ゴブリンスレイヤー ~魂を継ぐ者~   作:ウォルナット

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誘いの罠部屋(トラップルーム)

「うっ……!!」

 

 血の匂いを嗅ぎ取った場所からしばらく進むと大広間に出た。以前のトラウマから恐る恐る辺りを照らしながらゆっくりと侵入すると、ほどなくそれを見つける。

 自らの血で作られた血だまりに沈む何人かの人の死体。

 

 

「ゴブリン!? みんな! 気を付けろ!!」

 

 

 そして同じように倒れ伏す、緑の肌の小さな人影。ゴブリンの死体があった。

 それを認識した瞬間、できるだけ遠くを見渡せるようにそれぞれランタンを掲げる。

 こんな大広間で四方八方から襲われるわけにはいかない。

 

 

「……何も、いない?」

 

 

 そう思い闇を見通す様に目を凝らしてみるも辺りからは何も反応がない。今までと同じようにただ暗黒と静寂のみが広がっていた。

 もしこれが罠なのだとしても、ここまで待っても何もないのであれば何もいないのだろう。

 そう思い彼らは警戒を解いた。

 

 

「……とりあえず、ここを確認しよう」

 

 

 青年戦士はそう指示を出す。女武闘家と女魔術師は大広間の探索を。盗賊商人は死体の見分を。そして青年戦士はそんな盗賊商人の護衛としてそれぞれ行動を開始した。

 

 

「こいつら何者なんですかね? 一応ここは先日見つかったって話なんですが……」

 

「さてね、アジトを探しに来たならず者か、あるいは……」

 

 

 ゴブリンの死体を後回しにして人の死体を確認する。

 どうやら死後まもなくという程ではないようで、既に血は止まり、床に広がっている血も大部分は固まっている。ここは地面の下にあるせいか気温が低く、腐敗等の死体の損傷は少ないように思える。しかし同時に空気が動かないせいか、匂いが篭りひどい臭いを発していた。

 当たり前と言えば当たり前だが彼らは一般人ではないようで、ある程度だが武具を装備していた。ただその武具は決して品質の良い物ではなく、全体的に見れば見窄らしいと言っていいものだった。

 しばらく死体を漁っていた盗賊商人は何かを見つけたのか。

 

 

「……ふん」

 

 

 面白くなさそうに鼻を鳴らすと見つけた何かを青年戦士に投げつけてきた。慌ててそれを受け止める。

 青年戦士が手を開くと血に濡れた板状の何かがあった。

 

 

「これって……認識票? まさかこいつら、冒険者なんですか!?」 

 

 

 手の内にあったのは自分達の首にもかかっている冒険者の身分を示す認識票であった。明かりがあるとはいえ暗所であることと、血に汚れていることでわかりにくいが、恐らく鋼鉄製のプレートだ。

 

 

「君達はまだまだ経験不足でわからないかもしれないけどね。冒険者なんてこんなもんだにゃ」

 

 

 そう話す盗賊商人の表情は忌々しげに歪んでいた。

 

 

「冒険者なんて大部分は地位や名誉を求めてなった奴が大半だにゃ。そしてそういう奴らは大体自分にとって都合の良い妄想しかしてないにゃ。……覚えはないかにゃ?」

 

 

 覚えは、ある。

 初めての冒険の時、自分には戦える力があるからと油断がなかったとは言いがたい。

 青年戦士は自らの経験から、その言葉に理解と共感、何より恥じらいを感じた。

 

 

「もちろん中には現実を知って反省する奴もいる。現実を知って心折れて冒険者を辞めていく奴もいるにゃ。でもねぇ……反省もせず、冒険者を辞める踏ん切りもつかずって奴も結構いるんだにゃ」

 

「……」

 

「そういう奴は大体早死にするんだけど、悪知恵が働く奴なんかは山賊に堕ちたり、こういう見つかったばかりの遺跡の盗掘に手を出したりするんだにゃ」

 

 

 真面目に働くよりあるところから奪った方が楽だから。

 盗賊商人は死体の見分をしながらそう言葉を締めたのだった。

 

 

 

「あ、なんか石碑? があるよ」

 

 

 彼らがそんな話をしている間にも女武闘家と女魔術師は部屋の探索を続けていたのか、そんな声が聞こえてきた。

 その内容が気になったのか、青年戦士もおもわずそちらを振り返る。そこには確かに大きな石碑があった。

 女武闘家の持つランタンしか光源がないせいでわかりづらいが、見えている分だけでも傍に立つ彼女が見上げなければならない程の大きさがあることがわかった。

 

 

「あら本当ね。随分と大きいわね……」

 

「なんか字? みたいのが彫ってあるみたい。……読める?」

 

「えーっと、ちょっと待ってね………………」

 

「……わからない?」

 

「……い、いえ! これ! この字は確か見たことがある! ……流石に全部は読めそうにないけど、飛び飛びでいいなら読めそうね」

 

 

 そう言ってもっとよく見るためか、女魔術師は石碑へと近づき目を細める。

 

 

「えっと……『聖なる』……『尊き』……『眠る』? やっぱりここはお墓なのかしら」

 

 

 

 そんな彼女らを眺めているといつの間にか盗賊商人の方も最後の一人の見分に取り掛かっていた。

 

 

「……?」

 

 

 彼女は見分のさなか、何かに気付いたように首を傾げた。

 

 

「どうしました?」

 

「いや……こいつら、何に殺されたんだと思ってにゃ」

 

 

 彼女はそう疑問の声を漏らす。

 

 

「何ってゴブリンじゃ……?」

 

 

 青年戦士はそう答えようとするも、その答えは何かが違うと自分の経験が訴えてくるのを感じた。

 何が違うのか。そう思い、彼も改めて死体を確認する。

 死体には大きな切り傷や刺し傷がついていた。それも一つや二つではない。恐らく死んだ後にも執拗に攻撃を受けたのだろうことが伺えた。ただ憎悪や悪意によるものではないように思える。何故なら、その傷はいずれも致命傷となるようなものだったからだ。復讐や愉悦を求めるのであれば、もっと痛めつけるように各所を傷つけたり、もっと死体を損壊させていただろう。

 ゴブリンはその体躯故、あまり大きな武器は扱えない。それ故傷は自然と小さなものになるはずだ。ホブゴブリンなどの大型のゴブリンであれば話は別だが、少なくともここにはいた痕跡はない。それに奴らであれば、男を殺したのであればその死体を食らい、死体という痕跡そのものがなくなっていることだろう。

 冒険者たちが仲違いでも起こして刺し違えて全員死んだ、ということはなくはないかもしれないが、それはそれで死体が重なったりしていなければいけないだろう。一応もう一人冒険者がいて、そいつが一方的に殺害したということならあり得るかもしれないが、わざわざこんなところまで来てそんなことするだろうか?

 いずれにせよ、ゴブリンと戦って死んだという答えは眼前に広がる光景と合致しないと感じた。

 

 

「……『報い』? なんで貴人の眠る場所の石碑にこんな言葉が……。いえ、この文法的には『報いを受けよ』かしら?」

 

 

 死体の死因を考察していると、女魔術師のそんな言葉が耳に飛び込んでくる。

 それを聞いた瞬間、青年戦士の脳裏にひらめきが走った。

 

 

 

 夢の中の旅路。地の底へと続く道。そして墓地という場所。そこに現れ、立ちふさがった敵は何だった? 

 

 

 

 

「ヤバい! 逃げよう!!」

 

 

 死体の死因を直感的に悟った青年戦士は思わず声を上げた。

 

 

「い、いきなりどうしたにゃ?」

 

「なになに?」

 

「何かあったかしら?」

 

 

 そんな青年戦士の焦燥は伝わらなかったのか、どこか呑気さを感じさせながら女武闘家と女魔術師が近づいてくる。

 仲間達に察した状況を伝えようとするも時すでに遅く。広間の入り口から何かの足音が聞こえた。

 

 

「クソッ……」

 

 

 青年戦士は手に持つランタンを掲げる。掲げたことにより僅かに遠くまで届くようになった光により、ゆっくりと近づいてくる足音の正体が暴かれた。

 

 

 肉の失われた真っ白な骨の身体。なんの感情も読み取ることもできない頭蓋骨。その手には、薄汚れた直剣と盾が握られている。

 

 

骸骨兵士(スケルトン)……!!」

 

 

 忌まわしき不死の怪物(アンデッド)の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 青年戦士は右手に持つランタンを腰の留め具(ホルダー)に固定し、空いた手で鞘に納められたままになっていた剣を引き抜いた。

 

 

「セイッ!!」

 

 

 勢いそのままスケルトンに切り込み気合一閃。その一太刀は見事武器を持つ腕を切り落とすことに成功する。

 

 

「……やっぱりダメか」

 

 

 だがそんな彼を嘲笑うかのように、スケルトンはカタカタと骨の身体を鳴らしながら更に近づいてくる。切り落としたはずの腕もいかなるカラクリか、スゥっと宙に浮き元ある場所に戻った。

 

 

棍棒(クラブ)……いや、鉄槌(メイス)でも買ってくればよかったか!?」

 

「今更言ったってしょうがないでしょう!?」

 

 

 思わず毒づいた青年戦士を女武闘家が窘める。

 

 不死の怪物(アンデッド)はその性質上、通常の攻撃方法で討伐、撃破を狙うのは難しい。だが難しいだけでできないわけではない。

 (メジャー)な手法は二つ。一つは復活や再生ができなくなるほど打撃等で粉々に粉砕すること。

 

 

「もう一つは聖職者の祈りによる浄化なんだけど……」

 

 

 女魔術師のその言葉を受けてチラリと盗賊商人を見やる。

 

 

「ウチに期待しても無駄にゃ。交易神は葬儀屋じゃないにゃ」

 

「ですよね……」

 

 

 如何に神と言えど万能ではない。いや、神なればこそ役割(ロール)から外れることは許されないと言うべきだろう。

 商売の神にこの状況を打破する権能(ちから)はなかった。

 

 そんな話をしているうちでもスケルトンは続々と大広間へと入ってきてその数を増やしていた。

 彼らが探索をしていた中では、スケルトンの元となるような人骨は一切なかった。もちろん見落としたという可能性は残るだろうが、流石にこれほどの数を全て見落とすとは思えない。

 過去の文明の遺跡なので、もしかしたら遺失呪文(ロストマジック)転移魔法(テレポート)召喚魔法(サモン)でも使われているのかもしれない。

 

 もっともその謎は今の彼らにとってはどうでもいいことでもあったが。

 

 

(考えろ! 手を探せ!)

 

 

 青年戦士はない頭を必死に回す。いや彼だけではない。見ている余裕はないが、仲間達も同じように考えを巡らせている気配を感じる。

 時間を稼ぐために警戒をしながらジリジリと後退る冒険者達。何を考えているのかはわからないが、そんな彼らを追い詰めるようにゆっくりと近づいてくるスケルトン達。

 そんな時間は長くは続かず、冒険者達が石碑のところまで後退り追い詰められたところで終わりを迎えた。

 

 

(諦めるな!!)

 

 

『詰み』

 その二文字が浮かびそうになるたびに頭の片隅に投げ捨てながら懸命に考えを巡らせる。

 

 

 

 

『こっちだ』

 

 

 

 

 そんな時に、青年戦士はそんな言葉を聞いた気がした。

 

 

「なんだって?」

 

「何がよ」

 

「いや、今なんか言わなかったか? 後ろの方から『こっちだ』って言われた気がしたんだけど……」

 

「誰もそんなこと言ってないわよ」

 

 

 青年戦士と女武闘家がそんなやり取りをしていると。

 

 

「そうだ! 後ろ!」

 

 

 閃いたように女魔術師が突然大声を上げた。

 

 

「あっち! あっちに逃げましょう!」

 

 

 そして部屋の隅を指差した。

 

 

「部屋の探索を優先するために後回しにしたけど、あっちにまだ道があったはずよ。そこに逃げてみましょう!」

 

「そういえば……」

 

 

 部屋の探索を担当していた二人がそんな声を溢した。

 

 

「だったら……」

 

 

 部屋の隅、その奥の通路に撤退する。その方針が決まったせいか、空回りしていた青年戦士の頭がようやく回り始めた。

 

 

「隊列を組みなおす。お前はおれと二人で前衛だ。倒さなくていい。後衛を守るためにできるだけぶっ飛ばして距離を取ることを意識してくれ」

 

「了解!」

 

 

 青年戦士の指示を受け女武闘家が元気よく声を上げた。彼女も先の見えない状況から希望が見えたことで調子を取り戻したようだ。

 

 

「商人さんはおれ達の援護をお願いします。ただし、無理はしないように」

 

「わかったにゃ」

 

 

 盗賊商人は流石は先輩といった所だろうか。既に落ち着いて周囲の状況を見極めていた。

 

 

「私は?」

 

「……火球(ファイアーボール)だったか? できるだけ多くの敵を巻き込む感じで魔法を頼む。タイミングは任せる」

 

「やってみるわ」

 

 

 指示を出し終え、気持ちを切り替えるためか青年戦士は剣を一振りする。

 スケルトンも獲物を追い詰めたとでも思っているのか、戦意の高まりを感じた。

 

 

「よし、行くぞ!!!」

 

 

 スケルトン達が一斉に動き出す。それに合わせるように前衛組が戦線を築くために飛び出した。盗賊商人も前衛をフォローするために女魔術師の前、前衛組の後ろに陣取った。

 

 

「≪カリブンクルス(火の石)≫……≪クレスクント(成長)≫……≪ヤクタ(投射)≫!!」

 

 

 女魔術師から火球(ファイアーボール)が放たれ、闇を切り裂く炎が広がる。

 冒険者達にとって圧倒的な不利な撤退戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「オラッ!」

 

「フゥ……!!」

 

 

 青年戦士と女武闘家が近づいてくるスケルトンを殴り飛ばす。攻撃としてはほぼ効果はないとはいえ、多少は時間は稼げていた。

 

 

(もう少し、もう少しだ……)

 

 

 冒険者達は少しずつ確実に後退し、目的の通路まであと一歩といった所まで来ていた。ここに来るまでに無傷という訳にはいかず、青年戦士と女武闘家は少なくない傷を負い、盗賊商人も多少の負傷を負っていた。

 

 

「みんな! 走って!!」

 

 

 ようやく女魔術師が通路の所に到達したのかそう号令を掛ける。それと同時に最後の呪的資源(リソース)を切った。

 青年戦士と女武闘家、盗賊商人はすぐさま身を翻す。背後で爆炎が広がるのを感じながら通路へと飛び込んだ。

 

 

「行き止まり!?」

 

「そんな……」

 

 

 しかし無情にも通路はすぐに途切れる。

 希望の光は冷たい壁に阻まれたかに思えた。

 

 

『そのまますすめ』

 

 

 流石に万事休すか。そう思った青年戦士に再び声が届く。

 

 

(……こんなところに行き止まり? もしかして……)

 

 

「デリャァア!!!」

 

 

 思わず足を止めた仲間達を追い越し、勢いそのまま壁に向けて蹴りを放つ。

 

 

フォン! 

 

 

 青年戦士の蹴りが壁にぶつかった瞬間、不思議な音をさせながら壁が幻のように掻き消えた。

 その奥には更なる通路が続いていた。

 

 

「走れ!!」

 

 

 足を止めた仲間達に青年戦士が叱咤する。それを受け仲間達も再び走り出したのだった。

 

 

 

「なんでわかったの!?」

 

「なんとなくだ!!」

 

 

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