カチャリ、と服の吊るされたハンガーを手に取る。
矯めつ眇めつ。服を掲げてみたり、裏返してみたり。
服を検めてみるもあまりピンと来ず、服を元の場所に戻すと、ふうとため息をつく。
「どうしてこうなった……」
そうしておれは、こうなった経緯を思い出すのだった。
あの酒場での一件から時は過ぎ、翌日。
結局あれは何だったのかと尋ねるために女武闘家に会いに行ったところ。
「接触禁止よ」
「当日のお楽しみって奴にゃ♪」
と、女魔術師と盗賊商人に追い返された。
ならばと仕方なく一人で街をぶらついていたところ。
「よう。今から時間あるか? あるよな?」
「ちょっと付き合えよ」
と、どこからか先輩冒険者の重戦士と槍使いが現れた。
彼らにまるで逃がさんと言うように肩を組まれ、連れてこられたのは街の隅の方に追いやられるように建てられた男性服を取り扱っている店。
そこには自分と同じように連れてこられたのか、何人かの同年代くらいの新人冒険者たちがいた。
で、連れてこられた理由と言うのが。
「今日はお前らに男のなんたるかを教えてやろう」
「身嗜みはその第一歩だ」
と、いうことらしい。
そんなこともあり、おれは収穫祭に着ていく服を選んでいたのだった。
(服ってどうやって選べばいいんだ……)
そう思い、周りを見回す。
自分以外の新人たちは、自分と同じように田舎出身の者も多いだろうに、どういう訳かそれぞれ思い思いに服を手にとっては組み合わせていく。
「どうよ?」
「うわぁ……似合わねぇ……」
「なんだと!?」
それが似合っているかどうかは、また別のようだが。
それでもそれぞれ自分の思う理想を持っているのは見て取れた。
なんとなく恨めし気に彼らを見ていると声を掛けられる。
「ようボウズ! なんかいいのは見つかったか?」
「あんまみっともない格好はするもんじゃねえからな。ちゃんと考えて選べよ」
話しかけてきたのはおれをここに連れてきた槍使いと重戦士だった。
「いやぁ……」
「おいおい、大丈夫かよ」
なんとなく気まずくなって誤魔化すように頭を掻いた。
そんなおれを見て呆れつつも、槍使いは何故かいやらしそうな笑みを浮かべた。
「お前あの嬢ちゃんと収穫祭でデートするらしいじゃねえか! なかなかやるもんだと思ったもんだぜ!」
「え?」
デート? おれが? 誰と?
そう思っているおれを不思議に思ったのか、怪訝そうに槍使いは眉を上げた。
「あん? 違うのか? どっかの酒場であの嬢ちゃんがえらい情熱的に誘ってたって噂を聞いたんだが……」
「おう、俺も聞いたぜ。それを聞いたからこそ今回の事を思いついたんだしな」
「え? ええ!?」
まさか、あれはそういう事だったのか!?
そんなふうに驚いていると、おれにその意識がなかったことに呆れたように槍使いは一つため息をついた。
「……まあ、結局お前らの事だ。どっちでもいいんだけどよ。なんにせよ、女と出かけるってのにダサい格好してくのは俺が許さねえからな!」
槍使いはおれを睨み付けながらそう凄んできた。その眼光は流石は辺境最強と呼ばれる冒険者と言えるものだった。
端的に言ってものすごく怖い。
「……こいつの言い分はともかく、格好の付け方ってのは知っていて損はないと思うぜ」
「え?」
槍使いの眼光に怯んでいると、何かを考えるかのように顎に手を当てていた重戦士が口を開いた。
「頭目ってのは一党の顔だ。そいつが見窄らしいって事は、そいつの率いる一党も大したことのないもんだと思われる」
「はあ……」
「ピンとこねぇか? お前がダサい格好してりゃ、一緒にいる嬢ちゃん達もダサい連中だと思われるんだよ」
「いや、そんな理不尽な……」
「理不尽なもんかよ。そいつと一緒にいるって事は、そいつの事を認めてるってこった。つまり、そいつと大して変わんねえって事だろ」
そう言われ、考えてみる。自分が原因で、後ろ指刺されている彼女達の姿を。
「……それは、ちょっと嫌ですね」
「そう思うんならもうちょっと真面目に考えるんだな。人間ってのは忙しいんだよ。一つ一つ逐一確認なんかしてられないくらいな。それでも確認する必要がある時は、わかりやすいもんで判断するもんだ」
「そのひとつが、服ってことですか」
「そういうこったな。あとは商人なんかは足元を見るとも聞くな」
「足元……ですか?」
「おう。なんでも本当の金持ちってのは、いくらでも金を使えるから全身隈なく高級品で固められる。逆に見栄張ってる貧乏人なんかはそこまで行き届かないから見えやすい所だけ整えて末端までは気が回らない。その最たるが靴だとか……いや、そういう話じゃねえな」
話が脱線していると思ったのか、重戦士はひとつ咳ばらいをした。
「とにかくだ! 嬢ちゃんに恥かかせたくないってんならちゃんと考えろよ。……お前は、自分のためには頑張れなくても、誰かのためなら頑張れるだろ?」
彼らと別れ再び服探しへと戻る。
(とはいったものの……)
彼らの話を聞き、思い新たにしたものの、だからといって何かが変わったわけじゃない。当然だ。心持ちが変わっただけで何かが変わるようなら誰も苦労はしない。
途方に暮れたように宙を仰ぐ。当たり前だが店の天井が広がるばかりだった。
(そういえば)
ふと昔の事を思い起こす。
おれが10歳くらいの頃。あいつのオヤジさんが亡くなってすぐの頃。
夢の中での経験によって育まれた自信が、死んでも生き返れるというありえない前提を元にした偽りの自信だと知ったあの頃。
心折れそうになっていたおれを、あいつはよく外へと連れ出し振り回してくれた。
もしかしたら父を亡くした悲しみを紛らわしたかったのかもしれない。
それでも、その行いは確かにおれに救いを齎してくれた。
あのお転婆娘の無茶な行いを止め、諫め、助けるうちにこんなおれでもできることがあると知ることができた。
そのおかげで、再び冒険者になろうと思えたんだ。
(自分のためじゃなく、他人のためにか……)
重戦士の言葉が思い返される。
今までは自分に似合う服を探していた。かっこいいのはどうだろうか? それとも落ち着いた感じのだろうか? そんなふうに考えて探してみても、自分に似合っているとはどうしても思えなかった。
でも彼女のための、彼女を活かすような服であればどうだろうか。
「……ん?」
そんなことを考えながらグルリと辺りを見渡すと目に留まる服が合った。導かれるようにその服を手に取る。
矯めつ眇めつ。服を掲げてみたり、裏返したみたりする。
「おう、いいのは見つかったか?」
そうして見つけた服を検めていると再び槍使いと重戦士に声を掛けられる。
「……おいおい。そんな地味なのじゃなくてだなぁ……」
「待てよ」
おれが持っている服に思うことがあったのか、槍使いが咎めようとするが、重戦士がそれに待ったをかける。
「……それでいいのか?」
そしておれにそう問いかけてきた。その声からは、その瞳からは、決していい加減な答えは許さないといった思いが感じられた。
「ええ。……これでいい」
その圧を感じながら、自らにも同じように問いかけながらもそう答える。
「おれは、主役じゃないんだから」
さて、あのお転婆娘はどんな格好をしてくるだろうか。可愛い感じだろうか。それともカッコイイ感じだろうか。
いずれにせよ、この服ならば見劣りすることも無いだろう。
そんなふうに思うおれの前には、特筆すべきデザインではないものの、不思議と仕立ての良さを感じさせる、そんな服が掲げられていた。
紳士の装い
一般的な街人の男性が着ているようなデザインの服。不思議と仕立ての良さを感じさせる。
一時期上流階級で、街にお忍びで遊びに降りることが流行った時期があり、その際仕立てられた一着。仮にも上流階級の貴人向けの服であるため、質がいい。
しかしデザインとしては一般的とはいえ、質の違いが明らかなため、着用者が一般人ではないことがわかるものにはわかるため、トラブルがあとを絶たず流行りは早々に廃れてしまった。