「私たちの勝利と、牧場と、街と、冒険者と――……それから、いっつもいっつもゴブリンゴブリン言ってる、あの変なのに、かんぱーい!!」
妖精弓手の何度目かもわからない乾杯の音頭が響く。それとともに周りの冒険者たちも乾杯の声をあげ、手に持った杯を掲げ中身を飲み干す。
おれたちは今冒険者ギルドの酒場で防衛戦に参加した冒険者全員で宴会を開いていた。
流石に重症の者はいないが、多少の傷を適当な治療を施した状態の者や傷だらけなのにそのままの状態で参加している冒険者も見受けられる。
おれもしばらくは喧騒の中で楽しんでいたが、今は少し疲れたので離れた場所で休んでいたのだった。
なんとはなしに騒いでいる冒険者たちを眺める。
冒険者たちはあちらこちらで今回の戦いの話をしていた。
やれ自分の攻撃が決め手になった。やれあいつのあの時の活躍のおかげで生き残れた。
そして、死んだアイツはいい奴だったと。
そんな内容を楽し気に話しているのだ。
それを少し不思議に思った。何故死者を悼むのではなく楽しげに話すのか。
楽しげに話すことで悲しい気持ちを忘れるためか。
(あるいは、楽しかった記憶として忘れないようにするためか)
そんなことをぼんやりと考えている時だった。
「よう。ここ、いいか?」
そう言って近寄ってきたのは防衛戦の時に近くで戦っていた新人冒険者だった。
首を縦に振り了承の意を示すと彼は近くのイスに座る。
「その、ありがとな」
彼はそう礼を言った。おそらく助けたことに関してだろう。
「ああ。助けられてよかったよ」
おれもそう答える。
それからしばらく彼は口を閉ざしてしまった。
どうしたのだろう? そう思って聞こうとした時、彼は再び口を開いた。
「その、な。俺、冒険者をやめようと思ってるんだ」
彼はそんなことを口にした。
「え? どうして……」
突然そんなことを言われておれとしてもどう反応したらいいのかわからず聞き返してしまう。
なぜやめるのか。そして、何故それをおれに言うのか?
「俺じゃ無理だって思ったんだ。死ぬのが怖かった。俺は、お前みたいには戦えそうにない」
彼はそう言った。
なるほど。やめる理由はわかった。
死ぬのが怖い。それは当たり前の反応だ。だが、
「それで……なんでそれをおれに?」
それがわからない。おれは彼と縁があったわけじゃない。今回の防衛戦で初めて話をしたくらいだ。
そんなおれに何故そんなことを?
「その……な? 変な話なんだけど、お前に聞いてほしいと思ったんだ」
「おれに?」
「ああ。お前は俺と違ってすごい奴だって思う。あんなに沢山のゴブリンを前にしても全然ビビッてなかったし、周りを気遣う余裕まであった」
「そんな……買い被りだ。おれはそんな大層な奴じゃないよ」
「それでも……俺よりはずっとすごい奴だって思う。そんなお前だったら、もしかしたら俺がやりたかった事もできるかも……なんて」
そこまで言って彼は恥ずかし気に頭を掻いた。
「はは……俺何言ってんだろ。こんなこと言われても困るよな……ごめん、忘れてくれ」
その言葉におれはどう反応すればいいのかわからず、口を開いたり閉じたりしてしまった。
それでも何か言うべきだと思って、尋ねた。
「……その、冒険者をやめてどうするつもりなんだ?」
「とりあえず実家に帰るよ。その後は……どうするかな」
そう言って彼は俯いてしまう。その姿は考えているというより、どこか落ち込んでいる様子だった。
だからだろうか。
「……ジョッキ、持ってきてるか?」
そんなことを言ってしまった。
「え? あ、ああ……」
「なら、乾杯しようぜ」
「え、何に……?」
「改めて今日の戦いを生き残れたこと。そして」
そこまで言って、彼に対してジョッキを掲げる。
「あんたの新たな門出を祝ってだ」
その言葉を聞いて彼は何を言われたのかわからないといった感じで呆然とした表情を浮かべる。
「なんだよ。別にいいだろ? どうせなら失敗した記憶じゃなくて楽しかった思い出にしようぜ」
さっき見た冒険者たちを思い出す。
彼らは仲間との永遠の別れを笑って話していた。
悲しい記憶を忘れるためなのかもしれない。あるいは死んだ仲間を忘れないためかもしれない。
なにより、自分のためなのかもしれない。悲しみに暮れて下を向かないように。明日も前を向いていられるように。
だって、おれたちはまだ生きているんだから。
「おれにはあんたの願いを背負う余裕はない。だからあんたの願いはあんたが叶えろ。あんたは……まだ生きてるんだから」
そうだ。生きている限り、何かを諦める必要はない。
「確かにあんたは今から冒険者をやめるのかもしれない。でもそれは逃げるんじゃない」
そうだ。これは逃げじゃない。挑戦なんだ。
「『冒険者は性に合わない』。あんたはそう学んだんだ。だからあんたは冒険者をやめて違う道に進む」
そうだ。彼の願いが何かわからないが、冒険者じゃなきゃいけない道理なんてないだろう。
「なあ。あんたはなんで冒険者になったんだ?」
「俺は……俺は、英雄譚に憧れて……いや、違うな」
そういう彼は何かに気付いたような顔をした。
「俺は、誰かに認められたかったんだ。だから凄い事をしたかった。それで冒険者になれば凄い事ができると思ったんだ」
「じゃあその凄い事ってのは、冒険者じゃなきゃできないことか?」
「それは……」
ふと、脳裏に浮かぶ姿があった。
まるで手入れという物を考えていないようなぼさぼさの白髪や髭。年齢を感じさせるシワの刻まれた顔。そしてその年齢にそぐわぬ鍛えられた肉体。
金槌を握る太腕が唸りをあげ振り下ろされる。その金槌は金床に置かれた赤く熱された武器を叩いた。
「例えば、鍛冶師なんてどうだ? 冒険者稼業には武器や防具が不可欠だ。そして英雄には数打ちの剣なんて似合わない。英雄にふさわしい、いやその冒険者を英雄にするような武器を作る鍛冶師。そいつは、誰からも認められるすごい奴ってことにはならないか?」
「……」
「まあ、そこまでいかなくても冒険者じゃなくても誰かに認められる道ってのはいろいろあるだろ。それこそ、こういううまい料理を作る料理人とかでもいい。道は一つじゃない」
「……そうだな」
彼はそう言って、すこし微笑んだ。
「道は一つじゃない、か。そうだな。少し考えてみるよ。自分に何ができるのか」
「……だいぶ話が逸れたな。あんたはこれから新たな道に進む。落ち込んでる暇はないぞ。その景気付けに乾杯をしよう」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、改めて。今日を生き残ったことと、あんたの新たな門出を祝って」
「「乾杯!」」
そう言ってジョッキを打ち合わす。なんだかおかしくなってお互い笑いあってしまった。
「ちょっとー? 乾杯って聞こえたわよ。何に乾杯したのよ?」
突然妖精弓手が乱入してくる。あの喧騒の中心にいたのに聞こえたのか。
「え、いや。こいつが冒険者やめて違うことするっていうから……」
「え? そうなの? じゃああんたこっち来なさい!」
そう言って彼を連れて行ってしまった。
「ちょっと聞いてー! この子冒険者やめるんだって!」
妖精弓手が何故かそんなことを周りの冒険者に教える。
「あん? お前冒険者やめて何するつもりだ?」
「え、その……まだ何も考えてなくて……とりあえず実家に帰ろうかなって」
「じゃあよかったら俺の実家に来ねーか? 俺も冒険者やりたくて家業ほっぽり出して飛び出してきたクチでよー。俺の代わりに手伝ってやってくれねーか? まあ、親孝行ってやつだ」
「他人に親孝行させんなよ。こいつの手伝いが嫌ならウチに来ねーか? ウチはパン屋だからな。食うには困らねーと思うぜ!」
「お前だって同じだろ! 知ってんだぜお前が同じ穴のムジナなのは!」
ワイワイガヤガヤとあれをやれ、いやこいつはどうだと周りの冒険者達が騒ぎ出す。あっという間に新人冒険者は喧騒の中心に飲み込まれてしまった。
「まあまあ。とりあえず改めて乾杯するわよ! この子の新たな門出を祝って! 乾杯!!」
再び乾杯の声が響く。もうあの人たちは騒げればなんでもいいんじゃないのか。
そんなふうに思い苦笑が浮かぶ。
(冒険者をやめたらどうするか……か)
一頻り笑うとふとそんなことを思った。
冒険者をやめたらどうするか。それはたぶん、途中で死なない限りは誰もが行き当たる悩みだ。
(おれは、どうするんだろうな。おれは何時まで冒険者を続けるんだろうな)
そんなことを考えそうになった時。
「あぁーッ!? オルクボルグが兜はずしてるー!?」
また妖精弓手の声が聞こえた。
そちらを見ると確かにゴブリンスレイヤーが兜を外して素顔を晒していた。
冒険者たちはその素顔を見てまたも騒ぎ出した。
「ちょっと、あんたもそんなところにいないでこっち来て騒ぎなさいよ!」
それをおれも眺めていると、そんなおれに気付いた幼馴染がおれを呼びつける。
その言い草にまた少し苦笑する。
(冒険者をやめたらどうするか。それはまた今度考えるか)
おれも今は冒険者だ。だったら同じように騒ごう。
そう考え喧騒の輪へと飛び込むのだった。
ようやく牧場防衛戦が終わった……
難産でした。
牧場防衛戦はゴブリンスレイヤー個人にとっては『大切なものを守るため』っていうのと『他人を頼ってもいいんだ』っていうのを学ぶための大事なターニングポイントなんですが、他の冒険者にとっては特に必要なイベントじゃないんですよね。
強いていうなら、ゴブリンスレイヤーという変な冒険者を認めるための大義名分が得られたってところですかね。