タンカーの中に入ると雨の音が小さくなりとても静かだった。どうやら居住区のようだが人の気配がない。僅かな音でも目立ちそうだ。ドアを開けるのも自然と慎重になった。
所々にゴルルコビッチの兵士が巡回していたが想像したよりも少ない。ヘリ2機分の人数を分散して配置しているからなのか。なんにせよ好都合だ。
居住区を通り船橋の最上階を目指して進むと、途中に海兵隊員の死体が転がっている。抵抗の跡はほぼない、あっという間に制圧されたのだろう。
だが、死体の数が少なすぎる気がする。海兵隊司令肝入りの極秘のプロジェクトならもっと警戒に人が割かれて然るべきだ。
その疑問に応えるように無線が鳴る。
『ジョニー、どうやら乗員のほとんどが下の船倉に集められているみたいだ。海兵隊司令官の演説があるらしい』
「なるほど、それでこんなに人が少ないのか」
『ゴルルコビッチ達も下を目指しているはずだ。でも、見張りはいると思うから気を付けて』
「了解、操舵室に着いたらまた連絡する」
麻酔銃に改造されたベレッタM9で警戒しながら先を急ぐ。
昔スネークがやってきた潜入任務では武器装備は現地調達だったが、不必要な殺傷は避けるために今は麻酔銃を持つようになった。尤も、必要があるならば当然武器を回収するし、交戦することもある。『フィランソロピー』は国連にも登録されているNGOだが、多くの国で立派にお尋ね者だ。
そんなお尋ね者達の1人、ジョニーの装備は作戦に合わせて海仕様になっている。
軍用のドライスーツを着て、その上にヴェノム・スネークの着ていたような
ドライスーツは雨で体を冷やさないためと、
作戦前にトイレも済ませてきたから大丈夫だ、きっと、たぶん。
ボディアーマーやプレートキャリアの類は重くなってしまうからやめた。チェストリグも考えたが、安く大量に出回っている放出品のベストにした。最悪使い捨てにしても惜しくないし、交戦を前提としないなら十分だと思う。
今の俺たちは軍のようになんでも補給されるわけではない。スネークのスニーキング・スーツは補修を繰り返して使っているがもうボロボロだ。メイ・リンが軍から様々な物資を横流しして支援してくれてはいるが、気づかれぬようにやるために量はたかが知れている。
活動資金についても、ナスターシャ・ロマネンコからの出資を元手に資産運用やらなんやらしてなんとかやっているが限界はある。何をなすにも先立つものは必要だ、世知辛い世の中だ。
警戒の目や監視カメラを避けながら操舵室へと辿り着いた。今のところ怖いぐらいに順調だ。窓の外にヘリが飛ぶのが見えた。
「オタコン、操舵室に到着した。奴ら、
『ホントに?アメリカまでよく持ち込んだね』
「おそらくオセロットの手引きだろうな」
『オセロット?どうしてやつが?』
「・・・やつとゴルルコビッチはGRUで一緒だったんだ。ゴルルコビッチはアメリカにコネはほぼない、元FOXHOUNDのやつの協力があったとみて間違いないだろう」
つい口を滑らせてしまった危ない危ない。うっかりする程度には緊張しているのか?発言に気をつけなければ。
『ところで、船の行き先は分かったかい?』
「待ってくれ、今見てるところだ」
オタコンに促されて船の目的地を確認すると、原作と同様にバミューダ島の沖約800kmの地点だった。それを伝えるとオタコンが反応した。
『大西洋のど真ん中、新型メタルギアは単独演習が可能なほど完成しているのか。海軍第2艦隊の作戦海域からも外れている。海軍の支援なしで単独作戦行動が可能な性能を持っている?』
「分析はそっちでやってくれ、船倉に向かうぞ」
『ああゴメンゴメン。次はメタルギア本体を・・・』
ジョニーはオタコンの無線を聞き流していた。視線の先、上甲板に人影が見えたからである。
さて、いよいよか。
ジョニーは臨戦態勢をとった。
※※※
オルガ・ゴルルコビッチは父親であるセルゲイと無線で通話していた。
『シャラシャーシカ達が降下した、これから私も船倉へ向かう。そっちはどうだ?』
「
『そうか、よくやった。爆薬のセットは?』
「完了したわ」
オルガの指揮の下、スムーズに作戦は進んだ。だが、オルガの表情は晴れやかなものではない。
『アレを奪取したらタンカーを沈める』
「誰が操縦を?」
『VRを受けたのはあいつだけだ、奴にしかできん』
「あいつを信じて大丈夫なのね?」
オルガは不信感を隠さずに問うが、父は答えなかった。
『お前達の任務は完了した、早くここを立ち去れ!』
「まだ終わってないわ!」
『嵐なのに月が蒼く見える、悪い予感がする』
セルゲイは退去を求めたがオルガに応えるつもりはなかった。
そもそもこの作戦も、これを最後に部隊から離れる約束をして参加していた。だが、オルガにとって部隊は家族同然であり、他に行くところもない。
「親父、私も一緒に闘う」
『我儘を言うなオルガ。身重なんだぞ、少しは考えろ』
重ねて頼むが父は認めなかった。それがオルガの身を案じてのことだと言うのは分かっていたが、納得はできなかった。
『いいか、今すぐヘリで離脱するんだ』
それを最後に無線が切れた。
ヘリの1機がオルガを待っていた。搭乗員が手招きをして乗るように促したが、オルガは大きく手を振って去るように指示を出す。ヘリも少しだけ粘ったが最後には諦めて離脱していった。
ヘリが十分に高度を上げて離れるのを見ていたオルガだったが、突然くぐもった妙な音と共に首筋に痛みが走る。
やられた!まだ生き残りがいたなんて、しくじった。
せめてもの抵抗にと拳銃を向けようとするが、体に力が入らない。立っているのも辛くなってきた。船の縁を掴んで耐えようとするが膝をついてしまう。
ここまでか。なんともあっけないものだ。
そう思いながら首筋に手をあて傷を確認しようとすると、妙なモノが手に当たった。薄れ行く意識の中で手の中のものを確認すると、針のついた小さな注射器のようなものだった。勿論その手に血はついていない。
なにこれ、だれが・・・。
もはや考えもまとまらない。オルガは自分に近づく人影をボヤけた視界で見ながら意識を失った。
※※※
倒れたオルガに近寄り、握られた銃を体から離して安全化する。完全に眠っているのを確認してから無線に触る。
「指揮官級と思しき女兵士を無力化、おそらくセルゲイの娘のオルガだ」
『女兵士だって?』
「そうだ、写真で身元を確認するか?」
『いや・・・こっちでもゴルルコビッチについて調べてた、確かに娘がいる。間違いないと思うよ』
『無力化と言ったな?眠らせたのか?』
「暴れる前にプスッとね」
『暴れるって・・・猛獣みたいに言うんだね』
実際似たようなもんだろ、なまじ腕がいいから猛獣よりタチが悪い。
正体を知っている以上、お話する必要もない。ヘリがいなくなるまで待ってから眠ってもらった。
「それよりも奴ら、メタルギアを確保したら船を沈めるつもりだ」
『沈めるだと?』
「爆薬をセットしたらしい、無線で話していた」
実際は雨と風でほとんど聞き取れなかったがな、そう言うことにしておこう。
『制圧した船をわざわざ沈める?追跡を避けるためかな?母艦としての機能を有してないなら新型の航行能力はかなり高いのか、それとも回収用の船が・・・』
『・・・離脱が危ういな、間に合いそうか?』
「かなり微妙だな、巻き込まれる前に離脱したいところだが・・・」
『最悪、沈む船からの脱出か。分かった、こっちでも準備しておこう』
「すまない、頼んだ」
自分の世界に入ったオタコンを無視してスネークが話を進めた。たまに科学者、技術者としての面が強く出るのがオタコンの悪い癖だ。
さて、先を急ぐ前に装備を頂戴しよう。眠っている女性の体を弄るのは不本意だが仕方ない。
USPと消音拳銃PSSはブットパックに、手榴弾と予備の弾倉はポーチに入れてと、
こんなもんかな。あとはオルガをどうするかだが・・・雨の中放置するのは流石に忍びない。積荷にかかっていたシートを剥がしてかけておいた。
ついでに浮き輪も体に通しておくか。見た目シュール過ぎるなこれ、まぁいいか。
下を目指そうとすると頭上で唸るような音がした。見ると、円盤状の無人機が空を飛んでいる。サイファー無人偵察機だ。上部のカメラでこちらを撮影しているらしい。
イェーイピースピース。スネークかと思った?残念、
ふざけているとサイファーはどこかに飛んでいって見えなくなった。
これでタンカー沈没をスネークの仕業にされることは無くなったかな?フェイスマスクで顔も出してないしな。ピースはやりすぎだったかも知れないが。
ふと、無人機にピースした自分に恥ずかしくなり、周りを見渡してから誰も見ていないことを確認し先を急ぐことにした。