「はっ……はっ……はっ……」
走る、走る、走る。
今ウチは辺境の街へとひた走っている。
『
今ほど旅人に加護をもたらす交易神の奇跡を賜っているのを感謝したことはなかった。
(皆、無事でいて……!)
ウチは冒険者が嫌いだ。あいつらは自分勝手で、自分の欲のためなら簡単に人を裏切る。
ウチだって最初から嫌いだったわけじゃない。かつて冒険者だった時は普通に憧れを持っていたし、一党を組んで活動もしていた。自分が戦闘が苦手だというのはわかっていたからそれ以外で活躍でき、サポートできる盗賊という
しかし組んだ一党が悪かったのだろう。いや単純に相性が悪かっただけか。ウチの組んだ一党は英雄志望の一党だったのだ。
最初の頃は良かった。戦闘の苦手なウチでもそこまで不満を抱かれる事はなかった。しかし数年を掛けて等級が上がるに連れ戦闘に貢献できないウチに対する不満がたまっていったのだろう。
『悪いが、一党を抜けてくれ』
青玉等級に昇級してしばらくしてからそんなことを言われた。
『戦闘のできない『盗賊』より、同じようなことができて弓も使える『
と、既に新たに加入させる予定の野伏を連れてきて。
そうして一党を抜けてすぐ、冒険者も辞めた。こんなに簡単に切り捨てられるのか、今まで年月はなんだったのか。そう思って。
こんなの、自分が憧れた冒険者じゃないと思って。
それからは行商人として生きてきた。
幸いウチはサポートの一環として行ってきた情報収集でいろんな人と縁があった。その人達の助けもあって行商人としてやってこれた。
あの子達に助けてもらったのはある意味では偶然ではなかった。あの子達は気付かなかったみたいだけど、ウチはあの子達が依頼を受けた村にいたんだ。そしてあの子達の後を続くことによって何か問題があってもあの子達に助けてもらおうと思っていた。利用しようとしたんだ。
荷物の大半を失って行商人としてやっていけなくなって、仕方がないから冒険者を再びやるかと思った時も、新人だからうまく丸め込めるかと思って近づいただけだった。
デーモンと出くわした時、もうダメだと思っていた。普通に戦って勝てる相手じゃないし、付き合いの短いウチを生贄にして逃げ出すんじゃないかって気が気じゃなかった。
でも違った。ウチを生贄にするどころか、自分達を囮に逃がそうとすらしてくれた。
最初は逃げようかと思った。それなのに戻ったのは、やっぱり憧れが捨てられなかったからなんだと思う。あの子達だったら、ウチが憧れた冒険者みたいになれるんじゃないかって思ったんだ。
そんなあの子達を見捨てられるわけがないじゃない。
戦いが終わった後、皆の容態を確認した。女魔術師は気絶してるだけ。女武闘家は腕を骨折してはいるが命に別状はない状態で気絶していた。だけど青年戦士がマズイ。
大鉈で斬られたわけじゃないとはいえ、デーモンの拳を
そしてできる限りの応急手当をして、これ以上できることはないということで辺境の街に急いで救助を要請するために走りだした。
「はっ……はっ……はっ……」
走る、走る、走る。
もう奇跡の使用回数も尽き、使用していた『軽脚』の祈祷の効果も切れて久しい。体力も尽きかけている。それでも。
(あの子達を、こんなところで死なせてなるものか……!!)
そう思うと気力が満ちてくるというものだ。
早朝と言っていい時間。汗だくになりながらも息を整える。
ウチの前には今、冒険者ギルドのドアがある。ウチは歩いて半日という距離を無事、走破したのだった。
その猫人の女が冒険者ギルドに入ってきたのは、いつものように相棒である魔女と
猫人の女からは極度の疲労を表すように足を震わせ、荒い息をつき、滝のような汗を流している。
「あなたは……戦士さんたちの?」
そう応対したのはちょうど出てきた受付さん。受付さんが言う戦士さんってのは……あいつらか? 脳裏に以前槍の手解きをしようとした男とその仲間の女の姿がよぎる。
(あいつら、新しい仲間を加えたのか)
そう思いながら猫人の女と受付さんの話に耳を傾ける。そして話が進むにつれて俺の眉間のシワは深まっていった。
(遺跡の探索に出たらデーモンと出くわしただと? だったらなんであいつらが一緒にいねえ?)
「おい」
受付さんには申し訳ないと思うが口を挟ませてもらうことにする。
「探索に出た遺跡にデーモンが出たって言ったな。なら、どうしてあいつらがいない? まさかテメェ、あいつらを囮にして逃げてきたのか?」
我ながら低い声が出たと思うが仕方ないだろう。デーモンと言えば最低級でも戦闘に長けた翠玉等級、確実に勝つには銅等級は欲しいと言われる敵だ。黒曜等級の新人共に勝てる相手じゃない。そう思うのが当然だ。
「違う!!」
だが、現実は違った。
「デーモンは倒したんだ!!」
冒険者ギルドにザワリという動揺が走る。当然だ。そんなことはあり得ない。
だが同時に思ってしまった。あいつらならもしかして、と。
「ウチも魔術には詳しくないからよくわかってないけど、魔術師さんが物凄い炎の魔術を使って焼き尽くしたんだ! でもそこに至るまでに戦士さんと武闘家さんが倒されて、魔術師さんも魔術を使った後に倒れてしまって……とりあえず魔術師さんは気絶してるだけで武闘家さんは骨折はしていたけど命に別状はなかった。だけど戦士さんがやばい。手持ちのポーションは飲ませてきたけど今どうなってるのかもわからない。できるだけ報酬も出します。だから……」
猫人の女がなおゴチャゴチャと言っていたが、内容は頭に入ってこない。信じられない気持ちと信じたい気持ちがせめぎ合いどう動くべきなのかという考えが頭の中を巡っていた。
「ふう、ん……」
その時相棒が興味の声を漏らした。珍しいなこいつが何かに興味を示すのは。
「ね、え」
相棒が俺に呼び掛けてきた。
……たまにはこいつに付き合うのも悪くないか。
「おい。お前が言ってんのが本当だってんなら俺達が救助に行ってやるよ。だが……嘘だってんなら覚悟しとけよ」
そう言うと猫人の女は安心したのか、
「ありがとう……」
という言葉と共に気を失ったのだった。
突然倒れた猫人の女に驚いたが、とりあえず他の連中にギルドの宿に放り込ませておいた。
「じゃあ受付さん。そういうことなんで」
そう受付さんに告げ、救助に向かおうとした。
「いえ、少々お待ちください」
したのだが受付さんは少し考えるそぶりを見せた後、そう一言告げて奥へと入って行ってしまった。なんだと思ってしばらく待っている間に『辺境最高の一党』の重戦士が話しかけてきた。
「さっきの話、マジだと思うか?」
「さあな。そいつを今から確かめに行くんだろうが」
そんな会話をしていると受付さんが戻ってきた。
「お待たせしました」
そういう受付さんの腕には新たな依頼表が抱えられていた。
「先程の商人さんの依頼ですが、申し訳ないですが冒険者ギルドの依頼としては受理できません。報酬を明確にされていませんので依頼としての体を成していないからです」
「それは……」
確かにその通りなんだろうが……
そう思い受付さんを見ると真剣な表情を浮かべていた。どうもまだ何か続きがありそうだな。
「ですが先程の話、デーモンが近隣の遺跡に出現したという情報は冒険者ギルドとしても見過ごすわけには参りません。ですので冒険者ギルドからあなた方に依頼があります」
そういうと依頼表を広げて見せてくる。
「『棄てられた砦街』に赴き情報の正否の確認をお願いします。また情報が正しかった場合どこからやってきたのかといった調査等もお願いします」
それはいいんだが……
「それだと俺達だけで良くないですか?」
重戦士達は必要なんだろうか。
「バカ。あいつらの救助はどうすんだ。お前ら二人で三人を連れて帰ってくるつもりか?」
「うぐっ」
忘れてた。もともとそういう話だった。
「はい。信憑性の低い情報ではありますが、既に黒曜等級の一党によりデーモンが討伐されているという情報があります。またその一党が帰還困難な状態であるということも。ですのでそちらの一党の救助も依頼として含まれています。必要経費は後でギルドが補填しますので、よろしくお願いします」
そういうと受付さんは頭を下げた。
「お任せください! じゃあさっそく……」
そうしてギルドを出ようとした時だった。
「待ってください!」
見覚えのある新人が声を掛けてきた。こいつらは確か……この間の牧場での戦いでホブゴブリンを倒してた奴らか。
「俺達も連れてってください!」
そう男の方、新米戦士が言ってくる。そうは言ってもな……
そう思って受付さんを見ると難しそうな顔をして首を横に振る。ですよね。
「あのなぁ……」
そう言って諦めさせようとした時だった。
「報酬は要りません! なんでもいいんです! 手伝わせてください!!」
なおも新米戦士は言い募ってくる。
「あいつらは友達なんだ……できることなら、助けになりたいんです!」
そう言うと俺の目をまっすぐ見つめてきた。女の方、見習い聖女も同じように見つめてくる。
その目には純粋な心配の色が見て取れる。虚栄心や功名心といったものは見て取れない。
(いい目だ……あいつら、愛されてんじゃねぇか……)
そう思い受付さんを見ると諦めたように首を縦に振った。重戦士の方も面白そうに笑いながら首を縦に振る。
「ようし、いいだろう! んじゃ、いくぜ! 遅れんじゃねぇぞ!!」
「よし、お前らはそいつらの介抱をしろ。ポーションも使って構わん。どうせギルドが持ってくれるからな」
俺達は問題なく遺跡に到着した。大鉈によって崩されていた入り口もこんだけ人がいればすぐに通れるようになる。
情報通り、青年戦士と女武闘家が地面に転がっていた。女魔術師の方は既に気絶から目覚めて二人の介抱をしていたが。
女武闘家の方はともかく、青年戦士はよく生きていたなといった状態だった。おそらく、ちょっと前まで装備していた革鎧だったら死んでいただろう。なんにせよ頑丈な奴なのは間違いない。
「しっかし、派手にやったなぁ」
そう言う俺達の足元には件のデーモンが転がっている。話のとおりに余程強い炎に炙られたのか黒焦げと言っていい状態だった。傍に転がっている大鉈も焼かれ焦げた匂いを放っている。
「なるほど、ね……」
相棒は何かを納得したようにそう言った。
「なにかあったか?」
「べつ、に」
相棒はそれだけ言って女魔術師の方に向かっていった。あいつの事は未だにわからん事だらけだ。
「とりあえず、デーモンが現れたのは事実だったと。そしてそれが黒曜等級の一党によって討たれたということもな」
「ならあとはこいつがどこから現れたのかってことだが……」
そう言って俺と重戦士は広間の奥に開いた大穴を見やる。あそこしかないわな。
そう思い少し様子を見に行くことにした。
「こいつは……今の状態で確認すべきじゃないかね」
「だな」
この辺の地理はよくわからんが、とりあえず穴の奥には鬱蒼とした森が広がっていた。だいぶ木々が茂っており奥の方は見通せない。まるで何かを隠すように。
「こいつは後で報告して探索が得意な一党に確認してもらうほうがよさそうだ」
そう言って遺跡へと戻る。治療もほとんど終わり後は帰るだけといった時だった。
「よっと」
重戦士が入り口を崩していた、デーモンが持っていたであろう大鉈を担ぎ上げた。
「どうすんだそれ」
「持って帰んのさ。こいつらの報酬だよ。……
「……違いない」
そう言って俺は笑う。たしかにそうだな。
「お前はそっち持ってこい」
重戦士はそう言って焼け焦げた大鉈を指差す。
「あん? こっちも報酬か?」
別にかまいやしねぇが、そいつはちっとやりすぎじゃないか? と思ったが違ったらしい。
「いや、そっちは俺達用。依頼報告用の
黒曜等級による
その話を聞いた者は皆、最初鼻で笑ったという。当然だ。デーモンとはそれほど簡単に倒せる相手ではない。嘘に決まっていると思われるのは必然だった。
しかし、そういった者たちもすぐに手のひらを返すことになる。
実際にデーモンがいたこと。そしてそれがすでに討伐されていたことを、辺境の街を代表すると言っても過言ではない『辺境最強』の槍使いと『辺境最高の一党』が共に確認し報告したこと。
そしてなにより、彼らが持ちかえって来たという、ギルドのロビーに飾られた焼け焦げた大鉈という何よりの証拠が彼らに嘘ということを許さなかったのだ。
その噂は次第に大きくなっていった。話を聞いた気の早い吟遊詩人は既に詩を作り始めていると聞く。
『膝すらつかぬ不壊の守護者』の青年戦士。
『誰にも捕まらぬ舞い踊る
『火の深奥を知る在野の賢者』とされる女魔術師。
そう称される新たな英雄候補達は今、
「「「はあ……」」」
ギルド併設の酒場で恥ずかしそうに頭を抱えながらため息をついていた。
「なんでみんなしてため息をついてるんだにゃ……」
ウチが思わずそう溢すとみんな待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「いや、狙ってやった事を褒められるってんならいいんですけどね……誰なんだよ『膝すらつかぬ不壊の守護者』って。普通にぶっ飛ばされて死に掛けたわ」
「あんたなんてまだいいじゃない……私なんて一番最初に倒れたのに『風の精霊』よ、恥ずかしい……」
「『火の深奥』って何なのよ……あんなのただ燃料をぶちまけて点火しただけよ……」
「お、おう……」
一斉に喋り始めたためよくわからなかったが、どうもみんな噂の内容に不満を持っているようだ。しかも『もっとかっこよくしてほしかった』とかじゃなくて『そんな大層な事じゃない』という方向で。
(普通こういう時はもっとこう……誇らしげにしたりするものじゃないの?)
そんなことを思いながらをみんなを眺めしばらくたった頃。
「あーもう、ヤメヤメ!」
女魔術師がバン! とテーブルを叩いた。
「建設的な話をしましょう! 今回の反省をするわよ!」
そうして反省会が始まった。
「まずはそうね……どこかに探索に出る。それ自体は間違いじゃなかったと思うわ」
「そうだな。新しいことに挑戦すること自体は問題ない。ただ今回みたいに強敵と
「また今回みたいにあたし達の攻撃が通用しない敵が出てきたらどうするか。とりあえず回避に専念して時間を稼げるようにもっと訓練をするべきかな……」
「私も魔術の習得の方向性を考え直した方がいいかしら。いざという時に逃げられるように。いやでもむしろ攻撃力を極めた方が……」
(格上殺しをしておきながら、それに勢いづくどころかむしろ慎重になるのか……)
以前の一党の時はどうだったか。こういう時はやはり自分たちの功績を誇ったり未来の事を語り合ってたりした気がする。
(この子達は本当にウチが知ってる冒険者とは違うな)
「商人さんは何か案とかありませんか?」
昔のことを思い返していると青年戦士がこちらに問いかけてきた。
見るとみんながこちらを見ていた。その目には疑いの色などは見られない。ただ先輩に対する期待や意見に対する好奇の色だけが見える。
(本当にこの子達は…)
そんな目を向けてくるみんなに思わず口角が上がった。
「しょうがないにゃ~。じゃ、お姉さんが知恵を貸して進ぜよう」
ウチは冒険者が嫌いだ。あいつらは自分勝手で、自分の欲のためなら簡単に人を裏切る。でも。
(この子達のことなら、少しは信じてもいいかもにゃ)
そんなことを思いながらウチも反省会に加わるのだった。
デーモンの大鉈
山羊頭のデーモンが持っていた大鉈。分厚い鋳鉄の刀身と鍔で作られていて、生半な人間には持ち上げる事も出来ないほどの重量がある。
特別な力といったものはないが、振り回せるのであればその重さそのものが特別な力となるだろう。
これにて『強敵遭遇編』は終わりです。
物凄く苦戦した…