おれたちが冒険者となる前から長らく行われていた魔神との戦い。
近年激化する一方であった冒険者と魔神との戦いは、唐突に終わりを迎えたという。
なんでも1人の新人冒険者が聖剣に導かれ、数多の冒険の末、魔神王を討ち果たしたという。
都の方では盛大に宴が開かれ、おれたちの住む辺境の街でも細やかながら祭りが催されるほどだ。
そしてそれからしばらくしてからのこと。
その日の冒険者ギルドはいつも以上の喧騒に包まれていた。
見覚えのない冒険者たちが自慢話や失敗談を楽し気に語り、そのたびに武具が擦れ、当たる音が響く。
混沌の軍勢との戦いに赴いていた冒険者たちが戻ってきたのだ。
見覚えのある先輩冒険者と帰ってきた冒険者がそんな話をしているのを、新人冒険者や低位の冒険者たちが聞き耳を立て目を輝かせているのが見える。
「まあ、おれたちにはあんまり関係ないんだけどな」
「そうなんだけどさ……もうちょっとこう……ないの?」
おれたちはそんな光景を冒険者ギルドの待合スペースで他人事のように何とはなしに眺めていた。
実際おれたちには関係ないことだ。おれたちが冒険者として登録した頃には既にいなかった人ばかりだったし、話の内容自体も今のおれたちには遥か高みの話だったのだから。
「……あんたたちって変わってるわよねー」
そう言ってきたのはゴブリンスレイヤーの一党の妖精弓手。見るからに退屈といった感じで頬杖を突いている。まだゴブリンスレイヤーと女神官がギルドに姿を現していないため、他のメンバー共々おれたちの傍で話をしていたのだ。
「変わってる? そうですか?」
「そうよ。普通冒険者って言ったらもっとこう……なんて言うの? 希望を抱いてたり、欲望にギラついていたりするものじゃない?」
そう言われた瞬間、幼馴染と女魔術師が落ち込んだような雰囲気を醸し出した。
「……どうした?」
「いや、ちょっとね……」
「ええ……最初の頃を思い出してね……」
そんな2人を不思議に思ったのか妖精弓手が口を開こうとした時だった。
入り口のドアが開きゴブリンスレイヤーがベルの音と共にギルドへと入ってきた。
「……?」
普段であれば定位置と言っていいロビーの端の席に向かうか、受付に直接向かうかしているゴブリンスレイヤーは何故かこちらに向かってくる。
「ゴブリンスレイヤーだ……」
「アイツ生きてたのか」
いつもと違う行動をするゴブリンスレイヤーに気付いた冒険者たちが口々に話し出す。
そんな声を歯牙にも掛けずいつも通りの歩調でこちらに歩いてくるゴブリンスレイヤーは待合スペースの前で止まった。
「すまん、聞いてくれ」
そしてゴブリンスレイヤーは冒険者たちに呼びかけた。その声は低く、静かだったが不思議と冒険者ギルドに響き渡っていた。彼に気付いていなかった冒険者たちも彼の事を認識し注目した。
「頼みがある」
自らに注目が集まったのを知ってか知らずか話を始める。
「ゴブリンの群れが来る。町外れの牧場にだ。時期はおそらく今夜。数はわからん」
その言葉に冒険者たちがざわめきの声を上げる。
「だが
ゴブリンスレイヤーの話は続く。それを聞いて冒険者たちは顔を顰めた。
正確にはわからないが
たとえ1匹1匹は脅威とならずとも、統率の取れた集団というのはそれだけで脅威だ。
「時間がない。洞窟の中ならともかく、野戦となると俺一人では手が足りん」
ゴブリンスレイヤーはそこで一度言葉を切り、周囲の冒険者を睥睨する。
「手伝ってほしい。頼む」
彼はそう言って頭を下げた。
一瞬の沈黙の後、囁きの声が冒険者ギルドに満ちる。
「どうする?」
「どうするって言ったってなあ……」
おおむね非好意的な声が聞こえてくる。当たり前だ。普通に考えて危険すぎる。
「ねえ……」
「……」
幼馴染がおれに声を掛けてきた。その声には懇願の色を帯びている。恐らく
勿論おれも同じ気持ちだ。危険性への理解も含めて。
おれはどう対応すべきなのか考えて押し黙ってしまった。その間もゴブリンスレイヤーは頭を下げ続けている。
「…………おい」
停滞する状況を切り裂くように別の低い声が響いた。
「お前、なんか勘違いしてないか?」
槍使いの冒険者だ。彼の介入により再び冒険者たちはざわめきの声を上げる。
「ここは冒険者ギルドで、俺達は冒険者だぜ?」
「……」
「お願いなんざ聞く義理はねえ。依頼を出せよ。つまり、報酬だ。なあ?」
周りの冒険者に同意を求めるように問いかける。
それに周りの冒険者達も同意の野次を飛ばした。
それを聞きゴブリンスレイヤーは覚悟を決めたように、告げる。
「すべてだ」
それを聞き、野次を上げていた冒険者たちも声を潜める。
「俺の持つ物。俺の裁量で自由に決められるものすべてが報酬だ」
ゴブリンスレイヤーは、そう告げた。
ゴブリン100匹と戦ってくれるなら、自分のすべてを差し出そうと。
「命もか」
槍使いはなおも問いかける。
「そうだ」
「……なら俺が死ねって言ったら死ぬのか?」
槍使いは呆れたように問いかける。答えは、
「…………いや、それは無理だ」
ノーだった。
流石にこの男でも死ぬのは怖いのか。そう冒険者たちも安堵の息を漏らした時だった。
「俺が死ぬと、泣くかもしれん者がいる。泣かせるな、と言われた。俺の命は俺の裁量ではどうにもならないらしい」
そうゴブリンスレイヤーは何でもないようにそんなことを言う。まるで自分1人なら命を捨てる事も躊躇わないと言わんばかりだ。
再びギルドに沈黙が満ちる。槍使いはゴブリンスレイヤーを見極めんと、ジっと表情を見通せない鉄兜を見つめていた。
しばしそんな時間が続くが、
「……はあ」
と呆れたように槍使いはため息をついた。
「おまえが何を考えてんのかはさっぱりわからねえが、本気なんだなってことはわかる」
「ああ」
ゴブリンスレイヤーは静かに頷く。
「俺は本気だ」
「……ど畜生め」
槍使いは頭を掻き毟りながら唸り声をあげる。
その間おれたちを含めた他の冒険者たちは黙り込みことの成り行きを見守っていた。
しばらく悩むようにうろついていた槍使いは再び呆れたように一つため息をつき、諦めたように口を開いた。
「お前の命なんかいるか……この野郎、後で一杯奢れ」
そう言ってゴブリンスレイヤーの胸を拳で叩いた。
それを受けてゴブリンスレイヤーは、表情はわからないが呆然としているようだった。
「なんだよ。ゴブリン退治の相場だろうが。銀等級が受けてやるって言ってんだ。喜べ。依頼人」
「……ああ。ありがとう」
「よせ、よせ。退治してから言ってくれ。そんなセリフは」
そんなやり取りを皮切りに、冒険者たちは再び囁きだした。
今度は、前向きな話し合いの内容が多いように思える。
「わ、私もッ!! ……私も、ゴブリン退治、やるわ」
妖精弓手が声を上げる。そしてゴブリンスレイヤーに指を突き付けて言った。
「そのかわり!! ……今度、冒険に付き合いなさい! 遺跡、見つけたから」
「良いだろう」
それが呼び水となったように次々と冒険者たちも参加の声を上げた。そしてこう言うのだ。
手伝うための
「ねえ」
「ああ」
また幼馴染が声を掛けてくる。今度は期待だけを込めて。
「ゴブリンスレイヤーさん。おれたちも参加しますよ」
「ああ。お前たちは何が欲しい」
その言葉を受け、仲間たちと顔を見合わせる。思いは同じなのかみんな笑っている。
一つ頷き合って口を開いた。
「おれたちに
「あたしたちは初めての依頼の時にあなたに手伝ってもらいましたから」
「今度は私たちが手伝う番です。借りを返させてください」
その言葉を受けてゴブリンスレイヤーは、
「ああ。頼む」
ただ、そう言ったのだった。
「あ! てめえら! それじゃ俺ががめついみたいじゃねえか!!」
槍使いがそんな声を上げる。その言葉を聞いてみんな笑い声をあげたのだった。
「皆さん! ギルドからも依頼があります!」
その時受付の方から声が上がる。そこには急いで話をしてきたのか肩で息をしながら喘ぎ、顔を赤くしている受付嬢がいた。
「ゴブリン一匹につき、金貨一枚の報奨金を出します! チャンスですよ! 冒険者さん!」
その声を聞き、まだ参加を決めていなかった者たちも参加の声を上げたのだった。
彼らは冒険者だ。彼らが冒険者になった理由はそれぞれ違う。
夢があった。志があった。野心があった。なにより、誰かのために戦いたかった。
だが命を賭けるのが怖かった。踏み出す勇気を持てなかった。
でもその勇気を奮う理由は示された。依頼がある。危険に見合う報酬がある。共に戦う仲間がいる。そしてなにより人の為になる。
ならば何を躊躇う必要がある。
その日ゴブリン退治というありふれた依頼に数多の冒険者が殺到したのであった。