、まるで極太の光線が地上に降り注いでいるかのように見えた。

 そして出現したMobの内、数体が群れから外れ、部屋の四隅で取り巻きを相手にしていたG・H隊を襲う。カイト達の元にはモンスターが1体だけ接近してきたため、剣を構え直して再び臨戦態勢をとった。

 ターゲットされているのはどうやらカイトらしく、彼の元へ一直線に向かってきたため、それを察したキリトとエギルが即座に彼の刃圏から出た。

 一方、カイトはモンスターを迎え撃つために腰を落として半身になり、剣を左脇に抱え込む。身体をピタリと停めた瞬間、彼の剣は紫色の光に包まれ始めた。

 万全な状態で迎撃準備に入ったカイトだが、敵との距離が10メートルにまで縮まった時、モンスターが思わぬ行動に出た。それは、今まで直線だった軌道を急に変え、ジグザグに飛行しながら彼目掛けて突っ込んできたのだ。

 この手の攻撃は焦りで剣を振ってしまいがちだが、カイトは逸る気持ちを懸命に押し殺し、じっと堪えて身構える。目線を縦横無尽に飛行する敵に合わせ、カイトの剣が届く範囲に入る、まさにその瞬間だった。

 

「――シッ!!」

 

 カイトの右手が閃き、左から右、そして右から左へと流れ、紫の曲線を空中と敵の身体に刻みつけたのは、片手剣2連撃ソードスキル《スネークバイト》。神速の抜刀術にも見えるそのソードスキルは、まるで両手に持った剣を同時に振り抜いたのではないかと錯覚してしまうほどに速かった。

 剣が敵の身体の中心線を捉え、赤いダメージエフェクトが瞬くと、モンスターのHPが目に見えて減少し、一気に4割近くを削りとった。

 その様子を見ていたキリトが、声を張ってカイトに指示を飛ばした。

 

「このモンスター、多分ステータスはそこまで高くない。ここは俺とエギルで持つから、カイトは先に本隊と合流してくれ! すぐに追いつく!!」

「わかった、任せる!」

 

 この場をキリトとエギルに託したカイトは、脇目も振らずに部屋の中央で戦う攻略組集団の元へ向かう。

 すると、やはり、湧いて出た大量のモンスター集団が急に攻め立ててきたことから、戦線は崩れていた。単体では脅威となりえないが、Mobとはいえ最前線のフロアボス戦に現れるモンスターであるし、何より数が多すぎる。

 さらにはボスと戦っていた本隊が密集している場所に、プレイヤーと同数あるいはそれ以上のモンスターが集まってきたのだ。当然戦闘は始まるが、味方との距離が近い為、うっかりソードスキルを他のプレイヤーに当ててしまいかねない。ボス部屋自体は広いので、皆少しずつ他のプレイヤーとの間隔をあけるようにしているが、仲間にソードスキルを当ててしまうという二次被害の心配をしないくらいになるのは、もう少しかかるだろう。

 そして忘れてはならないのが、この部屋の主であるフロアボスの存在だ。誰もが邪魔なMobの殲滅に尽力したいところだが、ボスのリリスがそれを許すはずもなく、攻撃の手を緩める気配がない。今、本隊は半分に分かれ、ボスを相手取る陣営とMobを殲滅する陣営で戦線を維持していた。

 

(俺に出来ることがあるとすれば…………)

 

 Mobの数が減れば、プレイヤーは少しずつボスへと流れていくことを見越したカイトの決断は早かった。彼は剣を左手に持ち替え、走りながらメニューウィンドウを操作し、ストレージからとあるアイテムをタップする。現れたのは、橙色の液体が中に入っているとわかる、小さな透明の瓶。アイテム名は《レギウスの魔香瓶》。

 集団から少し離れた位置で立ち止まり、カイトは蓋を開けて中の液体を床に垂らす。すると、液体を垂らした場所を基点にして空気が薄い橙色に染まり、すぐに何事もなかったかのように消えていった。アイテム使用時の目に見える変化はそれで終わったが、効果は別の形で現れた。

 プレイヤーと戦闘中だったモンスター集団の一部が、魔香瓶の匂いを察知してカイトの立っている場所に流れ始めた。これこそが《レギウスの魔香瓶》の効果で、『使用した場所を中心に、一定範囲内のモンスターを呼び寄せる』というものだ。効果は10分間持続するため、モンスターが効果範囲に入れば、自然とアイテムの使用場所に引き寄せられるだろう。

 

「ば、馬鹿野郎! 死ぬ気か!!」

 

 複数のモンスターが攻撃を止め、カイトの元へ吸い寄せられるように移動する様子を見た両手剣使いの男が、声を荒げた。

 モンスターを呼び寄せる《レギウスの魔香瓶》をレベル上げのために使う者はいるが、それはモンスターが適度に湧くスポットにパーティーで挑む時であって、数十体ものMobがいる場所、しかもソロで使えば、匂いを嗅ぎつけたモンスターに包囲(シージ)されるのは目に見えて明らかだ。

 つまり、今この場で魔香瓶を使用したカイトは、端から見れば自ら死地に飛び込んでいるのと同義と言える。

 

「――――っ!!」

 

 カイトは剣を右手に持ち直すと、最も近い敵に狙いを定めた。向かってくる敵の攻撃をいなし、背後に回り込んで翅を斬りつけると、素早く振り返って背中から襲いかかろうとしていた別の個体の攻撃を弾き返す。耳障りな鳴き声は聞き流し、袈裟懸けに一閃見舞うと、横をすり抜けてまた違う個体に剣を振るった。

 剣で防げない攻撃――例えば、鱗粉を散らして誘爆あるいは状態異常の付与――を喰らうことはあるが、カイトはこまめに対処する個体を切り替えることで、複数の敵を同時に相手取っていた。1体だけに集中していると、背後から攻撃を受けてしまいかねないので、常時周囲に気を配りつつ、同じ場所に留まらないように戦っている。

 この戦い方を、彼はぶっつけ本番でやっているというわけではない。キリトと行動を共にする事が多いカイトだが、常に一緒というわけではなく、別行動をとることもしばしばある。その中で単独のレベリングを繰り返していく内に自然と身についた、彼なりのやり方だ。

 ただし、このやり方にも限度はあり、現在の彼の実力で1度に相手できる数は4体までだ。それ以上になると、いずれはカイトの手が回らなくなってしまう。

 なので、視界の端で5体目、6体目のモンスターが接近しつつあるのを見たカイトは、早急に現在相手をしている4体を滅しにかかった。

 

「はあっ!!」

 

 一呼吸おいて剣を閃かせると、片手剣水平4連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動し、4体全てに剣をヒットさせた。その内の3体は青いパーティクルとなって弾けたが、残った1体はHPを数ドット残して仕留め損ねてしまった。

 カイトは技後硬直がとけると、残った1体を焦ることなく横薙ぎで倒し、左手で腰のポーチをまさぐってポーションを取り出した。中身を飲み干して容器を放り、HPが緩やかに上昇し出すと、彼は休むことなく新たな敵との戦闘を続行した。

 

 

 

 

 

 途中から数を数えることも忘れ、目の前の敵に集中していたカイトは、ソードスキルで2体のモンスターを一掃した後、その場で反転して周囲をぐるっと見回した。

 しかし、魔香瓶の効果で吸い寄せられるモンスターは、もう既にいなかった。あれだけ大量にいたモンスターの群れは、いつの間にか片手で数えるほどしかおらず、残った敵は別のパーティーが相手をしている。

 それなら本隊はどうなっているのか、という考えに至ったカイトがボスに視線を向けると、大量のMob出現に伴って分かれていた人数は、元に戻っていた。ボスのHPは残り数ドットの『虫の息』といった状態にまで減っており、今まさに最後の特攻を仕掛ける瞬間だった。

 

『おおおおぉぉぉぉ!!!!』

 

 プレイヤー達の声が幾つも重なり、色とりどりのソードスキルがボスのまわりで瞬いた。

 全方位からの総攻撃を喰らったボスのHPは、残り僅かな量をさらに減らし、そしてゼロへ。最後の瞬間、天を仰ぐような姿勢をとると、第37層フロアボス《リリス・ザ・バタフライ・レジーナ》は、その身を大量のポリゴン片に変換して散っていった。

 そして、一瞬の静寂が訪れた後、ボス攻略戦に参加したプレイヤーの前に、獲得したコル、経験値、アイテムが表示された。それらはフロアボス戦が間違いなく終了したことを示し、ここでようやく、プレイヤー達から、わあっ! という歓声があがった。

 カイトは皆が喜んでいる様子を眺めていたが、緊張の糸が切れたのか、身体にどっと疲労感が押し寄せてきた。その場に座り込もうとしたが、不意に誰かが彼の左肩を叩いたので、カイトは反射的に後ろを振り返った。

 

「お疲れ様」

 

 そこには、赤と白を基調とする血盟騎士団の制式装備が、今やすっかり板についているユキがいた。

 めまぐるしい成長を遂げるカイトに、このままでは置いていかれてしまうのではと予期した彼女は、25層のフロアボス戦以降に《血盟騎士団》へ加入することを決心した。『また肩を並べられるようになりたい』という思いを柱に努力しているらしく、ユキはギルドに加入したことで、今も着実に力をつけている。

 その分、以前のように話す機会は減っているが、特にここ2、3層の間は2人の都合が中々合わなかったため、こうして面と向かって言葉を交わすのは久しぶりだった。

 

「今回のラストアタック、キリトが獲ったみたいだよ」

「またか。……というか、あいつ、いつの間にかレイド本隊に合流してたのか。Mobを倒したんなら、こっちのヘルプに来てくれれば良かったのに…………」

 

 不貞腐れた子供のように文句を垂れたカイトを見て、ユキはクスッと笑みを零した。

 

「うーん……多分だけど、キリトはカイトの戦っているところを見て、大丈夫だと思ったからそうしたんじゃないかな? だって、凄かったし」

「凄い? 俺、何かしてたっけ?」

「だってカイト、現れたMobの…………半分くらいだと思うけど、全部1人で倒しきっちゃったんだよ? 私、いつでもヘルプ出来るように注意してたけど、戦ってる様子を見る限りは、全然その必要もないくらいだったし」

「え? そ、そうなの?」

「…………気付いてなかったんだ」

「途中からはもう、目の前しか見えていなかったから……」

 

 彼が自分から振りまいた種だが、次々とアイテムの効果で吸い寄せられてくるモンスターの殲滅に意識が集中していたため、それ以外のことに思考をまわす余裕はなかったらしい。数えるのも億劫なくらい大量に出現したモンスターの内、約5割――あくまでユキの見積もりだが――をたった1人で殲滅したというのもそうだが、周囲から見て自分がそこまで無双していたということを、カイトはまるで他人事のように聞いていた。

 

(まだまだ追いつけそうにないなあ…………)

 

 スタートは一緒だったのに、いつの間にかカイトは先を行き、縮まったかと思いきや、彼はまたさらに先を行っていることに気が付く。もう一度隣に並び立ち、あるいは彼と背中を合わせて戦えるくらいになるには、力不足であるのを実感したユキだった。

 

「…………どうかしたか?」

 

 そんなユキの胸中など知る由もないカイトは、黙り込んでじっと自分を見ている彼女の様子を訝しむ。そんな彼に対し、ユキは小さくかぶりを振った。

 

「ううん、なんでもない。こうやって話すの久しぶりだな、と思っただけ」

「まあ、ユキのギルドは色々と大変そうだもんな。なんてったって《攻略の鬼》の副団長様がいるし」

「あっ、今アスナのこと少しバカにしたでしょ?」

「してないしてない」

「後でアスナに言いつけちゃおーっと」

「そ、それは勘弁してください…………」

 

 冗談混じりで言ったユキの発言に対し、カイトは両手を合わせて懇願した。その様子に、またしてもユキに小さな笑みが零れた。

 

「冗談だよ、じょーだん。ちょっとカイトをからかってみたくなっただけだから」

「俺で遊ぶなよ…………。ところで、KoBは次の階層に着いたら、早速フィールドに出て攻略を進めるのか?」

「うーん…………いつもならそうするけど、今から主街区に行っても、着く頃にはもう日が暮れてるだろうしなあ。団長からの指示が出るまではわからないけど、一先ずは次の層の主街区まで行って、着いたら解散だと思う」

「そっか…………そういうことなら、久しぶりに夕飯はどこか食べに行くか? 積もる話もあるだろうし」

「わあ、良いね。行きたい行きたい!!」

 

 この時、カイトの提案を聞いたユキの表情は、大きな花が咲いたかのように明るくなった。

 そんな彼女の満面の笑みは、どうもカイトには眩しかったらしく、口元に左手を添えてふいっと顔を背けた。その様子を、今度はユキが訝しむ。

 

「どうしたの?」

「いや、別に…………。そんな事より、ギルドの皆と合流しなくていいのか?」

「あっ、それもそうだね。じゃあ、この後の予定がわかったら、またメッセージ飛ばすね」

 

 そう言ってユキは胸元で小さく手を振ると、カイト背を向けてその場をあとにした。部屋の中央ではKoBのメンバー達が集合しており、その輪の中へと彼女も入っていく。

 それを見送ったカイトは、一先ずキリトと合流しようと思い、全身黒づくめを目印にして周囲を見回した。

 

「話は終わったみたいだな」

「うおうっ!!」

 

 しかし、カイトが彼を見つけ出す前に、キリトからカイトに声をかけてきた。素っ頓狂な声を出し、驚きつつカイトが振り返ると、探していた人物であると同時に今回のラストアタックボーナス獲得者が、そこにいた。

 

「急に話しかけるなよ。ビックリしただろ」

「はは、わるいな。それより、俺達も上の層に行こう。もう移動し始めてる奴もいることだし」

「なんだ、折角勝利の余韻に浸ってたのに」

「そんな風には見えなかったぞ?」

「言ってみただけだよ。…………それじゃ、行くか」

 

 ボス部屋の奥で大口を開けている扉を見ると、カイトは未知の階層へ続く階段に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上層へと続く長い階段を昇りきり、カイトは無事に主街区へ辿り着いた。キリトが第38層転移門のアクティベートを終えると、下層で待機していたであろうプレイヤーが次々に押し寄せ、あっという間に開通したばかりの主街区が人でいっぱいとなった。

 人影がNPCしかいない閑散とした街並みから一転し、プレイヤーでごった返す賑やかな街へと様変わりする。この後ここで祭りの類でもあるのではと勘違いしてしまうほどだった。

 

「それで、このあとはユキとご飯の約束だろ? むこうの都合は大丈夫そうなのか?」

「つい今しがたメッセージがきたけど、問題なさそうだって。転移門の近くで待っててくれってさ。その辺に座りながら待つか」

 

 丁度いい高さのブロック塀に腰掛け、2人はユキを待つことにした。

 

「それで、今日はどうするのか決めたのか?」

「そうだなー、35層の《風見鶏亭(かざみどりてい)》にしようと思ってる。あそこで出てくるデザートのチーズケーキは美味いからな。ユキもきっと喜ぶだろ」

「ふーん…………」

 

 カイトの話を聞いたキリトが、面白がるような笑みを浮かべたため、誰に言われたわけでもなく、カイトがすぐさま自らの発言を弁解した。

 

「違うからな。ただ単に俺がチーズケーキを食べたいと思っただけだからな」

「別に俺は何も言ってないぞ」

「その表情が既に何か言ってるんだよ…………」

 

 反論は小さく呟いただけだったが、、傍らに座る剣士の耳にはしっかりと届いていたらしい。キリトの口角がほんの少しだけ持ち上がるが、彼はそれ以上深く追及しなかった。

 

「NPCレストランも良いけど、カイトの場合、『作る』って選択肢もあるだろ。そっちはいいのか?」

「それも考えたんだけどさ、ちょっと熟練度が心許(こころもと)ない気がするんだよなー。ユキにはNPCレストランより美味くなってから振る舞うことにするよ」

「今でも十分だと思うけどなあ…………」

「ほほう。キー坊がそこまで言うなら、試しにオレっちが味見して判定しようカ?」

「いや、そもそもここじゃ作れない…………って、うおわあっ!?」

 

 不意に後ろから2人の会話に割り込んできた声で、カイトは腰掛けていたブロック塀から急に立ち上がって振り返る。キリトは立ち上がりこそしなかったが、その場で振り返り、ぎょっとした顔で声の主を見ていた。

 2人が声を聞くまでその存在に気が付かなかったのは、その人物があまりにも見事なハイディングをしていたからだ。両頬に描かれているトレードマークの3本ヒゲペイントをフードの奥から覗かせているのは、ゲーム開始直後から交流のある、アインクラッド初の情報屋《鼠》のアルゴだった。

 

「そこまで驚くことないだろうニ。……ま、何はともあれ、37層フロアボス戦お疲れサマ。聞くところによると、2人とも大活躍だったらしいじゃないカ」

「あ、相変わらず耳が早いな」

「これくらい朝飯前だヨ。そうでもないと《情報屋》は名乗れないからナ」

「そうは言っても、本当についさっきの事だぞ。ボス戦に参加してた攻略組の誰かから聞いた、ってことだよな?」

「おいおい、カー坊。オレっちが情報屋ってこと、忘れてないカ?」

「…………今のなし。情報料を払うなら、もっと有益な情報に払いたいし」

「ニシシ、良い心掛けダ」

 

 おそらくはボス戦参加者の誰かと雑談でもした際に聞いたのかもしれないが、『誰それからこういう情報をきいた』というのも、立派な情報だ。料金で換算するなら100コル程度かもしれないが、彼女にとっては十分な価値のある商品である。

 2人のやり取りを傍目に見ていたキリトは、その合間を縫ってアルゴに訊ねた。

 

「そういえば、頼んでおいた情報はどうなった?」

「ああ、最新の高効率狩り場情報だナ。今日はそれを伝えに来たっていうのもあるんだガ…………」

「あるけど…………なんだ?」

 

 言葉を途中で区切ったアルゴは、カイトとキリトを交互に見た後、再び口を開いた。

 

「2人とも、この後何か予定はあるのカ?」

「ん、ユキとご飯に行く約束をしているくらいで、それ以外は特にないぞ」

「そいつは丁度いいナ。それなら――――」

 

 現在時刻、18時20分。

 太陽は既に沈み、多くのプレイヤーは1日の疲れを癒すために帰路へつく頃合いだが――。

 

「今夜はちょっと、オレっちに付き合ってくれないカ?」

 

 ――カイトの1日は、まだ終わりそうになかった。

 




今回は拙作主人公が《掃除屋》という二つ名で呼ばれるきっかけとなった出来事ですが、もう少し続きます。
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