「それで、何の御用でしょうか」
私は今、冒険者ギルドの応接室にいる。
「魔女さん」
槍使いの相棒である魔女に呼び出されて。
彼女に呼び出されたのは遺跡探索でデーモンを倒した後。デーモンを観察してからこちらに来て、後日話があると告げてきたのだ。
そして今日、お互いの都合がいいということで呼び出されたのだ。
「まずは、座って頂戴」
そう言って自分の前にあるソファーを示す。一言断り私も席に着いた。
彼女は一度いつものように煙草を一口吸い、それから話を始めた。
「話、というのは、この間のデーモン退治に使った術、のこと、よ」
それを聞いて思ったのは、『やはり』ということだった。
「おそらくだけど。『
「……わかるんですか?」
「それ、くらいは、ね」
呪文遣いの上級者ともなれば行使された跡を見ればそこまでわかるものなのか。流石だ。
……ではなく。
「それで、それが何か……」
「ええ。そう、だったわ、ね。話、というのは、その術を使う際は、注意しなさい、という話、よ」
「注意……ですか?」
どういうことかしら? いえ、百歩譲って注意をするのはいいけれど、何故それを彼女が言ってきたのか。こう言ってはなんだけど、冒険者の先輩後輩とはいえそんなことを言ってくるのはマナー違反とかじゃないの?
そう思っているのが伝わってしまったのだろうか。一つ頷いたかと思うと今まで浮かべていたいつもの妖艶な表情を引っ込め、少し真剣な表情と雰囲気に変わる。
「そう。……あなたは『
「『呪術』? いえ……もしかして、私が使った呪文の組み合わせを変えて使ったやり方にはそんな名前がついているんですか?」
「そうよ」
別にオリジナルとは思っていなかったが、まさかそんな名前がついているほどの技術とは思わなかった。
「『呪術』とは、世界に呼び掛け、世界を利用するお
「……」
「もっとも、最初は
「
随分と物騒な……それほどのものなのかしら?
魔女は仕切り直す様に再び一口煙草を吸う。
「……こう言っては何だけれど、あなたはまだまだ未熟者よ」
「……はい」
「そんなあなたでもデーモンを焼き殺すことができるほどの火力を出すことができた。……私が同じ術を全力で使うとしたらどれほどの威力が出るか想像がつくかしら?」
「いえ……」
言葉だけを聞くとまるでマウントを取るかの様な話しぶりだが、見たところ彼女の雰囲気はそんな感じではない。
そんなふうに思って見ていたが、彼女はそんなことには構わず話を続けた。
「私が同じように使えば、あの広間を丸ごと飲み込むような炎を産み出すことができたと思うわ。彼も、私も、区別なく飲み込む程の、ね……」
「え……」
彼というと槍使いの事だろうか。そんなあの人も、自分も飲み込まれるとはどういうことかしら?
「制御が効かないのよ、『呪術』は。世界を利用する、というのは人の身には過ぎた業、なのよ」
「……」
「だからこそ、『呪術』の祖は、『魔術』という形を整え、覆い隠したそうよ」
「『魔術』で、覆い隠す……ですか?」
そう問い直すと我が意を得たりとばかりに彼女は頷いた。
「そう。今使われている『魔術』とは、体系化された技術では、あるけれど、同時に『呪術』というものを隠すための嘘なのよ」
「嘘……」
その言葉を聞き呆然としてしまった。自分が長らく習ってきたことが間違っていたと聞かされては心中穏やかではいられない。
しかしそれと同時にその言葉は納得を持ってストンと胸の内に収まったのを感じる。
魔女はそんな私の心情を知ってか知らずかなおも言葉を紡ぐ。
「まだ『魔術』も『呪術』もない時代、ただ世界を改竄することができる、『真に力ある言葉』の存在を、認知されていただけの時代の話」
それは今を生きる私達から見れば遥か昔の伝説の時代の話。だけどそれは今へと続く、確かにあった本当の話。
『炎の魔女』と呼ばれた、『呪術』と『魔術』の祖と呼ばれた女性の話。
「炎の魔女は、言葉を組み合わせると更なる力を産み出せることに気が付いた。そして、どこまでできるのかを試した。それが、どんな結果を齎すのかも知らずに」
「……どう、なったんですか」
私がそう聞くと魔女は再び煙草を一口吸う。
「当時あった国の首都全土が炎に包まれ、滅びそうになったそうよ」
「……ん? そうになった?」
その言葉に魔女はふっと笑みをこぼして話を続ける。
「ええ。滅びそうになった、らしいわ。何があったのかはわからないけれど、途中で術の行使を躊躇ったおかげで、被害はそこまで出なかったらしいわ。それでも、当時の研究に使っていた建物は吹き飛んだらしいけれど。本来起こりうる結果と比べれば、小火みたいなものよね」
「ええ……」
確かにそうだけれど、建物を吹き飛ばしておいて小火って……
「そんなことがあって、この業は軽々しく使うべきではないということで、炎の魔女は『呪術』と名付け戒めとしたそうよ」
「『魔術』で隠したというのは?」
「人というものは、一つの答えを知っていると、それ以上の探求をなかなかしようとしないものよ。だから『特定の三節を組み合わせると大きな力を発揮できる技術』として『魔術』というものを作り上げた。……覚えがあるのでは、ないかしら?」
「う……」
確かにその通りだ。あの時は閃いた、と思ったけど後で考えてみれば大した発想じゃなかった。だからこそ大げさに言われて頭を抱えていたんだから。
「気付きさえしてしまえば、誰でも簡単に使えてしまう。それがどれほど危険な行いなのかも、気付きもせずにね。それが『呪術』よ」
「……」
「でも、今更なかったことにはできない。隠したといっても、この業は少し考えれば、すぐに気づいてしまえる
「……」
「だからこそ、炎の魔女は、その弟子達は、そして呪術を知る者達は、新たに呪術を知った者に、警句を持って畏れを伝え、知らしめて来た」
そこまで話すと魔女は背筋を伸ばし今まで見たことも無いような真剣な表情を浮かべる。
「あなたにも同じように警句を伝えます」
「……はい」
その姿は厳かで、こちらも思わず姿勢を正し拝聴する。
「『炎を畏れよ』。それが炎の警句と呼ばれる、呪術を知る者に代々伝えられてきた警句よ」
「『炎を畏れよ』……」
「炎とは身近で便利な物。食材の調理に使い、何かを燃やせば暖を取れ、そして敵に放てば焼き尽くす。けれど忘れてはいけないわ。炎はただ燃えるもの。扱いを間違えれば何もかもを焼き尽くすわ。己の大切な物も、区別なくね」
そこまで言うと魔女は席を立つ。その時には普段通りの妖艶な雰囲気に戻っていた。
「あなたも、『呪術』を知る者として、新たに『呪術』を知った者が現れた時は、警句を、伝えて頂戴。それが、『呪術』を知る者の、責務なのだから」
そう言って魔女は肉感的に腰を振りながら扉に向かい、応接室を出て行った。
「『炎を畏れよ』……ね」
強張らせていた身体をほぐす様に一つため息をつき、座るソファーに背を預ける。
後に残された私は一人考える。
(確かに恐るべき業のようね。でも……)
「有用なのは、間違いないのよね……」
今の私達には、手段を選んでいる余裕はない。けれども、それで自爆しているようでは意味がない。
「……まあ、これに関してはおいおい考えていきましょうか」
そう思い、私も応接室を出る。
「おう、お帰り」
「お帰りなさい。大丈夫だった?」
「おかえりー」
酒場に向かうと仲間達が待っていてくれた。
「……ただいま」
私も挨拶を返し席へとつく。
『呪術』とは恐ろしき物。その畏れは決して忘れるべきではないのだろう。
(でも、こいつらを失うことだって、私にとっては恐ろしき事、よね)
そう思い、改めて『呪術』のうまい使い方模索しようと思う。
でも、それは後でいいだろう。今は仲間達との会話を楽しもう。
そう思い彼らの会話の輪へと入っていくのだった。
呪術
真に力ある言葉を用い世界に呼び掛け、世界を利用する業。
かつて炎の魔女と呼ばれた者が見出した秘技であり、魔術の祖。
魔術はこの業を弱め扱いやすくしたもの。
魔術より自由度が高く、それ故制御が難しい。下手に扱えば、全てを無に帰してしまうほどに。
人の子よ、忘れるなかれ。世界を操るというのは人の手に過ぎた業であるということを。
『炎を畏れよ』
その言葉を共に畏れと共に伝えよ。後悔をしないように。
という訳で、これが今作における呪術の設定となります。
山羊頭のデーモンを倒したのは実は呪術の大発火がモチーフだったり。