それは一年前の話です。
学校からの帰り道、私は複数の男性に囲まれていました。
先生方からも治安が良くないため一人で出歩くなと注意されていた場所でした。
自分の迂闊さを呪いましたが、もう遅い。
彼らは私を人気のない場所に連れ込もうとしたのです。
嫌悪感と怒りが湧き上がりましたが私にはどうする事もできませんでした。
こういう時の為に嗜んでいたはずの合気道も意味がありません。
立ちすくみ恐怖する私は言われるままに彼らに連れられていき、この時助けを呼びましたが誰も私を助けてはくれませんでした。
ようやく私は気づきました。
この世の中の現実に。
いかに私が学校の中で鳥かごの中の鳥の様に甘やかされて生きていたのかが分かりました。
この世界は正しさだけではなく悪意と不穏に満ちている。
彼らが何をするのかは知識で知っています。
それゆえに絶望するしかない私の前に彼は現れました。
一目見たら忘れないあの鮮烈な金髪、黒い刺青、鬼の様な鋭い目つき。
彼が不良達の手首を掴むとバキリと音が鳴りました。男は悲鳴を上げています。そこに強烈な拳打が叩き込まれ男の悲鳴はぷつりと途絶えました。反撃してきた他の男達も同様に数発の打撃で地面に倒れ伏す形となったのです。その後、彼は不良達を脅しつけ私に一切手を出すなと忠告をしました。それが私を守るためだと分かりました。
それが終わり不良達が退散した後、彼はゆっくりとこちらを振り返りました。
その鋭い目が私を射抜きます。驚く事ですが年は私と変わるようには思えません。
ですがその眼は私が会って来た誰よりも力に満ちていました。
彼はジッと私を見て何も言いません。
その間の時間はゆっくりと流れたように思います。実際はほんの一瞬だったのでしょうが私には永遠にも感じられました。なぜか動悸がおさまりません。
もう危険は去ったというのに。ドキドキと心臓が高鳴って仕方がないのです。
この不思議な現象の正体が分からない。分かったのは後になってからでした。
彼は何も言わず私も何も言えなかった。
そして結局、彼は何も言わず立ち去って行った。
私はそこでようやく待って下さいと声を発する事が出来た。
だが彼は止まらず。去っていく背中に向けて何度もお礼を言った。
ほんの一瞬の出来事、しかしそれは永遠に忘れる事の出来ない記憶になった。
その後の帰り道は驚くほど安全だった。
まるで彼が見守ってくれているような気がした。
そしてその後、私は自身を戒めました。
もう二度と同じ過ちを起さないよう。
自分の体と心を強くしようと誓ったのです。
日々を鍛錬に励み心中を統一せんとしたのです。
全てはあの日、強さを教えてくれたあの背中を追いかけんが為に。
幸い私には才能があったらしくメキメキと頭角を現していきました。
今では屈強な男性にも負けません。
実はその後、あの街に何度も通い彼を探しましたが見つける事は出来ませんでした。
直接お礼を言いたかった。そして強くなった自分を見てほしかった。
それから.....もし叶うのであれば私の本心を告白したかった。
今ならわかります。この想いが何なのか。
もうどうする事も出来ないほどに私は彼に恋をしてしまったのだ。
一目惚れだった。
彼と一緒に居たい、共にその道を歩きたい。
彼の事をもっと知りたい。だから私は彼の痕跡を辿る為に街に何度も通い。
その都度言い寄って来た不埒な男達を叩きのめしていった。
それを何月繰り返しただろうか気が付けば私の周りには大勢の不良が存在していた。私を狙って袋叩きに来た者達.....ではなく、私を頭と認め慕ってくれる子分さん達だ。
最初こそ驚いたが私としても利がある事に気付いた。
蛇の道は蛇に聞くのが効率がいい。
不良達なら彼の事を知っているかもしれない。
やはり彼はその界隈ではかなり有名な人物らしい。
まことしやかな噂が流れていた。
ヤクザの事務所に出入りしている場面を見た事があるだとか、とある悪名高い事件の裏側に彼が一枚嚙んでいるという根も葉もない噂だ。
信じるに値しない。
だがある時期を境にして彼の姿を目撃する者は居なくなった。
一時期死亡説も流れた程だ。
だが私は信じなかった。あの人が簡単に死ぬはずがない。
きっとどこかで生きている。
会いたいと願う気持ちは募るばかりだ。
そんな焦る思いとは裏腹に、あの日から一年が経過し私は高校生になった。
裏の世界で名を上げ始めている私ですが表では比較的真面目な生徒として活動しています。
当たり障りなく過ごしていこうと考えた矢先の事です。
転機は入学式の桜の木の前で起きました。
「ずっと前から好きでした付き合って下さい!」
私と同じ年齢の黒髪の少年が私に向かって頭を下げ告白してきたのです。
彼の事は知らないが同じ制服、同じ腕章。少なくともこれから共に過ごす学友であることが分かる。ずっと前からということは中等科の同級生だろうか。
それにしては記憶にないが。
こういう事は何度もあった。
中学生の頃から告白を受ける経験が何度もあったのでもう慣れている。
最近では子分さん達からも似たような告白を受ける事があるのだ。
彼らには鉄拳で断ってやればいいだけだが、目の前の彼にそれをするわけにはいかないだろう。
彼の外見は中肉中背、身長は175cm程度、黒髪で目元を隠すように伸ばしている。あまり似合ってはいない。
私の好みとは真逆である。
つまり彼女の好みの男性の特徴というのは一人の男で固定されていた。金髪を逆立たせた目尻の刺青が良く似合う男である。
恋は盲目というがこの時の事を彼女
「お断りします私好きな人がいるから」
まさか目の前の人物こそがその想い人である事に気付かず。
それだけ言うと篠花は少年の横を通り過ぎて行った、
後に残るは呆然と立ち尽くす少年とそれを遠巻きに見て笑っている者達。
私は足早に教室へと向かった。