ソードアート・オンライン 〜君と共に〜   作:楽々亭

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二つ名とその由縁 II

「それじゃあ場所を変えて…………何? ここにもうすぐユーちゃんが来ル? それなら一緒にご飯でも食べながら話すとするカ」

 

 というアルゴの案により、急な話ではあるが、夕食の場に彼女も同席する流れとなった。その数分後にはユキもカイト達と合流し、4人はそのまま転移門をくぐって《風見鶏亭》に向かう。

 店につくと、時間帯がちょうど食事時ということもあり、店内は戦を終えて主街区に戻ってきたプレイヤーで賑わっていた。スプーンやフォークを片手に食事を摂りつつ、仲間達と今日あった出来事や戦利品の話題で会話を弾ませている様子が見受けられた。

 そんな中、カイト達は4人掛けのテーブル席に座り、各人がそれぞれNPCのウェイターにメニューを注文する。ものの数秒で机の上には湯気の立つ熱々の料理がずらりと並んだため、冷めないうちにと4人は食事に手を伸ばした。

 白地に赤の差し色が鮮やかなギルドの制式装備を着たままでいるユキを見て、店内にいるプレイヤーの何人かは、攻略組のKoBがいることに気が付き、チラチラと彼女を見る者もいる。しかし、見られている当の本人は、気が付いていないのか、あるいは気にしていないのか、そういった素振りを一切見せなかった。

 

「こうやって一緒にご飯食べるの、本当に久しぶりだね」

 

 そう言ったユキの表情は、どことなく嬉しそうだったが、カイトにとってはそれだけで十分誘った甲斐があったと感じた。

 そう思っていると、ユキの隣にいるアルゴが意味深な笑みを向けながら自分を見ている事に気が付いたため、カイトは訝しむような目でアルゴを見た。

 

「…………何?」

「いや、カー坊の頬が緩んでるなーと思っただけダ」

 

 ユキの嬉しそうな様子で無意識のうちに頬が緩んでいたらしく、そのことを指摘されたカイトは、恥ずかしさから顔を赤くし、アルゴからは見えないようにさっと顔を背けた。

 しかし、そんなリアクションをしてしまえば、アルゴにつけいる隙を与えてしまうようなものだ。彼女が面白おかしくなるであろう流れを、逃すわけがない。

 

「ニャハハ、そんな照れなくてもいいゾ。それに、カー坊の笑った顔は、かわいいからオレっちにとっても目の保養になるしナ。男なのが勿体無いくらいダ」

「別にかわいくもなんともねえ!!」

 

 リアルでは実年齢より下に見られることが多々あったカイトだが、笑うとそれが色濃く出るらしく、さらにはあどけない幼さを残す印象から、実の姉のように慕っている従姉弟や同級生の女子からは『かわいい』と言われてよくからかわれていた。カイトはそのことを気にしているので、指摘されると少しムスッとしてしまうのだが、アルゴにはそれが面白いらしい。

 

「まあ、あんまり苛めるとカー坊が拗ねちゃうから、この辺で勘弁しといてやろウ」

「その言い方だと、俺がいつも拗ねてるように聞こえるんですけど……」

「細かいことは気にしなイ」

 

 カイトの反論をアルゴがピシッと一蹴すると、彼女は止めていた食事を再開した。

 雑談を交えつつ、全員がメニューのパン、サラダ、シチューを食べ終え、デザートのチーズケーキで至福の時間を――主に女性陣2人が――噛み締めていると、キリトが話を切り出した。

 

「アルゴ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

「ん、ああ、そうだナ」

「え? 何の話?」

 

 アルゴが食事に同席しているのは、単にご飯を一緒に食べるため――――と思っていたユキは、話の流れが飲み込めなかったため、頭に疑問符が浮かんだようだった。

 なので、そんなユキのために、カイトは簡潔にではあるが、すぐさま事情を説明した。

 

「元々は、アルゴがここに同席する予定はなかったんだよ。だけど、俺とキリトに話があるっていうから、急遽参加する事になったんだ」

「あ、そうだったんだ。…………それなら、私は席を外したほうがいいのかな?」

「オレっちは後から割り込んでここにお邪魔している身だから、ユーちゃんがそこまで気を遣う必要はないゾ。…………それで、今夜2人に付き合ってほしいっていうのは、オレっちが新しく発見したクエストの攻略なんだ」

 

 ここで、3人の視線と関心がアルゴへ集まる。未発見クエストの内容もだが、アルゴがクエストクリアのために、誰かに協力を依頼することは珍しいからだ。

 アルゴはかつて、ボス攻略に必須の弱体化ギミックを解くため、ダンジョン奥地にある安地部屋で野営をしつつ、たった1人でそのギミックを解いてしまった、という過去もある。そんな彼女が協力要請するのだから、その新クエストは高難易度なのだろう――――というカイトの予想とは真逆の答えが、アルゴから返ってきた。

 

「とはいっても、クエストの内容自体はそうたいしたものじゃなイ。夜になっても娘が帰ってこないから、探しに行ってほしいっていう、まあよくあるやつダ」

「思ったより普通だな。…………そのクエストは、なんで今まで誰の目にも触れなかったんだ?」

「理由を挙げるとするなら…………」

 

 アルゴはほんの少し考える素振りを見せた後、そのまま話を続けた。

 

「それは、夜の8時以降にならないとNPCにクエストフラグが立たない、いわゆる時限イベントが組み込まれているタイプだってコト」

 

 クエストの中には、特定の時間帯にしか受注できないものも多く存在し、それらは《時限クエスト》という名で呼ばれている。

 

「でも、時限イベントなんて、今時珍しくもないですよね? なのにそのクエストは、今までどのプレイヤーに見つけられずにいて、最近になってようやくアルゴさんが見つけたってことですか? ただ単にクエストを受けられる時間帯が限定されている位なら、もう誰かの目に触れててもおかしくないと思うけど……」

「それが中層以下だったらナ。もしそのクエストが、ついさっきまで最前線だった階層の、さらに言えば攻略組が素通りするような小さな村で発生するクエストだったら、少し話は変わるんじゃないカ?」

 

 その一言で、3人はアルゴが何を言いたいのかを察した。

 攻略組のプレイヤーは、ゲーム攻略と自身のレベルアップを兼ねて最前線で攻略活動を行うが、基本的には最短ルートで攻略を進めている。なので、攻略にプラスの影響を及ぼす、若しくは攻略のついでにクリア出来そうなクエストでもない限り、ゲーム攻略に関係なさそうな単発クエストはスルーしてしまう者がほとんどなのだ。

 そして、今しがたアルゴが話したクエストの発生地点は、数時間前まで最前線だった階層なので、当然中層以下を根城にするプレイヤーが知るわけもない。

 

「そういうことなら、まだ誰にも見つかってなかったっていうのも納得だ。…………で、クエストが未発見だった理由はわかったけど、内容を聞く限り、アルゴがわざわざ俺達に協力を依頼するほどのものじゃないと思うんだが…………」

「確かに…………。これっていわゆる、人探し系のクエストだろ? 迷宮区の中ボスクラスと戦うわけでもなさそうだし…………」

 

 そう言って、キリトとカイトは顔を見合わせた。

 人探し系のクエストは、文字通り対象者を発見して依頼主のNPCに引き渡すことで完結するクエストだ。大抵は戦闘イベントが発生しないので、アルゴ1人でも事足りるし、攻略組を駆り出すほどのものではない筈だが…………と、2人が思うのも無理はない。

 そんな2人の疑問を聞いたアルゴは、ほんの一瞬だけ渋い表情を見せたが、視線がそれていたカイトとキリトはその事に気が付かなかった。隣に座っていたユキだけがその微妙な変化に気付いていたが、次の瞬間にはいつもの調子で話すアルゴがいた。

 

「ン〜、確かにそうかもしれないけど、NPCの口ぶりから察するに、もしかするとネームドモンスタークラスとの戦闘イベントが発生するかもしれないんだヨ。それに探す対象がサブダンジョン扱いの洞窟にいるみたいなんだが、まだオレっちも完全マッピング出来てない所だし、万が一のことを考えて、お二人さんにも付いてきてもらえたらナ〜、と思ったんだけど…………」

 

 そういう理由ならと、カイトもキリトも大きな引っかかりを感じなかったので、それ以上追及することはなかった。普段から世話になっているアルゴからの頼みでもあるし、特に断るような理由もない。

 

「わかったよ。それなら、喜んでお供させて頂きます」

「さっすが!! カー坊ならそう言ってくれると思ったヨ。…………だとしても、ボス攻略が終わったばかりだってのに、悪いナ」

「そう大掛かりなものでもなさそうだし、大して時間も掛からないだろ。…………それで、ユキはどうする?」

「え? 私?」

 

 たった今チーズケーキを食べ終えたばかりのユキが、フォーク片手に首を傾げた。

 

「久し振りにパーティー組むのはどうかな、と思って。ユキがギルドに入ってから、こんな機会は滅多にないし…………」

 

 カイトの提案を聞いたユキの様子が一瞬明るくなったが、『あっ!』と言って何かを思い出し、胸の前で両手を合わせて申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「う〜、すっごく嬉しいけど、この後アスナや他のギルメンと一緒にレベリングの約束があるの。だからゴメン、また今度誘って」

「い、いやいや、先に約束があるなら、こっちだって無理にとは言わないよ。じゃあ、また次の機会に、てことで」

 

 口では気にしていない体を装っているカイトだが、そこには少し残念そうな様子が滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、ユキを転移門で見送ったカイト達は、開通したばかりの38層主街区を散策した後、NPCの店でアイテムを補充して37層に降り立った。

 目的地である小さな村はフロアの端っこにあるため、道中で遭遇するモンスターとの戦闘をこなしつつ、3人はフィールドを横断していった。村に着いた時、片手で数えられる程度にしか訪れたことのなかったカイトは、朧げだった村の記憶が次第に鮮明になっていくのを感じた。

 とは言っても、彼がこの村に関して覚えていることは、さほど大きくない村の中心部に村長の住む家があることと、そこがこの村で唯一受けられるクエストの受注場所ということだ。そして、村長の話がやたらと長いということも――――。

 村の成り立ちから始まる村長のありがたい話を聞いた後、周辺地域で増えている魔物の話になり、これが終わることでようやくモンスター討伐の依頼が村長の口から出るのだ。指定されたモンスターを規定数倒すという至ってシンプルなもので、報酬はいくばくかのコルと経験値、そして武器を強化する際に使用するアイテムが貰えるというものだ。

 ただし、これはあくまで昼間に受注できるクエストであって、これからカイト達が受けるクエストは夜間限定の別物だ。大まかな内容はアルゴから既に聞いているが、現時点でそれ以外の情報は一切不明である。

 

 村長の家の前まで行くと、3人は門扉を通って整地された庭を抜け、玄関の前に立ってドアを3回ノックした。そこから5秒とかからず、中にいた歳の若い村長が出迎えてくれたので、カイト達はそのまま家の中へと足を踏み入れる。

 家の奥にいた村長の妻にも出迎えられると、カイトは片付いた部屋の中を見回した。テーブルと椅子、古びた本棚、各種食器類が収納されている棚、大きめのロッキングチェアが1つなどなど、居間には少なくない家具が設置されていた。以前訪れた時は家の中をちゃんと見ていなかったので、改めて見ると、居間だけでそこそこの広さがあることに気が付く。

 

「村長サン、何か困ったことでもあるのかイ?」

「おお、旅の剣士様、よくぞ聞いてくれました。実は、私の大事な娘が…………」

 

 そんな中、カイトは背中越しに聞こえてきた会話に聞き耳を立てていると、どうやら金色の《!》マークを頭上に浮かべている村長に対し、アルゴが『何かお困りですか?』というクエスト開始の定番フレーズを口にしたらしい。カイトは振り返り、村長の話を少し離れた場所から聞いていた。

 

 曰く、昼間に娘の姿が見えないことに気が付いたが、暗くなる前には帰ってくると思っていた。

 曰く、夜になっても帰ってくる気配がない。

 曰く、村中くまなく探したが、いなかった。

 曰く、他に心当たりがあるとすれば、村のすぐ裏手にある小さな洞窟だけだが、そこは周辺一帯を縄張りにしているヌシが寝床にしている場所だ。決して奥深くまで足を踏み入れてはならない。

 

 ――――と、いうことだった。

 昼間の時とはうってかわり、長い話を聞くこともなく、会話があっという間に進む様子をカイトが眺めていると、村長の頭上に浮かんでいたマークが《?》に変化した。

 

「それじゃ、お二人さん。行き先はここから西に少し行った所にある洞窟だヨ」

 

 と言いながら玄関に向かうアルゴの背中を追いかける形で、カイトとキリトも外に出た。

 すると、この場所に来た時はわからなかったが、玄関口から漏れる家の中の灯りに照らされ、カイトは庭の片隅で大きな犬小屋があることに気が付いた。それを見た時、カイトはこの村に関する記憶をまた一つ思い出した。

 

(そういえば、この家って、でっかい犬が1匹いたよな……)

 

 以前カイトが村長のクエストを受けに来た時、家の住民よりも先に、毛並みが真っ白な、人懐っこい性格の大型犬に熱烈な歓迎を受けたことがあったのを思い出した。

 しかし、今回に限っては、庭先や家の中で犬の姿を見ていない。犬小屋の中で寝ているのかと思い、カイトは遠目から中を覗き込もうとした。

 

「アルゴ、さっき村長の話で出てきたヌシだけど、どんなやつか知ってるのか?」

 

 しかし、これから自分たちが取り掛かるクエストの内容について、キリトがちょっとした疑問を口にしたため、カイトは犬小屋に向きかけた視線をアルゴに移した。今から向かう洞窟は、カイトもキリトも、まだ足を踏み入れたことのない場所であり、どんな敵が現れるのか一切知らないのだ。

 

「残念ながら、オレっちも知らないナ。けど、洞窟は夜になるとキツネのモンスターが出るから、多分そいつらの親玉じゃないカ?」

「群れのボスってことか……。洞窟のマッピングはどのくらい進んでる?」

「うーん…………多分、4割もいってないヨ。ダンジョンは地下2階まであるけど、オレっちが行ったのは、地下1階に通じる階段の近くまでダ」

「そうなると、ダンジョンの1階部分は兎も角、それより下は全員初見ってことか。村長の口ぶりだと、ダンジョンの最奥地でヌシと戦闘になるみたいだし」

 

 などという会話を交わしながら、キリトとアルゴは村長の家を出て、村の出入り口に向かって歩き続ける。そんな2人の会話を聞きながら、カイトは後ろをついていく形で同じように歩み出した。

 その頃には、彼がついさっき感じた些細な違和感は、冷たい夜風に攫われて遥か遠方に消え去ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スイッチ!!」

 

 襲いかかってきた獰猛なキツネの爪を弾いたカイトが叫ぶと、入れ替わるようにして彼の背後から1つの影が飛び出した。右手に装備したクローに紫色のライトエフェクトを纏わせると、システムアシストが《鼠》の背中を押す。彼女は縦に高速回転し、1発の弾丸となって電光石火のスピードでモンスターに肉薄した。クロー系突進技《アキュート・ヴォールト》。

 立てた爪が深々とモンスターの身体を抉り、痛々しいほどのダメージ痕を刻みつけると、敵のHPは余すことなく削りとられた。爆散したモンスターのポリゴン片が薄暗い洞窟の中でキラキラと瞬き、仮想の空気に触れて音もなく消え去っていく。

 

「いやー、やっぱ手練れが2人いると戦闘も楽だナ」

 

 最後の1匹を屠ったアルゴが、腰に手を当てながらそんなことを言ってきた。

 

「アルゴが前ここに来た時は、1人で地下1階まで行ったんだよな?」

「そうだヨ。小さいサブダンジョンだと思って舐めてかかってたケド、ここで出るキツネが群れで行動するなんて知らなかったからナ。オレっちはカー坊みたく器用じゃないから、戦闘は極力避けてなんとか地下まで行ったんダ」

 

 洞窟内で出現する《サーベルフォックス》は、鋭利な爪と極太の犬歯が特徴のキツネ型モンスターだ。攻撃パターンは嚙みつき攻撃と爪を立てて飛びかかるくらいしかないが、動きが素早いことに加え、1回のポップでランダムに3体から5体の個体が同時に出現するため、ソロでここを突破するのはきついだろう。

 

「最深部までマッピングするつもりだったケド、ソロで行くには思いの外難易度が高いって気がついて、やむなく途中で断念して帰ったんダ」

「ふーん…………ということは、だ…………」

 

 アルゴの話を聞いていたキリトが不意に言葉を切ると、右手の人差し指を立てて正面を指差した。

 

「あの階段を降りた先は、アルゴにとっても未知の領域ってことか」

 

 キリトが指差した先には、洞窟の壁が縦長の形で綺麗に切り取られていた。近くまで寄ってみると、そこには下へと続く階段があるが、行く先は暗闇に包まれていて見通せない。

 

「そそ。オレっちが最短ルートで案内できるのは、この階段を降りる所までダ。そっからは完全に手探りだヨ」

 

 1階部分の全て、というわけではないが、少なくとも地下へと通ずる階段までの最短ルートを把握しているアルゴのお陰もあり、ここまではスムーズに進行できた。

 しかし、アルゴのナビゲーションに頼ることが出来るのはここまでで、この先は誰も足を踏み入れたことがない場所だ。予備知識一切なしの状態でモンスターが巣食う圏外を歩くのは、最前線を進む攻略組なら避けては通れない宿命のようなものであるが、こうした状況に立ち会うと多少なりとも不安や緊張は否が応でも感じてしまう。サブダンジョンだろうと迷宮区だろうと、その感覚は皆等しいのだ。

 それでも、カイト達は進むしかない。足を前に踏み出し、階段を1つずつ降りていく。洞窟の床を這いずり回る冷気が一段と下がったのを肌で感じつつ、3人は地下1階にたどり着いた。

 

 光源の乏しい洞窟を進むこと10分。キツネの群れに1回遭遇したこと以外、それまでこれといって特別なことは起こらなかったが、T字路の突き当たりに差し掛かり、カイトはどちらに進むべきか迷っていると、アルゴが何かを発見したらしく、目を細めて右側の通路を凝視し出した。

 

「おっ! あれってトレジャーボックスじゃないカ?」

 

 左の通路が先の見通せない道であるのに対し、右は行き止まり。だが、通路の先には、プレイヤーなら誰もが心躍る宝箱が鎮座していた。

 宝箱の発見に浮き足立ちそうになるが、そこはぐっと堪えると、カイトとキリトはお互いに目を合わせた。これまでの経験から、逃げ場のない1本道の奥にある宝箱というのは、開けた瞬間にモンスターが現れ、プレイヤーは壁際に追い詰められたような状況で戦闘を強いられる、というオーソドックスなトラップの可能性があるのだ。

 ほとんどの場合は武器やアイテムの入った宝箱だが、そうしたトラップの可能性も考慮し、カイトが自ら名乗りをあげた。

 

「一応、トラップの可能性もあるから、俺が開けるよ。2人はここで待っててくれ」

 

 キリトとアルゴをT字路の突き当たりに残し、カイトは1人で宝箱まで向かった。トラップの可能性を口にしてはいたが、実際のところ、彼の頭の中は宝箱の中に何が入っているのかがほとんどで、トラップの可能性は万が一程度にしか考えていなかった。コルもしくはポーション類、欲を言えば結晶アイテムがあれば良いな、などと思いながら、カイトは宝箱を開けた。

 

 そして、結果としては、カイトが『万が一程度』にしか考えていなかったトラップの類だった。

 

 宝箱を開けた瞬間、カイトの背後で幾つもの湧出(ポップ)音が響いたため、彼はさっと後ろを振り返ると、視線の先で《サーベルフォックス》が5体出現していた。

 しかし、モンスターが出現したのは、ちょうどカイトのいる場所とキリト達がいるT字路の突き当たりを繋ぐ一本道の真ん中だ。おそらく、本来なら宝箱を開けたパーティーが、逃げ場のない通路でモンスターの群れに追い込まれるトラップなのだろうが、通路の分岐点にキリト達を残し、宝箱を開けにきたのがカイト1人だったため、寧ろモンスターを挟む形になっている。プレイヤーを追い込むどころか、寧ろモンスターが追い込まれているかのような状況だ。

 既にキリトとアルゴは武器を手にして臨戦態勢に入っており、モンスター越しにそれを見たカイトも、抜剣すべく、背中の鞘に納めている剣の柄に手をかけた。

 

 ところが、彼が剣を抜く前に、予想外の出来事がカイトを襲った。

 前触れもなく起こったのは、しっかりと地につけていた足が支えを失い、一瞬の浮遊感を経て真下へ引っ張られる感覚だった。彼の立っていた場所が落とし戸(トラップドア)と化し、声を出す間もなく、カイトは暗い穴に落ちていく。

 

「カイト!!」

「カー坊!!」

 

 穴に落ちていく最中、異変に気が付いた2人がカイトの名を呼んだが、無情にも落とし穴はすぐさま元に戻ったため、2人の声がそれ以上聞こえることはなかった。

 

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