3章は依頼の方向性で話を区切っていく予定です。
『強敵遭遇回』は『討伐依頼回』の代わり。黒曜等級で強敵と戦える依頼は受けられないねん…
チチチ、と鳥の囀る声が耳を楽しませる。息を吸うと咽るほどの濃い緑の匂いが鼻を通り抜ける。周りを見回すとどこもかしこも樹木と草花に囲まれている。それでいて木々は密集しておらず程よい距離を置いており、空から降り注ぐ太陽の光が木漏れ日となりとても幻想的な風景を作り出していた。
「奇麗……」
「ああ……」
思わず、といった感じで幼馴染が感嘆の声を漏らし、おれも同じように同意の声を漏らす。情緒なんてものを碌に理解していないおれでもそう思わずにはいられないような美しい光景だった。
『深き谷の森』
おれ達は今、そう呼ばれている場所へと訪れていた。
『深き谷の森』
そこは神代の時代の戦いによりできた、大地に穿たれた傷痕である底すら見えないほどの深い谷の周りにできた広大な森だ。
なんでも元々植物の豊かな場所だったらしく、そこが神代に戦場となり一度は荒れ地となったらしいが、そこに生えていた草木が再び芽を出しできた森らしい。
植物たちの生命力は凄まじく、険しい谷もなんのその、壁面にも様々な植物が這っている。そのような土地故か、人間にとっても有用な植物も数多く生えており、冒険者の依頼として調達依頼も数多く発行されている。
他にも森の奥深くには神代から生きる巨大な狼、神狼と呼ばれる存在の目撃情報があったり、あるいは森のどこかにあるらしい湖を縄張りとする多頭の蛇だか竜だかがいるという話があったり。
あとは見通せない深い谷の底には知性持つ古龍が住まうという眉唾な話まである神秘的な土地だ。
ちなみにこの森、本来おれ達のような新人は立ち入りが許されない場所だ。
いや、正確には禁止されているわけではない。真偽不明の噂が流れる程度には危険な場所故、ここに立ち入る必要のある依頼は、もう少し上の等級にならないと受けられない依頼になるというわけだ。
では、なぜおれ達がそんな場所にいるのかというと。
「やっぱり森は良いわね! 心の故郷って感じだわ!」
彼女、妖精弓手の受けた依頼に同行しているからだ。
おれ達が彼女の依頼に同行している理由。
それは……なんてわざわざ勿体ぶって言うほどの理由ではない。
本来彼女はゴブリンスレイヤーの一党の一員としていつものゴブリン退治に出かける予定だったのが、寝坊した挙句、何故かゴブリンスレイヤーさんもその仲間達も彼女の事を置いて出かけてしまい、ギルドのロビーで不貞腐れていたところにおれ達が現れたため、
「あんたたち! まだ依頼が決まってないなら、私に付き合いなさい!!」
と言って半ば無理矢理おれ達を巻き込んだのだ。
まあおれ達もまだ受ける依頼が決まってなかったし、上の等級の依頼を受ける機会なんてそうそうあるものでもないから、これ幸いと受けることにしたのだった。
「でも本当によかったんですか?」
「なにが?」
森の中を歩きながら気になっていたことを交流がてら聞いてみることにした。
「いや、一党を組んでるのにこうしておれ達と冒険に出ていいのかなって」
「なんだ、そんなこと」
おれの問いに妖精弓手は呆れたように手を振って応える。
「元々冒険者なんて自分の都合でやってるものよ。あなた達もそうじゃないの?」
「それは、まあ……」
「確かに一党を組んでるなら相応に足並み揃える必要はあるかもしれないけど、続けるも抜けるも自分次第。それが冒険者ってもんよ」
そこまで言うと妖精弓手は退屈を感じたように顔を前に向けた。
「それにこうやってその場その場で即席の一党を組むなんて珍しくもないわ。あなた達も冒険者続けるなら慣れときなさい」
「よっ、と」
おれ達の今回の仕事は調達依頼。といっても目的はこの森に
「じゃあよろしく」
「ええ、まかせて」
そう言って女魔術師はおれが槍で突き倒した
『キノコ人』はその名のとおり、キノコに小さな手足が生えた、人のような姿をした動く植物だ。
動く植物といっても大した知性もなく、身体能力も脅威にならない程度の敵だ。しかも同族であろうとも仲間意識等はないのか、近くで仲間が攻撃されていても見向きもしない。というかこちらからちょっかいを掛けない限り、近くにいても反応もしない。
そんな敵なのでおれと幼馴染、そして前に手に入れたボウガンの扱いに慣れたいという理由と、いざという時のために勘を取り戻したいという盗賊商人が交代で戦い、倒したらこういった素材の扱いの経験のある女魔術師に回収してもらうというやり方をしている。
その間妖精弓手は周囲の索敵やおれ達の監督をしてくれている。
……くれているのだが、一応彼女が受けた依頼なのにこれでいいのか?
若干釈然としない気もするが、気にしないことにしよう。
ふう、とひとつため息をつき、警戒も兼ねてぐるりと辺りを見回す。
(といっても本職が二人もいるんだからそこまで気にすることでもないかね……)
そう思い仲間達の方を見やる。
なにやら妖精弓手がそこらに生えていたような草を持ちながら、いかにも鼻高々といった感じで何かを話している。その話を幼馴染は真剣な表情で、盗賊商人は目をギラギラさせながら聞いている。
幼馴染があんな感じで話を聞いているところを見るに薬草か香草の類なのだろう。そして盗賊商人はその効果に商売の匂いでも嗅ぎ取ったか。
(しかし……)
再び倒したキノコ人を見る。
(こいつも夢で見たことあるんだよな……)
前に戦った山羊頭のデーモンを見た時にも感じた既視感をこいつにも感じる。
(確かにあんな夢を見るのはおかしいとは思ってはいた。夢は夢だろうと思っていたが、もしかしてただの夢じゃないのか……?)
そんなふうに考え込んでしまう。
「終わったわ。……どうしたの?」
「いや……」
いつの間にか時間がそれなりに経っていたのか女魔術師が素材の採取を終え、おれに話しかけてきた。
「なんでもないよ」
そう言っておれも考え事を打ち切った。
どうせ答えなんか出ないんだ。考えるだけ無駄だな。
(強いていうなら夢の経験や知識は過信すべきじゃないってところか。前のデーモンもそうだったしな)
「そう? ……そうそう、素材はそろそろ十分だと思うわ」
「わかった。すみません!」
「ん?」
女魔術師の報告を受け、妖精弓手にも声を掛ける。
「そろそろ依頼達成できるだけの量が集まったそうです」
「そう? じゃあ……あ、そうだ! あと一匹だけ狩って終わりにしましょ」
「ん? まあそれはいいですけど……」
なんだ? 妙に含みのある言い方をしたような……
「じゃあ、ちょっと探しましょうか」
ニンマリと笑いながら妖精弓手そう言っては歩き出した。
おれ達はそれを訝し気に思いながらも黙ってついて歩く。
そしてほどなく、
「あ、いたいた」
標的を見つけ出したのか妖精弓手はそう言って足を止めた。
彼女の視線を追うと、大きな岩の前に立つキノコ人、それも今まで狩っていた幼体ではなく成体の大きなキノコ人がいた。
「ええ……」
盗賊商人が嫌そうな声を漏らす。
「やめましょうよあいつに手を出すのは……」
「あら、その口ぶりだと知ってるのね。元青玉だからかしら?」
そんな会話を盗賊商人と妖精弓手がする。盗賊商人が嫌そうにしてるということは。
「危険な奴なんですか?」
「そうね。……どんなやつだと思う?」
「……とんでもない
夢の知識を元に答える。そうであってほしいような、そうであってほしくないような、どちらともつかない気持ちを抱きながら。
「あら、正解。もしかして知ってた?」
妖精弓手は少し面白くなさそうにしながらもあっけらかんとした感じで答えた。
「
前衛として殴り合うことも想定してか、幼馴染が妖精弓手に問いかける。
「そうねえ……」
妖精弓手はどう答えるか考えるように宙を仰ぐ。が、すぐにニヤリという表情をしてキノコ人を見た。
「ちょうどいいわ。見てなさい」
そう言うとキノコ人の方に向かって歩いて行く。
「どうするつもりなのかしら……」
「さあ……」
彼女が何をするつもりなのかわからず、おれ達は少し離れた所からただ見守る。
キノコ人の成体は幼体とは違い、近づくものを敵と見做すらしく、近寄ってきた妖精弓手に襲い掛かっていった。援護に行った方がいいかと少し迷うも、そのまま見守る。その間も妖精弓手は鮮やかな身のこなしでキノコ人の攻撃を避けていく。
これは大丈夫かと思って見ていたら、いつの間にか近くの大岩へと近づいていて追い詰められたかのような状況になっていた。
「危ない!!」
幼馴染も危険だと思ったのだろう。そう妖精弓手に叫ぶ。
しかし、妖精弓手は狙い通りと言わんばかりにニヤリと笑うと今までの動き以上の身のこなしで持ってヒラリとキノコ人の振り下ろされた拳を躱す。
ズカァン!!!
振り下ろされた拳は見事に大岩に突き刺さり、凄まじい轟音を立てて大岩を打ち崩した。
あまりの威力に、知っていたはずなのに唖然としてしまう。仲間達を見るとみんな似たような表情をしていた。
「ウッヒャア! 怖い怖い!」
いつの間にか戻ってきていた妖精弓手がそんな言葉を漏らす。
「お疲れ様です……」
特に意味もないがそんなことを言ってしまうほどに衝撃的な光景だった。……じゃなくて。
「で、どうするんです? あいつ」
標的を仕留め損ねたキノコ人は、そんなことを気にするほどの知能はないのか、特に気にした様子もなく今まで通りの緩慢な動きでこちらに向かってきている。
「決まってるじゃない。あなた達に任せるわ」
「ええ……」
妖精弓手はそんな無茶ぶりをしてくる。いや、実際はそこまででもなさそうだが。
そんなことを思いながら仲間達を見ると、苦笑しながらも戦闘準備をしておれの指示を待っていた。
「……はあ。わかりましたよ」
ため息をつき、気持ちを切り替えた。
「あいつの動きは鈍い。だから前衛二人で挟み撃ちだ」
「うん!」
幼馴染はそう言って頷いた。
「鈍いと言っても一発貰うのは怖いからな。狙われてる方は回避に専念。そうでないほうが攻撃だ。商人さんはできるようならボウガンで援護を」
「わかったにゃ」
盗賊商人もそれを聞いて頷いていた。
「私は?」
「悪いが待機で。ただ、もし危なそうだったら魔法を使ってくれ」
「わかったわ」
女魔術師にもひとまずといった指示を出す。
女魔術師も頷いて理解を示したのを見て、おれも頷いた。
「よし、行こう!」
「お疲れ。なかなかやるじゃない」
戦闘は程無く終わり、妖精弓手がそんな言葉を投げかけてきた。
「どうも……」
「もー、悪かったわよ。でもどんな経験も、あって損があるわけじゃないんだからいいじゃない」
彼女にも彼女なりの考えがあってのことだろうし、その考えも理解できないわけじゃない。
わけじゃないんだが、やっぱり釈然としない。
「あははー……。さ! あとはこいつの採取をして終わりにしましょ!」
流石に悪いと思ったのか、採取くらいは自分でしようと妖精弓手は倒れたキノコ人に近づいていく。
「え?」
キノコ人に近づいていく途中で何かに気付いたように妖精弓手は一度足を止めた。そしてキノコ人を通り過ぎ、キノコ人が打ち崩した大岩へと走って行った。
何が何やらわからないおれ達は顔を見合わせ、妖精弓手の後を追ってみる。
「どうしたんですか?」
妖精弓手に近づいてみると、大岩があったところにしゃがみ込み地面を見ている。
いや、地面じゃない。地面があるはずの所にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
その穴も奇妙なもので、地面が掘られているという訳じゃない。見下ろした限り壁面と言っていい部分は土ではなく、木のような質感と色をしている。
「間違いない……」
妖精弓手はおれ達が近づいて来た事にも気付いていないかのように、穴に手を伸ばし壁面を触れて言った。
「これが、
深き谷の森
『狭間の森』と『黒い森の庭』をひっくるめたような森。
陽の光が降り注いでいるため、ダークソウル世界のような陰鬱な雰囲気はない。