収穫祭当日の朝。
男は街の入り口となる大門の前で待ち合わせをしていた。
辺りには男と同じように人を待つ人々でごった返している。退屈そうに空を見上げる者。或いは逆に地面に目を落とす者。そして自分と同じ境遇の者と時間潰しに語り合う者。
そんな彼らを眺めてから街の方に目を向ける。
(聞きしに勝るって感じだな)
街からは喧騒が漏れてきている。街の外であるここにも相当の人がいるはずだが、街の中はその比ではない。待ち合わせは街の外、大門の辺りでしろとは言われていたが、従っておいて大正解だった。
元々の街の住人は勿論の事、近くの村々から遊びに来た者、そんな人々を目当てに集ってきた商人や旅芸人の一座が数多く門をくぐり、既に辺境の街は人の坩堝と言っていい様相を示していた。
そろそろ待ち合わせの時間だ。そう思った時ふと男は不安を覚え、目線を下へ落とす。
(これで大丈夫……だよな)
今日この日のために買った一張羅と言っていい服と、念のため新調した少し質を求めた靴を眺める。
姿見なんてものはないので他人からどう見えるのかはわからないが、自分としてはなかなかのものではないだろうか。
そんなふうに思い、若干の不安を抱えながらも、既に後戻りはできないと覚悟を決めて目線を上げた時に彼に声を掛ける者が居た。
「お、お待たせ……」
声を掛けてきたのは男の待ち合わせ相手である女だ。
女はいつものような動きやすさを求めたような服装ではなく、些か地味だが、女性を意識させるには十分なワンピースドレスを身に纏い、不安げな表情を浮かべた顔にはどこで覚えたのか化粧を薄っすらとだが施していた。
「……」
「……なによ。なんとか言いなさいよ」
「お、おう。……その、似合ってると思うぞ」
普段と違う格好をしてくるだろう。そう思っていたが、いざ実際に見てみるとその衝撃たるや、思わず思考に空白が生まれるほどだった。
どもりながらもなんとか感想を言うと、彼女は顔を紅潮させてから地面に目線を落とした。恥ずかしそうにしながらも、よく見ると口の端は吊り上がっており、どこか満足げな表情を浮かべていた。
しばらくして少し落ち着いたのか、目線を元に戻した。そして少し眉をひそめながら、唇を尖らせる。
「……あんた、もうちょっとなんとかならなかったの?」
「え?」
「いや、なんか地味だし。もうちょっとカッコイイ格好とか……」
「ああ」
彼女としては、彼がもっと煌びやかな格好をしてくると思っていたのか、地味な格好をしている彼に不満を抱いたようだ。
或いは彼女なりの照れ隠しか。
「いいんだよ、おれはこれで」
「むぅ……」
「そっちこそ、それでよかったのか?」
「え?」
「確か……『魅力を魅せつけてやる!』だっけ? そんなこと言っていたからもっとこう……なんだ。煌びやかな感じで来るのかなって思ってたんだが」
「う……い、いいのよ。あたしはこれで!」
「……そうか」
「……そうよ」
その言葉を最後に二人は口を噤む。
男は気まずそうに頬を掻きながら空を仰ぎ、女は恥ずかしそうに地面に目線を落とした。
女は俯きながらもどこか期待するかのように男を見上げる。
男の方もその視線を受けると、観念したように一つため息をついた。
「……行くか」
「……うん」
男は彼女に対して手を差し出す。女もおずおずと言った感じでその手を取った。
そして二人はしっかりと互い手を握り、祭りへと繰り出していったのだった。
二人は人混みを掻き分けていく。
街の住人達が建てた屋台から漂う食い気を誘う香りが鼻孔をくすぐり、祭り特有の景品有りの遊びを楽しみ、
(流石に疲れたな……)
冒険者は体が資本とはいえ、元々住人が全員知り合いと言っていいような小さな村の出身の男にとっては、これほど周りに人がいるというのは未知の体験。
肉体的な疲労は大したことなくても、気疲れという精神的な疲労は防ぎ得なかった。
チラリと隣にいる女を伺うと、楽しげな表情を浮かべているがどこか疲れたような印象を受けた。
「……そろそろ休むか」
「え? まだまだ行けるわよ!」
「おれが疲れたの」
男はそう言って女の手を引き、道の端へと寄った。
「ほら」
道端に置かれた木箱に座るように促すも、女は戸惑ったような仕草を見せる。
「……? ……ああ」
男は何かに納得したような声を上げた後、ポケットからハンカチを取り出し木箱へと敷いた。
「ほら、これでいいだろ」
「……ありがと」
女はそう小さく呟くとおずおずと木箱へと腰掛ける。
それを見て男は一つ頷くとその場を離れ、近くの屋台から分厚く切って炙っただけのベーコンと蒸かした熱々の芋という簡素な昼食を買ってきた。
「……あんた、よくハンカチなんて持ってたわね」
「男の嗜みって奴らしいぞ」
そんなやり取りをしつつ、二人は食べ物を口へと運ぶ。
しばらく二人は休みがてらいろいろな話をした。昔の事。仲間の事。今までの冒険の事。
「……」
「どうしたの?」
「いや、芋がうまいなって」
「は?」
そして、未来の事を。
「あー……。ほら、おれの実家も農家だったろう」
「うん」
「芋も当たり前に作っててさ。その芋もこんなふうにうまいもんに料理されてんのかなって」
男はそこまで話すと言葉を探す様に、考えをまとめるように空を見上げた。
「……農作業は別に嫌いじゃなかった。でも別に何かこだわりを持てるほど好きでもなかった」
「……」
「作った作物もその後どうなってるのかとかは全然知らなくてさ。でも今日、作った作物がこうやってうまい料理に使われてるって思ったらさ」
「うん」
「冒険者を辞めた後に、また農家をするのも悪くないなって思ってさ」
当たり前の話だが、冒険者なんていつまでも続けられる仕事ではない。
冒険者に限った話ではないが、身体が資本といった類の仕事とは、つまり身体がダメになれば続けられないということだ。
人間は年を取る。若いうちは良いだろう。でも肉体が最盛期を過ぎれば、後は老いるだけ。
中には時の流れの中で技術を磨き、衰えた身体能力を技術で補える者もいるかもしれない。だが、そんな者はごく一部の天才だけだ。
それ以外の者は皆、どこかで活動に区切りをつけなければいけない。それができなければ、かつてはできて、今はできないことをやろうとして、ただ無為に死ぬことになるだろう。
「……冒険者、辞めちゃうの?」
「……何時かは、な。お前は、将来どうするんだ?」
「あたしは……どうするんだろうね」
女はそう問われ、地面に視線を落とす。その美しいと言っていい顔には不安そうな表情が浮かべられていた。
「だったらさ!」
なんとなく男はそんな彼女の姿を見ていたくなくて、思わず大きな声を上げる。
「だったら、一緒に探さないか?」
「探す?」
「そうだ。せっかく冒険者なんていろんな人と関われるような仕事をしてるんだ。いろんな依頼を熟して、いろんな人と会って、それで冒険者を辞めた後になにをするのかを一緒に探さないか?」
その言葉に彼女は大きく目を見開く。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、男はなおも言葉を紡ぐ。
「さっき言ったみたいに農家でもいい。商人さんみたいに行商人とかどこかで店を開いてみるのもいい。前にあった牧場主さんみたいに土地を買って牧場を拓いてみてもいい。……魔術師さんみたいな知恵者になるのは、無理かもしれないけど」
「……アハッ!」
そんな男が面白かったのか、女は噴き出す様に笑い出した。その表情からは、先程までの不安気な様子は見て取れない。
男は女の様子が元に戻ったことに安堵の息を漏らしつつ、先程までの自分の振る舞いを誤魔化すように一つ咳払いをした。
「まあなんにせよ、今すぐどうこうって話じゃないんだ。あんまり重く考えるなよ。……そろそろ行こうぜ」
そう言って男は女へと手を差し伸べる。女も嬉しそうにその手を取り、二人は再び祭りの喧騒へと戻っていくのだった。
「あーっ! たのしかった!!」
「そりゃよかったよ」
朝のしおらしさはどこへやら。女は普段の活発さが顔を出したようで、手を元気よく突き上げる。その表情からは心から楽しかったのだろうということが見て取れた。
男はそんな女を見て、呆れつつも満足気な表情を浮かべている。
時刻は既に夜。
収穫祭のメインイベントであり、最後を飾る地母神への奉納の舞──彼らの友人である女神官が主役を演じる舞台を待つばかりとなっていた。
「ほら」
「ありがとう」
男が女に『天灯』を手渡す。
天灯。善き魂を導き、悪しき魂を放逐する。死者の魂を招き、帰す為の道標。世界の各地で見られる鎮魂の儀式に用いられる道具の一つ。
彼女の奉納の舞に合わせ、この天灯を空へと飛ばす。それによって死者を慰め、生者の幸を願う。
そうすることで地母神に守護を希う。収穫祭はそれで終幕となる。
「お、始まるみたいだな」
しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。
女神官の持つフレイルが振られるたびに鈴の音が鳴る。朗々と祈りの言葉が紡がれる。
地母神の聖女としての衣装を纏う女神官による神楽舞。些か露出度が高い衣装であるが故、ともすれば扇情的とも言える演舞だが、同時に篝火に照らされた彼女はとても神秘的にも見えた。
「……」
「イテッ!」
突然尻をつねられる。男が隣を見ると不貞腐れたような表情を浮かべた女がいた。
「なんだよ」
「……別に」
ぷいと女は顔を逸らす。男は何が何やらといった感じだが、とりあえず。
「そろそろいいんじゃないか」
「……ん」
天灯を飛ばす様に促す。女もそれを受け、天灯に火を灯した。
「それ」
女は天灯から手を放す。軛から解き放たれた天灯は空へと昇っていく。
ふわふわと昇って行ったそれは、同様に周りの人々が放った天灯の群れへと混ざっていった。
「……おまえのオヤジさんも、どっかで見てんのかな」
「えー……それは、なんかヤダな」
男がふと漏らした言葉に、女が不満気な声を漏らした。
「なんでだよ?」
「いや、成長を見てもらえるのはうれしいけどさぁ……」
女は珍しく歯切れ悪く口籠る。そんな女を男は訝し気にしばらく見ていたが。
「……いろいろあんのよ! あたしにも!」
女がそう話を打ち切ったので追及を諦めたのだった。
メインイベントも終わり、さて後はどうしようかとしていた時。
ざわり、と人混みが騒めいた。
「なんだ?」
何かと思いそちらを振り向く。すると黒い影が人混みを駆け抜けていくのが見えた。
影の軌跡を目で追う。篝火により人混みの隙間が照らされ、その照り返しにより鈍色が煌めく。あれは。
「ゴブリンスレイヤーさん?」
ゴブリンスレイヤーだ。
決して体格がいいわけではないが、それでもおおよそ一般的な男性の体格と言っていい彼。いかなる手妻か、人々を押しのけるでも掻き分けるでもなく、すり抜けていくのはまるで魔法の様であった。
「なんだなんだ?」
「ゴブリンスレイヤー?」
「今からゴブリン退治か? 頑張れよ!」
人混みの中にも彼を知る者らが居たのだろう。ゴブリンスレイヤーに揶揄とも応援とも取れない言葉を口にする。
「……どうする? あたしたちも行く?」
彼があれほどまでに急いでいるのは確かに異常事態なのだろう。
女は応援に行くべきだろうかと男に確認を取る。しかし。
「……いや、やめておこう」
男の返答は否だった。
「おまえはともかく、今のおれの装備はこれだけだ。行っても足手まといにしかならない」
そう言って腰の後ろを叩く。そこには初めての冒険の時より持ち続けている戒めの短剣が納められていた。
「それにおまえもその恰好じゃうまく動けないだろ」
「え? あ……」
すっかり自分の恰好を忘れていたのだろう。女は自分の身体を見下ろす。普段の武道着ならともかく、流石にワンピースドレスは戦いには不向きだろう。
「それより二人と合流した方がいいかもしれない。それなら何かあってもできることがあるだろう」
「そっか……じゃあ、今日はこれで終わりだね」
そう漏らし、女は寂しげな表情を浮かべた。
「……? なによ」
その表情を見て、男は気付くと女の手を掴んでいた。
「あー、いや……」
何か言わなければと男は視線を宙に彷徨わせる。
「その、なんだ。おまえとこうやって出かけるのは、楽しかった。だから、今度はおれから誘っていいか?」
女はその言葉目を見開いた。そうしてしばらく黙っていたが。
「……バーカ!」
そう一言罵り、吊り上がった口の端を隠す様に振り返った。
そして男の手を掴みなおし、そのまま駆け出した。
「ちょ!?」
「ほら、さっさと行くわよ! 二人を探さなきゃ!!」
そうして男と女は──青年戦士と女武闘家は、