オルガが産気づいたと知らせを受け、他のゴルルコビッチ配下の兵隊と共に病院へと向かう。オルガは産気づいてすぐ仲間の一部と病院に行ったとのことで、どうやらどこの病院にするかは前々から決めていたようだ。
いや、
オルガの率いる私兵集団はタンカー事件の後からロシア系の非合法組織に世話になっている。このロシアンマフィアともいえる組織が実は『愛国者達』の下部組織であり、今目指している病院も奴等の息がかかっている。オルガはまんまと騙され、気がついた時には手遅れだったと言うわけだ。
知らずに病院に向かっている彼らとは違い、俺は知った上で敵のホームへと飛び込むことになる。虎穴に入らずんば虎子を得ずとはよく言ったものだ。その虎より恐ろしい
教えられた病院に到着し待合室へと向かうと、オルガと共に先に来ていた組と合流した。
ここにいるのはロシア系、元々部隊にいた人間が殆どだ。隊長たるオルガの下で団結している中に中途採用のジョニーがいるのは潜入が上手くいっている証だが、騙しているような気がして僅かな罪悪感を覚える。原作のジョニーも言っていたように、確かに気のいい奴らだ。百戦錬磨の傭兵達に認められるのは悪い気はしない。
そんな優秀な兵士達が集まっているが、先に来た組の顔色を見るに緊張したような落ち着かない様子だ。いつの時代も出産で男にできることは殆どないものだが、話はそう単純でもないらしい。
なんでも帝王切開による出産になりそうだという。
なるほど、ゲームでは子供を一度も抱いたことがないとオルガが言っていたがそういうことか?考えにくいが、帝王切開の時に全身麻酔でもかけられたか?それか出産直後に連れ去られたか?いずれにせよ、帝王切開の後でオルガが動けるようになるまで、サニーを連れ去るには十分な時間がある。
考えろ、どうすればいい?
※※※
陣痛の痛みの中で医者の説明はなかなか入ってこなかったが、緊急で帝王切開をすることになったのは理解した。着々と準備が進められ、いよいよ手術室に入ると言う時に廊下で言い争っているところに遭遇した。
「オレ達は立ち会えないって言うのか?」
「ですから、衛生上の理由で・・・」
「なんだと!オレ達が不潔だっていいてぇのか!」
誰かと思えば仲間達が看護師や医者に凄んでいる。立会ったところで何ができるのだろう?今のオルガは痛みで思考に余裕がなかった。
すると騒ぐ仲間の中から落ち着いた声で1人出てきた。
「待ってくれ、全員が入れないのは当然だと思う。せめて1人は立ち会えないか?」
「1人なら可能ですが・・・基本的に夫の方のみなのです」
「・・・私だ、私があの子の父だ」
男は一瞬戸惑いと躊躇いを見せたが、父親を自称した。周りの男達も驚いている。
誰かと思えばジョナサンだった。彼とはそう言う関係ではないし、そもそも彼が仲間になったのはタンカー事件の後だ。何のつもりなのか。
看護師は釈然としない様子だったがそれならばと案内する。他の仲間達はやや不満気だったが少しは落ち着いたようだ。ようやく手術室に入れそうだ。
もうすぐ手術が始まると言う時にジョナサンが入ってきた。医師達と似たような服を着ている。麻酔が効き始め痛みが和らぐにつれて冷静になり、まともな思考が戻ってきた。さっきの事を聞いてみるか。
「ジョナサン、一体どう言うつもり?」
「1人は心細いかと」
「別に大丈夫よ、貴方こそ血を見て倒れたりしないでよ」
「・・・今更血を見ても大丈夫だ」
そう言うジョナサンの顔は強張って見える。出産して母親となるオルガよりも緊張しているようだ。いつも戦場に向かう時の方がもっと落ち着いている。こんな表情を見せるのは腹痛で苦しんでいる時なものだ。そう思うとなんだか可笑しかった。
オルガも無自覚に緊張していたようで、ジョナサンの様子を見て少し和らいだ。知らず微笑んだオルガにジョナサンがよく分かってない顔をする。
そこに注射器を持った手術服の男が近づいてきた。オルガはまた注射かとうんざりしていたところ、ジョナサンが制止する。
「待て、そいつは何だ?」
「・・・鎮静薬です、麻酔とは違いますが眠ってる間に終わりますよ」
「・・・説明や同意なしに薬を注射するのかここでは?」
安心させるような口調で話す男に対し、ジョナサンの声に険がある。
「待ってジョナサン。ごめんなさい、この人不安になってるの。注射は要らないわ、ありがとう」
「・・・分かりました、失礼します」
ジョナサンを嗜めて注射を断った。しかしながらジョナサンがやや過剰反応なのは本当に不安からだけなのか?
「本当にどうしたの一体、何を怖がってるの?」
「・・・いえ、万が一があってはいけないのでつい・・・」
「大丈夫よ、心配し過ぎだわ」
「・・・そうかも知れません。きっと、上手くいきます」
ジョナサンの言葉はまるで自分に言い聞かせるようだった。
程なくして手術が始まった。手術が始まると産まれるまではすぐだった。産声が上がり、子供の姿が見える。ジョナサンが抱かせてあげて欲しいとせがむとオルガの近くまでやってきて抱かせてもらえた。とても小さく、しわくちゃで元気よく泣いている。
私の赤ちゃん
気がつくと自然と涙が出ていた。ジョナサンの方を見ると感動しているのか目を潤ませていた。ジョナサンにも抱かせようとすると俺はいいと固辞しようとするので、父親なんでしょ?と言うと観念したのか赤ちゃんを受け取った。
恐る恐る壊れものを扱うように、おっかなびっくり抱えている。この場に父や死んだ
手術は順調に進んだが途中、赤ちゃんが別の部屋に連れていかれそうになったのをジョナサンが大声で止めた。
「おい!どこに行くんだ!」
医者達の説明にも耳を貸さず、掴み掛からんばかりの勢いで私まで驚いてしまった。途中、ジョナサンが手術服の下に拳銃を隠しているのに気がついた。いつ銃を抜いてもおかしくない剣幕でヒヤヒヤした。
それから赤ちゃんから一時も目を離すまいとジョナサンが眼光鋭く威嚇するので、医者達が怯えていた。
その甲斐あってか、病室では赤ちゃんも一緒に入ることができた。すぐに待っていた仲間達が部屋に入ってきて祝福を述べる。出産で疲れていたが、この喜びを分かち合える幸福には変え難い。
ずっと気を張り詰めていたジョナサンもここにきて漸く気が緩んだのか、部屋から出ていった。あの表情から察するにおそらくトイレだろう。
頼り甲斐があるのかないのか。まったく、よく分からない男だ。
※※※
ふぅー、取り敢えずひと段落かな?
苦しい嘘までついて手術室に入ったが、結果としてサニーの連れ去りを阻止できた。果たしてこれが今後の流れにどう影響するのか。
だがまだ油断はできない。今は付き添いの仲間達の目があるからいいが、退院までの時間で奴等の手が及ぶ可能性も十分ある。護衛を常に張り付けておかねばなるまい、交替で回せるようにしよう。
流石に1人で護衛はしんどい。手術室の中では全く気が抜けなかったし、トイレで中座するわけにも行かなかった。
実際、サニーが連れて行かれそうだったしな。丁度トイレに行きたくなってきたタイミングと被って気が立っていた。必死さのあまり、久し振りに大声が出た。オルガに不審がられてないといいが。
手術が終わるまでなんとか我慢できた。態度に出して不審がられたり、トイレに案内されては困るのでずっと隠していた。気を紛らわすために色んなものをじっくり見たりしてなんとか便意を誤魔化した。
オルガとサニーが病室に戻ってようやく今トイレに来れたと言うわけなのである。いやー、危なかったぜ。
用を済ませトイレからオルガとサニーの病室へと戻ると、オルガが体を動かせないか試行錯誤していた。帝王切開をした患者が昨日の今日で動けるはずはないんだが、やはり只者ではない。
予後の為にはいいことだし、退院が早まるのはそれだけ誘拐のリスクが減るから、こちらとしても助かるのは確かだ。
だが流石に辛いのだろう、大人しくすることにしたようだ。周りの仲間達の心配そうな顔が鬱陶しかったのかも知れない。
「そう言えば隊長、もう名前は決められたのですか?」
仲間達の1人が何気なく聞いた。オルガは眠る赤ん坊に視線を落としじっと眺める。
「・・・サニー、この子の名前はサニーよ」
それを聞いて仲間達がいい名前だ、ロシアの花もひまわりだからなと勝手に盛り上がる。するとオルガがこちらに気がついた。
「あら、もうお腹の調子は大丈夫かしら、父親さん?」
「勘弁して下さい、あの時は必死だったんです」
「冗談よ。・・・でも、この子のためにも父親は必要なのかしら」
サニーを見るオルガの目には一抹の不安が感じられた。
「それならば心配いらないでしょう」
「どうして?」
「部隊は家族でしょう?父親は沢山います、出来は悪いですがね」
冗談を言うと仲間達から言ったなコイツと小突かれる。オルガは一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに微笑みへと変わった。
「そうね、心配し過ぎたかしら」
「大丈夫です、きっと上手くいきます」
手術の前にも似たような会話をしたな。
オルガと仲間達と今後のことを話し合った。その時のオルガの姿は隊長でありながら、紛れもなく強い母親のものだった。
ここはゲームの世界だが、今は俺にとってこれが現実だ。助けられる範囲の人は助けたい、そう願ってもいいはずだ。
その結果が及ぼす影響に不安が無いわけじゃ無い。だが、今は自分の選択に後悔はないと自信を持って言える。
きっと上手くいく、いや、やってみせるさ。