辺境の街を離れる事数日。荒野にポッカリと開いた穴の奥。
そこに切り出された石で作られた人工的な建物があった。
かつて地表に作られたものが永い年月により地面の下へと埋もれていったのであろうか?
いや、息が詰まるような閉塞感を感じさせる石壁や、通路に沿う壁の一部に燭台のような物があることを考えるに最初からこういう意図で造られたのだろう。
いかなる用途で造られた建造物なのか、それは今はわからない。
だがこれだけはわかる。ここを使う者は既になく。暗黒と静寂が我が物顔で其の身を横たえているのみという事だ。
地の底へと続く道。先の見通せぬ暗闇。そして『生』の痕跡を一切感じさせない沈黙は、否応なく『死』という終焉を意識させた。
カン! カン! カン!!
そんな静謐など知らぬとばかりに無遠慮な音が響く。
「……これ、大丈夫なんですか?」
「なにがかにゃ?」
「いや、こんなに音を立てて大丈夫なのかなって」
「ああ」
先程から鳴り響いている音の正体は、盗賊商人がその手に持つ
ただの棒と思うことなかれ。使い手の発想次第で様々な用途に利用できる優れものだ。
何か危険と思われる場所を遠間からつついて確認してみたり。曲がり角に入る前に棒の先に鏡を括り付けてその先の確認をしてみたり。盗賊商人のように音を立てることにより、その反響により落とし穴を事前に察知できるということを青年戦士も聞いていた。
聞いていたのだが、これほどまでにけたたましい音を立てるとは思っていなかったのか、不安になった青年戦士は盗賊商人にそう問いかけたのだった。
「良いか悪いかで言ったら良くはないんだけど……にゃ!」
カン!!!
そう言いながら盗賊商人は強く棒の先を床に叩きつける。叩きつけられた反動で跳ね上がった棒を手の中で弄びながら青年戦士の方へとクルリと向き直った。
「音、消せないでしょ」
青年戦士の足元をチラリと見遣りながら彼にそう問いかける。
問われた彼もたじろぐように後ずさる。その拍子にカチャリと足元から音がしたのを感じた。
いや、足元だけではない。体の各所から金属が擦れたり当たったりする音がする。
腰に吊られた剣の鞘から。背嚢や雑嚢が鎧と接している辺りから。そうでなくても彼の着ている
普段は気にならないような大きさの音だが、こうも周りが静かだと嫌でも自分が音を立てて動いているということを理解させた。
「そういうわけだから、あんまり気にしなくていいんだにゃ」
「……おれも音を消す訓練とかした方がいいですかね?」
「いらない、いらない。もちろんできた方がいいとは思うけどね。無理にできるようになる必要はないにゃ。それにこう音を出すのも決して無駄っていう訳じゃないしにゃ」
確かに大きな音を出すことで自分たちの存在を他者へと知らせることになる。それにより不意討ちの備えを許したり、こちらが不意討ちをする機会を逸したりもするだろう。
だが同時に不意の遭遇戦を抑制できる効果もあるし、相手に備えをさせるといってもこちらがいつそこに辿り着くのかは相手にはわからない。結果として相手の疲労を誘ったりすることもある。……かもしれない。
「という訳で、そこまで気にすることじゃないにゃ」
そこまで言うとビシリとその手に持つ棒を青年戦士に突き付けた。
いや、よく見ると彼ではなくその後ろを見ている気がする。そう気づいた彼も後ろを振り向いた。
そこには心配そうに女魔術師を見ている女武闘家と、難しい顔をしながら自分の手元に目線を落としている女魔術師の姿があった。
青年戦士が彼女達のことを確認したのを見て、盗賊商人は口を開いた。
「そろそろ休憩しないかにゃ?」
通路の中央にランタンを置き、それを取り囲むように各々床へと座り込み休憩を始める。
青年戦士も装備している鎧の緩められるところは緩め、休息の姿勢を取りながら水袋から薄めたワインを一口取り込んだ。
鎧を緩めると後で締め直す手間が発生するが、こういう手間を惜しむと疲れが取れず、かえって危ういことになる。半年の冒険者生活の中で青年戦士は身を持ってそれを学んでいた。
「そうそう。そんな感じで」
「……こう、よね? うん。ありがとう」
休憩中にも拘わらずそんなやり取りをしているのは女魔術師と盗賊商人だ。
女魔術師は今回
本来
「……ふう。なかなか大変ね」
「でっしょー? ウチもできるようになるのにだいぶ苦労したんだにゃ」
しかし探索をしながら、歩きながら書き物をするというのは彼女が思っていたほど簡単なものではなく、結局こうして休憩中に指導してもらっているという訳だった。
といっても盗賊商人の側も決して悪く思っているわけではないようで、むしろ同じ苦労を知った者として楽し気に共感していた。
「えっへへー♪」
そんな彼女らを眺めていると女武闘家の楽し気な声が耳朶を叩いた。
なにかと思いそちらを見ると、うれしそうな表情を浮かべながら地面に置かれたランタンをつついていた。
「嬉しそうだな」
「うん! だってこういうの買ったの初めてなんだもん」
このランタンは今回の依頼にあたり、盗賊商人の勧めによりパーティー全員で買い揃えた物だった。
冒険者をするにあたり各々必要な物、所謂『冒険者らしい』物品はそれぞれ買い集めていた。
青年戦士で言えば各種武具がそれであり、女魔術師も買った訳ではないが魔法発動体として杖を持っていた。それに対し、女武闘家はその身が武器である武闘家である関係でそう言った物は必要としておらず、今までそういった物は持っていっていなかったのだ。
「これさえあればもう暗闇は怖くない! って気分になるわよね」
「わからんでもないが、あんまり過信するなよ」
「わかってるって」
このランタンは燭台の周りを薄いガラスで覆ってあるという代物であり、照明器具としては問題なく使えるものの、頑丈さといった耐久度には期待できず、なんらかの要因で落としたりぶつけたりしてしまえば簡単に破損してしまう程度の物だった。
暗視を持たぬ
一応その気になってお金を掛ければ
「そういえばさ」
「うん?」
「ここって、なんなのかな?」
ふと思いついたように女武闘家は疑問の声を漏らす。
「……もしかしたら、なんだけど」
その声に女魔術師が反応を示した。
「ここ、お墓なんじゃないかしら」
「お墓?」
「ええ。それも私達みたいな一般人が入るような大衆墓地じゃない。王侯貴族なんかの偉い人達のための霊廟ってやつなんじゃないかしら」
「霊廟……じゃああたしたち、墓荒らしって事?」
「い、いや、広い意義で言えばそうかもしれないけれど……」
女武闘家と女魔術師のそんな会話が面白かったのか、盗賊商人がクスクスと笑いを溢す。
「ま、あんまり気にしなくてもいいにゃ。もしそうだったとしても昔の話。敬意を忘れなければ、まあ、許してもらえるでしょ」
「ストップ」
探索に戻りしばし経った頃。盗賊商人が突然手を上げ待ったの声を掛ける。
敵か、罠か。そう思い警戒するも何も起こらず。どうしたのかと彼女に目をやると、何かに集中するように目を細め、ヒクヒクと鼻を動かす様子が見えた。
「血の匂い……」
しばらくして何かを確信したのか、顔を顰め呟く。
「血? こんなところでいったいなにが……」
「さあてね。とりあえず血を流す何かがいて、血を流すような何かがあったってことは間違いないと思うにゃ」
盗賊商人はそこまで言うと青年戦士に向き直る。
「どうする? ここまでで引き返す?」
そしてそう問い掛けたのだった。
青年戦士はその問い掛けに、考えを巡らせるように少し目を瞑った。
「……行きましょう。但し、いざという時はすぐ撤退するよう全員心掛けを」
冒険者達は未知なる闇を進む。