明かりとして使うために手で持てるようにした木切れ。
長い棒などに松脂などを染み込ませた布などを巻きつけたもの。
あまり強い光は生み出せないが、それでも闇を見通せぬものにとっては心強い味方となるだろう。
パチパチリと火をつけた松明が爆ぜる音がする。コツリコツリと足音が洞窟に響く。
ここまでくる道中とは裏腹に誰も口を開かず、慎重な足取りで洞窟を進む。
「……松明の火ってのも案外バカにしたもんじゃないな」
意外と遠くまで見える松明の光に関心したおれのそんな言葉にも誰もなんの反応を示さない。そのことに気まずい思いをしつつ、改めて気を入れなおすのだった。
おれたちはあの後できる限りの打ち合わせをしてから洞窟へと乗り込んだ。
おれが先頭に立ち松明を掲げ、その後ろに女神官、女魔術師が続く。3人で縦に並びできるだけ壁沿いに進む。幼馴染は女神官の横に広がるような位置に配置した。
壁に沿うことにより壁側からの奇襲を防ぎ、前方から敵が現れたらはおれが壁役となって戦線を構築する。もし側面から襲撃されるにしても幼馴染に一時的に対処してもらい時間を稼ぎ、その間に態勢を立て直すようにする。
そんな意図のある隊列だ。
しばらく黙々と歩くと奥の方に人影が見えた気がして腕を広げみんなを制止する。さらに奥を照らせるようにと松明を突き出してみる。
「……ふう、違ったか」
人影の正体は洞窟の入り口にもあったできの悪いカカシだった。
「入り口にもあったよな。なんなんだこれ?」
「……知らないわよ」
女魔術師が不服げに返してくる。まだ入り口での問答が納得できてないようだ。大丈夫かこの人。
考えていても仕方ないと更に進むためにみんなに声を掛けようとした時、逆側の壁から何か音が聞こえた気がした。
「あの、今何か……」
女神官も聞こえたのか不安げな声を上げた。
「どうしたの?」
幼馴染は聞こえなかったのか女神官さんに問いかけている。
おれはそれに取り合わず音が聞こえた方、逆側の壁に松明を向ける。一見特に変哲のないただの岩壁に見えるが……?
「あ……!」
女魔術師が何かに気付いたように声を上げる。
「どうした?」
「横穴が……」
その言葉を聞いた瞬間逆側の壁の方に向かい松明を向ける。確かに言うとおりに横穴が開いている。
横穴の奥、闇の中に今度こそ蠢く人影が見えた。
「何かいるぞ!」
打ち合わせ通り松明を地面に放り武器を抜き構える。仲間たちもそれぞれ戦闘準備を済ませ待ち構える準備ができた。
闇の中から観念したかのように人影の正体が現れる。
「ゴブリン……!!」
誰ともなく敵の正体を口にする。
ゴブリン。
見える限り4匹いる。
そいつらはこちらに襲い掛かってくる。統率の取れてないバラバラな動きだがそれがむしろ厄介だ。
「行くぞ!」
「うん!」
幼馴染に声を掛け共に前に出る。うまいこと2匹づつ引き付けることに成功し戦線を構築した。
後は確実に始末を……!!
その時更に闇の中から蠢く影が1つ新たに現れる。そいつはおれたちの間を通り抜けていく。
「すまん! 1匹抜けた!!」
「えい! 近づかないでください!」
打ち合わせ通り後衛に向かってきたゴブリンを女神官が手に持つ錫杖を振り回すことによって押し留めているのを横目に魔法を詠唱する。
「≪
世界を
私の放った魔法は女神官により押し留められたゴブリンに見事命中。焼き尽くし殺すことに成功した。
自分が上げた戦果を見遣り口角が上がるのを感じる。
(やった! やれる! 私の魔法は通用する! なによこんなやつら、所詮ゴブリンじゃない!! この調子で……)
そんなことを思いながら見下ろしていた
(この調子で……どうするつもりだったの……?)
仲間たちが戦っている。女武闘家の方に2匹。攻撃が激しいのか回避に専念して攻撃ができていない。戦士の方はいつの間に1匹倒したのか残り1匹を相手取っている。これで4匹。私が殺した分を合わせて5匹。
戦士の言葉を信じるなら少なく見積もって後5匹、最大数はわからないけどこれで終わりってことはない。
それに対して私ができるのは魔法をあと1回使えるだけ。ゴブリンを1匹焼き殺せるだけ。
私はこれでどうやって戦うつもりだったんだ?
頭に血が上り顔が赤くなるのを感じる。それと共に今までの振る舞いが頭によぎる。
冒険者ギルドでゴブリン相手に怖がる女神官に呆れ、戦士のみすぼらしい装備を見て内心嘲った。
洞窟の前の問答、戦士の言い分に苛立ち怒鳴りつけた。戦士が考えられたように情報はあったはずなのになにも考えようとしなかった。
洞窟に入ってからも自分の考えが通らなかったことに不貞腐れ、あのできの悪いカカシを疑問に思った戦士の言葉にもまともに取り合おうとしなかった。
他人を自分勝手な評価で見下し、賢者の学院を卒業しながら知恵者として考えることもせず、自分の考えを聞き入れてくれてもらえなかったからと言って不貞腐れた。
これが学園で才女と謳われた女の在るべき姿か?
「奥の方! 横道じゃない方から3匹来ます!」
「サンキュー!」
顔が下がりそうになったのを女神官と戦士のやり取りを聞いて止める。
横目で女神官を見ると不安げな表情はそのままだが、目だけは真剣な色を帯びて状況を見据えているのが見えた。
そうだ、戦いはまだ終わっていない。
私にもまだできることがある。ゴブリンを1匹焼き殺すことができる。
反省も後悔も後だ。私にできることを考えるんだ。
そうして戦況を見極めるために私も前を見据えるのだった。
(よし、後ろも何とかなったみたいだな)
1匹通した時にはどうなるかと思ったが女魔術師がなんとかしてくれたみたいだ。
(神官さんが言うには横道じゃない方から3匹来る。あいつの方は攻撃に転じれてないみたいだ。だったら……!)
「せいっ!」
「GOB!?」
おれの方に残っていたゴブリンを幼馴染の方のゴブリン目掛けて殴り飛ばす!
さすがに突然お仲間が飛んでくるとは思ってなかったのか、幼馴染の方のゴブリンが動きを止めた。
その隙を突き幼馴染が相手取っていたゴブリンを始末する。おれもぶっ飛ばしたゴブリンにトドメを刺した。
「よし、一回引いて態勢を……」
立て直そう。そう言おうとした時。
「やあああ!!」
幼馴染が向かってくるゴブリンに襲い掛かった。
「あ、おいバカ!」
まるで焦ったかのように飛び出していく幼馴染に思わず意味のない声を掛ける。
(クソッ! おれも援護に……いや後衛をほったらかしにするわけにも……)
対処に迷い動きを止めたおれに対し、
「行って!」
と鋭い声が掛かる。声のした方、後ろを見ると女魔術師がこちらを見ていた。
「行ってあげて! 私たちの方はなんとかする! なにかあっても時間くらい稼いで見せるから!」
そう言う女魔術師は今までの不貞腐れたな感じじゃない、どこか真剣味を帯びた瞳をしていた。
だから
「……頼んだ!」
頼ることにした。
「……ええ!」
その声を背に受け幼馴染の元に駆け出したのだった。
「てりゃあ!」
幼馴染の元に駆け付けた時、もう戦闘が終わろうとしていた。数が勝る相手に単騎で突っ込んだのがよかったのか敵が浮足立ってかえって攻撃の機会を得られたのかもしれない。松明の光がギリギリ届くくらいの位置なので見えづらいが、ちょうど最後の一体に強烈な蹴りを叩きこんでいるところだった。
「どうよ!」
トドメを刺してから近づいてきたおれに気付いたのか、振り向いて自信ありげにそんなことを言ってきた。
そんな幼馴染の姿を見て安堵とも呆れともつかない息を吐く。
気を取り直し、幼馴染を咎める声を掛けようとして息を吸った時、
濃い獣臭を嗅いだ気がした。
「っ! 後ろだ!!」
いつからいたのだろう。見上げるほどの人影が幼馴染の傍に立っていた。
「え? ひっ!」
人影は拳を振り上げるような動作をする。おれの声に反応して振り向いて攻撃されそうだと気付いた幼馴染は咄嗟に回避をした。いや回避というか足を縺れさせて後ろに倒れたと見るべきか。いずれにせよその場を離れたことで攻撃を食らうことは免れたようだ。
だが
(あれじゃ動けない!)
完全に尻餅をついている状態では咄嗟に動けない。
攻撃をしたことにより僅かに光に近づいたせいだろうか。人影の姿がわかるようになった。
普通のゴブリンと同じ緑色の肌、そして普通のゴブリンとは似つかない見上げるほどの巨体を持ったデカブツ。こいつもゴブリンなのだろうか。
そいつも幼馴染が咄嗟に動けないのがわかったのだろうか。ニタリといやらしく口角を上げ再び拳を振り上げた。
(やばい!)
どうする? あいつらとは少し距離があるから庇えない。なら一応持ち込んでた弓で……ダメだ、俺の腕じゃ間に合わない。だったら!
「これで! どうだ!!」
持っていた
投擲なんてやったことないが少しでも気が引ければいい! そんな気持ちでやってみたが、見事に肩あたりに当たり怯ませることに成功した。
「大丈夫か!」
ほんのわずかに生まれた猶予で幼馴染の傍までたどり着き声を掛ける。
「あ、あ……」
幼馴染は死ぬ寸前だったせいだろうか、放心しているような状態だった。たどり着いた時には気付かなかったが、幼馴染の座りこんだ地面には水たまりができていて嗅ぎなれた匂いが漂っている。
「GOBUAA!!」
トドメを刺せる寸前に邪魔されたせいかデカブツが怒り狂っていた。再び拳を振り上げおれを叩き潰そうとしてくる。
(マズイ! ここはなんとか凌いで……。あ、ダメだ)
攻撃を凌ごうとして盾を掲げようとして、気付く。
(この盾じゃ、防げない)
避けることも難しいし、なにより避ければ後ろの幼馴染に当たる。
死んだ。そう思った。
しかしそう思う意思とは裏腹に
それは不思議な感覚だった。自分の身体なのに誰かが動かしているような、それをどこか遠くで見ているような、そんな感覚。
半歩下がる。距離を取り盾を顔の前に構える。まるでここを狙えと言わんばかりに。
デカブツもこんな盾で防ごうとはバカな奴だと思ったのだろうか。ニタリと笑い盾目掛け拳を振り下ろしてきた。
狙い通りだったのだろうか? 半歩下がった分だけ読みやすくなった攻撃のタイミングに合わせ踏み込む。
デカブツはそんなこと知らぬとばかりに全力で拳を振るう。
デカブツの攻撃の軌道に盾を割り込ませ、接触の瞬間に踏み込みの勢いと全身の力を連動させ叩きつけ、
バキリ、と嫌な音が響いた。