恋のカケ❌チガイ   作:生き残れ戦線

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第三話

パシリ認定されて一週間が経った。

 

その間、セキトはそれはもうパシらされた。

セキトもそれに一切抵抗せず従った。

むしろ従順に振る舞った結果、逆にもう気に入られた程だ。

煙草を買って来いと言われたら普通に買って来たし、カツアゲして来いと言われたら町の不良から金を巻き上げて来た。

言われた事は何でもやった。

 

そうセキトは不良時代のスキルを遺憾なく発揮して。

奴らの願いを聞き届けたのだ。

シュン達としては無理難題を吹っ掛けたと思ったのだろう。

 

だがそのくらいセキトにとって朝飯前である。

なんせ潜って来た修羅場が違う。

こちとら本物の不良やぞ。

セキトにとってそれは子供のお使いでしかなかった。

だがそんなセキトをして難しいと言わせたパシリが一つだけあった。

 

それは——パン買い競争である。

高校でよく目にする日常の一つだと言っていいだろう。

 

時刻は正午、お昼の鐘が鳴った直後である。

教室を飛び出し一目散にある場所に向かう。

それは一階奥の購買部だ。

目的はそこで並ぶパン。パンと言ってもこの学校に卸される購買部のパンはプロのレストランのシェフが焼き上げる本格的なものだ。一度食べれば病みつきになるだろうソレが驚くほど安く手に入るのだ。

それなのにパンの数は有限。

つまりここは戦場になる。

飢えた獣たちが一斉に購買部を目指して走るのだ。

手に入れるにはとてつもない倍率を勝ち上がる必要がある。

 

一週間の間に学校の作りは完璧に把握した。

迷うことなく階段を降りて廊下の突き当りを右に曲がる。

微塵も速度を落とすことなく走り続けると購買部が見えてくる。

よしまだ誰もいない。勝った(買った)!

 

狙いは先着一名だけが買えるガーリックセサミピザロングパン(通称GSLパン税込み500円)だ。

 

「おばちゃんこれ頂戴!」

「おばちゃんこれ頂戴!」

 

声が綺麗に重なった。ほぼ同時に指をさす俺と誰か。

 

「ん?」

「え?」

 

見れば息を荒げた少女が横に立っていた。

軽く汗ばんで頬がしっとりと上気している。

腕章の色は青、同じ一年生だ。

まさかこの短時間で二階から降りて来たのか。

だとしたら何という健脚なんだ。

 

「あ、ど、どうぞ」

「え、いいんですか」

「うん君の方が一瞬速かったから」

「ありがとうございます」

 

良い人だな。さっさと買って持っていこう。

おばちゃんに金を渡してさあ帰ろう。

 

「......あの、何ですか」

「何でもないです」

 

ぜったい嘘だ。

すっごい見てくる。俺が買ったパンを穴があくほど見つめている。

物欲しげそうにしている。

全然諦めきれてないんですけどこの人。

......仕方ない。

 

「これどうぞ」

「え?」

「差し上げます」

「えええ!?いいの!」

 

あれを振り切るのは無理だ。

セキトは袋を手渡した。

どうせ俺が食べる物じゃないし。

あんなに食べたそうにしているならパンも本望だろう。

 

「ありがとう!じゃあさ半分こしよっ」

「分かりました」

 

俺達は近くの長椅子に移動した。

パンをざっくりと半分に割る。

半分になっても名前に負けぬ大きさだ。

見ず知らずの少女とシェアをする。少女はパクパクと食べ始めた。

 

「美味しいーーー!やっぱりここの購買部は最高だね!こんなに美味しいパンが毎日食べられるんだから!」

「毎日?もしかして毎日一番に買ってるんですか?」

「うん!この一週間ずっと私が一位だったんだよ!でも今日初めて君に負けちゃった」

 

何だか残念そうだ。記録樹立ならずといった感じだろうか。

 

「君名前は?」

「赤兎です。更木赤兎」

「私は東条真子、よろしくね我がライバルよ」

「あれいつの間にかライバル認定されてる」

「うむ俊足のファルコンと呼ばれた私に勝ったのだから当然なのだよ」

「あ、しかも異名持ちだった」

 

どうやらネームドキャラのようだ。

経験値がいっぱい入りそうだ。

そう言うと二人で笑う。

何だか久しぶりに会話をした気がする。

ライバルか懐かしいな。

不良時代の頃を思い出す。あの時も喧嘩のライバルがいたっけ。

あいつら元気にしてるかな。今の僕を見たらどう思うだろうか。

いや、あいつらだったら笑い転げそうだな。

 

「さて、そろそろ行きますかね」

「おやもう行ってしまうのかい更木セキト君」

「セキトで良いですよ。ええ、これを待ってる人達がいるんで」

パンの入った袋を指差して見せると、真子は首を傾げた。

「それは君の分じゃないの?」

「実はパシリなんですよ僕」

「......あっけらかんと言うね。しかしパシリってどういう事だい、失礼かもしれないが友人関係を見直した方がいいんじゃないかい」

「確かに」

 

思わず笑ってしまった。

あいつらを友人と呼ぶならそうなのだろう。

だけどまあ、俺もただパシリをしているわけではない。

この一週間、情報を集めていたがそろそろ良いだろう。

決着をつける算段は出来ているのだ。

 

そう思っていたら真子が素敵な提案をしてくれた。

 

「もし困っているなら私が正義の味方を呼んでやろう」

 

正義の味方?何だろう何だか分からないが。

会ったばかりの僕を心配するなんていい人だな。

 

「ありがとう、だけどこれは僕の問題だから」

 

パシリになる事を受け入れたのは俺の方。

拒否する事だってできたんだ。セキトは自分で解決する事を選んだ。

だが真子は納得していなかった。——普通友達をパシらせる?競争力の激しい購買部のパン買い競争に友達をパシリに使うなんて信じられないと憤慨していた。

この子よく見たら気弱そうだし強要されているのかも。

だとしたら私が助けてあげないと。

かといって真子の腕では力不足だ。

それに更木赤兎どこかで聞いた事があるような.....。

 

どこだっけ?真子が思い出す前にセキトはそれじゃまたと言って駆けて行ってしまった。

綺麗なフォームだ。どうすれば早く動けるかという事を知っている者の動きだ。

制止する前にセキトの背中は消えてしまった。

セキトは気にするなと言ったがそれはできない。

 

「パンを分けてもらったお礼だったら私の問題でもあるよね?」

 

亡くなっていた祖母が言っていた。

良い事をされたら相手にも良い事をしてあげなさいと。

真子はそう自分に言い聞かせると自分の教室に向かって走った。

 

 

 

 


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