穏やかな風が新緑の香りを運び街道に流れ込み鼻孔をくすぐっていく。青空にはまばらに雲が浮かび太陽が柔らかな陽気を産み出していた。おれたちは今そんな街道を歩いている。
「そういえばみんなはどうして冒険者になったんだ?」
依頼のあった場所に向かう道中そんな話になった。
「そういうあなたはどうなのかしら?」
女魔術師がそう聞き返してくる。
「おれか? おれはそう面白い話じゃないぞ。おれは農家の次男だからな。継げる土地も家もない。家族に迷惑かけないために何かで稼がなきゃならない。その手段として冒険者を選んだだけだ。そっちは?」
おれの事情を話し、他の奴に話を振る。
「私は……私も別に面白い話じゃないわ。せっかく魔術を学んだのだもの。それを生かしたかっただけよ」
女魔術師はどこか歯切れが悪そうにそう答えた。
「わ、わたしは地母神様の教えをわたしなりに守りたくて冒険者になりました」
「地母神様の教え?」
「はい。『守り、癒やし、救え』それが地母神様の教えになります。わたしは神殿育ちでして、昔から怪我をされた冒険者の方を何人も見てきました。地母神様から奇跡も授かりましたしそういった方たちの助けになれればと」
女神官から思いのほかしっかりした理由が返ってきた。自信なさげだと思ってたけど案外芯は強いのかもしれない。
「へぇ……そういやおまえはなんで冒険者になろうと思ったんだ?」
そう幼馴染にも水を向ける。思えばこいつが冒険者になろうと思った経緯なんかは聞いたことがない。
「あ、あたし!? あたしはー……べ、別に何でもいいじゃない!」
「なんだよ理由くらいいいだろ」
「えーと、その……そう! あたしもせっかくお父さんに武術を学んだんだからそれを活かしたかっただけよ!」
妙に挙動不審になった。どもりながら明らかに今考えましたといった理由を言ってくる。さっきからこっちをチラチラ見てくるが何かおかしなことを言っただろうか。
「へえー……」
女魔術師がどこか得心のいった声を漏らす。
「な、なによ!?」
「べっつにー?」
「なんなのよ!?」
「え!? もしかしてそういうことなんですか!?」
「ち、違うわよ! あたしは別にそんなんじゃ……」
突然騒がしく……いや姦しくなる。女には通じるものがあるのか女神官も何かに感づいたようだ。女の勘という奴だろうか。
とりあえず言えることはおれが口を挟める状態じゃなくなったということだけだ。
その後は女性陣は打ち解けたのかずっと喋り続け、逆におれは喋る相手がいなくなったのでだんまりを決め込みながら春の陽気に包まれた街道を歩き続けるのだった。
「ここ?」
それからしばらくののち街道から少し外れたところにある森の中にあるゴブリンたちが根城にしているという洞窟にたどり着いた。洞窟の入り口の横にはできの悪いカカシのようなものが立っているのを見て嫌な予感がよぎるのを感じる。
「ええそうよ。じゃあ行きましょうか」
「いやちょっと待ってくれ」
カバンから松明を取り出している女魔術師に待ったをかける。考えろ。何に引っかかったんだ?
「なによ?」
「いや……」
考えろ。
おれたちは冒険者としての依頼としてここにきた。その目的は攫われた依頼人の娘を助け出すこと。敵はゴブリン……ゴブリン?
「……なあ、依頼の内容を改めて教えてもらえるか」
「はあ? 今更何言ってんのよ。もしかしてビビってんの?」
女魔術師が不審げに聞いてくる。だがここで引くわけにはいかない。
「頼む」
女魔術師はしばし訝し気にしたあと話し出した。
「……はあ。ここの近くにある農村から娘が攫われたそうよ」
考えろ。ゴブリンたちはどうやって娘を攫ったんだ?
「前にも農作物が盗まれる被害は出てたらしいわ」
考えろ。被害は以前から出ていた。どうして今になって依頼をしてきた?
「それで今回娘と家畜が攫われるという被害が出たということで依頼しに来たということらしいわ。これでいい?」
考えろ。ゴブリンは最弱級の
冒険者ギルドを出る時に見た受付嬢の不安げな表情が頭によぎる。もしかしたらおれたちにまかせるのは危険だと思っていたんじゃないのか?
何がそんなに危険だと思ったんだ? 敵の強さか? いやゴブリン相手にそんなふうに思われるとは思えない。
じゃあ強敵がいる? いやそんなことがわかってるなら白磁のおれたちに受けられるような依頼にはならないだろう。なら……数か?
それこそ女を攫い、村人の抵抗を跳ね返し、さらに自力での救出を諦めるくらいの数がいるんじゃないのか?
それに、
「洞窟か……」
それなら納得も行く。そしてそれがわかるとともに顔が強張ることも感じる。
「なによ!? さっきから何なのよ!?」
女魔術師はさっきからのおれの対応にかなり苛立ちを感じているようだ。だがここを疎かにするわけにはいかない。認識を共有しよう。
「たぶん今回の依頼はただのゴブリン退治じゃないってことだよ」
「あ、あの! どういうことなんですか?」
さすがに険悪になってきたことを感じたのか、なおも言い募ろうとする女魔術師を遮るように女神官が口を挟んできた。
「今回の依頼、ゴブリンに娘が攫われたから助け出してくれって依頼だろう? どうやって攫ったんだと思ってな」
「えっと……?」
「ああえっと……そうだな。神官さんはこいつを一人で持ち上げられるか?」
そう幼馴染を指しながら女神官に尋ねる。話についていけないのか幼馴染はキョトンとしている。
「え? その……たぶん無理です」
予想通りの答えを女神官が返してくる。
「だろう? 攫おうとするなら抵抗するだろうからなおのこと一人で連れ去るのは難しいだろうな。ましてやゴブリンだ。奴らはおれたち
「ああ……そういうことですか」
「じゃあどうしたのか。おそらく攫えるだけの数がいたんだ。ざっと考えて抵抗する娘攫うのに引き摺って行くにせよ持ち上げて行くにせよ3か4匹くらいは必要だろう。またそんなことしてたら他の村人が救出しようとするだろうに助け出せてない。たぶん護衛役もそれなりにいたんだろう。そう考えると少なく見積もって10匹くらい。多けりゃ20とか30とかいたんじゃないか?」
女神官はそれを聞いて顔色を悪くする。
「だからなんだっていうのよ!! 所詮ゴブリンなのよ!? 何匹いたって同じでしょ!?」
女魔術師はなおも気炎を揚げる。
「ゴブリン……というか数の力を甘く見るなってことだよ」
「なにそれ? 数の力?」
幼馴染もようやく話についてこれたのか口を挟んできた。
「単純に数が多いほうが有利って話だよ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
どうも幼馴染もゴブリンごときと思っているようだ。おれ達前衛は一番被害が出やすいってのに。
「敵の数が多いってことは……こういうことがおきやすいってことだ!」
そんなことを言いながら少し立ち位置を調節する。ちょうど女神官と女魔術師とおれで幼馴染を取り囲むように。そして武器を抜き構える。
「な、なにすんのよ!」
それを受け幼馴染も構える。突然の仲間が凶行に及ぼうとすれば当然だろう。ちょうどいい。
「おまえこの状態でいつも通りに戦えるか? 前に敵がいて後ろにも敵がいる。今おれに対応しようとしてる状態で後ろの二人に攻められたら対応できるか? 仮に対応できたとしてさらにおれが襲い掛かったらどうだ?」
「あ……」
ここに至ってようやく状況が想像できたのか間の抜けた表情を浮かべた。
「ようやくピンと来たか。まあこんな感じに取り囲まれた状態じゃなくても前に2匹並んでるだけでも左右からの同時攻撃とか時間差攻撃がおこるからな。数が多いってのはそれだけで脅威だってことだ。敵はご丁寧に1匹ずつ襲い掛かってきてくれるわけじゃないんだからな」
「……」
幼馴染も武闘家として前衛に出る身としていざそういう状況になった際の対応の難しさに気付き顔を顰める。
「それに問題は敵だけじゃない」
「まだ何かあるっていうの?」
女魔術師も状況の悪さを認識しつつもまだ納得できないといった表情を浮かべている。こういっちゃなんだが頑なすぎないか?
「場所が悪いんだ。この洞窟、入り口の大きさから考えるにあんま大きな洞窟って感じじゃないだろ。地面もすごしなれた平地じゃない。おれたちが満足に動けなくて攻撃にしろ防御にしろうまくできない可能性がある。それにこっから中が見通せるか? 見えないだろ。魔術師さんが松明を用意してるから辛うじて見えるかもしれないけど視界の確保はいつも通りとはいかない」
「……」
「逆にゴブリンどもにとっては根城にしてるここは慣れ親しんだホームグラウンドって感じだろ。やつらは夜目が効くらしいからこの洞窟の中で不自由するってこともないと思う」
「……」
「つまりおれたちはどれくらいいるかわからない、どこから来るかもわからないやつらを戦い慣れない場所で相手取らなければならないわけだ」
「……」
そこまで言ってまとめるように言う。
「気を引き締めよう。死ねば終わりなんだから」