ズキリ。女魔術師の頭に鈍い痛みが走る。痛みに呼応するように世界が歪む。
或いは視界の揺らぎを頭が認識することを拒み、それが痛みとして表れているのかもしれない。
「う、うう……」
女魔術師の口から呻きが漏れる。その声には怨嗟の響きが含まれている。
どうして世界はこうなのか。そんな理不尽に対する嘆きが。
どうして自分だけが。そんなともすれば自分勝手と思われるような不満が。
そしてなにより、自分はどうしてこんなことをしてしまったのか。そんな深い後悔を含んだ自己嫌悪を感じられた。
そんな彼女に近づいてくる人がいる。
「まったく……」
その声には軽い呆れと、深い心配の響きを感じさせた。
近づいて来た者は、手に持つ何かを女魔術師に差し出す。それは水の入ったグラスと、小皿に乗せられた何かの葉だった。
女魔術師はそれらを受け取り、水を一口含む。喉を通る冷たい水は、彼女の不快な気分を少し和らげてくれた。
「なんでそんなになるまで飲んだのよ」
そう、
収穫祭の夜。ゴブリンスレイヤーが駆けていくのを見た後のこと。
青年戦士と女武闘家は、女魔術師と盗賊商人と合流すべく街を駆け、程無く二人を発見することができた。
「おー、お二人さん。よく似合ってるにゃー♪」
「……」
二人を発見した時には、時既に遅く。二人はすっかり
この調子ではいざという時に対応できるどころではない。そう悟った二人は、即座に宿への撤退を決めたのであった。
「もぅ……前に二日酔いになった時に散々苦しんだじゃない。なんでまたこんなになるまで飲んだのよ」
「だってぇ……」
あっちは任せておいていいか。
女武闘家と女魔術師のそんなやり取りを見ながら、青年戦士はもう一人に方に目を向けた。
「うーん……」
盗賊商人は女魔術師同様、かなり酒を飲んでいたはずだが、彼女のように二日酔いに苦しんでいる様子はない。と言ってもまったく酒が残っていないという訳ではないようで、その手元には同じように水の入ったグラスと、二日酔いに効くと言われているハーブが置かれていた。
「で、商人さんは何を唸っているんですか?」
「うーん……。何かを思いついた気がしたんだけど……なんだったかにゃー」
どうも話を聞くと、祭りを楽しむさなかに新しい商売を思いついたらしい。らしいのだが、酒をしこたま飲んだせいで、何かを思いついたのは覚えていても、何を思いついたのが思い出せないということらしい。
「何かヒントとかはないんですか?」
「……そういえば」
そう盗賊商人に問いかけると、何かを思いだしたように鞄から何かの欠片を取り出した。
「……これは?」
「確か……そう! 陶器だ! 屋台で食べ物を買った時についてきた器!」
そう言われ見てみると、確かに見覚えがある。青年戦士も昼食を買った時に、素焼きの陶器に乗せられていた。彼らも食べ終わった後、割って捨てていたソレだ。
「で、これが?」
「……うーん。なんだったかにゃ……」
再び盗賊商人は頭を抱える。どうやらここからは思い出せないようだ。
「こっちはどんな感じ?」
「実は……」
女魔術師の介抱が一段落したのか、女武闘家がこちらへと顔を出してきた。
彼女に今までの経緯を説明すると、思案するように顎に手を当てる。
「陶器ねぇ……やっぱり、旅先で使うお皿に使うとか?」
「いや、流石にそんなに安直じゃないかにゃ。そもそも旅先に持ってくなら木の器でいいし、仮にピクニックなんかに使うにしても、もっといい物を使うにゃ」
「だよねぇ……じゃあ、調味料入れとか? あたしたちも旅先で料理とかするじゃない」
「そもそもウチらみたいに旅先で料理をしようっていうのがまずおかしいからね? それに持ち込むのが液体でもない限りは基本的には袋で持ち運ぶもんだからにゃ。陶器みたいに形が変えられない物は持ち運びに不便なんだにゃ」
「じゃあ敵に投げてぶつけるとか!」
「そこら辺の石でも投げれば十分だにゃ」
ダメかぁ。そんな言葉を漏らしながら女武闘家はテーブルへと突っ伏した。
「いろいろ考えてくれるのはありがたいんだけどにゃ……ああ、思い出した」
そう言うと、盗賊商人は頭を抱えた。その顔は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
「そうだ、何か明確な物を考え付いたわけじゃないんだ。『使い捨ての陶器』っていうのが何か使えそうだって思ったんだにゃ」
「そっかぁ……」
結局明確な答えは得られず、徒労に終わったと思ったのか、二人はがっくりと肩を落とす。
そんな二人の様子を苦笑しながら見ていた青年戦士は、ふと脳裏に何か閃きがよぎるのを感じた。
「壺……かな」
「「え?」」
閃きのままに口を開く。そんな彼の声に彼女達も反応を示した。
「ああいや。なんとなく、壺だったら使い道がありそうだなって思ってさ」
「壺って……話聞いてた? 入れ物としては持ち運びに不便って話よ。それとも投げてぶつける方? それも石を……」
「いやそうじゃなくってさ」
女武闘家の話を遮り、自分の考えをまとめるためにしばし思案する。
「……初めての冒険の時にゴブリンスレイヤーさんに助けられただろ。そん時に油撒いてホブゴブリンとか普通のゴブリンを燃やしたのを覚えてるか?」
「……うん。それが?」
「そんな感じにさ、油を壺に詰めて投げてぶつけるんだ。できれば壺が割れた時に燃え上がったりできればいいかな」
話してるうちに自分でも納得できたのか、青年戦士は一つ頷いた。
「悪くない案だと思うんだよな。火ってのは大体の生き物にとっては危険なものだ。必殺にはならなくても重症や致命傷を負わせることが期待できそうだ。火事には気をつけなきゃいけなさそうだけどな」
青年戦士のその考えを聞き、盗賊商人も思案顔になる。
「……なるほど。確かに悪くない。でも壺が割れたら燃え上がるってどうやるんだにゃ?」
「……さあ?」
青年戦士はあっけらかんとそう言った。
「いや流石にそう言った知恵なんかは当てにされても……」
「そんな……」
ここまで来て。そう言って盗賊商人は再びテーブルに伏した。
彼女からすればせっかく光明が見えたと思った矢先、ゴールまでの道が途切れていたと知った思いなのだろう。
しかし、世の中には捨てる神あれば拾う神ありという言葉がある。
「着火装置だったら、もしかしたらなんとかなるかもしれないわ」
ふと今まで聞こえてこなかった声が聞こえた。声のした方を向くと、女魔術師がテーブルに突っ伏したまま、顔だけをこちらに向けていた。
今にも死にそうな顔色をしつつも、その瞳だけにはここではないどこかを見るように思索の色を帯びている。
「確か以前、特定の条件で熱を発するという何かを見たような……」
「本当!? そ、それはいったい?」
「……う、うう。思い出せない……」
もう無理。その言葉を最後に彼女は口を押さえ、幽鬼のようにフラフラとした足取りで厠へと向かっていった。
チラリと見えたその瞳からは、既に知性の色は失せていたように見えた。
「……この話はまた今度ってことで」
「……だにゃ」
慌てて女魔術師あとを追う女武闘家の背を見送りながら、残された青年戦士と盗賊商人はそう話を締めたのだった。
後日の話。
この話が元に作られた、火を封じ込めたという触れ込みの『火炎壺』というなんの捻りもない名をつけられた
開発に手間取った──安全策の構築に手間取ったらしい。何かの拍子に壺が割れて荷物から出火したら洒落にならない──せいで、些か値の張るものとなったようだが、戦力の整っていない低級冒険者には、いざ強敵と出くわした際の切り札として。
戦力の整った中級から上級の冒険者、そして冒険者以外の旅人にとっては、悪天候時に暖を取りたい時に手軽に火付けができる道具として。
半ばお守りのような扱いで求められるようになったらしい。
なお一番の上客は、薄汚れた革鎧を纏い、角の折れた鉄兜を被った身窄らしい冒険者だったという。
火炎壺
素焼きの陶器に油を詰め、壺が割れた際に発火するような特殊な機構を備えられた壺。
ダークソウルではソウルから取り出して投げつけるという運用上、特に安全機構はなかったが、四方世界ではそんなことは基本的にはできないので、そういった機構が用意された。
一応手榴弾のように運用することを想定してます。