ヒュン! スパン!
ヒュン! パァン!!
既にお馴染みとなったギルドの裏手の広場に何かが空を切る音と、何かが破裂するような音が轟く。
「フッ!」
ビュン! パン!
音の正体は青年戦士が振るう鞭だ。
彼が今こんなことをしているのは当然理由があってのことだ。
「私も何か武器を使えるようになった方がいいと思うんだけれど」
そう話を切り出したのは女魔術師だ。
先日の遺跡調査の時に、他の仲間が戦う中ただ魔術を使う機を伺っているだけという状態に思うところがあったらしく、解決策を求めそのような結論に至ったらしい。
「武器、ねぇ……」
青年戦士はそう言って女魔術師の全身をジロリと見下ろす。
初めて会った時は、肉感的な女性らしさの中に学徒故のひょろりとした線の細さや生白さを感じさせたものだが、半年に及ぶ冒険者生活の上で多少鍛えられたようでその印象は多少改善されていた。
とはいえそれは絞られたと称すべきもので、逞しくなったとは言い難かった。
「いてっ!?」
「ジロジロ見ない!」
女魔術師の肉体を観察していた青年戦士の後頭部を女武闘家が勢いよく叩いた。
「いてて……武器って言っても何を使うんだ? 正直近接戦ができる感じには見えないんだけど」
叩かれた場所を擦りながら青年戦士は女魔術師にそう問い掛ける。
「だからこうやって話をしてるのよ。私武器ってあんまり知らないんだけど、私でも使える物ってないかしら」
「ふーむ……」
そう言われ顎を摩りながら再び彼女の身体を観察する。
先も思ったことだが、彼女はあまり肉体的に優れた人物ではない。
重量のある武器は向かないだろうし、そもそも殴り合いをする感じの戦いも無理だろう。仮に回避を主体にするにしても不安が残る。
「……中距離から長距離。弓とかボウガンとか。あとは槍とかかな」
再び女武闘家が手を振り上げた気配を感じ取り、青年戦士は思わず考えていたことをそのまま口に出した。
「弓、ボウガン、槍……うーん」
「あー、いや。思わず言っちまったけど、それにこだわる必要はないぞ。重要なのは距離を取って戦えること。それから軽いこと。それを考えると槍は向かないか」
「距離を取る……軽い……」
「力任せに叩きつけるとかは向かなそうだからな。技量が重要になる系の武器がよさそうだ」
「うーん……でもボウガンって意外と重いしボルトを掛ける力がないと結局使えないにゃ。弓も引く力がないと威力がでないにゃ」
「……私に使えそうなのないの?」
「……いや。あれだったらもしかしたら」
青年戦士が何かを思いついたように顔を上げた。
「あれ?」
「鞭だ。扱いに難があるし威力が有るわけでもないけど、メインで使う訳じゃないんなら十分……じゃないか?」
そんなことがあり、彼は今女魔術師に
ちなみに鞭は普通に武器屋で買った。使い手が少ないが故に半ば死蔵されていたらしく、在庫処分として格安で売ってもらった物だ。
「よっ、……と。まあ基本はこんなところか」
青年戦士はそう言って鞭を振り上げ、宙に舞う鞭を僅かな腕の振りや手首の返しで持って巻き取り回収した。
「あなた鞭も扱えるのね……」
「戦士だからな」
なんの説明にもなってないにも関わらず、妙な説得力の伴った青年戦士の言葉をそんなものかと聞き入れつつ、女魔術師は彼から鞭を受け取る。
「えい!」
ヘロリ。
青年戦士の見様見真似で鞭を振るってみるも、虚しく宙を漂い地に落ちるだけだった。
「……」
「わかったわかった。ちゃんと教えるから」
女魔術師は思わず縋るような目線を青年戦士に向ける。
それを受け、苦笑しながら彼は
最初はなかなかうまくいかなかったが、続けるうちに次第に鞭の鋭さが増していく。
ある程度扱えるようになったら今度は実際に的を用意して打ち付けてみることになった。
腕を振るう。鞭が宙を舞う。
「武器の射程を把握するんだ! 体の一部みたいに扱えてようやくスタートラインだぞ!」
腕を振るう。鞭が宙を翻る。
「よくなってきてるぞ! 距離は立ち位置以外でも体の使い方でも調整できるから工夫をしてみるんだ!」
繰り返し腕を振り、鞭を振る。
時折指導や休憩を挟みながらもひたすらに鞭を振り続け、そろそろ日も落ちようかと言う頃。
ヒュン! パァン!!
ついにその音が鳴り響いた。
「よぉし! その感覚だ!」
女魔術師も手ごたえを感じたのか、口の端を吊り上げ更に腕を振り上げた。
腕を振るう。鞭が宙を舞う。
実際に生物に振るう事を考えれば皮を、肉を抉り爆ぜさせたことだろう。
「よし!」
腕を振るう。鞭が宙を翻る。
腕や足に巻きつかせ同じことをすれば肉を削り取り、確実に行動を制限することができるだろう。
「いいぞ!」
腕を振るう。鞭が宙を駆ける。
首狙いであれば骨を砕き、気道を潰し、確実に命を奪ったことであろう。
「よぉし十分だ! お疲れさん!」
腕を振るう。鞭が宙を舞う。
「……あれ?」
腕を振るう。鞭が宙を翻る。
「おーい。き、聞いてる……?」
腕を振るう。鞭が宙を駆ける。
「ストップ! ストーップ!!!」
「………………なに?」
ピタリと女魔術師はその動きを止める。
「い、いや。もう十分なんじゃないかなーって。……な?」
「何言ってるのよ。確かにコツは掴めてきた気はするけど、できるだけ訓練はするべきでしょう?」
女魔術師がもっともな事を言う。
だが今の彼女を見て、それが本心であると思う者は少ないだろう。
彼女の今の状況を説明しよう。
身体を動かし続けた故か息を荒くさせ、頬を紅く上気させている。
瞼は大きく見開かれ、その中に収められている瞳は爛々とした光を湛えていた。
口の端は変わらず持ち上げられたままになっていた。
端的に言って興奮しているように見えた。
「もういいかしら? 訓練に戻りたいのだけれど」
「お、おう……」
青年戦士はそれ以上彼女を止める言葉を絞り出すことができず、すごすごと仲間の元へと向かっていく。
「ちょっとどうすんのよあれ!?」
「しょうがねえだろ! あんなふうになるとは思わねえよ!」
「いやぁ、人は見かけによらない……いや見かけどおりなのかにゃ?」
ヒュン! スパァン!!
乾き始めた空気。冷たくなり始めた風を押しのけ弾けさせる音が響く。
冬の訪れは近い。
とりあえず今回の投稿はここまで。
次は冬の都市依頼編。
それがこの3章のラストエピソードになります。
次の投稿は9月末か10月始めの予定になります。