恋のカケ❌チガイ   作:生き残れ戦線

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第八話

奇跡というものがあるなら俺はそれをいま体感している。

なぜなら俺はいま想い人である柊篠花と一緒に下校しているからだ。

 

彼女がなぜ俺を誘ってくれたのか。

理由は分からない。だがそんなものはどうでもいい。

これこそが俺の思い描いていた学園生活だ。俺の幸せだ。

 

セキトは傍らを歩く篠花の後姿を見て実感する。

手を伸ばせば触れられる距離に居る。そんな彼女に赤兎はどうすればいいのか分からなかった。

ただじっと彼女を目で追いかける。

それが幻でない事を確かめる様に。

 

「どうかしましたか?」

「っ!いや!その.....」

 

無遠慮に見ていたのがばれてしまった。

振り返った篠花が問いかけてくる。

赤兎はしどろもどろになりながら咄嗟に目についた物を指差す。

 

「随分と大きな荷物だなと思って.....」

 

最初に見た時から気にはなっていた。彼女が持つにしては場違いな程に大きなバックを。いったい何が入っているんだろうかと内心首を傾げていた。

持ちましょうかと提案したがすげなく断られてしまった。

 

「これには私の大事な私物が入っているのです」

 

篠花さんの私物か。何が入ってるんだろうな、コスメ用品とか香水かな。彼女からはいい匂いがする。と気持ちの悪い想像をする赤兎。

きっと可愛い物があふれているんだろうな。

 

「.....鼻の下伸びてますよ赤兎君」

「っ!」

 

耳元でぼそりと呟かれた言葉に慌てて顔をごしごしと拭く。

危ないところだった。気持ちの悪い顔がバレるところだ。

 

「バレバレっすけどねー」

「ほっとけ!こういう顔なの!悪いか!」

 

東条真子。この女は油断ならない。

何を考えているのか飄々として分からん。

何でこいつは俺を気に掛ける?

 

「俺なんかの顔を見てても面白くもないだろ?」

「えー?そんなことないですよ面白いです」

 

迫られて顔をそらす。

それはそれでちょっと失礼だな。

妙に付きまとうし好意的な様子を隠そうともしない。

やった事といえばパンをおごったぐらいだ。それでこんなに好意を抱かれているならチョロすぎるだろこいつ。

 

「もっと慎みをもて篠花さんみたいに」

「む、そんな失礼な事を言う人はこうだよ」

 

前触れなくいきなり俺の前髪をかき上げようとしてきた。

 

「ってひゃあー!?」

 

慌てて手を払いのける。

なにしやがんだこいつ!?

あと少しで刺青がバレるところだ。思わず変な悲鳴まで出た。

 

「ぷふふ!ひゃあだって!」

 

それが面白かったのか腹を抱えて真子は笑う。何だか凄く楽しそうだ。

赤兎の心臓がバクバクと鳴る。

笑い事じゃねえよ。俺が不良だってバレちまうだろうが。

やはりこの女は要警戒だ。危険すぎる。

篠花さんに見られてないだろうな。

 

見ると篠花さんは俺達の様子に微笑んでいた。

 

「仲良しですね二人は。.....良かった更木君も元気になったようで」

 

いやいや俺が仲良くしたいのは貴女です。

すこぶる元気なのはこいつだけです。誤解しないでください。

赤兎はこんな元気娘よりも篠花と話したかった。

だから無理に話のタネを作ろうとして火傷した。

 

「でもまさか、あの柊さんと一緒に下校できるなんて思ってもみませんでした。恐れ多いというか至極光栄です」

篠花の顔色が変わった。少しだけ厳しい顔つきになる。

「恐れ多いだなんて私を誰かと間違えていませんか?....私は只の普通の女子高生ですよ。そう、どこにでもいる普通の.....だから私をちゃんと見て下さい」

 

赤兎はそれを聞いて自分が思い違いをしていたことに気付く。

 

そうか。

これが本心からの物言いなんだろう。

柊篠花は普通を望んでいる。

普通ではないからこそ自分にないものに惹かれるのかもしれない。

彼女が普通の女子高生を望んでいるのなら、俺は彼女に特別を求めない。

普通の友達を演じよう。

 

「——だったら僕が普通の高校生がやる事を教えてあげるよ」

「え?」

 

俺達は街に繰り出した。

そこでは特別なことは何もない普通の事をした。

プディックやファンシーショップ、女子や男子高校生がいくような店を見て回った。小腹が空いたら商店街に寄って買い食いしたりもした。

二人にとってはそれが新鮮だったのか、楽しんでいるようだ。

今は食い入るようにブサイクな犬のぬいぐるみを見つめている。

可愛いかそれ?

 

「これは....可愛すぎます!」

「中々のブサかわだねー」

 

男には分からない境地で女子二人は盛り上がる。

こうして見るとどこにでもいる普通の女子高生だ。

....いや違うな。

学園での立ち振る舞いこそが偽りなのかもしれない。

窮屈な学園生活を送るためのまやかし。

本来の姿はきっとこっちの方なんだ。

 

(俺は彼女のこういう顔が見たかったんだ)

 

でもそれは普通の僕じゃないとできない。

もう一つの顔である不良の俺じゃあ、こんな顔を引き出す事は出来なかっただろうな。

無意識にセキトは前髪に隠したタトゥーを抑える。不良の証であるそれを。

これだけは見せられない絶対に。

 

誰からも恐れられたあの姿だけは。

絶対に隠し通さなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十分に遊んだ帰り道、僕は篠花さんに引き留められた。

 

「ありがとうございます、まさかこんなにも楽しい日になるなんて思いもしませんでした」

「そう言われると僕も案内した甲斐がありました」

 

セキトも笑う。

楽しんだのは俺も同じだ。

礼を言われる事なんて何もやってない。

実際町中を案内しただけだしな。

 

「もし良ければ今後も、このように三人で遊びませんか。更木さんは随分とこの街に詳しいようなので」

「こんな普通の体験でよければぜひ!」

 

篠花の提案を快く承諾する。

どうやら篠花は本当に感謝しているようだ。まさかこんなに喜ばれるとは思わなかった。嬉しい誤算だ。今度はどこに行こう。

向こうに行くのも悪くないかもしれないな。

少し治安が悪いが良い所だ。

俺がいれば問題ないだろうし。

 

と次の街巡りを早くも考えていた時だ、視界の端から一台の車が現れた。赤兎の目がそれを追う。

不審な黒塗りのバンは篠花の後方付近で停車した。距離にして五歩分、随分と近い。

ドアが開いた瞬間、セキトは地面を蹴っていた。

 

「篠花さんごめん!」

「きゃあ!?」

 

篠花を後ろに突き飛ばしたのと車中から出て来た黒ずくめの男ら二人が手を伸ばしたのは同じだった。

 

男達の手がターゲットを見失い、硬直する。目にはありありと驚きの感情が見て取れた。パニックになったのか何故かセキトの手を掴みひっぱると、そのままバンの中に引きずり込んだ。

ドアが閉まると同時に走り出す車。

 

それは一瞬の事だった。

 

後には篠花と真子だけが残る。

そうセキトは誘拐されてしまったのである。絶望的な状況。

この事態に篠花は驚きこう言った。

 

「失敗した.....まさか狙いは私だったの?」

 

この事態を予想していた様な物言いだ。

いや事実彼女達はこうなる事を考えて動いていた。

半年前にとある上級生が同様の手口で捕まった経緯があったからだ。

その黒幕を追っていた篠花と真子はセキトが次の対象になると踏んで行動を共にすることにしたのだ。だからこそ油断した。まさか狙いがセキトではなく私だったなんて。

 

「助けるはずが彼に助けられるなんて.....正義の味方失格ね」

「でもまだ彼を助けられる彼女達の力があれば」

「....そうね彼女達を呼びましょう、そして全力で彼を助ける。——真子行ける?あのバンを追って!準備を整え次第私達も行くから!」

「了解!」

 

そう言うと真子は盛大に制服を脱ぎだした。

下からスポーティな服が露わになる。

屈伸をして足を温めると真子は走り出す。最初はゆっくりと徐々にスピードを上げていく。驚くべき速さで篠花の視界から消えて行った。

彼女の脚なら必ずあの黒塗りのバンを捉えられる。

 

あとは彼女の力さえ乞えれば。

篠花は携帯を取り出すとどこかに電話をかける。

その大きなバックを抱えてゆっくりと暗闇に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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