コツコツとセキトは音を立てて階段を上がって行く。
三階を超えて行き着く先は最上階。
その扉をゆっくりと開ける。ひらけた視界には屋上が広がる。
.....なるほど、こいつは良いな。
そこからの眺めは中々のものだった。
ここでご飯を食べれば最高だろう。
だがそこは三人の生徒が占領してしまっていた。
左からシュン、コウキ、ナオヤだ。
不良のような見た目の彼らが屋上でだべっている。
ここが彼らの特等席なのだろう。
誰にも注意されないのを良いことに好き勝手やっている。
向こうもセキトに気付いたようだ。
「おせーぞセキト!何してやがった!」
「.....すみませんシュンさん、これどうぞ」
怒声を上げてくるシュンに謝りつつ買ってきた袋を手渡す。
受け取った物の確かな重みに思わず笑みを浮かべるシュン。
へえやるじゃなねえかと本当に用意できたのかよ、という二つの感情が混ざった顔だ。
「こいつが俺でも買えた試しがない購買部の限定商品か」
「まじ!?買ってきたのかあの幻のパンを!」
「本当に存在したのか」
三人とも色めき立った反応を見せる。
パン一つでこの喜びようお前らどんだけこのパンが食べたかったんだよ。
それだけ入手困難ということだろう。
ゆっくりと中を覗き込んで.....三人は絶叫した。
「って何じゃこりゃあああああ!?」
「半分しか入ってないぞ!」
「詐欺だろこれ」
案の定、三人は怒りの矛先をセキトに向けた。
まるでプレゼントを台無しにされた子供のように。
「おい!どうなってんだこれは!」
予期された反応にセキトは何やら深刻そうな顔でこう言った。
「あー....それはですね最初からそのサイズだったとか?」
「そんなわけねえだろ先着一名の限定品だぞ!あの幻のパンだぞ!?」
まあ確かに特別な限定品でハーフサイズはおかしいか。
ちっ騙されなかったか。
シュンの反応を伺う。
さてどうでるかな。
「.....っち仕方ねえな」
意外にもシュンは怒りを抑え一口食べる。
「....っうまい」
気に入ったのか黙々と食べ始める。
これが一週間前なら殴られていただろう。
だが今日にいたるまで従順に動いたことが評価され子分程度には思われているようだ。
ここまで信用されるのに時間を要する必要があった。
そしてこの反応をセキトは待っていたのだ。
シュンが警戒を緩めるその瞬間を。
セキトは何気ない態度で聞き出した。
「そういえば先輩」
「あ?何だよ」
「柊篠花について聞きたい事があるんですが」
「.....お前まだ諦めてないのか」
セキトは首を横に振る。できるだけ悲嘆に暮れたような声音で。
「いいえ先輩の言う通り俺と彼女では住む世界が違いました。言われて気が付きました最初から僕と彼女には縁がなかったんだって」
「.....まあ、お前も案外役に立つ奴だって分かったし直ぐに別の女と付き合えるだろ、そう落ち込むなよな」
セキトは目をぱちくりさせた。もしかしてフォローされたのか?今さらデレられても遅いんだが。
「ありがとうございます。率直に聞きますが先輩は柊さんの事が好きなんですか?」
「あ?.......ああ、いや別にそういう訳じゃねえ」
「そうなんですか?僕はてっきり彼女が好きだからこういう事をしているんだと思っていたんですが」
こういう事というのは人をパシリにしてこき使う事だ。
嫉妬心から告白した奴の妨害をしているんだと思っていた。
だがシュンの答えはNOだった。
「違う俺達は柊篠花に対して好意を持っている訳じゃねえ。俺達はただ頼まれただけだ」
「頼まれた?いったい誰に....?」
「それは.....」
「おい!それ以上は言うなって!」
コウキが慌てた様子で止める。
惜しいなあと少しだったんだが口止めが入った。
だがこれで分かった。
やはりこの三人の背後には別の黒幕が居る。
最初からおかしいとは思っていたんだ。
たかが告白騒ぎでここまでやるのは異常だと。
何か他に理由があるのではと疑っていた。
「もうこいつは俺達の駒だ問題ないだろ」
「だけどあの人に関する事を言うのはやばいって」
「....そうだなその通りだ。あぶねえ」
自分が迂闊な事を言いかけた事に気付いたようだ。
冷や汗をかいている。
こいつらがびびるぐらいやばい奴なのか。
無理やりにでも聞き出した方がいいかもしれない。
「とにかくだ。お前は俺達の言う事を素直に聞いていればいいんだ」
....そろそろ頃合いだな。ここで仕掛けよう。
「断る」
「.....あ、今なんて言った?」
「断るって言ったんだよ、これ以上、お前達から有益な情報は得られないからな」
セキトは冷たく言い放つ。
それまで卑屈な態度だったのが嘘のように堂々とした態度だ。
その豹変に呆気に取られていたシュン達は、それまでの態度が演技だったのだと分かり、憤怒の表情でセキトを睨みつけた。
「てめえ.....っ。教育が足りなかったか?空気を読めっつったよな」
「空気を読んださ、ここに来るのを待っていたんだ。俺とあんた達しかいない。誰も見てないこの場所にな」
ここなら気兼ねなく好きにやれる。
そう言ってのけるセキトにシュンが許せるはずもなく。
「パシリ野郎のくせになめた口聞いてんじゃねえぞ!」
真っ先にシュンが動いた。教育だと言って拳を振り上げる。
その動作は早く。並みの人間なら躱せない。
それをセキトは顔をそらすだけで躱した。
「なに!?」
一瞬何が起きたか分からなかった。
直前まで顔があったはずなのに。
何で俺の拳は空を切ってんだ。虚をつかれハッとする。
まずい反撃が来る。身構えたシュンだったが幾ら待ってもあいつからの反撃は来なかった。
奴はただこちらを見て。
「何してんだ?ダンスの練習か」
「っ.....!」
怒りで顔を赤くする。
馬鹿にしやがって、ふざけるなよ。
激昂して何度も拳を振りかざすが何度やっても攻撃が当たらない。
かすりもしなかった。どうなってやがる。
「おいお前ら何してやがる!全員でボコるぞ!」
「わ、分かったよシュン君!」
コウキとナオヤが動き出す。
セキトを囲むように両脇に立ち掛け声と共に攻撃を開始する。
いつもならそれで決着が着いた。
何もできない相手を一方的に虐めて来たのだ。
それなのに、どうして俺達の攻撃が一発もかすらないんだ!
セキトは兎のように地面を軽快に飛びはねる。
一瞬たりともその場には居ない。
常に動き続けながら三人を翻弄していく。
「はぁはぁ、まじかよこいつ......!」
コウキは化け物でも見る様な目でセキトを見る。
動き方が普通じゃなねえ。
しかもこいつあんだけ動いて息を全く切らしていない。
こっちはもう限界だった。
「どうしたんですか先輩方もっと楽しんで下さいよ」
もう奴の纏う雰囲気すら変わって見える。
あれがあのパシリ野郎かよ。
シュン達は自分達が誤解していた事を初めて理解した。
「お前....俺達を騙しやがったな!」
「俺はあんた達の本心が知りたかっただけだ。柊篠花に危害を加える気なら俺が許さない」
「何でそこまで柊に拘る!」
「?そんなの当り前だろ、俺はあの人を愛している、好きな人を守りたいだけだ」
だからお前たちは知っている事を全て話せ。
セキトがゆっくりと近づく。
その度にシュン達は一歩づつ後ずさりする。
まるで不可視の力に押されるように。
セキトの気迫に威圧されていた。
やがてフェンスに差し掛かる。
もう逃げ場はない、やられちまう!
セキトが中腰になり拳に力を込めているのが分かる。
走り出そうとした、その時——
「そこまでよ!拳を引きなさい!」
制止の声が響き渡る。
屋上の扉が開いて誰かが現れたのだ。
いったい誰だ。そう思いセキトは振り返り驚愕する。
なぜならそこに立っていたのは柊篠花その人だったからである。