東方翠鴉録   作:リッチ3673

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第一話 変わり者の鴉天狗

その鴉天狗は、とてつもない速さで空を飛んでいた。

 

天狗は幻想郷にいる大半の妖怪を置き去りにする程の速さを誇る妖怪であり、その中でも鴉天狗は更に速さに特化している。

 

鴉天狗には大空を羽ばたける翼がある。

彼女らはこの翼を使いこなし、新聞のネタを追い求めて空を飛ぶのだ。

 

 

だが、この鴉天狗は違っていた。

彼女には翼など必要なかった。

 

彼女が空を飛ぶために必要としていた動力は翼ではない。

彼女が飛ぶために必要としていたもの、それは巨大な一枚の()()であった。

 

彼女はその和紙を()()()()()、空を飛んでいた。

まるで、西洋の御伽噺に出てくる魔法の絨毯の如く。

 

彼女は和紙の上で胡座をかき、腕を組んで、威風堂々としている天狗の姿を見せつけながら空を飛んでいた。

 

最も、彼女を視認できるものなどいなかったが。

 

 

 

---

 

 

 

「……ネタがない!」

 

鴉天狗の一人、(すい)(ごう)(れん)(ころも)は空を飛び回りながら新聞の新しいネタを探していた。

 

衣の種族は天狗。

天狗の身体能力、動体視力は凄まじいものであり、高速で動いている状態でも周りの様子を完璧に把握することができる。

 

そんな能力を持っている衣でも、この日、ネタを見つける事はできていなかったのだ。

 

「三日後には新聞を発行しなくちゃいけないのだがなぁ……」

 

彼女が発行している新聞、『(げっ)(かん)(じょう)()(じゃく)(ほう)』はその名の通り一ヶ月に一回発行されており、今日は月の終わりの三日前。

 

衣はネタ探しに奔走していた。

天狗の力と自身が持っている能力、『紙を操る程度の能力』をフル活用しているにも関わらず、彼女はこれといったネタを探せていなかった。

 

天狗の中にはありもせず起きてもいない事を大きい事件として書く者もいるが、彼女はそれをしなかった。

あまり評判の良くない新聞だが、彼女には新聞記者としてのプライドがある。

 

 

あくまでも実際に起きた事件を、世の中の流れとは違う方向で書く。

 

 

それが彼女の信念、新聞を書くための動力である。

 

という事はネタがなかったら彼女は新聞を作ることができない。

それゆえ、彼女は焦っていた。

 

 

いつもの()()()()のコラムは書き終えている。

後はトップに載せる記事だけ。

だが、そこに載せる内容が見つからない、わからない。

 

月刊と銘打っているため一ヶ月に一回は必ず新聞を発行しようとしている以上、衣は何かしらのネタを見つけなければいけない。

 

なんとしてもネタを見つけなければならないのだ。

 

「やっぱ()()しかないか……」

 

彼女は今までとは違う方向に、舵を切った。

 

 

 

---

 

 

 

幻想郷の人間のほとんどが住む場所、人間の里。

 

この人里は幻想郷を作った賢者たちによって妖怪が人間を襲う事を禁止されており、おそらく幻想郷で最も平和な場所と言える。

 

現在、この人里に異常な存在がいた。

 

 

その存在とは、道の真ん中を堂々と歩いている一人の女だった。

それ自体は珍しい事ではない。

どこにでもありそうな普通の光景だろう。

 

彼女を非現実的なものとしていたのは、その異様な風貌であった。

 

人を怯えさせるためだけに付けてるかのようなサングラスで表情をわからなくし、本来なら腰まで届いているであろう長い黒髪はまるで怒り狂っているかのように逆立っている。

 

これだけでも道行く通行人は注目するだろうが、彼女の異様な所はそれだけではなかった。

 

服装は外の世界では学ランと呼ばれている服の丈を膝程度まで伸ばし長ランにしており、そして服の背には『新聞爆買』の文字。

 

このような言葉をなぜ学ランに書いたのか。

そしてなぜこの服装をしているのか。

なぜ()()で髪を逆立たせているのか。

 

なんの意味もないであろう。

本来であれば。

 

この奇怪な風貌は人々の注目を集めるのに充分だった。

 

人々は彼女に注目していた。一体、何をしでかしてくれるのか。

人々は彼女に一種の期待を寄せていたのだ。

 

だが、大抵の事は期待どうりにはいかないものだ。

何もせず、そのまま彼女は人里を歩き続けた。

延々と、歩き続けた。

 

いつの間にか彼女の後ろには人間が引っ付いていたが、彼女はそれを意に介さず、歩き続けた。

 

そして、人里の全ての道を歩き終わったその瞬間、突如、彼女の姿は消えた。

文字通り、一瞬で消えたのだ。

突如としてその場から消えた彼女に人々は戸惑い、探そうとしたが結局見つけ出す事はできなかった。

 

 

この事件の三日後、翠郷連衣の『月刊情衣弱報』が発行された。

見出しはこうだ。

 

『人里にて奇妙な行進をする妖怪!集まった群衆には知識人たちは失望と軽蔑!』

 

この記事は荒れに荒れ、しばらくの間人里の話題の中心になった。

 

 

 

---

 

 

 

「フフフ、やはり成功だったわね」

 

現在、人里にて絶賛炎上中の翠郷連衣はいつもの巨大な和紙に乗りながら、嬉しそうに空を飛び回っていた。

 

彼女にとっての生きがいは新聞。

新聞を売る事を第一に考えている衣にとって、これは非常に喜ばしいことだった。

 

荒れるか荒れないかは問題ではない。

話題になってくれるならば何でもいい。

 

これが彼女が持つ、あまり好ましくはない信念である。

 

「相変わらずの人気っぷりですね、衣」

 

「ん?」

 

いつの間にか衣の目の前には、同じ鴉天狗で『文々。新聞』を発行している新聞記者『射命丸文』の姿があった。

 

「文か。新聞のコツでも聞きに来たの?」

 

「よりによって、あなたに聞きに来るわけないでしょう?

私が知りたいのは、あの()()()()()についてですよ」

 

「……なんの事かしら?」

 

「とぼけても無駄ですよ。

あんな意味不明な事をする妖怪は、衣しかいないに決まってるじゃないですか」

 

「……やっぱりバレてたわね」

 

今、人里で話題になっている行進事件。

それを起こしたのは、この衣である。

 

そしてその事は、彼女の友である射命丸に完全に見破られていた。

 

「まさか、よりによって文が一番最初に気づいてしまうなんて……」

 

「良い記事が書けるのを期待してますよ、衣」

 

射命丸はニヤリと笑い、衣が乗っていた和紙の空いている部分に座った。

彼女には事実を面白おかしく表現しようとする傾向がある。

 

恐らく、新聞には衣が行った事を書かれるだけではなく、やってもいない事まで捏造されてしまうのであろう。

衣は覚悟を決めていた。

 

鴉天狗である衣も速さには自信があるが、それでもこの射命丸文という鴉天狗は別格である。

逃げてもすぐに追いつかれるのがオチだろう。

 

「では、早速ですがなぜ衣はあの様な新聞を書き続けてるのですか?」

 

「……事件の話じゃないの?」

 

「あなたの新聞に対する信念を書いた方が面白いかと思いまして」

 

衣は呆れた目で射命丸を見つめた。

恐らく、本命はこっちだったのだろう。

 

「長くなるわよ」

 

「時間はたっぷりありますよ。全部話しちゃってくださいね」

 

「じゃあ、まずは──」

 

 

 

---

 

 

 

翌日、『文々。新聞』が発行された。

そこには『翠郷連衣、反省の色なし』という見出しと共に、嬉しそうに話をしている衣の写真があった。

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