カチャリ、服が掛けられていたハンガーを手に取る。
矯めつ眇めつ。掲げてみたり、裏返してみたり。いろいろ眺めてみるもピンとこず、首を傾げて服を元の場所に戻した。
ふう、と一つため息をつく。
「なんでこうなったのかしら……」
そう漏らし、あたしは今までの経緯を思いだした。
酒場での
自分と同じように祭りで身に付けるためか、たくさんの女性たちが買い物をしていた。
自分とは違い、街住まいのためかそれぞれ自分に似合いそうなものを見つけ出しては組み合わせて買い物を楽しんでいる。
「服ってなにを基準に選べばいいのよ……」
思わず弱気な愚痴が漏れる。
所詮自分は田舎者。故郷にいた時に着ていた服と言えば、伝統的に子供に与えられるような布の服や、少し成長してからは作業着。そして、父から贈られた武道着くらいなもの。
センスといったものにはとんと縁がない。
自分をここに連れてきた女魔術師も最初のうちは傍にいていろいろ探してくれていたけれど、そのうち自分に見合う服を見つけてそのままどこかに行ってしまった。
「お困りかにゃ?」
頭を抱えていると、聞きなれた声が掛けられた。
「商人さん。……居たんですか」
「居たにゃ」
そちらを見ると盗賊商人の姿があった。
「それで? 買いたいものは見つかったのかにゃ?」
「……」
そう問われ、誤魔化すように目を反らし、頬を掻いた。
「……い、いいんですよあたしは。あの時は売り言葉に買い言葉だったというか、ただの勢いだったというか……」
「……まあ、武闘家さんがそれでいいんなら、いいんだけどにゃ」
ふむ、と少し考え込むように彼女は瞑目する。
……あっさりと突き放されたように言われてなんとなく傷ついているあたしがいる。自分の代わりに選んでもらって助けてもらいたかったとでも言うのだろうか。
そんな自分の浅ましさに苛まれていると、彼女は意を決したように目を開いた。
「これはただのお節介。聞き流してくれてもいいんだけどね」
「はい」
「『今』がいつまでも続くとは、思わない方がいいよ」
「え?」
そう言う彼女は、いつになく真剣な光をその瞳に湛えていた。
「ウチら冒険者ってのは、ただでさえいつ死ぬかわからない職業。その時やるべきことをやっていなかったせいで、取り返しのつかない状態になって一生後悔し続ける羽目に、なんてよく聞く話だよ」
「……」
「そうでなくても、普通に生きてるだけでも人と人の関係性なんて変わっていくもの。……これはウチにも覚えがある」
そう言うと、嫌な事を思い出したのか、彼女は顔を顰めた。
「……前にもウチが冒険者をやっていたって話はしたけどね。冒険者やめることになった原因がそんな感じの理由だったんだ。前はウチを切り捨てたアイツらを恨みもしてたけど、今は違う。あの件に関しては、ウチも悪かったんだ」
「はあ……」
「あの時ウチは『今』がずっと続くものだと思ってた。アイツらとうまくできてたつもりだった。でも違ったんだ。アイツらにはアイツらなりの事情があって、ウチはその事情に寄り添えてなかった。見ようともしてなかった」
あたしの事を忘れたように、彼女の自分語りが続く。その表情は、彼女が言ったように後悔に塗れた物だった。
「……ごめん、そんな事を話したかったわけじゃなかったんだ。ウチが言いたかったのは、自分の都合だけで考えてちゃダメって事」
そこで話が逸れてることに気付いたのか、彼女は頭を振った。
「武闘家さんに願いがあるように、戦士さん側にも事情がある。彼が、あなたを選ぶ保証なんてないでしょう?」
そう言われ、脳裏に映像が浮かぶ。
アイツの隣に居る、自分以外の女。そしてその女の肩を大切そうに抱くアイツの姿。
そんな未来が来ない保証が、どこにある?
「できる努力は怠るべきじゃない。ウチはそう思うにゃ~」
いつもの口調に戻しながら、盗賊商人はそう話を終わらせる。
それでもその瞳には、変わらずに真剣な、何かを期待するかのような光を湛えていたのだった。
盗賊商人と別れ、再び服探しを始める。
(とは言う物の……)
彼女の話を聞いて、自分でも思うところはあった。だからと言って心持ちだけで何かが変わるというのであれば誰も苦労はしない。
一つ息を吐き、宙を見上げる。当たり前だが、店の天井が広がっていた。
(そういえば)
ふと昔を思い返す。
昔は自分と同じように草原を走り回っていたアイツ。いつの頃からだろう? いつの間にか落ち着いた大人のような振る舞いをするようになっていた。
そんなアイツを見て、なんとなく置いてかれたような気がして、それが嫌でアイツの事をあちこち連れまわしていた気がする。
(あれ? あたしって子供っぽい?)
こんな子供っぽい自分のどこに女としての魅力があるというのか。
そんなことを思い、途端に顔が熱くなってくる気がして顔を伏せる。
顔の熱を払う様に首を振ると、ふと何かが視界に入った気がした。
「これ……」
目に入ったのは一着の服だった。
カチャリ、とハンガーに掛けられた服を手に取る。
矯めつ眇めつ。掲げてみたり、裏返してみたり。
「ここに居たのね。ごめんなさい、ほったらかしにしちゃって……あら?」
服を検めていると女魔術師が話しかけてくる。どうやら彼女も欲しい服が見つかったのか、入ってきた時には持っていなかった袋を持っていた。
「それにするの? もっと華やかな物のほうが……」
「いいの」
あたしが持っている服を見て、心配そうにそんなことを言ってくるが、あたしの心はもう決まっていた。
「これでいい。……ううん、これがいい」
そう言って、近くの姿見の前で手に持った服を自分の身体に合わせる。
姿見には、露出も装飾も少なく、地味な色合いをしたワンピースドレスを纏った自分が映っていた。
「これが、『今』のあたしなんだから」
『あたしらしい』と思えるあたしが、其処に居た。
乙女の装い
地味な色合いに時代遅れな装飾の少ないデザインのワンピースドレス。
晴れの日に着る服としては役者不足かもしれない。
なお地味と称しているが、世界観的に華美や露出等の色気が求められている時代背景故地味とされているのであって、現実的には清楚と言っていい物である。